204 有馬の置き土産
有馬秋治を、会津若松市に転勤させると、来春社長は、その後任を呼び出した。それは長女星来の夫、未谷製造だった。製造は、現在、リサイクル工場の責任者をしているが、将来的には、百葉村支社長に抜擢しようと、来春が考えている人物だった。
未谷製造は、工場の作業着を身につけて、FamilyZの新型車に乗って、作業基地としている、長尾氏の邸宅に現れた。作業着姿の製造は、下町工場の社長という風情だった。今日も釣りの帰りのようで、クーラーボックスに差し入れの魚を入れて、やってきた。
「お義母さん、お久しぶりです。いい古民家ですね」
如才ない製造は、世間話をした後、一言付け加えた。
「そうそう、土産代わりに、夕飯用の魚を冷蔵庫に入れておきました」
「製造君、今日も釣りに出たんだね」
「いやー。今朝は銚子沖での釣りは最後だと思って、久し振りに海に出てみたんですよ。でも、早速、海上自衛隊の哨戒艦に職務質問されましたから、大物を釣るだけの時間はなかったんです。すいません。クルーザーの中も、確認されましたからね。え?勿論、今日は海底調査の機械は載せていませんよ」
製造は、「海底調査」の言葉だけは、声のトーンを落とした。
「そうかね。悪いね。これからはあんまり釣りに行けなくなるね」
「いいえ、たまには日本海での釣りもいいじゃないですか」
勿論、日本海側での船の航行には、太平洋側の海より厳しい監視がある。釣りが出来るわけがない。それでも、製造は明日にでも出かけるような気軽さで話す。
世間話をしながら、製造はポケットの中から、冷蔵庫の脱臭剤を取りだした。
来春社長は眉を曇らせた。
「何?これは」
製造は、脱臭剤の蓋を開け、中の黒い固まりを割って、小さな機械を取りだして見せた。
「今、冷蔵庫に魚を入れる時、見つけたんですよ。ついでの、敷地内をぐるっと回ったら、盗聴器とGPSがこれだけ見つかりました」
そう言うと、魚を入れて置いたクーラーボックスから、いくつかの機械を取りだした。来春は、頭を抱えた。
「有馬の置き土産か?それとも、里帆が誰かに、そそのかされて仕掛けたのか?」
「先入観はいけないですね。彼ら以外にも、何も知らず、利用された人もいるかも知れません。後で、機械を分析してから、犯人の目星を付けて報告します」
「ここにある機械で、すべてかな?」
「さあ、どうでしょう?外国製のものがあると、把握するのに時間が掛かりますね」
そう言うと、製造は自分のパソコンを開いて、そこに文字を入力して、会話を始めた。盗聴器がまだあるという懸念があるからだ
「お義母さんのパソコンも、1回確認しましょう」
来春はぎょっとして、自分のパソコンから手を離した。
製造はそれを面白そうに眺めて、再び自分のパソコンに文章を入力し始めた。
「有馬の計画したタイムスケジュールは、大幅に変更した方がいいです。もう既に、情報が流れている可能性があります。変な妨害が入らないように計画を練り直さないといけない」
来春は納得したようで、返事を、製造のパソコンに打ち込んだ。
「この基地のセキュリティを確認するより、新しい基地を別に救った方がいいね」
製造は、来春の言葉に満足そうだった。
「社長、温泉付きの基地をもう用意してあります」
来春は、製造の顔を二度見した。
「松本市から、車で2時間かからないところに、奥飛騨温泉郷があります。そこに、廃業予定のホテルがありました」
「そのホテルは、もう買い取ったの?」
「はい。ホテル経営を引き受けるという形で、買い取りました。ホテルは、Hリゾートが運営していましたから、綺麗にリノベーションされています」
「天災続きで、Hリゾートも、高級リゾートの経営が行き詰まったようだね。箱根に続いて、奥飛騨も廃業したのか」
「富士山周辺はもう営業できませんよ。奥飛騨の廃業は、インバウンドの減少と、観光業の衰退の影響ですね。ただ、我々の基地にするに当たって、ホテルという体裁で運営します。ホテルに客を受け入れると言う形の方が、不特定多数の人の出入りがあっても、怪しまれないですよね」
製造は、Hリゾートが運営していたホテルのHPを開いて、来春社長に見せた。
ラグジュアリーなホテルの内装や、緑豊かな温泉の映像が満載だった。
「ほー。花子さん達が喜びそうだね」
「毎日、温泉三昧ですし、部屋もすべて個室で、寝心地のいいベッドですよ」
来春は暫くHPを眺めてから、大きくため息をついた。
「製造君は、盗聴器を見つける前から、新しい基地を探していたんだね」
「はい。自分が作業の指揮を執るのですから、今までの6G回線は使いません」
「まあ、一般社員には、未来TEC衛星回線は使わせられないからね」
海底火山の爆破や、他国のミサイルを操作するには、絶対、ハッキングされない回線が必要だ。
この回線は、安全かつ高速で、飛騨の山奥から、柏崎や若狭湾の地下まで指令を送ることができる。
そこまで打合せが終わると、製造は時間を確認した。
「あと1時間で、皆さん作業から帰っていらっしゃいますね。今晩は、自分が夕飯を作ります。小振りとはいえ、今朝釣った魚なので、刺身にすると上手いですよ」
立ち上がる製造を見上げて、来春は最後に尋ねた。
「今回の転勤を家族はなんて言っているの?」
製造は、パソコンをゼロハリバートンのスーツケースに入れて、厳重に鍵を掛けた。
「妻はこちらには来ません。でも、息子の北斗は連れてきますよ。それから、隼人のところの七星も『来たい』って言っているので、連れてきます」
「ちょっと、北斗が来るのに何故、星来が来ないの?」
製造の妻、星来は息子に対しては、非常に過保護な母だった。来春はそれを知っているので、北斗には必ず、星来が着いてくると思い込んでいたのだ。
製造は、少し天井を見上げた。どう説明したら、義母を納得させることができるのか、悩んでいるようだった。
「未谷家の皆さんは、非常に優秀ですよね。来都さんも来海さんも天才肌だ。俺も、コーネル大学を卒業していますが、大学の同期でもあのくらいの才能は、何人もいなかった。
ただ、俺達の息子、北斗の才能は異常だ。妻はそれを認めたくないようで、毎日、『普通の小学生』でいることを、北斗に押しつけているんです。このままでは、双方に悪影響が出ると思うんですよ。実際、妻は、俺が北斗を連れて行くといった時、明らかにホッとしていました」
来春は眉間に皺を寄せて答えた。
「一緒にいたら、星来が、北斗の才能を潰すと言いたいのね」
その言葉に、製造は大きく首を振った。
「俺は、『ジョン・フォン・ノイマン』のように世界を変えて欲しいなんて思っていません。ただ、あの子の才能を悪用する人間から、遠ざけておきたいというのが、父親としての願いです。今の知識でも、簡単に核爆弾を作ってしまうんです。手先も器用で困る」
「でも、製造君は忙しくて、毎日、北斗を監視できないよ」
「そこで、お義母さんと七星の出番なんです」
来春は頭を抱えた。
「そう来たか」
似た名前ばかりですいません。未谷来春社長には、3人の子供がいます。上から順に、星来、来都百葉村未来TEC支社長、来海つくば未来村支社長。それぞれにパートナーがいて、星来の夫は製造。一人息子は北斗。来都は、徳憲子百葉村村長と結婚しました。そして、来海の夫は、隼人で百葉LRTの社長です。二人の間には、七星という娘がいますが、仕事が多忙なため、星来のところに預けていて、同じ年の北斗と七星は、小さい頃から一緒に育ちました。




