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デブでも銀河は夢を見る  作者: 八嶋緋色


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208/209

208 危ない避難訓練

 5時間目が終わる寸前、非常ベルが鳴った。避難訓練の始まりだった。


 上級生はハンカチを口に当て、教室から(すみ)やかに脱出した。

家庭科室から流れる煙は、廊下に充満していた。どこか火薬の匂いが混じっていたが、普段、紙煙草を吸っている田中先生は、気にもしなかった。

 小野田(れん)は避難の途中、低学年の教室の中に、ドローンが置いてあるのを見て、ちょっと、教室のドアが開くか確認をした。ドアはスムーズに開いた。


「おい。練、何をしているんだ?早く来いよ」

大岩武(おおいわたけし)が、遅れて歩く練に気を使って、声を掛けた。

「うん。すぐ行く」

練は、煙が吸い込まれていく階段を見つめていた。



 一方、低学年は3階の音楽室で、校歌の練習をしていた。

時間になると、音楽室のスピーカーから、教頭先生の声が聞こえてきた。

「家庭科室から火災が発生。児童の皆さんは、教科担当の先生の指示に従って、避難を開始して下さい」


 低学年は、栃本(とちもと)小学校から来た音楽の岩崎先生に誘導されて、避難を開始した。岩崎先生は30歳を少し過ぎた、落ち着いた女性で、栃谷(とちたに)小学校の避難訓練も何度か経験をしている。


「はい、では、みなさん、グランドに避難します。(さとる)さん、教室の窓をすべて閉めてください」

 七星(ななせ)美登里(みどり)を背負って、北斗は畳んだ車椅子を持った。


 窓を閉めに行った悟は、下からの煙に気づいて、窓から1階の出火場所を覗き込んだ。

「すごい煙が、家庭科室から出ている」


 岩崎先生は首を傾げた。

「今日は、スモークを()く予定じゃないんだけれど」


 子供達は顔を見合わせた。七星が背中の、美登里に尋ねた。

「バルサン使うのは、()めたんだよね?」

「うん。敬一おじさんに、怒られて諦めていたけれど…」


 北斗が、顔をしかめた。

「バルサンっていうか、火薬の匂いがする」


 窓から見えるグランドには、既に、上級生達が歩いているのが見える。

岩崎先生は、時計をちらっと見た。避難訓練は、低学年がグランドに整列して点呼しないと終わらない。

「悟さん、最後、教室の戸を閉めて、階段を最後に降りて来てください」


 悟は、殿(しんがり)を務める任務を与えられ、少し誇らしかった。


 先頭の岩崎先生が教室を出て階段に向かうと、階段下の非常ドアが閉まっているのが見える。

このままでは、1階の廊下に出られない。岩崎先生の背筋に一瞬冷たいものが走った。

「非常ドアが閉まっているのは、煙が階段の上に来ないためかしら?」


「困ったわね。3階は他に出口がないのよ」

 岩崎先生は、急いで1階まで駆け下りると、非常ドアを開けようとした。ドアは開くが、厚い煙が隙間から入ってくるので、すぐ閉めざるを得なかった。


「先生!廊下の窓に『オリロー』がありますよね」

北斗が車椅子を置いて、廊下の端に設置してある、大きな箱の場所まで走って行った。


 北斗は、箱の説明書きを見ながら、どんどん救助用具を組み立て始めた。

「垂直式救助袋かぁ。美登里さんは、降りられるかな?」


 垂直式救助袋は、避難ハッチからまっすぐ下に、吹き流しのような厚い布が降りている。勿論、袋はらせん状なので、真下に落下することはないが、初めて使用する時は、袋に飛び込むのに勇気がいる。


「悟君、最初に降りてくれない?」

 階段を駆け上がってきた岩崎先生は、美登里を七星から受け取った。自分で抱きかかえて、救助袋を降りるようだ。

最初に降りるよう指示された悟は目を大きく見開いて、首をぷるぷると横に振っている。


 七星と北斗は、顔を見合わせた。

「私が先に降りる。悟さん、大丈夫だから見ていて」

七星が、軽々と袋の中に飛び降りた。暫くすると、下から、七星の声がした。

「次の人、降りて来てぇ」


 悟はいつまでたっても、袋の前から動けなかった。


 北斗が、袋の前で(すく)んでいる悟を、脇にどかした。

「最後に降りるのも、怖いぞ。先生、美登里さんと先に降りて下さい」

岩崎先生は片手で美登里を抱えて、袋に飛び込もうとした。



「おーい。待ったぁ」

 岩崎先生が顔を上げると、窓の前に、ドローンに乗った男がいた。岩崎先生は下を見たが、そこは3階だった。未谷製造が、4人乗りのドローンで、3階の救助にきたのだ。今回の避難訓練は、消防団が手伝いにきてはいるが、消防署員は来ていない。当然、はしご車も来ていなかった。


「先生、2人で降りるのは危ないんで、その子をこちらに寄越してください」


 製造はドローンからアームを伸ばして、垂直式救助袋の縁に引っかけた。ドローンを固定するためだ。

岩崎先生は、垂直式救助袋の(ふち)に腰を掛けて、美登里をアーム乗せた。製造は体を寄せて美登里の腰を引き寄せた。細くて軽い体だ。

製造は助手席に美登里を乗せると、そのままドローンを飛ばして、グランドの集合場所まで行ってしまった。

 悟が、恨めしそうな顔をして、呟いた。

「まだ人が乗れるのに…」



「じゃあ、先に降りるね」

そう言うと、もう半分救助袋に体を入れている岩崎先生は、そのまま袋の中に身を投じた。


 北斗は、再び悟に声を掛けた。

「どうする?最後に降りる?俺の前に降りる?悟さんがこれを降りないと、避難訓練は終わらないよ」

「でも」

北斗は、グズグズ迷う悟に、小さくため息をついて、先に降りて行った。


 悟が、渾身(こんしん)の勇気を振り絞って降りたのは、10分後だった。岩崎先生だけが下で待っていた。

「先生、遅くなってすいません。北斗さん達は?」

「先に、集合場所に向かって貰いました。急ぎましょう。皆さん待っていますよ」

岩崎先生は悟の手を(つか)むと、全速力で集合場所に向かった。悟は、ヒールで走る岩崎先生に必死でついて行った。



 集合場所では、低学年担任の齋藤先生が手を振っていた。

「お疲れ様でした。これで、低学年は全員揃いましたね。教頭先生のところに、人員報告に行ってきます」


 北斗が、荒い息をしている岩崎先生に話しかけた。

「煙の原因が分かりました」

そう言うと、校長先生が立っている号令台の脇で、正座している数人の男を指さした。

座っている全員が、消防団員の服装をしている。


「あの人達が、スモークの代わりに花火を振り回して、煙を出していたそうです」

美登里が恥ずかしそうな顔をした。

「叔父さんとその友達。バルサンの代わりに、花火を使ったんだって」


 整列している子供達にも迫田玲子(さこたれいこ)教頭が、男達を叱っている声が聞こえてきた。

「火災訓練で、花火に火をつけるなんて、どうかしています。そもそも、学校が立てた計画と違うことをされると、訓練にならないでしょ?」

玲子(れいこ)ちゃ~ん。そんなに怒ると皺が増えるよ。もう、俺達、社会人なんだから正座とか勘弁してくれよ」

 正座している男の中で、前髪をワックスでしっかり立たせている男が、甘ったれた声を出していた。

どうも、男達と迫田教頭は顔見知りのようである。


「全く、何時までも小学生のような甘ったれた考えでいるから、こんな事故を起こすんです。3階に児童がいるのに、防火シャッターを閉めるなんて、あり得ません」


 先ほどの男が、悪びれもせず口答えをした。

「いやー。係の子が、一生懸命1人でシャッター閉めているから、手伝っただけなのに…」


「そんな係はいません。見たって言うなら、名前を言ってみなさい」

「そんな無理ですよ。名札を読む余裕なんてないし、多分、男の子だと思うけれど、今見ても誰だか分からない」


 その言葉を聞いて、小野田練は内心ホッとした。


 

 校長先生による避難訓練の講評が終わると、児童達はグランドで解散をした。

各自、校舎入り口で、泥のついた上履きを洗って、ランドセルを取りに教室に向かった。


 練と武は、田中先生に連れられて、職員室に向かった。ドローンの件で注意をされることになっていたからだ。

 花火を振り回して、避難訓練を台無しにした町田竜二とその仲間達は、校長室に連行されていった。



 北斗と七星は、教室にドローンを取りに戻ろうとしたところを、製造に呼び止められた。

「北斗、少し待ちなさい」

いつもおおらかな笑顔を浮かべている製造が、真顔で、北斗のすぐ側まで歩いてきた。

息子の顔がまっすぐ見える位置まで身をかがめて、製造は、ゆっくりと話しかけた。



「今日の避難訓練で、垂直式救助袋を下ろしたのは、北斗かい?」

隣で、七星が満面の笑顔で頷いた。

「良い判断だった。ただ、あの避難具は2人同時に降りるのには、向いていなかったので、手伝わせて貰った」

北斗は少し嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとうございます」


 しかし、製造が、北斗を引き留めたのは、別の理由があった。



「ところで、昨日ドローンを持って行くことを禁止したつもりだったが、どうしてドローンを小学校に持ち込んだのかな?」

北斗は、ドローンの件で父親が怒っていることに気がついた。しかし、自分としては正当な理由がある。

「許可を貰えばいいと…」


 製造は北斗が何をしても、頭から叱りつけたりはしない。1つずつ順を追って、(さと)し始めた。

「許可は貰ったかな?」

「それは、父さんが電話してくれたんじゃ…」

 北斗は、朝、齋藤先生からドローンの話をされたので、父親がすべて段取りをしてくれたと思い込んでいた。


「私は、校長先生に『許可』を貰ってはいないよ。『北斗がドローンに乗って登校する』という『連絡』をしただけだ」

「でも、校長先生はそれを認めたんでしょ?それは『許可』じゃない?」


 一生懸命、自己弁護をする北斗を見て、製造は、「まだ小学3年生なのだなぁ」と再認識した。

北斗には、大人顔負けの頭脳と技術があるからこそ、北斗には「倫理観」を身につけて貰わなければならない。


「ドローンを持って行かなければ、小野田君と大岩君が乗ろうとは思わなかったよ。2人が怪我しなかったのは、運が良かったのであって、下手したら死んでいたかも知れない」

 製造は既に、齋藤先生から一部始終を聞いていた。それでも、北斗には北斗の理屈があった。


「それは、黙ってドローンに乗った2人が悪くないですか?」

「では、彼らがドローンを動かせないように、100%の対策を取ったかな?ここは小学校だよ。未来TECのように分別のある大人だけがいるわけじゃない」


「それは…」

 言い(よど)む北斗の耳に、聞き慣れたエンジン音が聞こえた。音のほうに顔を向けると、誰かが北斗の持ち込んだドローンに乗って、空高く飛び立っていった。


 製造は、大きくため息をついた。

「ほら、あれも対策がしっかりされていないからだね」

そして、言うが早いか、自分が乗ってきたドローンに向かって走り出した。

「父さん。僕も行く」

北斗は名誉挽回をしようと思ったのだ。



 ドローンに乗った製造は、後ろを走って来る北斗に気がついた。

(連れて行きたくないけれど、良い勉強にもなる。少し危険が伴うが、連れて行くか)


 ドローンに乗り込んだ製造は、助手席のシートベルトを引っ張った。ドローンに飛び乗った北斗は、父親からシートベルトを受け取って、カチリと装着した。


 北斗のすぐ後ろを走ってきた七星に、製造は担任への報告を依頼した。

「七星!俺達はあのドローンを追いかけていく」

「わかりました」


 七星は、その一言で、自分のすべき行動を理解した。

学校で避難訓練をすると、代表しか体験はできないですよね。全員が、消化器を使ったり、避難袋で脱出したりできると良いと思います。因みに、私は垂直式救助袋で、降りたことがありますが、中に入るにはかなり勇気がいりました。中では、結構もたもた降りる感じなので、怖いことはないんですけれど。

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