19 蒔絵が戻ってきた
今日は3話、アップする予定です。
1週間たって、痛みも大分引いたので、蒔絵は高校に登校した。
授業ノートは、銀河が毎日、iPadに送ってくれたので、授業の遅れはほとんどなかった。
登校はいつもの通り、銀河の家からスタートとするが、蒔絵はまだ、赤ちゃんを抱くことができない。それは、双子の首がまだ据わっていないからだ。
首の据わらない赤ちゃんは、突然首をガクッと手前に倒して、抱いている人に頭突きをする。怪我した鼻に頭突きをされると困るので蒔絵はまだ、双子を抱くことができなかった。
そこで、蒔絵が休んでいる時と同じように、紫苑と銀河で双子を抱いて登校した。蒔絵は、補充用のおむつと、洗った双子の着替えを持った。
3人が登校し体育館の脇の通路を通ると、突然、技術員室のドアが開いて、小町技術員に招き入れられた。小町謙三はまだ35歳。若手の技術員で、高校生の兄貴分という感じの男だ。いつも、ノースリーブのシャツを着て、真っ黒な顔で、校内の至る所を修理して回っている。先日双子を預かってからは「双子ファンクラブの会員」を自認している。
「ちょっとこんなの作ってみたんだ」
小町技術員は、古くなったベビーカーを職員からかき集めて、双子用連結ベビーカーを作ってくれたのだ。まだ、首が据わっていない時期用のA型ベビーカーを2つ連結してくれてある。前輪のタイヤも付け替えて、1人で押しても大丈夫なように、作り替えてある。
「すごい。売り物みたい」
「だろう?A型はさ、使う時期が短いからね。普通レンタルなんだけれど、震災で中々手に入らないからね」
蒔絵が泣かないように苦労していた。まだ、泣くと鼻に染みるのだ。
「それからね、こっちはもっと自信作だ」
それは、保育園などで多くの子どもを入れて、散歩に連れて行く時に使うキャリーワゴンだった。市販の荷物を運ぶ折りたたみ式キャスター付きのワゴンに、なんと屋根をつけてくれている。中には、座ってもいいようにクッションまで用意されている。
「このクッションは?」
「事務のお姉さんが作ってくれたんだ。赤と青で可愛いだろう?」
もう1人、新たな「双子ファンクラブ会員」が発覚した。
そして、残念ながら、蒔絵の涙腺のダムは決壊してしまった。
(いだだ(痛た)・・・)
「室内で使う時は、ここに入っている雑巾でタイヤを拭けばいいだろう?」
銀河も、2人の子どもを前後に括り付けて歩くのは、1歳までが限度だと考えていた。1人でも10kgを越えるのだから。
「校舎内での使用も、校長先生は許可してくれたよ」
こういうところは、大人の協力者がいることが大切だと、身にしみて感じた。
小町技術員は、体育館との通路の側面に、波板を貼り付け、かつ、体育館との出入り口の階段にスロープまで作ってくれていた。
高1普通クラスの教室は、保育園仕様なので、ドアの幅も広く、段差もない。そこで、女性の力でも、ベビーカーで赤ちゃん2人を楽に移動できるようになった。
蒔絵が教室に入ると、クラスメートがわらわらっと、駆け寄ってきた。
「蒔絵がいなくて寂しかったよ-」
「もう痛くない?」
女子は、まだうっすらと青い鼻の周りを見て、痛みの心配をしてくれた。
「バレーボールはまだできないよね」
翔太郎が遠慮がちに声をかけた。
「無理に決まっているじゃない」
里帆の言葉を、蒔絵は強く否定した。
「いや、やるよ。田邊先生にプロテクターを借りる予定なんだ」
蒔絵の後ろから田邊先生の手が伸びて、黒い物体が入った袋が差し出された。
「はい。これが、ご希望のものです」
「ありがとうございます。今つけてみますね」
田邊先生に手伝って貰って、蒔絵がプロテクターをつけてみた。
生徒達は一瞬の静寂の後、思い思いの感想を述べた。
「かっこいい。プロのサッカー選手みたい」
「田邊先生、サッカーもやっていたの?」
「どうみても、バットマンだろう」
SHRが終わった後、蒔絵は田邊先生に話しかけた。
「これ、本当に借りていいんですか?」
「いや、実は古いのを引っ張り出したら妻が、『そんなの汚いのを女の子に貸すなんて』って怒ったんで、新品ですよ」
「お金は?」
「いや、買ったのは鮫島先生なんで」
「だったら、直接渡してくれればいいのに」
「まぁ、いろいろあるんです」
田邊先生は、眼鏡の蔓に手を当てて、軽くウインクをして見せた。