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22 球技大会にバットマンが現われた

高校時代、結構、「球技大会」とか「体育祭」とか盛り上がりましたよね。終わると、結構「ロス」が大きかったけれど・・・。

 2年生との試合は、3年生の時のようには行かなかった。

まず、里帆(りほ)の疲労が大きくミスが増えていた。そもそも、2人も女子がいるので、1年生チームは、4人で守っている形だ。ネットも男子の高さなので、ネット際での空中戦に参加できる人数が少なく、1年生チームは、体格の良い2年生チームとの接戦を強いられた。。


 1回戦は、13対13まで持ち込まれた。突然、銀河がタイムを要求した。

コートの脇には、氷が入ったクーラーボックスが用意してあった。田邊(たなべ)先生の思いやりだった。

銀河は、蒔絵のフェイスガードを(はず)させ、冷たいタオルで顔を冷やさせた。

そして、全員に氷入りの袋を渡した。

「首や頭を冷やして」

全員が大きく深呼吸をした。蒔絵は、汗まみれでズレそうになっているフェイスガードを拭いている。


「おいおい、何を緊張しているんだ。これは単なる球技大会だぜ。もっと楽しもうよ。

航平はまだ目立ってないだろう?次は航平にボールを集めて、得点させよう」


急に、重い負担を押しつけられた航平は弱気を出した。

「俺はスパイクなんて打てないよ」


それに対して、銀河が作戦を伝授した。

「いいか、翔太郎のサーブが戻ってくると、俺と翔太郎がバックアタックするのがいつものパターンだ。でも、今度は、俺たちは走り込む振りするが、蒔絵は航平に上げろ。

航平はジャンプしてちょんと押し込め。スパイクなんて打たなくてもいいよ」

航平は、自分の正面にいる、ドデカいバスケ部の2人を見た。

「無理だよ。あの2人が壁になって、向こうのコートに入れられない」

「大丈夫。強く打たなければ、軽いボールしか戻ってこない。もし、戻ってきても、俺が下で拾うよ」


「折角、試合に出ているんだ。ヒーローになれ!!」

銀河と海里に背中を押されたが、航平は今までになく緊張してしまった。

「得点しないと女にもてないぞ」

翔太郎の意味不明な励ましに、航平は心の中で反論した。

「お前は得点しても、もててないだろう?」


 14点目をかけたサーブを翔太郎が打った。2年生はしっかりスパイクを打ってくると思ったが、里帆の真ん前にポトンと落としてきた。翔太郎と銀河が少し見合ってしまった。

しかし、里帆は必死に手の平を出して、ボールの下に差し込んだ。そのボールを銀河がつないで、海里が相手コートに押し込んだ。

 

 航平は、自分の攻撃がなく一息ついた。しかし、2年生はチャンスボールを再度、里帆の前に押し込んだ。それには翔太郎が反応した。しかし、上がったボールは、かなり航平寄りだった。

蒔絵は必死に下がって、航平にバックトスを上げようとしたが、航平がジャンプする空間が、蒔絵の後ろにはなかった。


「ご免。海里」

蒔絵は、航平に上げるのを諦めて、反対サイドから走ってきた海里にトスを上げた。

海里は、ジャンプした空中から、2年生のぽっかりあいた穴に、「ちょんと」押し込んだ。


 蒔絵はそのまま、後ろに下がって、航平と一緒に審判台に激突してしまった。

「航平、大丈夫?」

航平は、背中を強く打ったが、蒔絵の体をしっかり支えて、守り切った。


銀河が走ってきて、航平の背中を確認した。

「痛いか?」

「大丈夫」

「これも、ヒーローだな」


「後1本、あるよ」

しかし、翔太郎の最後のサーブを、2年生は見事に後逸(こういつ)してしまい、1セット目は1年生が15対13で手に入れた。


「航平君格好いい」

特進クラスの女子から声が飛んだ。海里が呟いた。

「点を入れたのは、俺なんだけれど」



「まだ、2セット目がある。里帆もナイスだよ。最後のセットにしよう」

2セット目は、銀河のサーブからに、オーダーを変えた。銀河が本気を出したら、なかなか高校生ではレシーブが難しい。最後まで、サーブ権を譲らず、1年生は2年生チームに勝ってしまった。


「悪い。航平の活躍するチャンスを潰してしまって」

エンドラインに並んだ時、銀河が航平に囁いた。

「いや、ボロが出る前に終わって良かったよ」

「何言っているの?エキシビションマッチで、先生方と戦うんだよ」


航平は、忘れていたことを思い出した

そんな航平達バレーボールチームを、1年生が取り囲んだ。



「やったー。1年の優勝だぁー」

他の2種目は、3年生にぼろくそに負けたので、1年生は甲子園で優勝したかのように、一本指を上げて、「優勝、優勝」と大騒ぎした。

 最後には審判に、「この後、2年と3年の試合があるので下がりなさい」と怒られてしまった。



 ギャラリーでは、田中先生と田邊先生が、拳をぶつけ合っていた。

「息子さんと対決ですね、田中先生」

「田邊先生も勿論出るんですよね」


 先生チームは、中学時代バレー部だった田中先生、バスケット部顧問の田邊先生、鮫島先生。それに、高校3年の雪辱を果たすべく出口先生も参戦してきた。体育教師の近嵐教頭に、栗原養護教諭も参戦してきた。栗原は高校までバレー部だったので、かなりの強力な戦力だった。そして補欠に、出る気満々の小町技術員も控えていた。


「もう、女子は休んだほうがいいな」

里帆は銀河の言葉にほっとした。しかし、蒔絵はそれに食い付いた。

「エキシビションマッチは、1セットしかないんでしょ?私は、最後まで出るよ」

海里と銀河は顔を見合わせた。

「じゃあ、1年で、ドッジボールに出ていた選手を、補欠に2人頼むけれど、10点取ったら、どちらかを蒔絵と交代させるから、それでいいか?折角、頼んだ連中も出さない訳に行かないし」


里帆が蒔絵の袖を引いた。

「応援も頑張ろう。外から見ると、もっと格好いいところ見られるかも」

(別に中で見ていても格好いいけれど・・・)


 しかし、銀河の思いやりも、田邊先生の奇想天外なパフォーマンスで崩れてしまった。


田邊先生も自分の使い古しの、フェイスマスクで登場したのだ。


「バットマン対決だ」

「蒔絵のバッドマンの方が強いから」

「いやー。義崇(よしたか)のバッドマンの方が強いぞー」


 他のすべての競技が終わったので、全校生徒が注目する中での対決になった。

補欠を頼んだ生徒も、「銀河、最初にバットマン蒔絵を出したほうがいいんじゃないか?」と遠慮してしまった。



 教師というのは、意外と負けず嫌いである。1年生チームが5点先取したところで、近嵐(ちからし)教頭の代わりに、小町技術員さんを出してきた。


「まじに、逆転するつもりだぜ」

「しょうがない。こっちも本気出すか。蒔絵、クイック行くぞ」


 それに答えて蒔絵が上げるトスに合わせて、銀河はボールが破裂するような強力なアタックを次々と繰り出した。近嵐教頭は「コートにいなくて良かった」としみじみ思った。田邊先生は、少しずつズレていくフェイスガードに(いら)つきながら、「蒔絵はよくこんなので、トスを上げられるな」とぼやいた。


 銀河は強力なアタックに、年寄りが最も苦手なフェイントを、情け容赦なく織り交ぜた。


 スライディングレシーブに飛んだ後、中々立ち上がれない田中先生に、田邊先生は手を貸しながら呟いた。

「誰か、銀河の恨みを買いましたかね?」


 息子の前で「格好いい姿を見せよう」と思っていた田中先生は、息を荒くして、息子のほうに顔を向けた。息子は、友達と一緒に、1年生のポイントを屈託なく喜んでいる。

(せめて、心配くらいしろよ)

 

 鮫島(さめじま)先生は、長い足をふらふらさせて「蒔絵、少しは手加減しろ」と叫んだ。

そんな兄に向かって、蒔絵のジャンピングサーブが襲いかかる。


 教員チームで、1人気を吐いているのが、小町技術員だった。同じ学校にいても、高校生達の行事を遠目に見ているだけなので、今日は嬉しくてしょうがない。

栗橋養護教諭が綺麗にトスを上げてくれると、スパイクを果敢に打ち込もうとする。

 しかし、それに対しても、銀河は高身長の補欠を入れて、3枚のブロックでシャットアウトした。


 情け容赦ない銀河の采配で、エキシビションマッチは、15対1で、1年生チームの勝利に終わった。

 


 エキシビションマッチが終わって、エンドラインに並んだ教職員は、全員、膝に手を当てて荒い息をしていた。


 ステージで、表彰式のため待っていた徳校長先生は、生徒会長の菱巻紫苑(ひしまきしおん)に話しかけた。

「君も、かなり優秀だと思っていたけれど、弟さんは、それ以上にパワフルね」

紫苑はうっすら笑った。

「いつもは、のほほんとしていますが、彼女のことになると、リミッターが外れるみたいです」



 球技大会は優勝しても、何の賞品も出ない。しかし、生徒の楽しみは、クラス全員で行う打ち上げだ。今までの打ち上げは、電車に乗って、隣町のファミレスやカラオケに繰り出して行ったのだが、今年は電車がまだ復旧しないので、それができない。


「銀河、お前の家って、カラオケあったよな。打ち上げに使っちゃ駄目か?」

「カラオケはあるけれど、双子がいるから、打ち上げは無理だな」

海里は、折角1年生2クラスが1つにまとまったので、是非交流を深めたいと考えていた。


「蒔絵の家は・・・駄目だよな」

「勿論、『未来TEC』の社員の家はみんな、マンションだから、40人も呼んで打ち上げなんかできないよ。一軒家(いっけんや)の人は他にいないの?」


「あっ。あったわ。俺んち」

海里が手を挙げた。

航平が強い拒否感を表した。

「勘弁してくれよ。田中先生の家で、打ち上げなんか出来る訳ないだろう?」


海里がニヤニヤして、人差し指を振った。

「それができるんだな。中間テストの最終日はいつも、教職員は、隣町の温泉旅館で歓迎会と称する飲み会に行くんだな」


「それって、一泊?」

「勿論、野球部のマイクロバスで行くから、運転する出口先生も飲めるように、一泊するんだな」


 慎重な航平がまだ抵抗した。

「いや、先生がいなくても、海里のお母さんがいるだろう?」


 桔梗村出身の生徒が微妙な顔をした。海里本人だけがあっけらかんとしていた。

「お母さんはいないんだな。うち、離婚していて、父子家庭なんだ。弟は母親について行ったから、2人で暮らしている。今日しかチャンスはないぞ」


何も知らなかった航平が、小声で海里に謝った。

「知らなかった。ご免」

「みんな知っていることだから、気にしないで」


海里は声を上げた。

「じゃあ、みんな今日は6時俺の家に集合。それから、みんな、飲み物や食い物持って来いよ。家には何も食い物はないからな。それから勿論、酒と煙草は厳禁だぞ」


全員で、気をつけをして、海軍式に敬礼した。

「了解!」


海里は、蒔絵に近づいた。

「蒔絵はどうする?」

「んー。顔がまだ腫れているから、うちに帰って休む。少しジンジンするんだ」

海里は、蒔絵の言い訳の半分は嘘だと分かっていたが、信じた振りをした。



 夕陽の綺麗な海を望む高台の道を、銀河と蒔絵が乳母車を押しながら歩いていた。

「蒔絵も、打ち上げに行けばいいのに」

「紫苑みたいに、無責任なことできないからね」

紫苑は、双子を置いて、3年生の打ち上げ会場に行ってしまったのだ。


「顔は痛む?」

「まだ、交感神経全開で、痛くない」

「夜は痛むかもよ。早く帰って休め」

「銀河のお母さんは、今日は早く帰ってくるの?」

「いや、今日は母さんの実家に行っている。法事だから、今日は泊ってくるらしい」


「ふーん。じゃあ、双子を風呂に入れるのを、手伝いに行くよ。」

「ありがとう。じゃあ、早めに風呂に入れちゃおう。蒔絵は、夕飯までには帰らないといけないからな」

「いや、うちのお母さんは泊まりがけの出張。お父さんと2人なんて息苦しいから、銀河のところで夕飯食べていい?」


「お父さんの夕食は?」

「お母さんがなんか作り置きしていったみたい」

「じゃあ、お父さんをうちへ呼んだらいいじゃないか」

「なんで?」

「かわいそうだから。俺が父親で、娘にそんなに毛嫌(けぎら)いされたら悲しいぞ」

鈴音(すずね)お姉ちゃんだって、高校生の頃、おじさんのこと、大分毛嫌いしていたよ」


「でも、今回、姉ちゃんは、東京には父ちゃんの車で行ったぞ」

「それは、しょうがなく行ったのよ。それに、東京に着いたら、おじさんは、勝手にボランティアに行っちゃったでしょ?鈴音お姉ちゃん、滅茶苦茶怒っているよ」

「まあ、ああいう人だからね」

「反面教師?」

「俺にも、そう言う面があるかもよ。何もかも捨てて消えたくなることもある」


蒔絵は、銀河の顔がよく見えなかったが、声の調子はいつもと違うものを感じた。

「やっぱり、お風呂入れるのを手伝いに行くよ」

銀河は、何も答えなかった。

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