206 食事時の会話
奥飛騨温泉郷唯一の小学校、栃谷小学校の昼食は、全校生徒と教員が、ランチルームで一緒に取ることになっている。栃谷小学校は、教員も児童も少ない人数なので、昼食時に交流を図るのだ。
児童数減少で給食室はもうなくなったので、ホテル「奥飛騨」から弁当の形で昼食を運んでもらっている。
「うわー。これ何?ジンギスカンみたい」
七星が、悟に尋ねた。
「鶏ちゃん焼きだよ。岐阜の郷土料理なんだ」
もう一人の5年生、中武千翔が七星に話しかけてきた。
「ジンギスカンは羊だけれど、これは鶏肉。私はこっちが好きだな」
千翔も5年生唯一の女子なので、七星が来たことを喜んでいる。
「七星さんが来たので、女子は6年の亮子さん、5年の私、1年の美登里さんと七星さんで4人になったね」
楽しそうに話している千翔を、練は面白くない顔をして見ていた。
昼食が終わりそうになった時、高学年の担任の田中此方先生が、話し始めた。
担任は、産休代理の齋藤先生と、この田中先生の2人しかいない。田中先生が主任の仕事も担っているのだ。
「明日の午後から、避難訓練なんだけれど、小野田さんと大岩さんにお願いがあります。車椅子の美登里さんの避難介助をお願いします」
小野田練は、面倒くさいことが嫌いなので、屁理屈をこね出した。
「田中先生。亮子さんや千翔さんにはどうして頼まないんですか?いつも力仕事は、男ばっかり手伝わせますよね」
50歳にして独身の田中先生は、性別による役割分担が染みついている。「男女平等」の教育を心掛けているつもりだが、力仕事だとつい、男子に声を掛けてしまうのだ。
美登里は下を向いた。自分のことでもめているので、いたたまれなくなっている。
そんな美登里に七星が気がついた。食べ終わった美登里の食器を、自分の食器と重ねながら田中先生に話しかけた。
「田中先生、小学3年生で避難を手伝います。3人いれば大丈夫です。避難経路と出火場所を前持って教えて下さい」
「それじゃ、訓練にならないだろう?」
意地悪な練にも、七星は涼しい笑顔を向けた。
「そうでした。でも、校舎の中も、避難場所も私達は知らないので、前持って聞いた方がいいと思ったんです」
「大丈夫だよ。悟が知っているから。なあ。悟」
練はそう言うが、悟は、1年も2年も夏休み明けに2、3日不登校になっていたので、避難訓練に参加したことはなかったのだ。
練と武が、何かと構うので、長い休み明けに、悟はどうも学校に行きたくない気持ちになってしまう。2人は特別に手を出すわけではないのだが、いちいち、言うことがきついのだ。
亮子は、練達に苛められたせいで、弟の悟が学校に行きたがらないと思い込んでいて、腹を立てていた。
「悟、帰り、齋藤先生と一緒に、去年の避難経路と避難場所を確認しよう」
「亮子さん。私達も一緒に行っていいですか?」
七星も、同行を希望した。
「勿論、北斗さんも七星さんと一緒に来てね」
北斗は、空の弁当箱を前に、ウトウトしていたが、ゆっくり顔を上げて、こくんと首を振った。
ホテル「奥飛騨」は、小学校のすぐ近くにあるので、親が「奥飛騨」に勤めている小学5年生の3人は、スクールバスを使わない。
小学校から遠く離れた民宿やペンションの子供達だけが、スクールバスに乗るのだ。スクールバスの運転は、因幡姉弟の祖父で、この地域全体の湯守もしている因幡敬一だ。
「祖父ちゃんに、バスを1時間遅らせて貰うように頼む」
そう言うと、因幡稔は、職員室に電話を借りに行った。
スクールバスに乗る6人が、避難訓練の下見をするので、気を利かせて6年生の稔が、祖父に連絡をしたのだ。
職員室で電話を掛けてきた稔は、齋藤先生と一緒に廊下に出てきた。この学校の避難訓練が初めての齋藤先生も、前持って、避難ルートを確認しなければならない。
齋藤先生は、避難訓練計画の職員会議資料を持って、生徒達を誘導した。
「まず、明日は、5時間目に音楽の時間があるから、3階から降りないといけないのね」
七星が、ぼそっと呟いた。
「よりによって・・・。授業変更ってできないんですか?」
「そうなんだけれど、音楽は、栃本小学校の先生に来て頂いて行うの。4時間目は高学年、5時間目は低学年って決まっているのよ」
「なるほど。それで、上級生はまた3階に上がってくるのが面倒くさかったわけだ」
「まあ、それもあるかもね」
小野田練が手伝いをしたくない理由は、それだけではないだろうが・・・。
「まあ、毎週のことだから、美登里さんを3階に上げるところから、練習しようね」
何も言わずに、七星が美登里を負ぶって、北斗が車椅子を畳んで、持ち上げた。3年生にしては大柄な北斗だが、車椅子は意外に重く、3階まで持ち上げるのに苦労をした。
音楽室まで上がってから、再度全員で階段を降りた。階段の下には防火シャッターがあった。
「明日は、シャッターを閉めるんですか?」
北斗が齋藤先生に話しかけた。齋藤先生は、資料を確認して答えた。
「本当に火事があったら、閉めるけれど、明日は閉めないよ」
北斗は、防火シャッターを動かしてみた。軽く動き、閉まっても、鍵が掛るわけでもなかった。
その後、全員で靴を履き替えて、グランドの中央まで出てみた。
稔が、車椅子を押してグランドを移動した。グランドに石が多くて、なかなかスピードが出なかった。
「石ころだらけなのね」
齋藤先生の言葉に、亮子が答えた。
「グランド整備するには人手がないんで、体育はほとんど体育館で行うんです」
「運動会も?」
「はい。村人総出で運動会をしていた頃は、グランドに屋台が出たりして、楽しかったみたいですけれど」
「楽しそうね。栃本小学校と合併したら、グランドで体育できるわよ」
上級生は、顔を見合わせて微妙な顔をした。
6年生の修学旅行などは、既に、栃本小学校と合同で行っているが、栃谷小学校の生徒は大規模校の中でいつも萎縮している。今年、2校が合併しなかったことで、栃谷小学校の児童は実は、喜んでいた。
避難訓練の下見をした後、6人は、待っていたスクールバスに乗り込んだ。
「明日は、避難訓練だってな。消防団の兄ちゃんが張り切って、スモーク焚くって言っていたぞ。明日はハンカチを忘れるな」
運転席の敬一から声を掛けられた。
町田稔は、その消防団の男に心当たりがあった。
「また、兄ちゃんだね。栃本小学校の音楽の先生に、いい格好見せたいんだろう?」
七星が、町田稔に尋ねた。
「稔さんの上にも、兄弟がいるんだね」
「正確には、叔父さんなんだけれど、最近、戻ってきてうちのペンションを手伝っているんだ」
美登里は、その叔父が好きなようで明るい顔で、話を続けた。
「竜二兄ちゃん、面白いよ。昨日、バルサンを一杯買ってきていた」
運転をしていた敬一が、意外なほど大きな声を出した。
「また、竜二は突拍子もないことを。ちゃんと消防署で、スモークマシンを借りればいいのに。帰りにちょっくら叱ってくるわ。バルサンなんて焚いたら、子供達の健康に悪いぞ」
七星は小声で、美登里に話しかけた。
「竜二叔父さんって、どんな人なの?」
「んー。自分では『昔はやんちゃしていた』って言っていたけれど、今は普通の髪型で、仕事もしっかりしているよ」
それを聞きつけて、運転席の敬一が、また怒り始めた。
「は~ぁ?駅の裏で煙草を吸って、ボヤを起こした中学生が、なに『やんちゃ』で片付けているんだ。いくら若いのがいないからって、あいつだけは消防団に勧誘しちゃいけなかったんだ」
七星は夕飯時、ホテルの大人達に学校での出来事の話をした。七星は親から、北斗の話を製造に逐一報告するように言われていたのだ。
未谷製造は、無口な北斗から聞けない日常の話題に興味津々だった。
「ほー、明日は避難訓練なんだね」
「はい。1年生に車椅子の町田美登里さんって子がいるんで、私達が、避難訓練の時、介助するんです。5時間目が音楽なんで、3階から降りないといけないんです」
祖母の未谷来春は、少し眉を曇らせた。
「小学校3年生には少し荷が重いね。車椅子も重いだろう?」
北斗は、祖母の顔を見て小さく頷いた。
北斗は、祖母に水を向けられたので、自分なりの解決方法を提案した。
「父さん。人が乗れるドローンって、明日、借りられない?」
「何のために、借りるんだ?」
「美登里さんの階段の上り下りに、ドローンを使いたいんだ」
製造は、眉をひそめた。
「お前は乗ったことがあるが、美登里さんは操縦できないだろう?」
「俺達が側について操縦して、階段を上り下りするんだ。大丈夫だよ」
「万が一、美登里さんがドローンの上でバランスを崩したら、お前はどうするんだ?」
北斗は、今まで、自分がする場合は、「怪我をしたら自己責任」と親に突き放されていた。
だから、どうして今回はそこまで慎重になるのか、理解ができなかった。いくら優秀でも、やはり小学3年生である。
「叔父さん、明日の避難訓練には、使わないけれど、体育館でドローンに乗る練習をさせたらいけない?」
七星が助け船を出した。
「それは、俺に許可を貰うものじゃない。美登里さんの親や、学校の先生方に説明をして許可を貰わないといけない」
それでも、製造は首を縦に振らなかった。
北斗はその場では提案を引っ込めたが、製造は北斗の性格上、思い立ったらすぐ行動に移すことが想像できた。前持って、二重三重に手を打たなければならないと、思った。
最近、うちの中の断捨離に嵌まっています。始めるとつい、時間を取ってしまいます。話の更新が、遅いのですが、気長にお待ち下さい。避難訓練は、無事に終わらないと思いますので、乞うご期待。




