205 風変わりな転校生
栃谷小学校3年の因幡悟は、夏休みが終わる最終日、担任の齋藤麻利子先生から電話を貰った。
齋藤先生は、2学期から産休代理で栃谷小学校に来た先生だ。産休代理できた途端、低学年の担任になった。と言っても、栃谷小学校は、小学校1年生1人、3年生1人。5年生が5人に、6年生が2人の9人しかいない小規模校だった。だから、低学年の担任と言っても、本来は2人だけの面倒を見ればいいはずだった。教員は、校長、教頭、高学年担任1名と低学年担任1名の4名しかいない。
本来、栃谷小学校は、4月に隣の栃本小学校と合併するはずだったが、今年入学してきた町田美登里が、股関節形成不全で1年間車椅子生活を送るため、今年1年合併が延期されたのだ。
当然、ギリギリの教員で学校を運営しなければならない。そこへ持ってきて、低学年の担任が、夏休み明けから、産休に入るということで、栃谷小学校は産休代理にやってきた齋藤先生を低学年の担任にせざるを得なかったのだ。
「もしもし、始めまして、私、低学年の担任になった齋藤と申します」
齋藤先生は、可愛らしい声で、悟に話しかけた。
「悟君、急な話なんだけれど、新学期から、小学校3年生に転校生が2人来るの。スクールバスに乗って通学するから、明日、悟君に教室まで連れてきて欲しいの。お願いできるかしら」
「はい。あのー。転校生は、男の子ですか?」
悟は、3年生が1人だけなので、同性の子が来るなら友達になれるかと微かな期待を持ったのだ。
「転校生は2人来るのよ。男の子は未谷北斗さん。女の子は未谷七星さん。2人は従兄弟なんですって、千葉県から来たの」
悟は、千葉県はディズニーランドがある大都会だという知識しかなかった。
「都会の子なんですか?」
電話の向こうで、柔らかな笑い声が聞こえた。
「千葉県百葉村と言うところから来たから、田舎の子かな?先生もまだ、2人に会っていないの。明日、新学期に、1年生の町田美登里さんも入れて、学校案内しながら色々、お話ししてみましょうね」
北斗と七星は、夏休みの最終日、祖母だという女性に連れられて、学校にやってきたが、校長だけしか面会しなかったのだ。
一夜明けて、今日は夏休み明け全校集会の日だ。栃谷小学校は、合併する栃本小学校に会わせて、2期制なので、今日から普通に授業が始まる。
悟は、スクールバスの中で、何度も挨拶のセリフを繰り返した。
「始めまして、僕、因幡悟。小学校3年生。3年生は僕しかいなかったんだ。学校のことは僕に聞いてね」
ぶつぶつ言っている悟を、6年生の姉、亮子は同情の籠もった目で見ていた。
隣の席で、妹の車椅子を押さえている町田稔も、心配そうに見つめている。
「おい、悟。いたぞ」
Hリゾートの高級温泉ホテルだった建物の前に、2人の小学生が立っていた。
2人はランドセルの代わりに、お洒落な揃いの黒いボディバッグを背負っていた。
「あの。こんにちは。北斗さんと七星さんだよね」
中肉中背でショートカットの少女は、ドアのところで出迎えた悟に、大人のように手を差し伸べた。
「始めまして、私、未谷七星。今日から宜しく」
後からバスに乗り込んできた少年は、ちらっと悟に視線を向けて、そのまま、七星の隣りに座ると、静かに目を閉じた。
悟は少しがっかりしたが、気持ちを奮い立たせて、2人の席の隣に立って、用意してきたセリフで、一生懸命話しかけた。
「始めまして、僕、因幡悟。小学校3年生。3年生は僕しかいなかったんだ。学校のことは僕に聞いてね」
悟の前に座っていた北斗は、目を開けなかったが、七星がしっかり悟の目を見つめた。
「ありがとう。よろしくね。北斗も目をつぶっているけれど、話は聞いているから、大丈夫」
七星に返事をして貰って、悟は少しホッとした。
スクールバスを降りると、七星の言葉はすぐ証明された。北斗は、悟の後ろから声を掛けた。
「因幡悟さん。教室を案内する前に、トイレの場所を教えて」
フルネームで呼ばれた悟は、はにかみながらも、悟の手を取ってトイレに連れて行こうとした。
北斗は突然、手を握られて、助けを求めるように、七星を振り返ったが、七星は敢えて、それを無視して、1年の町田美登里の車椅子を、兄の稔から受け取って、低学年の教室に向かってしまった。
小学校3年生の平均的体格より、背も高く体重もある北斗を、小柄な悟が引っ張っていく姿は目を引いた。
「さとるぅー。大きな子分ができたなぁ」
高学年の教室から、小学校5年の男子が声を掛けてきた。この辺りで一番大きいホテル「奥座敷」の息子、小野田練だ。一緒にいるのはその仲間、大岩武だ。
「転校生が嫌がっているじゃないか。お手々つないで、トイレに行くのか?」
悟は、はっと気がついて、振り返ると、北斗が戸惑っているのが分かった。
「ごめん。男同士で、恥ずかしかったよね」
悟は、パッと手を離した。
「いや」
北斗は小さく低い声で答えた。
気まずい雰囲気のまま、2人が低学年の教室に戻ると、担任の齋藤先生はもう教室に入っていて、学級朝会が始まっていた。
「悟さん、ありがとう。トイレに案内してくれたのね」
教室では、4人が一列に並んで座った。悟は両サイドに転校生が座ったので、色々教えないといけないと、キョロキョロと忙しく視線を走らせた。お陰で、担任の齋藤先生の話は、充分に耳に入って来なかった。
朝会の後は、夏休み明けの全校朝会だったが、まだ、暑い時期に体育館に集まるわけに行かないので、隣の高学年教室に低学年が、椅子を持って移動することになった。
北斗が、七星の分の椅子を持って歩き出したので、悟は狼狽えてしまった。
七星は、美登里の車椅子を自然に押して、廊下に出て行った。北斗が、悟の後ろから声を掛けた。
「自分の椅子を持って、高学年の教室に行くんだよ」
悟は、赤面しながら、自分の椅子を持って北斗の後に続いた。
高学年は6年生が2人、5年生が3人だった。車椅子の美登里の後ろに、小学校3年生が座った。
今年の春、定年だったはずの蒲生伸子校長は、栃谷小学校が閉校にならなかったので、もう一年校長を続けることになった。どこの県でも、教員不足が深刻なので、閉校する学校には、様々な特例が適用されている。
「夏休みは楽しかったですか?今日は、千葉県からお友達が2人転校してきたので、自己紹介をして貰います。未谷北斗さんと七星さん、皆さんの前に出てきて下さい」
北斗は遅れて、朝会にやってきたので、挨拶について聞いていなかったが、いつものように七星の真似をすればいいと思って、鷹揚に構えていた。
「始めまして。千葉県百葉村からやってきた未谷七星です。伯父さんが、奥飛騨のホテルで仕事をするというので、面白そうなのでついてきました」
「面白そう」という言葉に、教室から小さな笑いが起こった。
早速、小野田練が声を上げた。
「『面白そう』で、学校を転校するって、親は反対しなかったんですか?」
七星は、涼しい顔で即答した。
「うちの家族は、『可愛い子には旅をさせろ』という方針なので」
教員達は、「ホー」とため息をついたが、連は面白くなさそうな顔をして、引き下がった。小学校3年生に言いくるめられたので、気分が悪かった。
続けて、北斗が話し始めた。
「始めまして、千葉県百葉村からやってきた未谷北斗です。父が、奥飛騨のホテルで仕事をするというので、連れてこられました」
練に肘打ちされて、しょうがなく大岩武が質問をした。
「北斗さんは、ここに来たくなかったんですか」
教員達は慌てたが、北斗も涼しい顔で答えた。
「温泉は楽しみでしたから、来ても良いと思いました」
練は、むっとした顔で追い質問をした。七星よりこちらの方が与しやすいと思ったのだ。
「七星さんと離れたくなかったからですか?」
小学生の高学年は、男女一緒に行動することを、からかいたくなるお年頃だ。
しかし、北斗はその質問の意図に全く反する答えを返した。
「七星は僕と、授業進度が同じなので、一緒に勉強するには都合がいいです」
中学校から、関東の私立中学に入学するため、家庭教師を付けて勉強している練は、その解答にも我慢できなかった。
「それって、千葉の方が授業が進んでいるって言いたいんですか」
「いいえ。僕たち、飛び級しているんで、中学の教科書まで終わっているんです。でも、体育や地域研究は、皆さんと一緒に受けます」
蒲生校長も齋藤先生も、飛び級の件は寝耳に水だった。
全校集会が終わって、低学年の教室に戻っても、齋藤先生は混乱したままだった。
教室に入ると、七星が教卓の前で立ち尽くす齋藤先生に近づいてきた。
「齋藤先生。悟さんと美登里さんの授業を、今まで通り行って下さい。小学3年生のプリントやテストがあるならば、配って下さい。私達、空き時間にやって提出します」
「七星さん。空き時間って、あなた達は授業時間は何を勉強しているの?」
「カリキュラムは、祖母が組んでくれていますので、それを行っています。体育や芸術、校外学習はご一緒させて下さい」
そう言うと、七星は北斗と一緒に、iPadを開いた。齋藤先生は、恐る恐る2人に近づいて声を掛けた。
「何を勉強しているか見てもいい?」
「朝は、ニュースを見ています」
北斗は英字新聞で世界情勢、七星は株価をチェックしていた。
齋藤先生は、英字新聞で何を読んでいるのかすら理解できなかった。
それでも、1年生の美登里に手が掛っていると、七星はすっと悟の側に行って、分数や小数でつまずいているところを教え始めた。
3時間目の国語は、4人で仲良く「漢字勉強」を勉強するアプリを開いて、競争を始めた。
「北斗は書き順が間違っているから、遅い!」
「七星だって、ほとんど跳ねないから、間違い字にされているだろう?」
そんな声を聞いていると、低学年の教室なのだと思うが、よく見てみると、北斗は見慣れない「漢字検定1級」のページを開いている。
「北斗さん、このアプリは?」
「学校で使っているアプリを参考にして、日本で使われるすべての漢字バージョンを作りました。七星は、『大漢和辞典』にしか載っていない漢字のページを勉強しています。漢字はあいつの方が得意だから」
「これって、北斗さんが作ったの?」
「アプリの枠組みは僕が作りましたが、USBメモリ版のデータを使って、データは七星が入れました。ゲームの販売は、大修館出版に委託しました」
「委託って?」
「売上に応じて、マージンが貰えるようになっているんです。データ自体は、大修館出版のものですから・・・」
齋藤先生は、教員しかしたことがないので、何を言っているのか全く理解できなかった。
暫く、北斗と七星の話を展開しますが、銀河と蒔絵と似ているようで、違っている2人が今後どうなるのか、期待して下さい。
因みに「奥飛騨温泉郷」という場所はありますが、本文の話は全くのフィクションで、モデルではありません。




