102 今回も部屋を借りた
今週も色々なところで災害がありました。災害に遭われた皆さん、心よりお見舞いを申し上げます。
3月の学年末試験がやっと終わった。百葉高校生は誰も落第しなかったので、安心して、卒業生を送ることができた。
3年生自身は、2学期の最後の考査で卒業が決まっているので、受験に全力で向かうことが出来た。今年の卒業生はめでたいことに、卒業式の日には全員行き先が決まっていた。
紫苑のように既に、進学先に引っ越した者も、卒業式には帰って来た。
百葉高校は、制服が自由化されたが、今年の3年生は着慣れた制服で、卒業式に参列した。卒業式の後、教室には下級生がやってきて、第2ボタンを欲しがったが、紫苑も更紗もバドミントン部の、卒業セレモニーのため、彼らを撒いて、体育館に向かった。
体育館では、次期部長の2年生を中心に、手作りのセレモニーが行われた。
後輩達は、1人ずつ感謝の言葉を述べ、3年生からも後輩に御礼の品と共に、お別れの言葉が述べられた。後輩達の温かい送る言葉を聞きながら、更紗は少ししらけた気持ちになっていた。膝の怪我のせいで、2年生の途中でマネージャーに転向したことが、少し心にひっかかっていたからだ。
部長だった紫苑は相変わらず、爽やかな笑顔で挨拶の言葉を述べ、後輩達は涙に暮れていた。
バスケット部は、別会場で送別会を行っていたが、バドミントン部は、銀河の全国大会も近いので、そのまま、練習に入って行った。
「紫苑、これ貸すわ。2人でゆっくり話して、話が終わったら、ポストに投げ込んで置いてくれればいいから」
体育館の出口で、銀河から渡されたのは、銀河と蒔絵の部屋の鍵だった。紫苑は、銀河に話しかけられて少し身構えたが、いつもどおりで安心した。
「冷蔵庫の中にあるケーキは、蒔絵が用意したやつだから、喫茶店代わりに使っていいよ」
体育館を出た2人は他の3年生と分かれて、そのまま並んで生徒玄関に向かった。
「更紗、この後、喫茶店に行かない?」
「海原町まで行くの?」
「いや、喫茶Milky Wayに」
そう言って、紫苑が見せた鍵のキーホルダーに、更紗は見覚えがあった。
「その電車のキーホルダーって、銀河のでしょ?」
「この村じゃ、どこに行っても人目があるから、ゆっくり出来るところを貸してくれたんだ」
銀河達の部屋のドアを開けると2人は、どこかワクワクした気持ちになった。勿論、フォトウエディングの写真は銀河の部屋に隠され、2人の個室はそれぞれ鍵が掛けられていた。
2人で室内を見て回った後、紫苑は冷蔵庫を開けて、ケーキを出した。
それを見て、更紗はお茶を沸かして、ノンカフェインのコーヒーを入れた。
「ノンカフェインって、蒔絵はまだ、コーヒーの匂いも駄目なのに、わざわざ用意してくれたのかな?」
「有り難く、いただこう」
そう言って、紫苑と更紗はダイニングテーブルに腰を下ろした。
「いい部屋だよね。銀河はものを持たないタイプだから、部屋の中もすっきりしている」
「全く、鈴音姉ちゃんの部屋なんか、間取りが変らないのに、ものが溢れていて、ごちゃごちゃしていて、もっと狭く感じたよ」
蒔絵は2人の好きなレアチーズケーキを用意しておいた。
「これ海原町の『Milky Way』のケーキだよね」
「わざわざ、用意してくれたんだね」
更紗と紫苑も、デートで行った思い出の店だ。
「あそこで、私がミルクティーを頼んだら、ものすごく大きなカップで出てきて、紫苑が『ラーメンどんぶりみたい』って言って、喧嘩になったんだよね」
「そんなこともあったよね」
紫苑はコーヒーを飲みながら、窓の外を見つめた。
「2年前は、普通にJRに乗って、海原町に行けたんだもんね」
更紗も一緒に、窓から見える海を眺めた。
「銀河達は、我慢したことが多かったよね。そうだ、遅くなったけれど、紫苑、合格おめでとう」
紫苑は、少し鼻を鳴らした。
「長岡技術科学大学って、就職に強いんでしょ?」
「まあ、それが売りだね。ただ、未来TECみたいな一部上場に受かるかって言うと、厳しそうだな」
「そうかな?あそこは学校名で取るわけじゃないから」
紫苑は、銀河のことを指していると分かっていたが、鈴音も義理の兄も、T大学出身であるので、銀河は例外だと思った。
「そうだ。銀河には、『思い出ポストを学費の足しにしろ』って、餞別に貸して貰ったんだ。直接御礼も言っていないんだよな」
「『思い出ポスト』から入る収入をくれたの?すごいね。鹿児島にいるうちのお祖父ちゃんとお祖母ちゃんからも、英子お祖母ちゃんのために、写真送って貰ったんだよ。昔、百葉村に住んでいたことがあるから、菱巻さんと一緒の写真もあるって」
更紗は自分のスマホの画面で、「思い出ポスト」を開いて、自分の祖父母が写っている写真を見せた。
「お祖父さんとお祖母さんは、元は沖縄の人だったの?」
目鼻立ちのはっきりして色が黒い、鮫島家の祖父母を見て、紫苑は何気ない風を装って聞いてみた。
「お祖父ちゃんは鹿児島の人だから、沖縄の血を引いているかもね。
お祖母ちゃんは百葉村の人で、曾お祖父ちゃんは、外国籍の漁師さんだったらしいよ。お祖母ちゃんもだから、少し外国人っぽい顔なんだ」
「ふーん」
紫苑は何気ない振りをそのまま貫いた。
「そうそれで、菱巻家の曾お祖父ちゃんと兄弟だったんだって。うちら、遠い親戚なんだよ。知っていた?」
「まあ、小さい村なら、どこかで血縁があるだろうな」
「お父さんの兄弟もみんな鹿児島にいるから、みんな色が黒いんだけれど、穂高お兄ちゃんみたいに背の高い人が多いかな?」
紫苑は、ゴクッと唾を飲み込んだ。
「外国籍の曾お祖父ちゃんって、どこの国の人?」
「え?どこの国の人かは知らない。でも、アフリカ系の人みたい。うちの沖縄にいる従兄弟には、アフリカの血を引いているってはっきり分かる子もいるよ。まあ、沖縄には、米軍兵士の血を引いている子も多いから、目立たないって言っていたけれど」
「・・・」
更紗は、紫苑の目を覗き込んだ。
「紫苑が気にしているのは、その遺伝子のこと?」
「いや・・・」
「それとも、大学が離れたこと?」
「いや・・・」
「それとも、銀河と比較されたことを、気にしているの?」
だんだん更紗の言葉が、辛辣になっていくので、紫苑は顔を上げた。
「ああ、やっと、顔を上げてくれた。紫苑は今日ずっと私の顔を見て話してくれないから、別れ話かと思った。でも、私は、紫苑と銀河を比較したことはないよ」
そこまで言われて紫苑は、やっとぽつんと答えた。
「そうだね。全部、更紗が言うとおりかも。最近の銀河を見ていると、自分が何も出来ない情けない男だと思ってしまう」
そこにいるのは、イケメン生徒会長として、多くの女生徒にもてていた、爽やかな青年ではなかった。更紗は、銀河の手を引いて歩き回っていた蒔絵を思い出した。そう、ここにも手を引いていかなければならない少年がいたことに気がついた。
更紗は手を伸ばして、俯いている紫苑の頭を撫でた。
「私が好きなのに、下らない理由で私のことを諦めようとするなら、私は我慢できないな」
「下らない理由?」
「そうよ。私が好きなのは紫苑であって、銀河じゃないのに、なんで、銀河と比べるの?」
「好き?」
「今まで、好きでもない子と紫苑はキスをしていたの?」
「いや、更紗とだけしか・・・」
銀河達が部活動が終わって帰るまで、それから2時間。
2人は将来について、ゆっくり話し合いをした。
翌日、紫苑は寮に戻っていった。更紗は、蒔絵に御礼を言うために再度、マンションを訪問した。
手土産は、マンション2階の店で買ってきた和菓子だった。
「蒔絵、昨日はこの写真、飾ってなかったね」
夕方帰ってきてから、フォトウエディングの写真は定位置に戻された。
「一応、これはお母ちゃん達と鈴音お姉ちゃんと私達だけの秘密だから・・・」
「へー。でも、私も蒔絵の写真が欲しい」
「どうしようかな?じゃあ、SNSに上げたり、他の人に見せたりしないって約束してくれるなら」
こうやって、秘密の写真は広がっていくのである。
転送された写真を見ながら、更紗は呟いた。
「いいなー。私も、撮って貰いたい」
「何言っているの?紫苑とは昨日どうなったの?」
「枕元の引き出しの中の『未開封の箱』を、開けさせて貰ったんだから、分かるでしょ?」
「あー。そうなんだ。おめでとう。あれ、産婦人科で貰ったお勧め品なんだけれど、うちら、まだ、使ってないんだ。銀河が、流産するんじゃないかって怖がっちゃって・・・」
「まさか」
「そのまさかです。先頭サヨナラホームランです」
流石の2人も顔を見合わせて、爆笑した。
「本当に、菱巻家の男どもは手間がかかるね」
「更紗、でもね。あんまり強引だと、殻に閉じ籠もっちゃうから気をつけたほうがいいよ」
「強引にしたのは、蒔絵なんだね」
「あー、でも、フォトウエディングは銀河の希望ですから、悪しからず」
「そうそう、銀河君から『思い出ポスト』の収入をプレゼントして貰ったって、ありがとう」
「紫苑は、結局、直接銀河に御礼を言ってないの?』
「あのアプリが使いこなせるようになったら、やっと面と向かって、御礼が言えるんじゃない?」
「更紗も甘やかしているな。ところで、更紗は後閑悠仁君のことはどう思っているの?」
「え?友達だよ。もしかしたら、義理の兄弟になるかも知れないしね」
悠仁は、親と一緒に何度か百葉村を訪ねてきて、佳美と一緒に、鮫島の家に来たこともあるのだ。
その場に居合わせた蒔絵は、悠仁が更紗を目で追っているのを何度も目撃した。
「悠仁君はそう思っていないかも知れないよ」
「面倒くさいな」
「そんなこと言って、松本に行ったら、読者モデルのバイトもするんでしょ?もっと面倒くさい男子学生が寄ってくるよ」
「だって、松本であんまり割のいいバイトなさそうなんだもん。鈴音お姉ちゃんの紹介だから、しっかりしたバイト先だし、バイト自体は大丈夫。
ただ、読者モデルの彼女が欲しいって、見栄っ張りな男の子対策として、紫苑の気持ちを確かめたんだけれどね。たまに松本に来て貰って、2人で歩き回れば、変な虫が寄ってこないかと思って」
「うわー。紫苑は虫除け替わりですか?」
「勿論、私も長岡に行って、2人で歩き回るよ。変なマネージャーが寄ってこないように」
「やだ。それじゃ、大学までの穂高お兄ちゃんだよ。今回の彼女は、しっかりした人みたいだから、いいけれど」
「でも、最近、百葉村に若い保育士さんがいっぱい来たじゃない。穂高お兄ちゃんがふらふらしないように、佳美さんに忠告しておかないとね」
「駄目だよ。そんなことしたら、呆れられちゃう」
最近、勉強を教えて貰っているので、「穂高」から「穂高お兄ちゃん」に昇格したのだが、女性に関する評価は散々である。
昨日、旅行から帰ってきました。向こうでもiPadで書いて、アップしようと思いましたが、普段の運動不足が祟って、夜は爆睡してしまいました。
今日は既に書いてあった話をアップしようと朝からパソコンを開いたのですが、読み直しているうちに、5回も書き直してしまいました。更紗達も、百葉村から離れますが、相変わらず、重要な登場人物なので、大切に書き続けていきたいと思います。