109 男の背中を押す方法は
渋る穂高を脅迫、もとい説得して入籍にこぎ着けた佳美は、なるべく派手な結婚式を挙げて、周囲にこの事実を知らせたかった。ただ、廃業寸前まで追い込まれた病院のことを考えると、親に結婚式の費用負担のことはなかなか言い出せなかった。
それに、結婚式の相談をしようとすると、穂高は、ブツブツ言って、式を延ばそうとするので、話し合いもならなかった。
「職場の職員全員呼ばないといけないのかなぁ」とか、「妹達の式も一緒に挙げたほうがいいのかなぁ」とか、挙げ句は、「やっぱり、靖仁お義兄さんより先に式を挙げるなんて、まずいよ」などと言っては、のらりくらりと、結婚式の日にちを決めたがらない。
佳美は、義理の妹になった蒔絵に今日も愚痴を聞いてもらっていた。
今日は、ゴールデンウイークのまっただ中、村民の多くは、百葉LRTに乗って、村外に観光に行ってしまったので、「什器の部屋」の客は蒔絵と佳美だけだった。
恭子が、自然素材のハーブティーを出す喫茶コーナーを新たに新設したので、蒔絵も何度かここでお茶するようになっていたのだ。
「ごめんね。蒔絵ちゃん。何度も呼び出して」
「佳美お義姉ちゃん、そんなことないです。GWはインターハイの県予選前なんで、銀河は鯨人と一緒に県外遠征に言っているんですよ。淋しいから、何度も呼んでください」
「そう言って貰うと嬉しいわ。それでね、結婚式なんだけれど、穂高さん、『ジューンブライトがいい』っていったら、『梅雨時だし、梅雨が明けたら暑いし、留袖を着る方に申し訳ない』とか言うのよ」
「言いそう。穂高お兄ちゃんって、総領の甚六なのよね。誰かにお膳立てして貰わないと、動けないんだわ。佳美お姉ちゃん、あんなお兄ちゃんのどこがいいんですか?」
「外見」
蒔絵は大きなお腹を折り曲げて、笑いこけた。カウンターの後ろで聞き耳を立てていた、恭子もしゃがみ込んでしまった。
「はぁはぁ。まあ、お兄ちゃんの取り柄って、それだけかも。そうそう、これ去年の体育祭の仮装行列の写真。イケメンでしょ」
アニメ「呪術廻戦」の、イケメン教師「七海建人」さながらの姿に仮装していた写真だ。
「頂戴。その写真。頭にきたら、その写真を見て、クールダウンするわ」
「そうだ。いっそ、お兄ちゃんに3回くらい衣装直しさせればいいのよ」
「全くよ。まあ、でも、うちも火の車だから、そんなに衣装代が出ないのよね」
そこへ「什器の部屋」のドアベルが鳴った。入ってきたのは意外な人物だった。
「あっ、徳村長。いらっしゃいませ」
カウンターの中から、恭子が徳憲子村長を迎え入れた。徳村長は、多忙な人物でなかなか村役場から出てくることはなかったが、今日は久し振りの休日でラフな姿をしていた。
白いゆったりした絹のワイシャツを、ワイドパンツの中に入れた軽装だった。袖も無造作にまくり上げているが、それを止めてあるワイドバングルが都会的センスを漂わせていた。その45歳とは思えない姿は、菱巻鉄次や茉莉と同期生だとは思えなかった。
「恭子ちゃん。客足はどう?」
村の出先施設の「什器の部屋」の様子を、休みなのに見に来たようだった。経営は4月から、高校を卒業したばかりの村田恭子に任せている。未来TECの出向を終えた岳田琉治にも、手伝わせているとは言え、新しい企画のいくつかは、なかなか客足が伸びないようである。
「ぼちぼちです。ハーブティー召し上がって行かれませんか」
「あら?こちらは・・」
蒔絵が立ち上がって、義理の姉になった佳美を紹介した。
「あなたが鮫島先生と入籍なさった方ね。お式は何時挙げる予定?母は楽しみにしているわよ」
徳憲子村長は、徳崇子校長の20歳の時産んだ娘である。
佳美は申し訳なさそうに答えた。
「6月がいいと思ったんですが、梅雨時で」
「そうね。日本の6月だと、雨が降っちゃうのよね。でも、室内ならそんなに関係ないじゃない?」
「それに6月は、県総体や関東総体の時期で、ご招待する夫の同僚の先生方もお忙しいですよね」
「あら、中間考査のテスト勉強期間ならいいんじゃない?だって、お式って3時間くらいでしょ?」
蒔絵が、徳村長に話しかけた。
「百葉村に結婚式場ってないんで、村外で式を挙げるとなると、半日がかりです」
徳村長は、ゆっくりハーブティーを飲み干した。
「ないなら、作ってしまえば?そうね。徒歩ラリーのゴールで使った、未来TECの駐車場なんて、芝生があって、雨が降れば日よけもできて最高ね。ガーデンパーティーみたいにすれば、皆さん軽装で来られるじゃない」
「それいいですね」
カウンターの中から恭子も飛び出してきた。
「料理は、学食や未来TECの社食から用意して貰えば・・・」
佳美は慌てて恭子の暴走を止めた。
「私達夫婦は、未来TECの関係者じゃないので・・・」
「百葉村と未来TECって、もう既に境目が曖昧よね」
恭子に蒔絵も賛同した。
「キャラクターのカレンとリオンは共通だし、そもそもお兄ちゃんが、村立病院の建設の仕事しているのだって、高校と村役場の境目がおかしいよね」
徳村長が、ぼそっと問題発言をした。
「私も結婚式を挙げようかな?」
耳ざとい3人はそのつぶやきを聞き逃さなかった。
「村長、お相手は誰ですか?」
興奮して、立ち上がった3人の前で、46歳になる徳村長は、乙女のように頬を赤らめた。
「未谷来都支社長」
36歳独身の来都支社長のお相手は、以前から取り沙汰されていたが、こんな身近にいたとは・・・。
恭子が手を挙げた。これをチャンスに、岳田琉治に迫りたいと心に決めたのだ。
「私も一緒に式を挙げたい」
蒔絵が突然立ち上がった。
「旧暦の頃は、お正月にみんな誕生日が来て、全員一緒にお祝いしたじゃないですか。
それと同じように、結婚式も年に1回みんなでお祝いしちゃったらどうですか?
百葉村では、6月にウエディング・フェスティバルをするんですよ。
だいたい、この村の人って、内輪で結婚しているんだから、招待客みんな被るじゃない?」
恭子も立ち上がった。
「北海道みたいに、ご祝儀なしで、会費制にすればいいじゃない。
年に1回、結婚式を挙げたいカップルは、6月に、みんな祝って貰うの」
佳美は、頬杖をついて考え始めた。
「北海道方式なら、発起人がいるわね」
蒔絵はすかさず手を挙げた。
「はーい。私がやります。今、暇でしょうがないんだもん。銀河は忙しいから・・里帆ちゃんと火狩ちゃんにも協力して貰います」
佳美が、蒔絵の暴走を止めた。
「気持ちは嬉しいけれど、村主催でやるなら、まず、結婚したいカップルと発起人をしたい人を集めて、組織的に始めないと。
未来TECの中にも、結婚したい人も発起人したい人もいるんじゃない?」
最後に、徳村長はにっこり笑みを浮かべた。
「ありがとう。これで彼の背中を押すことができるわ」
えー。そこからですか?
当然、「日経ウーマン++」の7月号の特集が決まった。
「新しい形の結婚式 ウェディング・フェスティバル」
先日、久しぶりに結婚式に行きました。コロナ禍で、式が流れたカップルには子供もいて、友人達も子連れで、それは賑やかな式でした。子供にはそれぞれお気に入りのおもちゃが、新郎新婦からプレゼントされ、それで遊ぶ子も、部屋の隅に置かれたBRIOの列車のおもちゃで遊ぶ子もいて、子連れで来なかった人も、「私も子供連れてくれば良かった」と言っていました。結婚式って、新しい時代を反映しますね。