209 泣きっ面に蜂
田中先生に連れて行かれた練と武は、拍子抜けするくらい簡単なお説教で解放された。
田中先生は、生徒指導をする時間などなかったのだ。それはこの後、臨時職員会議が待っているからだ。避難訓練で、消防隊員が、手持ち花火を振り回すなんて前代未聞の不祥事だ。市の教育委員会と消防署、それにマスコミへの対応もあって、臨時職員会議は、勤務時間が過ぎても続いた。
「本当に怪我がなくて良かった。先生達はこの後、職員会議だから頭が痛いよ」
練は、この言葉を聞き逃さなかった。
グランドでは、まだ北斗が親に怒られている。窓越しにそれを確認すると、練はまっすぐ低学年の教室に向かった。思っていたとおり、ドローンがまだ、教室に置いてあった。
練は、低学年の教室に武と一緒に忍び込むと、椅子の背に無造作に引っかけてあった、北斗のボディバッグを漁った。
「あった」
「練、流石に鞄の中から取るのは、まずくないか?」
武の言葉に、練はムカついた。
「嫌なら、先に帰れ」
武はドローンで感じた恐怖が忘れられなかった。これ以上、練につき合っていたら、命がいくらあっても足りない。武にはそのくらいの分別があった。
「うん。僕、先に帰る」
武は振り返りながらも教室を出て行った。それを確認すると、練は大きく息を吸った。
「ふん。小学校3年生が乗れるんだから、俺に出来ないわけがないだろう?さっきは、少し焦っただけだ」
練は、自宅で小型ドローンのおもちゃを操縦したことがある。ゲームでもっと難しいフライトシミュレーターで遊んだこともある。
リモコンでドローン本体を動かしてみて、練は運転できると思った。
生徒玄関から出ると人目につくので、昔、給食室があった裏口に向かった。そこには荷物搬出のスロープウがある。
リモコンで操作すると、ドローンは自分の後を、犬のようについてくる。しっかり、裏庭までドローンを運ぶと、練は変な自信がついてしまった。
裏庭で、リモコンを軽く操作すると、ドローンは思い通り、上下にも動いた。
「何だ、ゲームのコントローラーと同じじゃないか」
そう言って、練はドローンに乗り込んだ。
「よし!いいぞ。このまま僕の家までドローンに乗って帰ってしまおう。みんな驚くぞ」
練を乗せたドローンは気持ちよく上昇した。練は、下で見上げている武に軽く手を振った。
「俺についてきたら乗せてやったのに」
練は、小学校のすぐ側にあるホテル「奥飛騨」のロータリーで、ドローンを降ろそうとした。しかし、リモコンも、ハンドルもさっきまであんなに思い通り動いていたのに、動かなくなってしまった。
「うそ。降りられないの?」
ドローンは、栃谷地区から、北斗達のホテルがある奥平地区に向かっている。
「まさか、北斗の家に帰るってプログラムが組んであるのか?あそこ遠いんだよな」
デジタルネイティブは、察しが良い。最近の車は、ナビが発達していて、一部の車では自動運転で目的地に行けるようになっている。
しかし、北斗の住むホテルを越えても、ドローンが止まる気配はなかった。
「ちょっと、どこまで進むんだよ。どんどん、山の中に進んでいく。お母さ~ん」
練の泣き声は、深い針葉樹の森に吸い込まれていった。
一方、未谷製造は練が乗ったドローンを視界に収めたまま、助手席に乗っている息子に話しかけた。
こちらのドローンは、4人乗りで速度もかなり出せる。すぐ追いつくだろうと、製造は思った。
「北斗、あっちのドローンには、どんなプログラムを組んだんだ?」
「え?自宅と学校の往復をするルートが、今動いていると思います」
北斗の腕についているスマートウオッチに振動が来た。
「あっ、父さん。七瀬からメールが来た。あれは小野田練さんらしいです。僕のバッグからリモコンを取っていったらしいです」
「リモコンには、ロックは掛けなかったのかな?」
北斗は、100%の対策を立てていなかったことを、またも注意された。
「すいません」
北斗は、バックを椅子の背にかけっぱなしで、かつ、リモコンには暗証番号も設定していなかったことを思いだした。
前を行くドローンは、未谷家のホテルを越えてまだ、進んで行く。速度もどんどん上がっていく。
「おかしいな。うちのホテルを越えていく」
「考えられることは2つ。あの子が、めちゃくちゃにリモコンをいじって壊したか、ハッキングされたか」
もしハッキングをされたのなら、早めに、練が乗っているドローンの通信を切らないといけない。
「運転代われ。社長に連絡して、あっちのドローンの遠隔操作をして貰う」
「遠隔操作なら、角張宗輔さんが上手いです」
宗輔は、今年正式に未来TECに採用され、諏訪邸から奥飛騨のホテルに移って来て、若手社員のリーダーとして働いている。
「角張君は、遠隔操作が上手いのか?」
「うん。操作の説明も上手いよ。宗輔さんに教えて貰ったので、僕も七星も、1日でマスターしちゃった」
「教えてくれるように頼んだのか?」
「仕事部屋で見学していたら、『やってみるか』って言って、操作させてくれたんだ」
製造は大きくため息をついた。角張宗輔も、犯人のリストに浮上してきた。
「遠隔操作は止めだ。もう追いついた」
製造は、練の乗ったドローンの追いつき、背後からアームを伸ばし、前を飛ぶドローンをキャッチした。
泣いていた練は、泣いてぐしゃぐしゃになった顔で振り返った。
「練君かな?前を向いて、しっかりハンドルを握っていて、動かないで」
製造は優しく声を掛けた。
練は、大人しく前を向いた。
(何で、北斗がいるんだ。僕を笑いに来たのか?)
「駄目だな。前のドローンの力が思ったより強い。一旦、降りて、動きを止めよう」
製造はそう言うと、2台のドローンを着地させられる空き地を探した。
「道路しかないな。あー。でも、土砂崩れをした先の道路なら、車の通行もないし、いいかな?」
製造達が拠点にしているホテルの更に奥、冬季は通行止めになるような道路に、製造は2台のドローンを静かに下ろした。降りるとすぐに、製造は走って、前のドローンに行き、エンジンを完全に切って、コンピュータの回路も完全に遮断した。
「これでいいな。帰ってから、誤作動の理由を確認しよう」
そして、練を操縦席から抱き上げて、自分たちのドローンの後部座席に乗せた。
「練君、シートベルトをしてくれるかな?」
シートベルトをしっかり締めたかどうか、北斗が助手席から振り返って確認した。
練が北斗を見て、苛ついた。
「何を見ているんだよ。北斗。お前は何でここにいるんだ。俺を笑いに来たのか?」
興奮して怒り狂う練とは対照的に、北斗はいつも通りボーとした顔をしていた。
「ん~。救助の手伝い?」
「お前になんか助けて貰わなくても、平気だよ」
製造は、憎まれ口を叩く練を見つめた。
「練君、あのまま、誰も助けに来なければ、山に激突して死んでいたかも知れないよ」
「死んで…?」
一瞬3人の間に静けさが訪れた。
ジジジジ…
「父さん、何か音がしない?」
北斗が呟いた。静けさに我慢ができなかった練が、すぐさまそれに答えた。
「お前、馬鹿か?蝉の鳴き声も聞いたことがないのか」
製造の言葉が、練の言葉に重なった。
「違う。口を閉じろ。舌を噛むぞ」
言うが早いか、製造は、ドローンを掴んでいたアームを切り落とした。畳む暇がなかったのだ。そして、製造達3人を乗せたドローンは、あっという間に急上昇を始めた。
ドカーン
まだ、急上昇をし続けるドローンの遥か下で、練が乗っていたドローンが木っ端微塵になった。
北斗は気がついた。
自分があのドローンで自宅に帰っていたら、途中でドローンごと、爆破されていたことを。
運転席の険しい顔の製造を見ると、その想像が外れていないと思った。
後部座席の練は、放心状態であった。
この話は全くのフィクションで、実在の土地や施設、人物などとは全く関係ありません。




