17話 俺は弱いな
「見回り行ってくる」
「あー、うん、行ってらっしゃい」
あの日からずっとミーシャがどこかよそよそしい。何だか避けられている気がしてならない。エンフェイから変な話聞いちゃったせいでコッチまでぎこちなくなっちゃうよ・・・。
「あっ!待って、ミーシャ!!ほら見てよ!?スッゲエ美味そうな魚が出せた!三十センチ位の・・・背まで銀、黒斑点がないな・・・ヒメマスだ!!昔、山梨の旅館で食べた刺身がメッチャクチャ美味かったけかなあ~・・・!この魚はさぁ、陸封型と降海型がいて、海に下ると紅鮭って・・・あ・・・」
「・・・そこ、置いといて。後で食べるから」
キッと睨まれすっと出て行ってしまった・・・。やっと話せるきっかけが出来たのにうっかりNGワード⤵⤵
「海へは行かない」と伝えたいが取り付く島もないからどーにもなんない。いつもの顔文字まで消えちゃって・・・ふ~ん・・・どうしましょ。
「ケンチにーちゃん!毛針のストックがそろそろ無いの。作って~!」
「作って作って~!」
ありゃりゃ・・・けっこう作っておいたのに・・・。まあ、今日の心の逃げ道が出来たや。
早速タイイングの為にツールボックスを開けるとマテリアルのストックがだいぶ減っていた。
「・・・今日、明日分はありそうかい?」
「うん!多分大丈夫だと思う~!」
「へいき~!」
「わかった。じゃあスゥお姉ちゃんに、積極的に羽とか毛の類いを交換してって伝えて?俺はちょっと他のマテリアル探しに野山をブラついて来るよ」
「は~い」
「は~い」
緑深い山の中は気持ちがい。久しぶりに単独での散策だ。コロンはソントンさんのロッジが予約で大変だから、と朝から仕込みのお手伝い。
「おっ?これは・・・キジの尾羽・・・あっ!コッチにも・・・お?・・・アッチに塊で落ちてる・・・こりゃ、この辺で喰われたのかな・・・腹だけ無いや」
トチャッ、っとした塊は体温こそ無いが張り付いた血がまだ新しく、ついさっき襲われた事を物語る。ちょっと美味しそうだ。
「じゃなくて!・・・ナムナム。しっかり使ってあげるからね」
ゴクン、と喉の鳴った自分にびっくりした。ちょっと前の俺ならオエーってなっていたと思うのに・・・。
足場の悪い沢伝いを気を付けながら歩いてみると、けっこう色々な獣毛が拾えた。やっぱり水の在るところは色んな生き物が集まるな。
「さてと・・・けっこう集まったな。後は交換品で・・・」
ガザッ
「・・・!!」
離れてはいるが大きな獣の動く気配に全身が強張る。ここは弱肉強食の獣の世界で、そして俺は弱者の部類だ。ミーシャが見回りをしてくれているために狼藉者は居なくなったし、人型は襲ってはいけないルールを敷いたからそれなりに平和になったが、それだって腹の空いた獣には、まして俺は今、キジ肉の塊を手にしている・・・いわばディナーコースのようなもんだ。
「コイツを放り投げて、更に魚をデコイにして逃げれば・・・」
いや!それは違う!!俺の魚召喚はそんなことをするために授かったんじゃない!(やったけど・・・)
ガザっ カサカサ カサッ
「・・・まだ俺には気づいて無いな」
そっと後ずさりすると、そこには踏むべき地面がなかった。
「んムッ・・・」
ハッと目覚めると、空に大きな銀のお月さまが浮かんでいた。
「あ、あっ・・・イテテテ・・・。っ痛ぅ・・。足、踏み外したか・・・」
後頭部が痛むが、どうやらたんこぶ程度で済んだみたいだった。
「アッブねぇっ・・・!こんな所で気絶しちゃって、俺、よく獣の餌にならなかったな!!こんな綺麗なお月さまに看取られながら、生きたままバリボリとかマジで嫌だぜ!お~!怖っ!!・・・早く帰らなきゃ」
とはいえ、夜の山は半端なく怖い!!ソロキャンは結構やったからそれなりに耐性は付いているけど、それはあくまでも人の世界の話でこの獣の世界からしてみれば公園のベンチで寝泊まりしてただけと感じる位。なんてったってライオンまでいるなんでもアリな異世界だぜ!?そこかしこから聞こえて来る虫の声ですら、本当に虫かどうか怪しいもんだ。
「こわい時は歌でも唄うのが一番!なにがいいかな~。う~ん・・・あっ!
♪お~じゃがじゃがじゃが~~おじゃが池♪
って、歌じゃねぇ!・・・いや~、怖くて何も浮かばないや~。
♪上をむ~いて♪ってかあ~」
独り言がとまらない。心細くてヤバイ。
「ってかさ~。この方向であってるのかなぁ!?この沢の水って池からのだよな?辿れば帰れ・・・るよな!?」
月明かりがあってよかった!なんとなく見覚えのある道のりも真っ暗だったら完全に分からない所だったな。
ガザっ
再び獣の気配に緊張が走る。息を殺してそっとその場にしゃがみ込む。
がさがさっ パキッ
音は段々と近づいて来て直ぐその辺りでハタと止まった。心音がバクバクと跳ね上がり聞こえてしまっているのでは?と不安になる。背筋が凍りつきイヤな汗が滲む・・・。
ザザッ!!
「っ!!」
「・・・なんだ!山猫か・・・」
ホッとするのは束の間だった。
「グルルッ!!」
逃げた山猫の背後に舌をダランと出した黒光りする筋肉のかたまり・・・ドーベルマン!!山猫は追われていたのか!息荒く鋭い牙を剥き出し、ギラギラとした目は確実に俺に狙いを切り替えている・・・!更に背後からもネットリ纏わり付く殺気を感じる。
(挟まれたか・・・!)
ドーベルマンはその殺気を警戒している様子だ。と、言う事は仲間ではなく、別の獣か!?
(まずいな・・・死んだかな?こりゃあ)
戦えばまず勝てない。先の事もあり足場をチラリと確認する。それがマズかった。
「ガウッッ!!」
一瞬の隙を突かれバネのような筋肉が俺に襲いかかる!俺はすんでのところで持っていたキジ肉の塊を鼻面に付き付けて初擊を防いだ!二度、三度と噛み付いてくるがその度に死に物狂いで塊を押し付けて直撃を避ける。
「クソッ!クソッ!!この野郎、離れろ!!こんなトコで死んでたまるか!俺は皆と、ミーシャと生きるんだ!!お前なんかに・・・!!クソッタレ!!」
牙を剥いてくる度に力の限り横っ面を殴りつける。指から血が垂れ、その血が余計に興奮を煽り狂った様に噛み付いてくる。大きく口を開け、キジ肉の半分ほどを一気に食い千切ると美味そうに飲み込み、いよいよ俺の喉元目掛け襲い掛かって来た!
「ミーシャ!!」
殺られる!!そう感じた時、思わず大声で名を叫んでしまった。
「・・・?・・・!?・・・あれ??」
(何が起きた??喰われてないぞ!?)
固く閉じた目をうっすら開けると視界には鼻面から血をまき散らしその場でグルグル悶え打つドーベルマンと、咄嗟に上げた俺の右手から禍々しく伸びる唐草模様の様な魚が・・・。それは体半分まだ召喚されきっていないデカい雷魚だった!
「かっ・・・カムルチー!?噛み付いたのか!?」
召喚されきっていなかったせいか、まるでゲップでもするかのように口をを大きく開け、ヌルヌルと右手の中へ戻って行った。
「ギャン」
唖然としている俺を尻目にドーベルマンは何処かへ逃げ去り、同時に背後の殺気もすっと消えて居なくなった。
「助っ・・・っはぁ・・・!!助かっ・・・っはぁはぁっっ!」
安堵とともに体中からイヤな汗が吹き出る。ビリビリと痺れ、全ての関節が外れてしまったかのように力が入らない。
「はぁはぁ・・・ふぅ~・・・参ったな。ちょっとこの世界に慣れてきてて、野生舐めてたや・・・!俺、弱ぇ~なあ~!・・・それにしても・・・」
召喚って途中でキャンセル出来るんだな!無我夢中だったけど、タマタマじゃないことは感覚で分かる。
「いや、でも使い道あるのか??今みたいな時ってそうそうないだろ?あったら困るし!
・・・ん~、出したり引っ込めたりで笑い位は取れるかな?「チンアナゴ~」とか言ってさ!あははははっっ!」
あはははは・・・は~あ!未だ恐怖が抜けずテンションがハイのままだ。
「と、兎に角助かったんだよな・・・もう辺りに気配は・・・うん、無いな!今のうちに早く帰らなきゃ!!・・・しっしかしまぁ、だい~ぶ遅くなっちゃったけど誰も探しに来ないのな・・・俺、人望無いのかなぁ」
下を向きながらの帰路、鴨の尻肉が落ちていた。項垂れながら歩いてもいいことあるじゃん。CDCフェザーね!ドライフライに良く使う奴!ラッキー!!
「・・・ただいまー」
「っきゃああっっ!ケンチ様ぁ!!ち!ち!!どぉーしたんですか!!崖から落っこちちゃったんですか!?ボロボロですよぅ!?大丈夫ですかぁっ!!」
「あー、うん。そんなところだよ・・・。ごめんねー。遅くなっちゃって・・・って、コロンこそ指、ケガしまくりじゃん!大丈夫??」
「あははー。ソウゼツでしたぁ~。ハクビシンのおばちゃん団体客がまーよく食べる食べるぅ!で、食べ方バッチくて「もうっ」て片付けてたらお皿割っちゃって・・・4回も・・・ソントンさんごめんなさいです!もう心も体もクタクタヘトヘトガックシですよ~!
・・・あ、ケンチ様との体力は残してあるので大丈夫ですよぉ!?えへへ~♡」
「そうかー。頑張ったねー(棒読み)おつかれさんです」
「ケンチ殿・・・むっ!?獣臭!それにそのケガ!!まさか襲われたのでござるか!?(いろんな意味で)」
「いや、大したことはないよ・・・え?何ソレ?」
「我が一族に伝わる秘伝の軟膏にござる!コレにより難儀な挿入もすんなりと・・・」
「いらんわ!!」
「冗談にござる。傷薬で御座候。それと、頼まれ申していた獣毛羽毛にござる」
「ああ、コレは貰うよ。ありがとう!・・・全く!ケモノと言うよりケダモノだな(ボソ)・・・ミーシャは?」
「今朝、店の前で会ったげどまだ戻ってねみだいだすね。夕御飯さ間に合えばえんだども・・・。あ、おい、シイタケ、小屋まで取りに行ってくるす」
「俺が取りに行ってきますよ!いつもスミマセン。夕御飯作って貰っちゃって」
「いやあ、好ぎでやってらし皆で食った方がんめぁでねだすか。せば、スミマセン七枚ほどよろしくお願いするす」
小屋の外に立て掛けられた原木からシイタケをもぎ取ると、裏手の方からパチャパチャと水の音が聞こえる。
「ん?誰か・・・いるのか?」
ついさっきあんな目に遭ったばかりなのだけど何となく足が向いてしまった。裏手の池は・・・池、というよりは小さな泉で、洗濯から飲料水までを担っている俺達の大切なライフラインの一部なのだ。荒らされては困る。
「イヤな感じは・・・しないな!よし!!」
辺りを確かめてから慎重に近づくと、泉の中程にせり出した小さな岩の上に片膝を立て座る人影が・・・あれは、ミーシャ!?
俺は息を飲んだ。濡れそぼった躰から滴り落ちる水滴がキラキラと輝き、月光を吸い込むかのように浴びるミーシャの姿はまるでルーベンスの絵画のように美しかった。
「・・・見とれてないでコッチに来れば?ケンチ・・・」
不敵な笑みに心奪われ吸い寄せられるかのようにミーシャの元へ向かった。穴に落っこちた時のと犬との格闘でできた小傷がヒリヒリとしみる。俺は泉から上がると隣に腰掛けた。
「痛む?」
「いや・・・まあ、うん。ちょっと」
「実はずっと見てた。穴に落っこちるのも、ワンちゃんに襲われるのも」
「えつ!?見てたって・・・助けてくれてもよかったんじゃない!?」
あの時のもう一つの気配はミーシャのだったのか!そっか・・・殺気は俺にじゃあなくて犬にだったのか。
「ん、助けるのは簡単だよ?でもね・・・」
「ミーシャはいいよな!!強いからさ!何が来てもチョチョイのチョイだろ?俺は必死だったんだぜ!?偶々助かったけど死んででもおかしくなかった!」
「一応、平気だったでしょ?」
「まーねっ(怒)ただ、居るって知ってりゃこんなケガなんかしなかった!めちゃくちゃ怖かったんだぜ!!勇敢なヒグマ様には分からないだろうけどなっ!!」
「んー、私だって怖いとき位あるよ?無茶や無謀は勇敢とは違うもん。無理だと思ったら逃げちゃう。だけど・・・これから先、私一人だって精一杯って事がきっとある。だから見てた。最低限自分の身は自分で守れるかな?って。私が守りたくてもそう出来ないって事がきっとある。
・・・縄張りを出るってゆうのはそういう事」
「えっ!?出るって・・・?」
「海、行きたいんでしょ?」
「まぁ・・・」
「・・・ずっと考えてた・・・。あのね、私の方がケンチに甘えてたみたい・・・絶対居なくならないって勝手に思ってた。ライオンに襲われた時「帰りたい」ってゆわなかったし・・・。帰れる霧があるのに私、黙ってた。最初はちょっと揶揄ってから帰すつもりだった。でも一緒にいると楽しくって・・・ずっと居て欲しいって思っちゃって」
「俺は・・・どうなんだろう。ただ・・・さっき死ぬって思ったときキミが浮かんだんだ。とびっきりの笑顔のね。そしたら、絶対に死なねぇぞ!って・・・。だからやっぱり、戻れるとしてもここに居たい・・・かな。キミがいるこの世界に!」
「・・・死んじゃうかもしんないよ?」
「ははっ!最強の羆が俺にはついてるから平気だね!!だろ?」
「ん・・・多分。・・・ね、霧が出ても帰らないよね?居てくれるよね?信じていいよね?」
「ん?・・・多分♪」
「ぷっ!あははははっ・・・」
「アハハハっ(≧∇≦*)」
顔を見合わせてひとしきり笑うと、どちらからともなく自然と二つの唇が近づく・・・。
バジャジャ~~!
ビクッとする二人。鴨が水を求め泉に降り立ったようだ。驚いた事に笑いがこみ上げ再び大笑いした。
「あはははは・・・は~あ!水島でびっくりしちゃうなんて・・・やっぱり俺は弱いな!」
「ん。自分が弱いって事を知っているのは良いことだよ・・・それとね?ケンチ・・・(っ´ω`c)」
「なんだい?」
「替えの服ないから自分で乾かしてね( ̄ω ̄)」
「・・・はぁ~い」




