207 子供の判断力
未谷製造の予感は当たった。
翌朝、倉庫に隠してあったドローンが一台なくなっていたのだ。念のため、充電池も外しておいたのだが、汎用型電池なので、北斗は他の機械から外してつけていったのだろう。
製造はすぐさま、学校に電話を入れた。蒲生校長が電話口で、のんびりと受け答えした。
「はい。息子さんが、ドローンを学校に持ち込むかもしれないというお話ですね。はい。美登里さんを乗せるようなことがないよう、こちらでも注意して見ています。ご連絡有り難うございます」
(多分校長は、ドローンを電動自転車に毛が生えたものだと思っているんじゃないか?)
確かに、普通の小学校3年生が動かせる程度の機械なら、そういう認識でも大丈夫だが・・・。
製造は心配なので、午後から避難訓練の見学に行くことに決めた。
一方七星は、ドローンに乗って、1人で登校していった北斗を見送って、何食わぬ顔をしてスクールバスに乗って登校した。
学校に着くと、七星はグランドに直行した。七星の想像通り、グランドで北斗はドローンを乗り回していた。垂直に20mまで上昇している北斗に、七星は大声で声を掛けた。
「北斗、何しているの?」
「このまま、3階まで上がれるか確認している」
そう大声で答えて、北斗が乗ったドローンは地上に降りて来た。
「それじゃ、駄目でしょ?人が乗ったドローンを、北斗が操縦しないと・・・。それに、人目がないからグランドで練習しているんだろうけれど、屋内だと電波の通り方が変わるから、実際に階段で練習しないと駄目だと思う。北斗が操縦するドローンに、私が乗ろうか?」
腰に手を当てた七星は、北斗に向かってまくし立てた。
北斗は少し肩をすくめると、小さな声で答えた。
「そうだよね。もう時間がないから、昼休みに練習しよう」
そう言うと、北斗はグランドの用具庫に、ドローンを置いて教室に向かった。百葉村では、このように貴重なものを放置しても、ものが取られることがなかった。そこに隙があった。
「おい、武。あの2人、用具庫に何か置いて行ったぞ」
教室の窓から一部始終を見ていた練は、武に話しかけた。
「鍵を掛けていなければ、何か見ることはできるけれど」
「あの用具庫は、鍵がそもそも掛っていないよ」
練が、何か思いついたようだ。
「俺達、1時間目、美術だよな」
「あー。グランドで、写生するって言えば、外に出られるよな」
専科の先生がいないので、美術の時間は担任が授業をすることになっている。
夏休み明けは、文化祭に備えて、各自作品製作をすることになっているが、担任の田中先生は、版画をしている6年生から離れられない。版画で使う彫刻刀で、事故が起こってはいけないからだ。
「田中先生!文化祭に展示する絵なんですが…」
練は何食わぬ顔で、担任に話しかけた。
「小野田さん、絵のテーマは決まりましたか?」
「はい。僕たち、あまりグランドに出たことがないので、最後にグランドの風景をスケッチしたいと思います」
「そっか、外は暑いから、気をつけてください。中武さんはどうしますか?」
夏休み明けのグランドは、灼熱地獄だ。クーラーの効いた教室から外に出たくない千翔は、男子2人を胡散臭そうな目で見た。この暑い中、外に出たがる男子は何か企んでいるに違いなかった。長年の経験から、やっかい事の匂いを感じ取った。
「私、教室の中の風景を描きたいので、ここにいます」
その言葉を聞くと田中先生は、3人の選択を何の疑いもなく許可し、6年生を連れて、美術室に向かった。
田中先生は、美術室で6年生を見ながら、事務仕事でもしようと考えていた。文化祭前にしなければならない仕事は、いくらでもあった。
「良かったな。千翔がついて来なくて」
武は教室を振り返りながら、練の後について行った。2人はまっすぐ、用具室に向かった。
ドローンを操作するリモコンは、北斗が安全のため、教室に持っていったが、ドローン本体でも動かすことができた。
「これ、何だ?小さな車みたいだよな」
用具庫に隠されたドローンは、空を飛んでいる時は地面と水平に広がっていたファンが、車体に縦に格納され、一見すると、遊園地のゴーカートのようだった。
「朝、北斗がこれに乗って登校してきたのを見たぞ。空を飛ぶんだ」
そう言うと、練はドローンに乗り込んでみた。運転席はバイクのようにまたがることができた。運転席に座ると、目の前にスタートと書いてあるボタンが見えた。
前にはハンドルがついているので、練は、何となく運転できそうな気がしてきた。
「練、俺も乗りたい」
そう言うと、大柄な武が、座席の後部にまたがってきた。
「重量オーバーじゃないか?座席は一人分しかないぞ」
「大丈夫だよ。前に詰めれば」
一人乗りのドローンであるが、小学生2人くらい乗せても重量オーバーではない。
無謀にも、練はスタートボタンを何も考えず、押してしまった。
狭い用具庫に、エンジン音が響き渡り、4つのファンが車体からせり出し、大きな音を立てて回転し始めた。人を乗せて浮上するのだ。ファンの威力はかなり強力で、あっという間に、轟音を立てて、天井近くまで上昇した。
練は慌てて、ストップボタンを押した。天井近くまで上昇したドローンはそこで止まった。
もし、再びスタートボタンを押していたら、エンジンが停まって2人は落下してしまっていただろう。
「武、動くな。バランスが崩れる」
「練。下ろしてくれよ」
そう言われても、うっかり変なボタンを押して、落下したらと考えると、練はもう、どのボタンも押すことができなかった。
練も武も、途方に暮れて泣きだしてしまった。
「お母さ~ん」
「ぐすん。ぐすん」
2人が泣き疲れた頃、用具庫のドアが開く音がした。
その音と共に、ドローンは、静かに下降し始めた。
ハンドルにしがみついていた練が、顔を上げると、北斗がリモコンを持って立っていた。
「降りられますか?」
北斗の後ろから、齋藤先生が顔を出した。
「何しているの?今は、美術の時間ですよね」
ドローンから降りた2人は、腰が抜けて立てなかった。
「齋藤先生、ドローンを用具庫に置いておくと、危ないので教室に運んでいいですか?」
北斗は、座り込んでいる2人に目もくれず、担任に話しかけた。それがまた、練の気に触った。
「そうね。でも、ドローンは避難訓練には使えませんよ。そこは分かっていますよね」
北斗はドローンのリモコンを使って、故障箇所を点検した。すべてのボタンを押したが、どこも異常なく作動した。壊れた場所はないが、サドルが濡れているのをみつけて、北斗はちらっと、練と武の濡れたズボンに目を向けた。
2人は顔を真っ赤にした。よっぽど怖かったのだろう。
北斗は、ドローンに乗っていくことを諦めて、ファンを畳んで、ゴーカートのような形に戻した。小型車型のドローンは、誰も乗せていないのに、とことこと北斗について行った。
北斗が出て行った後、齋藤先生は優しく、2人に声を掛けた。
「練さん、武さん、怪我はしていませんか?一緒に保健室に行きましょう。保健室に着替えもあるし…」
練と武は、齋藤先生に連れられて、保健室に向かったが、着替えが終わると何食わぬ顔をして、教室に戻った。練の心の中には「このままでは済まないぞ」という抑えきれない怒りが静かに煮えたぎっていた。
田中先生は、齋藤先生から報告を受けたが、避難訓練で頭がいっぱいで、2人への指導は後回しにされた。
子供って怖いですよね。想像の斜め上のことをしでかします。でも、大人でも、子供のまま成長しちゃった、怖い人がいるようです。




