110 発起人会議
2日後、村のHPに「ウェディング・フェスティバル」参加者と運営スタッフ募集のお知らせが載ると、村は上を下への大騒ぎだった。中でも、結婚予定者の名前に、徳憲子村長の母親、徳崇子校長まで腰を抜かしてしまった。寝耳に水だったらしい。
結婚予定者
徳 憲子・未谷来都
後閑佳美・鮫島穂高
栗橋弓子・相場結城
村田恭子・岳田琉治
鮫島更紗・菱巻紫苑
そして、結婚予定カップルの名簿を見て、勇気を出した人がいた。
「茉莉、俺達も参加しないか?」
鉄次は、急な妊娠で茉莉と結婚式を挙げられなかったことを、ずっと申し訳ないと思っていたのだ。
同い年の徳憲子の結婚に、鉄次は勇気を振り絞ったのだ。
「指輪も今から買うの?」
昔、男は指輪を買わなかったし、茉莉の結婚指輪も、もう太って入らなくなっていた。
しかし、土砂災害の被災者である鉄次夫妻にも、予算不足の若いカップルにも救いの手は差し伸べられた。この企画を耳にした「日経ウーマン++」が、様々な企業に声を掛けて、金銭的問題を解決してしまったのだ。
コロナ禍に加えて、首都圏直下地震と富士山噴火で、斜陽になった結婚産業が、この「ウェディング・フェスティバル」に活路を見いだしたのだ。このような大規模なウェディング・フェスティバルが、各地に広がれば、成人式に続く、大きなイベントになる。
まず、動いたのは貸衣装業界だ。今回の式には、鮫島穂高と菱巻紫苑というモデル級の花婿がいる。
複数で参加するならば、少しくらい派手な衣装でも着てもらえるだろうと、様々な男性用貸衣装が用意された。現に、一番衣装に拘ったのは、穂高だった。
佳美は心の中で、「見栄っ張りな男で良かった」とほくそ笑んだ。
それに、様々な事情で式を挙げられなかった30代40代には、少し落ちついているが、あえてレトロな衣装が用意された。
勿論、花嫁の衣装も、白に拘る必要はない。希望者には式の途中で、2枚目の衣装に替えてもいい。
ただ、更紗だけは、白いシンプルなドレス1着で済ましてしまった。それでも、そのフェアリーのような姿は、他の誰よりも美しかった。
次に気合いが入ったのは、着物業界だった。参列者の独身女性に「最後の振り袖を」ということで、PRに躍起だった。勿論、みんな、来年のフェスティバルは、自分が主役になるという気合い充分だった。化粧品業界も、パウダールームに無料の化粧品を置いて、PRに余念がなかった。商品の宣伝をしない「日経ウーマン++」も、今回だけは、検索すれば、その商品にたどり着けるような表示をしないわけには行かなかった。更紗が着けた口紅、フェアリーピンクは、翌月の売上No1だった。
そして、最後は指輪業界だった。ブランド名はないが、希望の石を使って、デザインもフルオーダーで、かつ格安で作れる県内の業者が、何社か呼ばれた。
鉄次は恥ずかしがったが、茉莉とお揃いの、毎日つけられるような指輪を注文した。内側には入籍した日付とお互いのイニシャルを入れた。外側には小さく茉莉花の花が彫り込まれていた。
2人会わせて2万円ぐらいの指輪だったが、茉莉は鉄次の、日に焼けた指に毎日、その指輪がつけられることを考えるとそれだけで幸せだった。
さて、発起人についてだが、規模があまり大きくなりすぎたので、式を上げるカップルから1人ずつ指名を受けて式次第の話し合いをし、実際にはその希望に応じて、未来TEC社員と日経BPが実務を行うことになった。
発起人に選出されたのは、未谷来海、後閑悠仁、火狩、岳田玲治、蒔絵、鈴音の6名だった。それに、芦田千翔がアドバイザーとして加わった。
岳田玲治は、琉治の2つ上の兄で推薦されてきたが、つくば未来村支社員として、未谷来海支社長の話を静かに拝聴する覚悟でやってきた。同様に、大学1年の悠仁と、高校2年になった火狩も、話し合いにどう参加したらいいか、見当もつかなかった。
「今日は、武藤火狩さんは、誰に推薦されてきたの?」
話し合いの席で、自分と同じように居心地悪そうにしている火狩に、悠仁は声を掛けた。
「同居している従兄弟の相場結城に、無理矢理押しつけられたんです。『蒔絵ちゃんも話し合いの場にいるから大丈夫』なんて言われてきたけれど、とんでもなかった」
悠仁は、更紗の妹と言うことで、蒔絵に対して微かな期待を込めて参加したが、更紗がフェアリーなら、蒔絵はエルフの戦士のようだった。
頭は回るし口は立つし、相手が支社長であろうと、全く気後れせずに話をするのだ。
悠仁は、この蒔絵をコントロールできるという彼氏の高校生を見てみたいと思った。
「火狩さん。蒔絵ちゃんって、彼氏いるんだよね。尻に敷かれているの?」
「うーん。尻には敷かれてないな。蒔絵ちゃんを普段は放し飼いにしているけれど、いざとなったら助けに行く飼い主って感じかな?」
散々な言いようである。
そんな強力な個性がぶつかり合った会議であったが、時間内に式次第は決まった。計画に時間を掛けると実動部隊が困るからだ。
司会の来海は、序列や形式に拘らないタイプだった。
「えー。年齢順とか、考えないで、席次も入場も、今回の申し込み順でいいんじゃない?」
蒔絵が早速、挙手をした。
「あのー。入場は申し込み順でいいですが、6組のカップルは、等間隔、6角形の頂点に座ってもらったらどうですか?そうしたら、」
蒔絵はホワイトボードの前まで行って、会場図の6箇所に○を描いた。
鈴音が蒔絵の側に行って、緑マーカーで動線を描いた。
「じゃあ、控え室がここにあるから、こう入場するといいですね」
来海が、もう1枚のホワイトボードに、自分のiPadに用意してきた式次第を反映させた。
「①入場の後は、②開会宣言 ③誓いの言葉 ④指輪交換・誓いのキス ⑤結婚誓約書にサイン ⑥拍手・退場、一般的な『人前式』の式次第はこんな感じだけれど・・・」
鈴音が手を挙げた。
「開会宣言は、徳崇子校長か、未谷来春会長だよね」
蒔絵が、異議を申し立てた。
「お二人とも、それぞれの親ですよね。なんか違うかな。開会宣言は、司会の人でも良くないですか」
一応、会議の参加者としては、何時までも黙っているのも良くないので、悠仁が挙手をして質問した。
「司会は決まっているんですか?」
蒔絵が臆せず手を挙げた。
「妹ですけれど・・・私、司会をやりたいです。そして、次回から、次に結婚する人が司会するってことにしたらどうですか?」
普通、日本の社会だったら、「出しゃばり」と言われそうな言動だが、蒔絵にはそれなりの筋道があった。
火狩が小さな声で言った。
「蒔絵ちゃん、司会になって、ずっと立っているの、お腹が張ったりしない?」
「ずっと立っていなければいいでしょ?きっと私、マイクを持っていないと、会場中、走り回っていると思う。それに、もし具合が悪くなったら、代わりを銀河に、司会を頼むから大丈夫」
鈴音が賛同した。
「確かに、蒔絵はマイクに縛り付けておいたほうがいいわね。銀河も試合があるけれど、あの子なら『式次第』を見せたら、すぐ代わりが出来るんじゃない?」
そんな無責任な話の末、銀河の同意も得ず、司会が決まった。
結婚誓約書も、既に入籍しているカップルも多いので、入籍していないカップルのみ書くことになった。
あっという間に、結婚式の式次第は決まり、後は披露宴の式次第だが、その話し合いは、なかなか進まなくなってしまった。普通の披露宴で行われるすべてに、不要だと言う意見が出てしまったのだ。
「ビデオ上映。あれって退屈なんだよね」
「親への感謝の手紙?親がドレス着て式にいるのに?(笑)」
「写真はそれぞれ移動して撮ればいいじゃん」
「食事はビュッフェ式だから、会場の端に並べて好きに取りに行けばいいじゃない?」
「余興。い~らない」
「最後に、カップルそれぞれから、会場にいる人への『謝辞』だけで良くない?」
ここでも勇気を振り絞って、悠仁が手を挙げた。
「あの、『引き出物』は・・・あー、いいです。僕の言ったことは忘れてください」
未来TEC社の3人が目を輝かせた。
「それは、村外から来た人に、お土産はいるでしょ?」
「ビンゴでも抽選会でもいいから、何かお楽しみがいるね」
「うわー。司会やって損した」
「蒔絵のとこは、銀河がもう、百葉LRTトミカを持っているでしょ?」
「私には~?」
火狩が更に小さい声で言った。
「ブーケトスとか、ライスシャワーは?」
蒔絵が大きな声を上げた。
「ブーケトスの代わりに、来年結婚しますって宣言は?」
悠仁が小さな声を出した。
「花束持って、意中の人に告白するとか・・・」
来海も、以外とロマンチストだった。
「ねえ、それって、赤い薔薇の花を、意中の人に『披露宴の間』にプレゼントするっていう伝統にしたら」
今まで黙っていた芦田編集長が口を開いた。
「では、式の参加者に、すべて薔薇を1本ずつ配って、披露宴の間中を告白タイムにしましょう。人に渡せず薔薇を持っていたら、恋人募集中と言うことで。
ああ、赤い薔薇だと、会場の飾りに赤い薔薇が使えないので、特別な髪飾りにもなるコサージュを作りましょうよ。男女別の。6月の花といえば、紫陽花は心変わりのイメージがあるから・・・。そうだ、女性は白の桔梗。男性は紫の桔梗なんてどうですか」
編集長は、商魂が逞しかった。母の日や、バレンタインデーのような花やプレゼントの需要を期待しているようだ。
因みに6月12日は「恋人の日」らしいです。愛の守護聖人、聖アントニオの祝日の前日。ブラジルでは、恋人や夫婦同士でプレゼント交換するらしいです。後書きに何か書こうと調べたら、そんな記念日が出てきました。桔梗は、秋の七草に数えられますが、初夏から咲き出します。