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16 田邊先生と夜のドライブをした

本日は、少しHな要素があります。注意して読んでください。

 銀河は、蒔絵(まきえ)の脇に滑らせた手で、脇の下を軽くくすぐった。

蒔絵の反応がないので、まだ、麻酔から冷めていないことを、銀河は確認した。


「ところで、田邊(たなべ)先生も、鼻を折ったことがあるんですか?」

「顔を見ても、鼻が曲がっているって、分からないでしょ?」


信号が赤信号に変わったタイミングで、田邊先生は眼鏡を外して、後部座席を振り返った。

「分かりませんね。曲がっているんですか?」

「よく見ると少しね。僕の場合は、鼻骨骨折した後1週間くらいは、かなり痛かったんですが、その後は普通に登校しました」


「バスケットで折ったんですか?」

「リバンドした人の肘が、顔に当たりました」


鮫島(さめじま)先生の肘ですか?」

「いや、練習試合中で、相手のチームの人の肘が当たったんです。その時、鮫島先生は僕の血を見て、貧血で倒れたので、今回も妹さんの鼻血を見て、冷静でいられるが、少し不安ですね」

「ああ、だから、引率は田邊先生が買って出て下さったんですね」


「鼻を折った後って、プレイするのは怖くありませんか?」

「あの時は、鮫島先生が、フェイスガードを買ってくれました。ですから、引退試合も出られました。バットマンみたいで、格好よくて僕は気に入っていました。フェイスガードはまだ、家にあるでしょうか?」


「あったら貸して下さい」

「え?蒔絵さんを球技大会に出すんですか?」

「多分、ボールを蹴った子を傷つけたくないから、無理にでも出て、大丈夫ってアピールしたいと思います」


「銀河さんも、加害者の名前を言わないんですね」

「先生と同じですよ」


 田邊先生は、銀河の鋭い言葉に動揺し、一拍、返事が送れた。銀河にとってはそれで充分だった。


「加害者は鮫島先生だったんですね」

「バレたらしょうがないですね。でもね、見舞いに来てくれたバスケ部の先輩と、今は結婚できたので、僕にとって損ばかりではありませんね」


 銀河は、新入生歓迎会の時、蒔絵から「田邊先生が、鮫島先生の憧れの先輩と結婚した」と聞いていた。鮫島先生が、田邊先生に面と向かって、文句が言えなかった理由がなんとなく分かった。


「ところで、上村(かみむら)さんは、明日から学校に来てくれますかね」

「まあ、来にくいと思います。でも、中間考査前だから休まないと思います」

「そうですね。蒔絵さんの代わりの選手は、お願いしなくていいですか?」


 蒔絵がもぞもぞっと動いた。

「あ?蒔絵起きたの?え?『出る』?」

「蒔絵さんは、試合に出るってことですか?では、代わりの選手は選びませんよ?」

蒔絵が(かす)かに頭を縦に振った。


「田邊先生、蒔絵が試合に出るから代理はいらないそうです。気合いで直すそうです」

蒔絵の気持ちを代弁して、銀河が答えた。

「そうですか?中間考査の勉強もありますが、先ずは、安静にして怪我を治して下さい」



 そう言ったところで、田邊先生の車は、菱巻家の隣にそびえ立つ「未来TEC」の社宅マンションの前に着いた。マンションの入り口には、鮫島の家族が待っていた。


「本当に今日は、蒔絵がご迷惑をかけました」

そう言って、母親が、田邊先生と立て替えた治療費の話などをしているうちに、鮫島先生が、蒔絵を受け取った。鮫島先生は、蒔絵を負ぶうと少しよろけた。


「おっも。銀河はよくこんなに重い蒔絵を抱きかかえて来られたね」

「今は、麻酔が覚めていますから、そんなに重くないですよ。更紗(さらさ)姉ちゃん、今日は双子連れ帰るのを、手伝ってくれてありがとう。じゃあ、お休みなさい」

疲れ果てた銀河は、一刻も早く家に戻って、風呂に入りたかった。


しかし、更紗に腕を掴まれ、銀河は見事に捕獲された。

「ちょっと、銀河君、血まみれじゃない。まだ、血が流れている傷もあるんだけれど、どうしたの?」

「この血は、蒔絵の鼻血。手の傷は、猫に引っかかれたんで・・」


「家の猫でしょ?家で風呂入って、傷の手当てをするから・・・。藍と茜はもう風呂も入れたし、寝ているよ。紫苑も多分、寝ているから、双子を起こさないためにも、家で風呂に入っていって・・・」


「いや、蒔絵の体も拭かないといけないでしょ?遠慮しますよ」

「それなら、なおさら」

そう言うと、更紗は、無理矢理マンションのエレベーターに、銀河を引きずり込んだ。



 更紗に言われるがままに、風呂に入り、穂高の服を借りた銀河は、居間で救急箱を持った更紗につかまった。

「いやー。凶暴な猫ね。肉がえぐれているじゃない。お腹や背中は大丈夫?」

Tシャツをめくられて、背中のひっかき傷に絆創膏を貼って貰った後、銀河が立ち上がって帰ろうとすると、更紗と更紗達の母親が、目の前を(ふさ)ぐように立ちはだかった。


「え?もう傷はないですよ。ほら、お腹だって、大丈夫」

銀河は、Tシャツをめくって、ぽっちゃりしたお腹を(さら)して、脱出を図ろうとした。


「お腹も()いたでしょう?夕飯も食べていって」

「いやぁ、夜も遅いし、もう帰ります」

「銀河君。あと、もう一つお願いがあるの。これから、か弱い女手で蒔絵の体を拭いて,着替えさせなければいけないんだけれど・・・」

「いやぁ。男手は2人もいるじゃありませんか」


「蒔絵もお年頃なのよ」

「いや、それなら尚更、俺じゃ困るでしょ」


 ドアの向こうで、鮫島家の男性陣は銀河に両手を合せていた。2人は蒔絵の体など触ったら後で、なんと言われるか分からないので、銀河にその恐怖の役割を頼みたいのだ。


銀河は退路を塞がれ、蒔絵の着替えの手伝いをすることになった。


 顔を抱えて寝転がっている蒔絵を、銀河は再び抱き起こした。そして、蒔絵の母、更紗、銀河の3人で、蒔絵の血まみれの体操着を、ゆっくり脱がしていった。

着替えの時、顔に少しでも触れると、蒔絵が暴れ出すので、裸の体を隠すのは二の次だった。

嫌でも、銀河の眼に見てはいけない部分が飛び込んでくる。


「はいじゃあ、体を拭くから、銀河君、蒔絵を抱えていて」

「ちょっと待って下さいよ。なんで、裸の蒔絵を俺は抱きかかえなきゃいけないんですか?」


蒔絵の母は、聞く耳を持たず、更紗から渡されたタオルでさっさと蒔絵の体を拭いていく。


「待ってね。血まみれの体を拭くんだから、そのまま抱きかかえていて頂戴。蒔絵、髪はTシャツを着替えたら、洗ってあげるから」


 背中を拭くために、前向きに抱えている時はまだ良かったが、反対の時は、背中から回した手を銀河はどこに持っていったら良いか分からず、脇の下で「前にならえ」の姿勢で我慢し続けた。脇を触られるのが苦手な蒔絵の脇に、手の平など入れられる訳がなかった。

下を見ると、蒔絵の胸が見えてしまうので、銀河はずっと天井を見続けた。母親が、足の方まで拭こうとするので、銀河はたまらず抗議した。


「まだですか?下半身を拭くのは、上を着せてからやって下さい」

「あら、それもそうね」

お母さんは、ショーツを引き下げようとしていた手を止めた。


 上も下も着替えが終わった後は、キリストを抱くマリア像のように、銀河は蒔絵を風呂場で抱えた。血まみれの頭を、シャワーで洗うためだった。

「更紗姉ちゃん。蒔絵の胸にバスタオル広げて、それから包帯が濡れないように、顔にも水かけないでくれよ」


 銀河は、再度自分の来ているTシャツが濡れたことを感じていたが、もうそんなことはどうでも良かった。


 髪をドライヤーで乾かす時は、もう、蒔絵が眠り始めたので、銀河は蒔絵の頭を支えなければならなかった。椅子に座った銀河にまたがった蒔絵は、縦抱きにされた赤ん坊のようだった。首が据わらない赤ちゃんの頭のように、銀河は大きな手で蒔絵の頭を支えた。


 その手の隙間から蒔絵の髪を抜きだして、更紗は蒔絵の髪を乾かした。


 最後に、蒔絵の部屋のベッドに蒔絵を運び、今日の苦行が終わった。

銀河は、大分濡れてしまった穂高のTシャツを着たまま、「お休みなさい」と言って、鮫島家から脱出した。


 銀河が帰った後、女性陣は疲れ果てて、すぐ眠りについた。

蒔絵の父親は、3人が寝静まった後、居間に戻って、食卓に座った。穂高もトイレに起きて、そのまま父親の向かいの自分の席に座った。


「良かったね。軟骨部分に小さな亀裂が入った程度で済んで」

「高校時代のことを思い出したか?」

「あー、あの時は、僕が加害者だったのに、気を失ってしまって、迷惑をかけてしまったからね」

「そう考えると、銀河は落ち着いた子だよね」

「蒔絵をコントロールできる貴重な人材だ」


「なんか、今日は結婚式の後の父親の気分だ」

「早いよ」

「いや、娘が、父親じゃない男に抱かれて、父親より安心している絵なんて、見たくないもんだよ」


穂高は、銀河の腹を枕にして蒔絵が寝ている姿を、何度も見ている。その度に悲しい感情には襲われたりはしない。

「父親になるのも大変だね」

(お前はその前で(つまず)いているじゃないか)



 蒔絵の父親と兄が、食卓で語らっている頃、銀河は自宅に戻った。時間は11時過ぎ。

玄関は開いていたが、家族は全員寝てしまっていた。

銀河は、濡れたTシャツを脱いでハンガーに掛けて、何も食べずに、そのまま布団に潜り込んだ。


 静かな部屋に、双子の寝息が微かに聞こえた。

「聖人君子でいるのも大変だね」


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