104 リーフスター爆誕
高校1年生の成績最下位は、山賀里帆だった。彼女の成績低迷の理由は、ヌードモデルの件で銀河と仲違いをしたからではなかった。
「未来TEC展示会」に出品する商品の準備で、勉強時間が取れなかったからだ。
それには、アドバイザーをしている岳田琉治も困ってしまった。
「山賀さん。学校の成績に影響が出ては本末転倒ですよ」
「はい」
里帆は、そう言われると反省するのだが、仕事にかかると熱中して、すぐ勉強がおろそかになってしまう。
そもそも、里帆が最初に出品する予定だったのは、ベアドッグをモデルにした自作の「リオン」「カレン」商品だけだった。里帆が自宅でコツコツ製品を作るそばで、小学6年生の和帆は一生懸命袋詰めなどを手伝ってくれた。
兄と姉が働いていると、小学1年生の帆希も側で、何やら絵を描いて、一緒に働く気分にひたるようになった。
「帆希は何を描いているの?」
「新幹線変形ロボット シンカリオンZ」
本人はそう言うが、小学1年生には複雑な変形ロボットの絵は荷が重いようで、途中で半泣きになってしまった。仕事に差し障るので、和帆が弟の気を引こうと提案をした。
「帆希、兄ちゃんが『百葉LRT』の変形ロボットを描いてやるぞ。やっぱり青に白い波模様の翼がつくといいな」
「和帆、助かる」
毎日一定数の納品をしないといけないので、里帆は帆希の機嫌を取ってやることが出来ない。それでも、随分静かに2人で遊んでいるので、ちらっとスケッチブックを見ると、結構独創的な変形ロボットを描き上げている。
「へー。顔は犬型なんだね。首に巻いているマフラーは、森の模様をあしらったカーテンを意識しているんだ」
子供が寝る時間を過ぎると、里帆は再び、和帆の絵を見直してみた。
「へー。男の子って、こういうのが好きなんだ」
そう言いながら、里帆は新しいスケッチブックのページに、和帆の描いた変形ロボットを清書してみた。そして、変身前の少年少女も、駅員風の制服を着せて描いてみた。
疲れている里帆はハイな気分になって、どんどん絵を描き進み、キャラクターに名前までつけてしまった。
「変身前のこの子達は、森を表わす未来葉月君と、海を表わす未来海月ちゃん。2人が合体して変形するの。
ん~。男女のキャラの「合体」は、ちょっとぉ、いやらしい響きがするわね。
じゃあ、それぞれ色違いの変形ロボットの方がいいわ。そうね。名前は区別をつけるために・・・リーフスターグリーンとリーフスターブルー。
海月は「くらげ」とも読むわね。海月ちゃんのスカーフは、海月っぽいふわふわにしようかな・・」
里帆はそうして、明け方まで新たなキャラクターを作り続けてしまった。朝になって、納品に行く時、和帆のスケッチブックを持っていくことにした。
「結構上手く掛けたから、カラーコピーして、2人にあげよう」
カラーコピーが自由に使えるのは、「千種ホール」だ。里帆は、早朝「什器の部屋」に納品を済ますとその足で、「千種ホール」を覗いた。平日の早朝なので、ほとんど人はいなかったが、30半ばの男性が2人でコーヒーを飲んでいた。
「あのー。カラーコピーって使えますか?」
作業着姿の30歳半ばくらいの男性が、すっと立ち上がって応対してくれた。
「朝早いね。今コピー機のスイッチを入れたんで、立ち上がるまで少し待ってね。テストの資料をコピーするの?」
「あー。勉強や仕事のものじゃないと、コピー駄目なんですか?弟に絵のコピーをあげようと思って、1枚だけなんですけれど」
そう言って、里帆は正直に、自分の描いた絵を見せた。
ワイシャツ姿のもう1人の男性も、立ち上がってきた。
「えー。見せて、すごいね。これ君が描いたの?ああ、RIHOってサインがあるじゃない。もしかして君は、カレンとリオン描いている山賀里帆さん?」
里帆は、自分の名前を知っている大人の存在にびっくりした。
「ごめんね。びっくりしたよね。僕は未谷来都。一応、未来TECの支社長をしています」
里帆は、数ヶ月前運動会で、「逃げる玉入れ」という競技で、未来TECの代表として籠を担いで元気に走っていた人物を思い出した。
「あの、運動会で・・」
「すごい。覚えていてくれたんだ。うちの支社のマスコット描いてくれた人だよね」
里帆は、百葉村のキャラクターがいつの間にか、未来TEC百葉支店キャラクターになっていたことを、始めて知った。それでも、偉い人に感謝されたので、そのままうやむやにしてしまった。
作業着姿の男性は、まじまじと里帆の絵を見ていた。
「ねえ、この絵の『リーフスター』って何のキャラなの?」
里帆は、愛想笑いをしながら、答えた。
「夕べ、弟が新幹線の変形ロボットを真似て、百葉LRTのキャラクターを作ったんです。クレヨンで描いたので、私が書き直して、名前をつけました。この男の子と女の子は私が考えたキャラクターです」
「僕の会社も、百葉LRTのキャラクター欲しいな。山賀さん。また、あなたにお願いしていいですか?あっ、申し遅れました。僕は、百葉LRT社の社長の、未谷隼人です。」
「隼人って、「ハヤブサ」の隼人ですか?」
「分かっちゃった?新幹線の「ハヤブサ」だよ。親も鉄オタで僕もそう。そして今は、鉄道会社の社長になっちゃった」
里帆は、偉い人2人に囲まれて、どうしていいか分からなかった。いつも、外部との交渉は、岳田琉治に一任しているので、自分一人だと、どう行動すべきか分からなかった。
「里帆、何しているんだ?」
ちょうどその時、朝のランニングが終わった銀河が、「千種ホール」に入ってきた。
「銀河君も朝早いね。山賀さんと知り合い?」
銀河は、奨学金の話の時に、支社長と顔を合わせている。
「はい。小さい頃からの幼なじみで、今もクラスメートです」
銀河は、蒔絵のヌードモデルの件で、里帆とは現在絶交中だが、目の前の状況を見ると、見過ごすことが出来ず、ホールに入ってきたのだ。
「里帆、どうしたの?支社長にコピーを取らせているの?」
「違うのよ」
里帆は、こんな場合でも、大人に向かって冗談が言える銀河に目を白黒させてしまった。
「そうなんだよ。可愛いお嬢さんが困っていたんでお手伝いをしようと思ってさ。銀河君、こちらは、僕の義理の弟、未谷隼人です。今度、百葉LRT社の社長に就任したんだ」
銀河は汗で濡れた手を、タオルでこすって手を差し出した。
「初めまして、菱巻銀河と申します。百葉LRTのトミカ。楽しみにしています。朝から抽選に並びます」
銀河にしては珍しく、目をキラキラさせて何気に圧を掛けた。
「いいだろう?僕はシリアルNo1をもう確保したよ」
銀河は(いいなぁ)という顔をした。
「銀河君、ところで今、私達が、山賀さんにお話ししていたのは、この絵のことなんだ」
銀河は目を細めて、絵とキャラクターの文字を読んだ。
「このキャラクターは、夕べ、山賀さんの弟さんが生み出し、山賀さんが命名したんだ。百葉LRTのキャラクターにぴったりだと思わないか?」
「そうですね。『シンカリオン』のパクリと訴えられないといいですが、そこさえクリアできれば、月末の『未来TEC展示会』にグッズが間に合うかも知れませんね・・・」
未谷隼人は、その点も考えていたようだ。
「JR東日本とタカラとは、上手く話が出来るはずだから、後は小学館集英社だね。山賀さんがいいというならば、今日中に話をつけたいし、見切り発車でグッズは明日から動けば、展示会にはギリギリ間に合うんじゃないか。ものがなくても、できあがり次第、後日発送でもいい」
勢い込んで話す隼人に、銀河は手を広げて話を止めた。
「ちょっと待って下さい。ケツカッチンなのは分かりますが、里帆や和帆の権利がないがしろにされるのは困ります。
『カレンとリオン』のキャラクターの時もそうでしたが、里帆は百葉村のキャラクターのつもりで、使用許可を出しましたが、未来TEC社のキャラクターとしても使われていますよね。
担当の岳田さんには『商標登録』をお願いしましたが、どう『商標登録願』を書いたか、里帆は多分正確に理解していないし、届いた『商標登録証』も里帆には渡されていません。
そうだよな。里帆」
銀河は、里帆と岳田とのやり取りについては、結構想像で話しているので、言葉を選んだ。だが、里帆との長い付き合いで、彼女が「ふんわりしたお願い」しかしていないことには、確信を持っていた。
里帆は、銀河の言葉が半分も分からなかったが、「商標登録証」だけは聞き取れた。
「岳田さんは、『商標登録証』を見せてくれました」
「里帆、もしその名義が、里帆だったら、『商標登録証』って、里帆が持っているべきものじゃないか」
里帆は、おぼろげな記憶を辿った。
「あー。思い出した。未成年じゃ、届が通りにくいから、『村と会社の名義で出しておいた』って、言われた」
未谷兄弟は、眉を曇らせた。未谷来都がその件について、里帆に謝罪を始めた。
「山賀里帆さん。岳田は、確かに百葉村からの出向社員ですが、とは言え、そのやり方は、あなたを騙すような方法だった。お詫び申し上げます。
確かに会社名で願いを出せば、通りやすいのは確かだが、あなたが正しく事実を捉えていないのでは説明不足だ。岳田にしっかり指導します」
「里帆、岳田さんを担当から外して貰うか?」
銀河の問いに、里帆は暫く考えた。
「支社長に怒られたら、私への対応が悪くなるような人なのかな?結局、今の私では、岳田さんがいなければ、仕事が成り立たないのよね」
里帆は、それなりに強かだった。それを見て、隼人が再度交渉に入った。
「では、『リーフスター』に関する窓口は、百葉LRT社から別の担当をつけましょう。
山賀さんには、2つ選択肢を提示します。
一つは、今、山賀さんが持っていらっしゃる絵にあるすべてのキャラクターを本社が、100万円で買い取るという選択肢、もう一つは、キャラクター販売で、百葉LRTに入る収入のうち、5%をロイヤリティとして払うか、どちらがいいでしょうか?」
若い社長は、話をどんどん進めていくが、里帆は再び、理解不能に陥ってしまった。
「銀河、ロイヤリティって何?」
「収入に応じた歩合だな。多分、トミカや出版社にも収入は入るけれど、百葉LRTに入る分の5%が、里帆の収入になるって言うこと」
「すごい」
「『未来TEC展示会』で商品を販売するには、今、里帆が、自分の責任で、どちらかの選択肢を選ばないといけないんだ。分かっているか?」
「銀河君、焦らせないで、お家に帰って、お父さんに相談しちゃいけないの?」
銀河は、隼人と顔を見合わせた。社長が話をすると、圧が高いので、再び銀河が代弁することにした。
「そうだな。商品が展示会でお披露目できないと、知名度は上がらないよな」
「つまり、キャラクターの価値が低下するってこと?」
「そう、今、合意できれば商品が間に合うけれど、後、数日後なら、多分、今提示されている価格での著作権の価値はなくなるよ。
今、100万円で売るか、里帆の死後70年までずっと5%のロイヤリティを貰うかどっちがいいか、里帆が決めるんだぞ。まあ、100万円あったら、大学の1年分の授業料くらい賄えるぞ」
「えー。銀河ならどうする?」
「俺なら選択肢は1択だが、著作権があるってことは、これからも、この著作権に関する交渉がつきまとうってことだ」
里帆は少し考えた。そして、銀河が選ぶであろう選択肢を取った。
「あの、著作権を保持したいです。今後、著作権に関する交渉については、担当の方に教えてもらいたいです。是非学ぶ機会を与えて下さい。そしてもう一つ、お願いがあるのですが、製品開発に、可能な限り参加できないでしょうか」
銀河の顔を見て、里帆は自分の選択肢が間違っていなかったことを理解した。
隼人が里帆に諭すように言った。
「製品開発に参加されたいという意向は分かりました。しかし、里帆さんは学生さんなので、製品開発のすべてに参加は出来ませんよね。
もし、あなたの意見を毎回確認しなければならないなら、それはお断りしなければなりません。ただ、今後の勉強のために、見学や手伝いという立場でなら、お受けできますが、いいですか?」
「はい。勉強させて下さい」
「銀河君もそれでいいですか?」
「え?自分は、タダの通りがかりの高校生なので、良いも悪いもないです。これから弁当を作らないといけないので、これで失礼します。
あっ、未谷社長、トミカの抽選には朝から並びます」
そう言うと、銀河は、首から下がっていたタオルを襟元に押し込んで、マンションの階段を8階まで駆け上がっていった。
「彼、格好いいね」
未谷支社長に言われて、里帆は淋しい目をした。
製品開発では、若手社員にお客様としてちやほやされるので、苦手な勉強をするより楽しかった。というわけで、里帆は、自分から言い出した製品開発に夢中になりすぎて、学年最下位を取ってしまったのだ。
行きがかり上、銀河が手伝いをしてしまいましたが、これは、里帆の成長に繋がるでしょうか?