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デブでも銀河は夢を見る  作者: 八嶋緋色


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203/209

203 平和な生活にも嵐の予感

 8月になった。


T半島を統一したK国は、ドイツが東西を統一した時と同じような苦しみに直面していた。K国とN国には大きな経済格差があったからだ。日本政府は、早速、経済復興に向けて、莫大な支援金を送った。表向きは、拉致家族の帰国支援に対する感謝の気持ちであるが、T半島の安定した発展が、日本経済に与える大きな利益であることは誰の目にも明らかだった。


 K国も、R国とC国と新たに国境を接することとなり、A国や日本からの協力がないと、国土の防衛が厳しくなる。「反日」の動きを押さえ込んででも、協力体制を組まなければならないことは、火を見るより明らかだった。


 R国も、海底火山噴火で壊された国土やインフラ等の整備に忙殺されていた。また、巨大噴火は、気候にも甚大な影響を与え、農作物に大きな被害が及ぼした。世界の食糧庫と呼ばれていたU国からの小麦も、輸入できる状態ではなくなっている。勿論、その原因はR国が始めたU国との戦争のせいであり、R国は自分で自分の首を絞めている状態なのだ。



 そんな対岸の国の都合に関係なく、秋治(あきはる)達は本来の仕事に戻り、着々と作業を進めた。暗い地下に潜り、黙々と地下に穴を掘る機械の監視を続けた。


 以前と同じ仕事なので、太郎も治郎も花子も適度な緊張感を持って、仕事を続けることができたが、秋治だけは違った。秋治は、どうしても集中力が切れてしまうのだ。

 それは、自分が地中に埋めた10万人の兵の叫び声に、夜な夜な襲われていて、十分な睡眠が取れてないことに原因があった。秋治は、夜は里帆の優しい声に、昼は可愛らしい綺羅(きらら)の笑顔に慰められ、かろうじて正気を保っていた。


 未谷来春(ひつじたにこはる)社長も、同様な悪夢に襲われていたが、次の攻撃に備えて、日々緊張しているので、そこまで仕事に支障を来すことはなかった。



 秋治の不調が限界に達する前に、幸運にも、里帆(りほ)が秋治との子供を妊娠した。

そこで、来春社長は、2人を子供の出産に相応(ふさわ)しい場所に転勤させることにした。暗い地下で穴を掘る作業を続けている限り、秋治の悪夢は()まない。


 秋治は、来春社長から、3箇所の転勤先を提示された。有馬の実家がある大阪()、資源が豊富な新潟市、新潟と太平洋側をつなぐ中間都市の会津若松市の3箇所だ。

親との同居は里帆が抵抗を示し、新潟では浮気相手と再会するかも知れないのでが、秋治が断った。秋治は消去法で、会津若松市への転勤を選んだ。


「では、会津若松市に転勤してください。あそこの仕事は、全く新しい都市の建設だから、大変だけれどやりがいがあるでしょう?」

「はい。社長。会津若松は地下都市ではないんですよね。地下に潜ると、自分、最近涙が出たり、手が震えたりするんです。地上の仕事をさせていただけるなんて、有り難いです」


「いいや。辛かったね。向こうではカウンセラーとも、常時会うことができるよ」

「本当に、ありがとうございます。里帆と綺羅も一緒に連れて行くことができるんですよね」


「そうだね。出産時は里帰り出産して貰ってもいい。保育園も早めに作って、保育士募集を掛けたらいい」

「そうですね。仕事が佳境に入ったら、自分は、なかなか定時に帰れないですから」


 当然のような顔で話す秋治を見て、来春社長は少し不安になった。秋治は、仕事に関しては有能だが、なかなか休みが取れないタイプだ。今は、根元花子達が子育てを手伝ってくれているが、会津若松市に行けば、当分、里帆はワンオペを強いられるだろう。今のような夫婦仲を続けていけるだろうか?


「なるべく早く、会津若松市に行って、LRT建設責任者と、半導体工場の責任者と合流して、街作りの青写真を作ってください。半導体工場だけでなく、将来は次世代C電池工場も建設する予定なので、巨大な企業城下町を作ることになる。これは、長期プロジェクトになる。

そうすると、当分、里帆さんは知らない町で、一人の時間を過ごすことになるが、大丈夫だろうか?」

「大丈夫とは?」


「子供が生まれたら、2人の子供を1人で育てることになるだろう?山賀のお母さんは、里帆のところには来られないかな?」

「弟が2人いて、下の子はまだ小学生ですよ。お義母さんが来るのは、無理だと思います」

「では、根元花子さんに頼んで、一緒に行って貰おうか?」


 秋治は、少し考えた。

「里帆と相談してもいいですか?」



 部屋に戻った秋治は、里帆に転勤の話をした。里帆は、綺羅(きらら)を膝の上であやしながら、希望に満ちた笑顔を秋治に向けた。

「会津若松市ってどんなところなの?」

「んー。福島県の中でも、新潟寄りの盆地にあるので、夏は少し蒸し暑く、冬はかなり雪が降る。ここに似ているけれど、歴史もある町だから、観光も楽しめるよ」


そう言うと、秋治は自分のスマホで、観光案内のページを開いて見せた。


「温泉があって、お城があるの?」

「まあ、一言で(くく)るとそんな感じかな?新潟市や郡山市に出れば、大きなショッピングモールがあるから、子供用品も買えるぞ。安定期に入ったら一緒に買いに行こう」

 里帆は目を輝かせた。夫婦揃って、子供を連れての買い物。幸せを絵に描いたような姿だ。今まで、里帆がどうしても手に入れられなかった「幸せ」だ。


「嬉しい。ベビーカーも買いましょう。綺羅にも新しい服を買ってあげよう。それに、オムツももう紙おむつでいいでしょ?」


 今までは、物資の購入がままならなかったので、綺羅は花子達が縫った布オムツをしていたのだ。毎日、布オムツを洗っては干す生活に耐えてきた里帆は、ここへ来て、今までの不満を爆発させた。


「今、布オムツをしている子供なんかいないわよ。紙オムツなら、おしっこ数回に1回交換でいいけれど、布オムツは毎回交換しないといけないのよ。それにうんちでもしたら、便器の水で、オムツを1回洗って、洗剤につけ置き洗いして、そこから洗濯機で他のものと分けて洗うの。だから、見て、私の手。こんなに荒れているでしょ?

 花子さん達は、『布オムツの方が早くオムツが(はず)れるから』って、紙おむつに反対するの。そのくせ、自分たちは日中仕事に行っているから、オムツを洗ったりはしないのよ」


 秋治は、初めて里帆から花子達に対する愚痴を聞かされた。

「そうなのか?大変だったな。花子さん達と上手くやっているとばかり思っていたよ」

「ああ、勘違いしないで、いつも皆さんには、本当に助けていただいているの。ただ、やり方が古いってだけなの。育児も科学的に進歩しているじゃない。そこをなかなか理解してくれないから困っているの」

里帆は、押しかけ女房のような立場だったから、ずっと不満を隠していたのだ。


「あのさ。会津若松市に行くと、俺も仕事が忙しくなるから、誰か手伝いがいた方がいいと思うんだけれど、お義母(かあ)さんとか呼び寄せられないかな」

里帆の顔が一瞬にして変わった。

(うち)のお母さんの世話にはならないわ」


 里帆は、秋治に自分が高校時代に何をしてきたか、1つも話していなかった。母親を呼べば、それを秋治の前ですべて暴露されることになる。


「お義母さんでなければ、花子さんはどうだ?」

里帆は少し考えて、首を強く振った。

「折角、水入らずで暮らせるんだもの。赤の他人に気を使いながら暮らすなんて、絶対嫌。花子さんが来たら、花子さんも一緒にショッピングに行くんでしょ?」」

里帆のものすごい剣幕に、秋治は少したじろいだ。


「え?いや、子供を預かって貰えば、2人きりで買い物に行けるだろう?」

「子連れで行くからいいんじゃないの?」

子供を連れて、ファミリーで出かけることこそ、里帆の理想とする「幸せの姿」なので、そこは譲れなかった。反対に、我が(まま)放題の子供を2人も連れて、買い物に行くことを考えると、秋治は気が重くなった。


(何よりも早く、保育園を作って、子供が長時間預けられるようにしよう)

そう考えて、秋治は里帆の希望通り、義母も花子も連れずに、会津若松へ出発することにした。

次回は、秋治の後釜に入る新しい人物が登場します。

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