17 航平はそれでも登校した
今日は2話アップします
一夜明けて、航平は重い頭を上げてベッドから起き上がった。
「自分は悪くない」
口に出して自分に言い聞かせ、いつもと同じ時間に登校した。
教室に行くと、いつもと同じ雰囲気だった。
「おはよう。蒔絵は1週間くらい休むらしいけれど、中間考査も受けられるし、球技大会にも出られるって」
海里の言葉に、航平はほっとした半面、球技大会出場からは逃げられないことを知った。
海里は、航平の返事を待ったが、航平は「ふーん」と言ったきりだった。
父親から、「航平の様子を見ていてくれ」と言われたが、いつもと変わらないので拍子抜けをした。
職員室では、田中先生は鮫島先生を捕まえて、様子を逐一聞いたが、上村家からお詫びの申し出が会ったという話はなかった。
「上村は、親に昨日のことを言ってないんですかね」
「さあ、田中先生が担任なんですから、自宅に電話してお母さんに伺ったらどうですか?僕は、蒔絵のことは、朝一で、校長先生始め、お世話になった先生方に様子を報告しましたよ」
田中先生は、昨日、事故の報告を管理職にしなかったことを思い出した。
案の定、SHRが終わったら、校長室に呼び出された。
校長室に入ると、田中先生は、色々な言い訳をまくし立て、校長を困らせた。
「田中先生、私が今日はこのお部屋に招待したので、私の話も聞いて下さいますか?」
田中先生は、ふと我に返った。
「田中先生は、上村さんのお母様から、学校生活の心配事などの相談を受けていらっしゃいますか?」
「いえ、航平君は今日も定時に登校していますし、海里からも、『いつもと様子が変わったことはなかった』との報告を受けています。多分、航平君はお母さんに、昨日のことを話していないんだと思います。昼休みにでも呼んで、自分の口から親に話をして貰いましょう」
校長先生は、田中先生のこういう短絡的なところを警戒していたのだ。
「ちょっと待って、本人が自分に非があると思っていなければ、親に報告するとは思えないですよ。まして、学校側から、お詫びを強制なんてできませんからね」
「いや、例え事故でも、女の子の鼻を折るなんて・・・」
「鼻を折って1週間休むことで受ける不利益は、男子でも女子でも変わりありませんよ」
そこへ、上村の母親から田中先生宛に電話が来た。徳校長は、その電話を田中先生の代わりに受け取った。
「失礼します。田中は今授業中なので、校長の徳が、代わりにお話を承ります」
どうも、昨日のことは、一緒に東京から転校してきた母親経由で知らされたらしい。
平謝りする上村の母は、息子を連れて、鮫島の家にお詫びに行きたいと、興奮している。
田中先生は、面倒くさい事案が、自分の手を離れたという安堵の顔をしている。
「上村さん。鮫島さんのご両親は、日中はご在宅ではありません。ちょうど、蒔絵さんのお兄さんが本校におりますので、今日学校においで下されば、昨日の様子もよく分かります。息子さんが、その件をお母様に話さなかったのには、何か訳があるのかも知れません」
30分もしないうちに、上村の母親は、お詫びの菓子を抱えて、校長室にやってきた。校長室には、徳校長しかいなかった。
「よくおいで下さいました」
徳校長は、飲み物を勧めながら、上村家が、百葉村に引っ越してきた経緯や、航平の進路の話などをゆっくり聞き出した。
トントントン
「鮫島です。菱巻君も連れてきました」
「あら、早かったわね。ちょうど、蒔絵さんが怪我をした時、一緒のグループで一番近くにいた生徒にも来て貰いました。お医者様にもついて行ってくれたんですよ」
航平の母を少し身構えた。自分にとって耳の痛い話が出るのではないかと。
しかし、校長は銀河がそのようなことをする生徒ではないと、全幅の信頼を置いている。
「銀河さん。授業中ごめんなさいね。この方は上村さんのお母様です。昨日の体育での話を、思い出せますか?」
「上村さん。航平君と球技大会で、同じチームになった菱巻です。本当にすいませんでした」
急に謝られたので、上村の母親は面食らってしまった。
「僕たち、6人で、バレーボールを希望したんですが、誰も経験者がいなくて、航平君が『バレー部にいた』っていうんで、練習計画押しつけちゃったんです」
「ごめんなさい。航平は確かにバレー部に籍はあったんですが、塾が忙しくて、あんまりバレーは上手じゃないのよ」
(やっぱり)
「そうなんですね。それで、僕たちルールもよく知らなくて、足でボールを蹴ってもいいって知らなくて。蒔絵さんが顔から突っ込んだタイミングと、航平さんが蹴ったタイミングが合っちゃったんです」
「あら、そうなの。バレーボールでは足でボールを蹴ってもいいのね。私も知らなかったわ」
徳校長も助け船を出した。
「私も知らなかったんです。1995年にルール改正されたんだそうですが、村にバレー部がなかったもんで、そのルールを知っている人が少なかったんですね」
鮫島先生も、朝、蒔絵から聞いた話として付け加えた。
「蒔絵も朝食の時、『突っ込んだ私が悪かったんだよね』と言っていました。まあ、元々丈夫な子なんで、1週間もしたら登校できますから、その時はバレーのチームの一員として入れてやって下さい」
航平の母も、顔を綻ばせて、持ってきた菓子を鮫島先生に渡した。
「いいえ、女の子の顔に怪我を負わせて、申し訳なかったですね。ほんのお口汚しなんですが、鮫島先生、ご自宅にお持ち帰り下さい」
「ああ、返ってすいません。両親と本人に伝えておきます。では、次の時間の授業がありますので、失礼します」
そう言って、銀河を連れて退出した。
銀河は鮫島先生に小声で聞いた。
「蒔絵は朝、起きて来なかったでしょう?」
「ああ、よく寝ていたよ」
「起きたら、口裏合せておいてくださいよ」
鮫島先生は、大人びた表情の銀河に苦笑して、頭を撫でた。
「夕べは助かったよ。親父は悲しんでいたけれど」
「顔の傷のこと?」
「いや、『自分の前で、他の男に抱かれる娘』を見せつけられたからじゃない」
「穂高兄さん達が、逃げたからでしょ?俺だって、裸の蒔絵を」
そこまで行って、銀河は顔を赤くした。
「ああ、良かった。何にも感じて貰えなかったら、それはそれで兄としては悲しいから」
航平の母が帰っていった後、校長は再び、田中先生を校長室に招き入れた。
「お話は聞こえましたか?」
「はい。上村さんも気が済んだようですね」
「でも、これは学校での事故ですので、今晩、田中先生と近嵐教頭で、鮫島先生のお宅を訪問してください」
「はい」
田中先生は、苦手な家庭訪問を言いつけられて、不機嫌な顔になった。しかし、徳校長は、それ以上の注意を田中先生にした。
何時か、この件を注意しようかと思っていたが、これ以上効果が上がるタイミングはない。
「それから、田中先生、保護者から田中先生の時間に自習が多いとの苦情が来ています。
授業時間に教室に行けないような事件や事故があった場合は、教頭に報告してください。
座学でも、事故は起こりえます」