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105 未来TEC展示会

 銀河と航平は、まだ息が白い時間に、百葉LRT(ライトレール)のトミカの抽選券配布のための列に並んでいた。1人目が並んだのをベランダから見て、走ってマンションから下りてきたが、もう前に20人が並んでしまっていた。


「限定100台って、厳しいよな。抽選券は大体何枚あるんだ?航平」

「父ちゃんに聞いたら、300枚印刷したらしい」

「抽選券を手に入れても3倍か」

「大学入試並みだな。里帆に聞いたんだけれど、里帆の弟は、百葉LRTのキャラクターを描いたんだって?」

「らしいな」

銀河は、限定トミカの1台目は、社長がGETしていることも、キャラクターのロイヤリティを里帆が持っていることも知っていたが、航平はおろか、蒔絵にもその情報は漏らさなかった。


「それでな、その弟は、今日の祝典のテープカットにも出るらしいぞ」

(まあ、小学生が描いたキャラクターって方が、宣伝になるよな)

「里帆の方は、リオンとカレンのロボットのお披露目に、ゲストで出るらしい」

「ほー。姉弟揃って、大活躍ですな」


 銀河達が並んでいる列の前を、野球部の一団が移動していった。全員が、駐車場係というビブスをつけている。ビブスには、カレンとリオンの絵が印刷されていた。その後ろを、半分眠そうな目の鮫島先生に連れられて、バスケット部員も移動していった。


「お早うございます」

「お早うございます。鮫島先生も駐車場係ですか?」

鮫島先生は、小さな声で現状を訴えた。

「はい。本当は、未来テック百葉村立病院の施設案内係だったんですが、田邊先生がお子さんの世話で出勤できないとのことで、こちらに回されました」



 高校生まで駐車場に動員したのは、「未来TEC展示会」が、百葉LRTのお披露目だけではなかったからだ。

 そもそも、「百葉LRT」は駅がたった3つの単線で、2両編成の車両が、海原(うなばら)町と百葉村をトコトコとつなぐ可愛らしい路面電車だ。今回の展示会の来場者を、すべて運ぶ輸送能力などあるわけはない。今日も、抽選で選ばれた数少ない乗客を乗せることしかできない。

 他の来場者は、JR総武線を使うか、海岸線を走る国道を使って車で来るしかない。

 

 駐車場を見ると、県外ナンバーのワゴン車が数多く駐車している。その来場客のお目当ては、「未来TECハウス」というWall Precast Concrete工法で作られた、2棟の新築のマンションと、「未来テック百葉村立病院」だ。

 特に「未来TEC第2マンション」と「村営マンション」は、緑豊かな山肌に溶け込むように建設されており、その1軒1軒が、間取りから備え付け家具までフルオーダーの贅沢(ぜいたく)な作りだった。

 その上、1軒1軒を形作るコンクリートの箱は、土砂崩れから山を守る壁の役割を果たしている。


 この「未来TECハウス」は、仮設住宅同様、つくば未来村支社が製造販売している。販売当初は、都会に住むパワーカップルの住居や、リタイヤした高額所得者の別荘を想定していたが、現在、全く想定していなかった方面からの問合せが急増している。


 それは、南海トラフ地震の対策として、企業城下町ごと移転を考えている大手企業からのニーズだった。最初購入層として想定していた地方自治体は、財政悪化でなかなか購入に踏み切れなかったところ、今となっては、「未来TECハウス」を導入しようにも、ますます高嶺の花となってしまった。


 駐車場でやっと休憩時間になった翔太郎と鮫島先生は、涼しい休憩所で水分補給をしながら、賑わう村の様子をぼんやり眺めていた。

「野球部とバスケット部ばかり、肉体労働ですね」

「翔太郎君、JR駅でも、サッカー部が誘導係をしていますよ」

「でも、里帆が『カレンとリオン』のロボットのお披露目で、ステージに上がるんですよね。見たかったな」


 鮫島先生は、時計で時間を確認して、スマホでYouTubeを開いた。

「今日は、駅とステージで、YouTube番組を開設していますよ」


 里帆は、ステージの上で、司会の女性からインタビューを受けていた。

「あれ?百葉高校の制服を着ているんだ」

「まあ、女子高生ということを、わかりやすい形で表現しているんじゃないですか?」

「おっ、和帆(かずほ)は駅員の制服を着て・・・。未来葉月(はづき)ロボットと一緒に並んでいる。鮫島先生、未来葉月は、和帆じゃなくて、里帆が考えたキャラクターですよね」

「でも、リーフスターの原案は、和帆さんが考えたから、わかりやすく彼がすべて考えたって、表現をしているんじゃないですか?ちゃんと、HPでは、里帆さんが著作権を持っているって、表記されていますよ」

 翔太郎にはなかなか、大人の事情が分からないようである。


 駅の様子を写しているYouTubeでは、トミカの抽選が始まったようだ。抽選には帆希(ほまれ)も参加して、手伝っていた。抽選が終わると、YouTubeの画面には、当選者の名前がゆっくり流れた。


「鮫島先生、航平の名前があった。あー。銀河の名前がない」

翔太郎は、嬉しい気持ちがわき上がってくるのを、止められなかった。

「残念ですね。朝早くから並んだのに・・・」

「銀河って、ふてくされるんですよ。試合にも優勝できなかったし、長引かないといいな」

そう言いながらも、月曜日はこのネタで、銀河をいじろうと心に決めた。


 華やかな舞台に上がって、疲れ切った里帆は、それでも、「什器(じゅうき)の部屋」に行って、今日の売上を確認しようと思った。

「展示会」は先ほど、閉会したので、もう、客はすべて村外に出たはずである。


「什器の部屋」にも客はおろか、店主の恭子(きょうこ)さんもいなかった。

「恭子さ~ん。山賀です。今日の売上確認に来ましたぁ」

奥の作業場から、恭子の声が聞こえた。「は~い」


 少したって、恭子が出てきて、商品の売り上げをお互いで確認した。かなりの売上で、在庫がなくなっている心配もあった。

「恭子さん。在庫足りない分、確認しますね」

そういって、里帆が奥に入ると、中には岳田琉治(たけだりゅうじ)がいた。

「すごいね。未来TECの商品の方もかなり売り上げたよ。後で、通帳に振り込むね」

そう言うと、琉治は台車を押しながら店を出て行った。少し、口調がぎこちなかった。


 琉治が声の届かないところまでいったのを見計らって、恭子が里帆に声を掛けた。

「琉治さん、落ち込んでいたわよ」

「え?」

「支社長さんに、なんか言いつけたんでしょ?琉治さん、支社長さんに注意されたんだって」


 里帆は咄嗟(とっさ)に、平静を装った。

「あー。銀河君が勘違いして、琉治さんが私に『商標登録証』を渡さなかったって、社長さんに言ったんです。私は、琉治さんに、『私が持っていても、なくすから持っていて下さい』って、言ったんですけれど、それを言う前に、社長さんが話を打ち切られて・・・」


 恭子は目を細めた。

「ふーん。その話、銀河君と琉治さんに確認していい?」

()めて下さい。誤解があったら、私自身で言います」

「そうね。100歩譲って、あなたが言ったことが事実だとしても、その事実を、言うべき時に言わなければ、簡単に事実を曲げることができるのよ」


 里帆は俯いた。端から見れば、里帆がいじめられているようだ。

恭子もこの状況を長引かせると、自分が悪者に仕立てられることが分かっている。


「山賀さん。4月から、『什器の部屋』は私が経営することに決まったの。申し訳ないけれど、百葉村のふるさと納税の返礼品の発送作業は、一括して未来テック百葉村支社が行うことになったから、もうこれ以上納品しなくいいわ」


「えー。そんな意地悪言わないでください」

「意地悪?さっき、琉治さんが在庫をすべて、会社に持って行ったじゃない?私も、アルバイトの人件費を出してまで、利幅の少ない商品を置くメリットがないの」

「じゃあ、今までの人件費はどこが出していたんですか?」

「そんなことも知らないの?百葉村よ。そうそう、今まで山賀さんが納品した商品へのクレームは、私が対応していたけれど、それもこれからは山賀さんがしてね」


 里帆は回らない頭で、クレームの内容を想像した。確か、袋詰めは和帆がしていた。その最終確認までは、里帆はしていなかったのだ。

「未来TECで、色々と『お勉強』しているんでしょ?これも一つの勉強だと思ってね。商売は、感謝と信用が大切なのよ。文化祭の商品じゃないんだから、それなりの品質を保たないとね」


 恭子の言うことは至極(しごく)最もだった。今まで、恭子さんにも、琉治さんにもすべて任せてしまっていた自分の行動は、ビジネスをする者としては、幼稚だった。

 高校で教師に叱られても、適当に誤魔化してそれで済んでいたが、社会に出るとそうは行かない。


 里帆は、こぼれ落ちそうな涙を必死に堪えて、恭子に頭を下げた。

「今まで、ありがとうございました」



 会場を片付ける喧噪の中、里帆は唇を噛みしめて、自宅に戻った。

「里帆お姉ちゃん。トミカ2台も貰ったよ。お姉ちゃんの分、僕が貰っていい?」

帆希(ほまれ)に見せられたトミカは、シリアルNo.00「Riho Yamaga」と刻印されていた。

一瞬、(銀河にあげたら喜んでくれるかな)と思ったが、自分の名前が入ったトミカは嫌がるだろうと思い直した。


「帆希は、お姉ちゃんの名前が入っているトミカでいいの?」

「勿論、里帆お姉ちゃんと和帆お兄ちゃんが、キャラクター作った記念だもん。それに、僕もYamagaだし・・・。友達に見せていい?」

「駄目。抽選に外れたお友達が悲しむでしょ。お家で、和帆と一緒に遊ぶんなら、お姉ちゃんのトミカをあげる」

「はーい」

帆希は、嬉しそうに、トミカを掲げると、兄弟の部屋に走っていた。


 月曜日から、里帆はまず、学生の本分に立ち返ることにした。

次回は同じ時間帯に、蒔絵達がどう過ごしていたかの話です

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