8話 複雑な気持ち
エンフェイさんの猿軍団は本当に飲み込みが早く、スゥちゃんの指導の下瞬く間に釣りを習得した。それどころか自分達で考え、物のやりとりのシミュレーションまで行っていた。いやはや恐るべし。あっと言う間に開園までこぎ着く事が出来た。
でも始めからそう上手くいくはずも無く、二日ほど誰ひとり客は来なかった。
三日目の朝まずめ時、やはり誰も来ない池をボンヤリ眺めていると、不意に子供の声が聞こえた気がして後ろを振り返ってみた。
「うわ~♪うり坊だあ!!二匹いる~!可愛いなあ~⤴⤴兄弟かなあ~~。どーしたの?もしかして迷子ちゃん?オトーサンかオカーサンは?」
初めて見るイノシシの子供はつやっつやでコロコロで成体からはおよそ想像つかないメッチャクチャ可愛い生き物だった。
「いないよ。オカーサンは『トーチャンヤクタタズだから出てく』っていなくなっちゃった。でもトーチャンはやさしいよ」
「トーチャンやさしい♪」
しゃべった、という事はこのうり坊達は獣人なのか。というかのっけから辛いな。
「そうか。優しいのか・・・うん、まあ、アレだな。そんな事もある・・・かな」
こんな時、どんな顔すればいいのかわからないの、っていう有名なフレーズが頭をよぎる。
「えっと・・・迷子、とか家出・・・かな?」
「ううん、違うよ!あのね、僕たち釣りってゆーのしてみたい!」
「してみたい!」
「昨日、お猿のオネーチャンが釣りってゆー楽しい遊びがあるよ!ってお話してくれたの」
「くれたの」
おお!?スゥちゃんは外回り営業までこなしてくれているのか!そりゃあ、エンフェイが勘違いとはいえムキになって怒るのも解るよ。とても優秀な女性だものな。ありがたいことだ。
けど!!ここはひとつ心を鬼にしなければならない!!あ”あ”あ・・・この子達のお目々キラキラ光線が辛い!辛すぎるう~~!!
「そうか!してみたいか!!・・・でもね、今度また、オカーサンかオトーサ・・・お父さんと一緒においで?お兄さん、お仕事で釣りしてもらっているからさ。一緒に来てくれたらいーーっぱい、釣りしていいよ!」
親の分のお代を貰えればそれで自由に遊んでくれていいんだけど子供達だけで来て遊ぶってゆーのは駄目だ。そこはちゃんとしないと。
「だからまた来て・・・」
「はい、これ!」
「これ!」
ヒト型になったうり坊達が、ゴソゴソと足もとに積まれた物を拾い集めて両手に包み込むように持つとそれを俺に渡して来た。
「お代です」
「オダイです」
それは艶やかな細長いドングリだった。お尻?がへこんでいるからマテバシイみたいな感じかな?小さい頃よく集めたっけ・・・。そんで翌日テーブルの上にゾウムシの幼虫がもぞもぞ・・・シコタマ怒られたなあ~。
「二人で集めたの?よく頑張ったね~!」
頑張りは認めてあげないと。それは大人も子供も関係ないからね。
「・・・うん!!確かにお代は頂きました。本当は子供達だけだと危ないからダメなんだけど、今日はお兄さんが特別に一緒に付いてガイドするよ!
えーと、俺は健一。ケンチって呼ばれてるよ。君たちのお名前は?」
「ボクはリュウです。こっちは弟のキュウ!」
「キュウです」
「リュウ君とキュウ君だね?今日はよろしくね!じゃ、早速始めよう~!」
お代のドングリをポッケに詰めて餌置き場の腐葉土をほじくり返し、普通のサイズとドバミミズを数匹餌箱に入れて池に向かう。
「先ずはこのあたりでやってみよう」
竿をリュウとキュウにそれぞれ渡して餌を針につけてみせる。弟のキュウがやはりミミズを食べようとしていたのでそれは魚の餌だと教える。が、兄のリュウはすでに食べていた。
「やっぱり、ミミズってのは君たちにとってご飯の類いなのかな?」
人間の俺にとっては素朴な疑問だったが
「え!?ケンチは食べないの!?」
「前にオカーサンが好き嫌いは強くなれないよって言ってたよ?」
「う~ん。ハハハ・・・」
逆に不思議そうに返されてしまった。外人さんから見た納豆、みたいなものなのかな?食べ慣れて無いだけで、実は美味いとか??今度食べてみようか・・・。
ゴメン。やっぱり無理!
「ハハ。おにーさんは、今のまんまでも大丈夫かな。弱くても助けてくれる仲間が出来たからね。君たちもそうゆう友達をこれからいっぱいつくるんだよ?さ、あそこのとこ、水がチョロチョロ~って流れ込んでいるだろ?そこに仕掛けを入れてみて」
もっともらしい事を言って釣りに話を戻した。二人とも筋が良く言われた通りの所に落とし込まれた二つの浮子が、ゆっくりと流れに乗る。
「いい流れに入ってるよ!そう、ゆっくりと流れに合わせて竿を寝かしていって・・・」
「うわっ!!」
リュウの浮子が少しだけぴくっと動いたが,あれはミミズを舐めただけだろう。でもリュウは反射的に竿を上げてしまった。
「ははっ。惜しかったね。ちょっと早かったかなぁ。どれ、餌を変えよっか。キュウも竿上げてもう一度同じところに」
「わかった~!・・・うわ~~~!!!」
ズバン!!
水面をペチペチと叩きながら引き寄せられたミミズに魚が轟音を立てて襲いかかった!
「おにーさん!どーすれはいいの!?おっ、重いよ!引き込まれちゃうよ!」
「ヨシ!!リュウも一緒に竿持って!二人で上げるんだ。兄弟パワーを見せてやれ!!」
ヒンとうなりを上げて糸が右に左に走り回る。
「無理しないで!今は魚に逆らっちゃ駄目だ。糸が切れるぞ!走り回らせて魚のヤツを疲れさせるんだ!!」
「ムリだよぉ~。重いよ~~!」
「手がしびれるぅ~~」
「膝を曲げてクッションに!自分の体も竿の一部だと思って!・・・そう!巧いよ~!ほら、段々コッチに寄って来た!!・・・デカい!」
ヌラリとヒラをうった瞬間に見えたソイツは細長めの白い魚体に細かな斑点・・・あの釣り師垂涎のイトウか!?イトウなのか!?もしかするとメーター越えかもしれない。少なくとも弟のキュウよりもあるな!
「ニィチャン・・・こわいよ。アイツデカすぎ・・・ボク食べられちゃう!!」
確か、鹿を呑み込んだとかそんな伝説があったな・・・あなかじ、と思えるほどの大きさと体力だ。キュウは兄の背中に回りしがみついて怖がってしまい、実質兄のリュウがひとりで踏ん張っていた。
「大丈夫!今、捕らえるから!!・・・もう少し寄せて・・・頑張れ!もうひと息・・・そう・・・そう・・・ヨシ!!入った!!」
開園祝いに何か欲しいかとエンフェイに聞かれたのでギャフをお願いした。
何かの頑丈な鉤状の骨(肋骨かな?)を棒に麻紐で括り付け膠で固めてあるのだが、この棒の部分が素晴らしいのだ。
長さ三尺三寸程度。艶やかな光沢を放つ漆塗で表現は曙塗、所々金粉が散らしてあり何とも雅。まるで遠目からは業物の鞘のような一振りで、エンフェイさんの造詣の深さに感嘆する。
下顎を捕らえられた魚が力任せにローリングで逃れようとする。負けじと四肢に力を入れ水の中から引っこ抜くように岸へ上げた。
間近でみると他のトラウトと違って頭が丸っと扁平・・・やはりイトウだ!
「にぃ、しぃ、ろぉ、はぁ・・・ん~~!!メーター越えまではいかなかったかあ~~。でもデカい!!すごいよ二人とも!!イトウはお兄さんも釣った事は無いよ!!よく頑張ったね!」
俺の手は広げると小指の端から親指の頭までがちょうど二十センチなのだ。尺取り虫のように計るとメーターまで少し足りなかったが、お客様第一号がいきなりの大物だなんて!!無理もないが兄弟達は興奮のあまり走り回っていた。
「はあ、はあ、うん!!途中ね、グルングルン回って危なかったけど、うおーって耐えて何とかって感じだったね」
「コイツボクよりもデカいよ!?すっごいね!」
「君たちさ!!ちょっと待ってて!!すぐ戻る」
急いで縄を魚の口からエラに通してストリンガーを作ると静かに魚体を水に戻し、端を木に括り付けると全速力でホームに戻り、やはりエンフェイからの贈り物『板写』を手にする。
あぐらをかいてハチミツをつまみ食いしていたミーシャが、左手の薬指をチロチロと舐めながら「それなに?」とばかりに近寄って来たのだが、指の舐め方にちょっとドキドキする。が、それはきっと走ったせいだ。そこまで欲求不満ではない・・・と思いたい。
「ああ、おはようミーシャ!いや、マジでヤバいんだって!!そこの紙四枚とってくれる?あ、そこの白いペラペラの・・・あ~、そうそれ!ありがとう!説明はあとでする。ってか見せたいからついてきて!!」
「いや・・・私ハチミツ食べてんだけど・・・」
「お客が、魚で少年たちの、いや少年たちの魚がヤバいくて・・・」
「え!?お客さん来たの??へ~~、すごいじゃ~ん。じゃあ行く( ̄ω ̄)」
まだ指先をチウチウ吸いながらミーシャと一緒に少年たちの元へ急いで戻った。
「わ~~!!クマ!!!」
「キュウ、大丈夫だよ。お猿のオネーサンが『私らのボスは羆だけれど美人で優しい』って言ってたもの!あのオネーサンすっごいキレイだし」
「わ!本当だ!!オニーサンも一緒にいるし・・・ごめんなさい。キレーなオネーサン」
「き・・きれ・・・(〃ω〃)・・・(咳払い)おはよう⤴君たち!!ウン!いい子達だ!ハチミツ食べる?ちょうど竹筒を二本持って来てたの・・・はい、どうそ。どう?楽しんでるかなあ?どれどれ~?」
綺麗とか言われてちょっとフワついて声色まで変わっちゃって、いつも俺達にはくれないハチミツの筒まであげちゃったりして、まったく・・・そういう所が可愛かったりするんだよなぁ・・・あ、家族としてね。
「うおーー!!魚、でか!!ギョッとするくらいだね(≧ω≦)」
どういう顔すればいいのかわからないが再び発動。たまに出てくる昭和のオッサンギャグはあの家の持ち主、ミーシャとエンフェイの育て親だった人のせいだな、と思う。
「アハハハハ!!オネーサンすっごい!3つもお魚入ってる~!」
「スッゴ~い」
・・・・えっ!?
「お~~。わかるか~( ̄^ ̄)
ウン。うん。ケンチもコロンもスゥもぜんっぜんわかんないんだよなあ~~( ノω-、)楽しむ心をどっかに落っことしてきちゃったんだろ~なあ~[壁]_-)ちらっ」
絶対違う。
「君たちさ、最初のお客さんなんだって?
・・・よし!その大きなお魚持って帰っていいよ!!オネーサンからのプレゼントだよぉん♪た~んとお食べ(≧ω≦)b」
「ちょい!ミーシャさん!?」
「なに?ケンチくん。まさかこんないい子達からお代とかしみったれた事言わないよ、ね(・ω・)」
(||゜Д゜)ヒィィィ!真顔!
「いっ、いやあ~、俺もね、ちょーどあげようかなぁ~って思ってたとこでさ、ウン、そう、良い笑顔がお代って事で、思い出と一緒にお魚持って帰りな!ただ、お魚も重いでぇ~笑」
「なにそれ。つまんない(・w・)ねー、つまんないねー」
「つまんなーい」
「なーい」
orz・・・なんてこったい。
「ミっ、ミーシャさぁ、たしか荷車あるってゆってなかったっけ?この子達に貸してあげて?」
さすがにこの子達にこの大きさは引きずらないと無理だろう。
「・・・大丈夫だと思うよ。ほら、あそこの木の後ろ・・・イノシシの匂いがする・・・オス、だな。お父さんじゃない?・・・へぇ、めずらしいわね。オスで人化してるなんて」
ホントだ、誰かいる。大柄でぶっとい腕、立派な牙と如何にも強そうな風体のオッサンだが、どこかオドオドとしていて情けなさすら感じる。
「オトーサンだ!オトーサ~ン、お魚もらった~っ!重いから持って~~!」
「もってー」
オトーサンと呼ばれたその大男はビクッとして一旦隠れ、すごい警戒しながらノッソリとこちらへやって来たのだが立ち止まる位置が真正面ではなかった。
「・・・どうもすみません。ありがとうございます。ウチの子らが世話になったようで・・・。朝、目が覚めたら二人とも居なくなってて、匂いをたどって来てみればここは凶暴な羆の縄張りじゃねっすか。もう心配ですんぱいで・・・。
あ、私、イノシシのソントンと申すます」
ちょっと訛りがあるが聞き取りづらい程では無く、むしろ純朴で温厚そうな雰囲気にぴったり合う。確かに優しそうだ・・・。そういや、田舎のじっちゃん元気にしてるかなぁ・・・もう会えないんだろうなぁ・・・。
「それにすても、見事な魚だぁ!おめ達よっくあげたなあ!!おめ達アレだよ?こんなの羆にみっかったらたちまち一緒に喰われっちまうとこだ!ささ、居ねうちにかえんべ」
「・・・いるけど(・ω・)」
「なぬ!?・・・ギヤァーーッッ!!」
ミーシャを見て驚いたソントンさんは周りもよく見ず一目散に走り出し木にぶつかって倒れた。
・・・もういいよ、このパターン・・・。
「大丈夫ですかぁー!」
「だ、大丈夫です。私頑丈なのが取り柄ですから。いんや、おっ恥ずかすいところを」
「そうですかー。では、こちらにいらして息子さん達の魚を持ち上げてもらえますかー。一緒に写真を撮りましょう」
俺も慣れてきたもんだな。
ソントンさんに魚を掲げてもらい、両脇にリュウとキュウに立たせて記念撮影。
「ああ、それ、そうやって使うんだ。へ~~!あ!!すごい!三人が浮かんできた!!
ふっしぎ~~!」
「うん。俺も説明されたけど原理は全く解らない。でも言われた通りやってみたけど綺麗に映るもんだね。
はい、これ!リュウ君に渡しとくね♪おうちにでも飾ってちょうだいよ」
「ありがとう!ケンチお兄ちゃん!!お兄ちゃん、かっこいいだけじゃなくてとっても優しい!大きくなったらお兄ちゃんみたいになりたい!!」
「なりたい!」
「かっこ・・・ハハッ♪ん~~!!いい子達だなあ、本当に!!またおいで!?いつでもガイドするからさ!お魚もサービスしちゃうよん」
「ありがとうございます!」
「ございます!!」
「いんや、ホント、お世話になりますた。ありがとうございます」
意気揚々と帰路につくイノシシの親子を見送り、時々振り返る兄弟に手を振ってやる。
「いや~!いい親子だったね」
「そだね~。ところでケンチさあ、お魚サービスって言ってたけど、ちゃんともらう物は貰わないとダメだよ?( ̄△ ̄)」
お前が言うか・・・。
「それとさっきのお魚、なに?私、見たときも食べたときもないよ!?出して!今すぐ出して(*≧Δ≦)」
俺はこの後、五十匹程連続でこのわがままお姫様の為に魚を召喚し続けた。
みっ・・・右手の握力が・・・。
ま、ご満悦のミーシャの顔に癒やされたからヨシとしますか!
「ケンチ!もう一匹!!(≧∇≦*)」
・・・こんな時、どんな顔すれば・・・。




