111 ウェディング・フェスティバル
ウェディング・フェスティバル当日は、この上ない晴天だった。
百葉高校生は、1学期中間考査の最終日だったが、眼下で用意されているフェスティバル会場に、気もそぞろだった。しかし、会費1万円を払う余裕などなく、指をくわえて見ているだけだった。
「翔太郎、ごめんな。姉ちゃんが結婚するから、俺は会場に行かなければならないんだ。あとで、色々教えてやるよ」
翔太郎は、村田英雄の言い草も気にくわないが、隣に立っている里帆が、岳田琉治と村田恭子の結婚に傷ついているのも気になっていた。
結局二人で、教室の窓から会場の様子を、最後まで見続けてしまった。
「ねえ、今日の司会、蒔絵ちゃんと銀河君なんだって」
「へえ、そりゃ大変だ」
「来年結婚する予定の人が、司会をするんだよ」
「羨ましいの?俺はごめんだけれど。見ろよ。あの駐車場の外車率、お偉いさんがいっぱい来るんだよ」
「ふーん。それで、玉の輿を狙っている保育士さんや、未来TECの社員さんは、着替えに熱が入っているわけだ」
招待客の着替え会場として、百葉高校の体育館が開放されているが、レンタル衣装がずらっと並んだ様は圧巻だった。武道場も振り袖の着付け会場になっていた。
フェスティバル会場入り口では、未来TEC社員が受付をしていて、1万円を払うとチケット代わりに桔梗の花がもらえる仕組みだった。男性は紫の桔梗のコサージュを胸に、女性は白い桔梗の髪飾りを頭に飾って、まだ相手のいない若い男女は鵜の目鷹の目で、告白する相手を探すのだ。
「あっ、蒔絵ちゃんが見えた。銀河君もスーツ姿でカッコいい」
式の服装は、基本的に略礼装だが、蒔絵は「日経ウーマン++」から借りた衣装に身を包んでいた。妊婦用の式服ということで、次の号には、「司会着用衣装」として、宣伝されることになっている。
「あれ、藍と茜も会場に入っていった。鈴音さんのところの双子は、随分大きくなったな。自分で歩いているぞ」
翔太郎は、里帆に指さして伝えたが、里帆は他の情報も知っていたようだ。
「今日は、保育士さん達が、ほとんど出払っているから、みんな会場に子供を連れて行くんだって、大きな子供プレイゾーンもあるんだよ」
「うわ。何か、うるさくなりそうだな」
「それも結婚式の新しい形じゃない?あっ、新郎新婦が入場する。鮫島先生やっぱり、格好いいな」
ハリウッドスターのようなスーツ姿で穂高が歩いて行くが、残念ながら、会場の視線は、最後に入場する妖精のような更紗と、王子様のような紫苑に集まった。
カメラのシャッター音も、一番多かった。
翔太郎が横を見ると、校舎の窓は生徒達で鈴なりだった。こうやって、結婚願望をかき立てるのだなと、翔太郎は一歩下がった視点で、観察をしていた。
それでも、6組のカップルが順に指輪を交換し、キスする場面では、こっそり里帆の方を覗き見てしまうのだ。目立ちたがり屋の穂高は、背の低い佳美を抱き上げてキスをしたので、高校1年のクラスの生徒達は、大騒ぎだった。これで、酒臭い担任という汚名を雪ぐことができたのではないだろうか。
結婚式が終わって、6組のカップルが退場すると、次は披露宴だ。
土砂災害の時、村民が避難した工場と結婚式場の間のドアが開けられ、美しく飾り付けられた披露宴会場が現れた。壁際には、様々な料理が並び、記念写真が撮れるフォトスポットが、何カ所も用意されていた。
銀河は、疲れて座り込んだ蒔絵に料理をかいがいしく運んでいた。披露宴会場だが、そこここで名刺交換も行われていた。
「なあ、里帆、あの胸の桔梗の花は何だ?」
「好きな人にあげて、恋の告白が出来るんだよ。バレンタインチョコみたいなもの」
「田邊先生は胸に、白い花を挿しているよ」
「もう、奥さんと交換したんでしょ?蒔絵ちゃん達なんか、式の最初から交換していたもん」
紫苑は、カメラマンに囲まれた更紗を置いて、名刺を持って走り回っていた。
芦田編集長にも、次回の企画書を見せていた。
銀河も、何度か、偉そうな人に話しかけられていて、名刺交換をしていた。
翔太郎は、そんな銀河が羨ましかった。
忸怩たる思いで、窓に張り付いていた翔太郎の肩を、航平が叩いた。
「見ろよ。ビンゴ大会だ。すげー、賞品が出るらしいぞ」
航平の言葉に、里帆が同意した。
「羨ましいよね。蒔絵ちゃんが、悔しがっていたよ。『司会には商品が当たらないから』って」
「全くだよ。未来TECや協賛の企業からのものすごい商品があるみたいだぞ」
翔太郎は、少し好奇心が湧いた。父が未来TEC社員の航平は、賞品の詳細を事細かに教えてくれた。
「賞品の目玉は、ハワイの新婚旅行とか、ロボット犬とか、高級振り袖お仕立て券とか、百葉LRT2号機のトミカとか、後、マンション一部屋ってすごいのもあったよ」
「ハワイ旅行やマンションと並んで、なんでトミカが目玉なの?」
里帆にはその価値が分からないようだが、前回展示会で提供された百葉LRTは、限定100台で、幻のトミカと言われた。。
航平も抽選に当たったが、その後、多くの人からかなりの高額を提示され、売るべきかどうか悩んだのだった。今回は、まだ、運行されてない列車のトミカと言うことで、銀河や航平達は興味津々だった。
翔太郎も、弟の甲次郎からその話を聞いていたので、航平とその話で盛り上がった。
「何だ、その2号機って。エヴァンゲリオンか?」
「違うよ。百葉LRTはこの後、延伸するんだけれど、そこには新しい車体が投入されるんだって」
「どこまで延びるんだよ」
「成田空港や千葉大学、最終的にはつくば未来村まで伸びるみたい」
「じゃあ、そこは複線化するんだな」
男子2人が鉄道の話で盛り上がっているうちに、披露宴最後の、花婿花嫁から参列者への言葉の時間がやってきた。
ここで、一番涙を誘ったのは、鈴音、紫苑、銀河の3人の子供に囲まれて、茉莉が涙ながらに読み上げた言葉だった。妊娠をしたために、大学も結婚式も諦めたことへの後悔と、今日、式の機会を与えて貰ったことへの感謝が述べられた。
それは英子の心にも刺さった。
茉莉は一言も、銀次や英子に対して恨み言は言わなかったが、英子は、自分が「嫁」に苦しみや後悔を与えていたことを、改めて実感したのだ。
「銀次さん。私は悪い姑だったかね?」
「英子だけじゃない。俺も古い考えから抜け出せない男だから」
「更紗が、蒔絵のように妊娠したら、私はまた、更紗に大学を辞めるように言ってしまうところだった」
「まさか、母親の後悔を聞いたんだから、在学中に妊娠するようなことはないだろう」
「でも、更紗の妹の蒔絵は高校在学中に、妊娠したよ」
英子の横顔を見ながら、銀次は静かに尋ねた。
「なあ、英子はどうしてそんなに、蒔絵が気に入らないんだ?ちょっと前まで可愛がっていたろう?」
「だって、恥ずかしいじゃない?菱巻家の嫁が、高校生で子供を産むなんて」
「『嫁』でなければいいのか?」
「いや、銀河の嫁なんだから、家の嫁でしょ?」
茉莉の言葉を聞いても、なお、英子の頭から古い考えは変えられなかった。孫の「嫁」は「家の嫁」。そういう英子の考え方を理解していたので、蒔絵は大学を卒業するまで、「菱巻家の嫁」に縛られない方策を探ったのだ。
銀次は、英子の背中をさすった。
「英子がそういう風に考えるのは、多分、俺の母親の影響だね。でもな、英子も茉莉も、鈴音も苦しんだ『嫁の苦しみ』の連鎖を、ここで終わらせないか?」
「どうやって」
「俺達が、考え方を変えるだけさ。更紗も蒔絵も『菱巻家の嫁』じゃない。『息子の妻』だ。
俺達の考え方も、生き方も押しつけなければいいんじゃないか?」
「じゃあ、口を利かなければいいの?」
「そうだね。あの子達の行動を、ただ、温かい目で見つめてやろうじゃないか」
英子は、まだ、銀次の言葉に納得した顔をしなかった。銀次は、英子の気持ちが変るのには、もう少し時間が必要だと思った。
ただ「日経ウーマン++」に掲載された茉莉の言葉には、日本中の人から共感の「イイネ」が届いた。
ウェディング・フェスティバルを細かく描き込めば、もっと話が膨らむかとは思いましたが、今回は、翔太郎達の視点から、表現させていただきました。