202 大人は手を汚した
燃えさかる敦賀の町は、3日間燃え続けた。原発事故現場の影響で、ヘリコプターからの撒水しかできず、鎮火までかなり時間が掛かった。ただ、人的被害もなく、海岸側に燃え広がる恐れもないので、鎮火後、消防も自衛隊も、速やかに撤収をした。
当然、消防も自衛隊も、最も放射線の濃度が高い箇所から、敵国兵が上陸してくるとは、想像できなかったのだ。自分たちの持ち場に戻って、防衛体制を作るため、どの隊も至急戻って行った。
しかし、鎮火を確認して、消防隊が撤収した翌日、N国の部隊が敦賀湾から上陸してきた。上陸してきたのは10万人。敦賀市の人口6万人を遥かに凌駕する数だった。
未来TECの「戦略AI」は、その上陸軍の規模に至るまで、正確に予測していた。対応できたの未来TECだけだった。
10万人の兵は、R国から買い上げた軍用飛行機や兵員輸送船で、次から次へと、敦賀湾から上陸してきた。敦賀湾周辺は放射能濃度が高く、避難区域となっているので、誰も上陸を邪魔するものはいなかった。
敦賀湾は古代から、交通の要衝である。琵琶湖を渡れば、名古屋、京都だけでなく、大阪副都心にも出られてしまう。京都には、日本の文化財や明治天皇の陵墓もある。大阪は副都心にした時に、多くの国の機関が移設された。
関西地域は、南海トラフ大地震の後、今なお復興の道半ばであるが、そこが日本の大切な土地であることは変わりなかった。
N国上陸の情報が伝わるや否や、西日本の自衛隊には、出動準備の指令が下された。10万の上陸部隊への対策が、上層部で話し合われた。上陸してきた敵国を自国の自衛隊だけで討つ実戦経験が、日本になかったので、話し合いには手間取った。日本の総理も、防衛相の経験がないので、決断に時間が取られていた。
そうしている間にも、広大な敦賀市の焼け野原に、N国の軍備施設が着々と建設された。
自衛隊が到着するより早く、その地域を攻撃したのは、未来TECの有馬秋治達だった。
「戦略AI」は、N国の攻撃を予測して、準備についても未来TEC社員に指示していたのだ。N国の襲撃がある数ヶ月前、未谷来春社長から、柏崎の原発地下を掘り進めている最中に、有馬秋治に緊急の指令が出たのだ。
「敦賀市の地下にも大きな地下街を作るので、そこの地下工事を優先するように」
柏崎原発を埋設することで、梨華に再婚を申し出ようと考えていた秋治は、呆然とした。
それでも、海原町の工事の実績もあるので、ただ、敦賀市地下に広大な都市空間を掘るだけであったら、それほどの時間は掛からなかった。旧長岡市の半分程度の面積の敦賀市地下は、扇状地であるので、それほど固い岩盤でもない。
秋治は気を取り直して、敦賀市地下の作業に取りかかった。
途中で英子の発病などがあり、5年で柏崎刈羽原子力発電所を埋めるという、工事の方は、ずるずると遅れていった。極めつけは、梨華の再婚だった。秋治の心に大きな穴があいた。そんな時に出会ったのは里帆だった。
「お帰りなさい。疲れましたよね」
「秋治さんなら絶対できますよ」
里帆は、秋治が欲しがった言葉を、シャワーのように浴びせてくれた。
「日本の未来は、秋治さんの双肩に掛っているんですね」
秋治は、日本を救うヒーローのような気持ちになっていった。
そんな秋治と里帆の様子を、来春はしっかり観察していた。
N国部隊が上陸したその日、秋治は来春の部屋に一人呼び出された。
「明日、君には日本を救う大仕事をして貰う」
こんな大仰な言葉も、毎日、里帆から聞かされている秋治は、素直に聞き入れることができた。
「原発を地下に落とす前に、N国の上陸部隊を敦賀市地下に落として欲しい」
地図を示しながら、来春社長は、的確に秋治に指示を下していった。
「N国の兵もすべて、地下に落とすということでしょうか」
秋治達が掘っていた場所の上には、現在、N国の10万の兵が、上陸用の前線基地を作っていた。
無人の原子力発電所を地下に落として埋めるのとは、意味が違う指令を、秋治は生唾を飲み込みながら聞いた。
「爆弾を設置するのと、穴を埋め戻すのが、君の仕事。爆弾のボタンは私が押すよ」
原子爆弾のスイッチを、各国の最高指導者は持ち歩いているというが、その大仕事は来春社長自らの責任で行うようだ。
秋治は、彫り上げた地下街の天井部分に数カ所の爆弾を仕掛けた。これが一気に爆発すれば、10万人の兵が地下に落とされ、その上から、海水を流し込めば、そのすべての兵士の命が失われる。
爆弾の準備が終わると、すぐさま、来春は爆弾のスイッチを入れた。日本の自衛隊が到着する前にすべての作戦を終わらせなければならない。幸い、その日は、敦賀湾に深い霧が立ちこめていた。
地上にいたN国の兵士達は、最初は、巨大地震が起こったと思った。次に、地獄の釜の蓋が空いたと勘違いした。兵士も、兵器も、軍事車両も、兵站もすべて地下に飲み込まれた。
落下しても、辛うじて死ななかった者も、続いて降り注いできた大量の海水のせいで、SOSの救難信号を出す暇さえなく息絶えた。
海水は1時間後すぐ抜かれ、秋治は今まで掘ってきた土砂や瓦礫を、ベルトコンベアーで穴に流し込み、穴は、翌日にはすべて埋め戻された。
沖で停泊していた軍用艦は、急に消えた通信を不審に思って、偵察機を飛ばしたが、10万人の兵が居た場所には、広大な焼け野原が広がっているだけだった。
N国の偵察機が周辺を捜索して、ようやく帰艦すると、半日前にあった軍用艦の姿はなかった。軍用艦は既に、海上自衛隊に撃沈された後だったのだ。そして、偵察機もそのまま撃ち落とされてしまった。
地上部隊の殲滅に間に合わなかった自衛隊は、海での活躍で、辛うじて面子を守ることができた。
日本に送った陸上部隊との連絡が途絶えたので、N国軍部の総参謀長は、パニックに陥っていた。総書記長に、至急事の次第を説明するよう、指示を受けているが、流石に「わかりません」とは言えなかった。
「日本には秘密軍隊があるようで、我が方の陸上部隊が殲滅されてしましました。かくなる上は、弾道間ミサイルを使う好機だと思います」
総書記長は10万人の兵が壊滅した事実は受け入れがたかったが、弾道間ミサイルの発射ボタンを押すチャンスが巡ってきたのは嬉しかった。
威嚇のために大量の核兵器を作ってきたが、作っているうちに、これを使う機会が欲しくなるのが、人間の性である。
「よろしい。私の威光を全世界に示す機会がやってきたのだな。では、10発まず用意しろ。私が視察しながら、発射ボタンを押す」
総参謀長の背中には、嫌な汗が流れてきた。自分の失敗を隠すような進言をしたが、このミサイル発射が、第3次世界大戦の始まり、いや、世界の終わりに繋がるのだ。ここで撃ち込んだミサイルの数十倍の攻撃が、自由主義陣営から報復として、打ち込まれることを想像すると、過呼吸になりそうだった。
家族の顔を思い出しながら、総参謀長は、刑場に引き立てられるような顔をして、足取りも軽く歩いて行く総書記長の後について行った。
N国は晴天だった。
「私の威光が世界に轟くこの素晴らしい日に、太陽も微笑んでいるようだ」
総書記長は、迷いもなく、10基の発射台に繋がる発射ボタンを押した。
次々と着火されるミサイルを支える、発射台が大きくぐらついた。1基だけではない。すべての可動式発射台が、着火したミサイルを抱えたまま、ゆっくり動き出した。
1台の発射台が倒れ、隣の発射台に向かってミサイルが打ち出された。
最後の発射台は、こともあろうに、発射を見学している総書記長の席に向かって打ち出された。
この不幸な事故は、偶然の産物ではなかった。未来TECの『戦略AI』は、上陸作戦が失敗したらすぐさま、N国は弾道間ミサイルを発射すると予測していたのだ。当然、日本に居ながらにして、一方的に攻められていれば、最後は敗戦することが目に見えている。
第3次世界大戦に発展すれば、自由主義国も金はだすが、兵は出さない日本を守るわけはない。
ただし、日本国土から他国に向かって直接攻撃すれば、ミサイルの応酬になることは明らかだ。
未来TECは、日本を攻撃した国に対しては、「不幸にも」事故が起こるという「カミカゼ」作戦を計画していた。元寇が来た時に吹いた「カミカゼ」をもじっているのだが、作戦自体は綿密な計画に則ったものだ。
日本に敵対する国には、既に何年も前から、「時限爆弾」が仕込まれているのだ。例えば、N国のミサイルは、移動発射台から低い弾道で撃ち出せるので、迎撃が難しいと言われているが、かといって、そんなに何カ所からもミサイルを発射できるわけではない。可能性のある場所に、今回のように誤作動を起こさせるようなプログラムを組み込んだマイクロドローンを配備してある。
マイクロドローンのサイズは、蜂程度のサイズ。砂漠を飛ぶ昆虫としか認識されないのだ。
今回は、N国に仕掛けたドローンが仕事をしたが、R国、C国など、日本を攻撃する可能性がある国には、どこにでも仕掛けてある。
N国の指導者が亡くなったというニュースは、世界を駆け巡った。
N国の弱体化を待っていたように、隣国のK国が、N国に攻め込んで、あれよあれよという間にT半島を統一してしまった。
日本国にN国が上陸作戦を行ったニュースは、どの国でも報道されなかった。
T半島の統一は、世界のパワーバランスを崩す大事件なので、注目はそちらに向かったからだ。
ただ、隣国のK国は独自の情報網で、好機を逃さなかったのだ。
一方、日本の北にあるR国は、世界の注目がT半島に向かっている間に、北海道に触手を伸ばそうと動きを始めた。S島と北方四島伝いに、R国の陸上部隊が移動して来た。北海道沖に配備されている原子力潜水艦も移動始めた。
R国に対応するのは、百葉村の地下のコンピュータルームだった。
火山の噴火の予測はできなくても、噴火を人工的に起こすことはできる。噴火の規模は、綿密に計算してあるが、予想外に大きい場合は、北海道にも被害が及ぶことも想定できる。
未谷来都支社長は、E島の南端の海底火山を噴火させるスイッチを、震える手で押した。
海底火山の研究はどこの国も、まだ試行錯誤の段階だ。ただ、T列島には、環太平洋火山帯の一部で、どこで噴火が起きてもおかしくない。人工的に海底火山を爆発させるとは、誰も考えもしなかった。
北方領土から移動して来たR国軍は、巨大な海底噴火とその後の津波、降灰で部隊すべてが後退を余儀なくされた。それだけでなく、連動して、T列島諸島に大きな地震が起きて、K島はその影響で、2mも陥没し、島のかなりの部分を失った。S島を南下していたR軍は、急遽、北海道侵攻作戦を中止し、四島の島民の救出に向かった。まだ、初夏の出来事だったのは不幸中の幸いで、この噴火が冬に起こったら、どのくらいの犠牲者が出たか分からない。
日本政府も人道支援のため、北海道から自衛隊を出した。日本政府は、未来TECが海底火山を噴火させたことは全く知らなかった。
200回以降は、少し戦争の話をしようと考えていたら、「アメリカがイランに大規模攻撃をした」というニュースが飛び込んできました。今から、数年後の世界をイメージして、話を書いているのですが、余り生々しい話は書くつもりはありません。すぐ、大学進学した子達が卒業した世界に、話が飛びますので、怖い話が苦手な方は、もう少しご辛抱ください。




