16話 居場所
新しい設備も加わった事でようやく遠のいていた客足も戻ってきた。エンフェイの読み通り、美しい景観のなか安心して我が子を遊ばせてあげられる場所として口コミで広がった様だ。
池には鱮の他に色とりどりの金魚が(もちろん釣れる)底に敷き詰められた白玉石とのコントラストで美しく煌めき、釣りをしない親子の目を楽しませている。大きな池の釣り堀もフライが好調でスポーツとして楽しむ方々が増えた。というよりも、どうもミミズは魚のエサではなく自分達の御飯だ、という認識らしく、むしろそっちの方で人気が出てしまっていた。
「ん~!ここのミミズはいい土食べてるね!!ぷっくりツヤツヤしていて活きがいい!噛むとブリッとした食感で甘みが強く、何より香りがいいね。コロンちゃんの育て方がいいんだね~!やっぱりカワイイ娘が育てると味も違うのかなぁ~!?」
「ヤダぁ~!お客さん、カワイイだなんてそんな・・・当たり前ですぅ~♡もう!何にも出ませんよぉ?・・・はい!ミミズ二本オマケですぅ~♡」
「おっ!?ありがたいね!・・・んー!美味い!!やっぱりカワイ娘ちゃんから貰うと味が違うよな~!悪いけどアッチのお兄ちゃんから貰うのとじゃ段違いなんだよね~!!」
聞こえてますよ~。まあ、構わないケドね!ちっ・・・左に目をやると(ホントに気にしてないゾ)ソントンさんのロッジに列が出来ていて外のダイニングテーブルは満席だった。
「映えるわねえ~!!」
「ホントホント!エモイってゆうのかしらね!?」
運ばれてきた料理を直ぐに食べるわけでもなく、ああでもない、こうでもないと『板写』するのに余念が無いマダム達・・・何処の世界でもおっちゃん、おばちゃんのやることは一緒だったか。
「おはよう御座います!ソントンさん。すごいですね!!」
「おはよう御座るす。ケンチ殿!いやあ、働ぐごどがこんたにもおもしぇどは・・・!自分の作った料理皆幸せな顔で食ってける。それが嬉しくて嬉しくて!それに倅達にもんめぁ物じっぱりかへて上げられる。こんた素敵な居場所有り難う御座るす!ケンチ殿さ出会えでえがっただす」
「あははっ。いやぁ、俺は何も・・・」
「おっはよ~ございますぅ!!ケンチ様♡今日のモーニングセットですぅ~!すごいですよぉ~?みたときないですよぉ~?」
そう言ってコロンが持って来たサラダには、赤や白、深緑の・・・海草??
「えっ!?これ!!海草じゃないか!!何でこんな山の中に??」
「昨日来だ旅のお客さんが・・・だしかウミネコど名乗ってだどおもうす。その方がお代さ使えるがど聞いで来だがら食材だば喜んで、と頂いだ物だす。この辺では見だごどが無ぇがらさっと心配でしたがながながなして、んめぁものでした」
小さなコック帽を被ったリュウとキュウがワシャワシャとした海草を両手いっぱいに持っている。
「見て見て!きれいが沢山!」
「キレ~だよ?」
「わお♪本日のリトルシェフのおすすめですね?どれどれ~?ん~、これは美味しそうだ。・・・あれ?テングサ?かな!?・・・これ、煮出したお湯を濾して冷やすとプルンと固まるよ!トコロテンって言う食べ物で、ニュルニュルって突き出してちゅるちゅるって食べるんだ。酢醤油でいただくんだけど、甘くして食べるところもあるらしいな」
テングサ・・・懐かしいな。子供の頃に毎年伊豆の外浦海岸に泊まりに行ってたっけ・・・。早朝に波打ち際を歩くとテングサが漂ってて、それを拾って
「母ちゃん!トコロテン作って!!」
って・・・。大人になって、キス釣りの合間に拾って自分でやってみたら結構な手間ひまで・・・母ちゃん、有り難うね・・・。
「じゃなくて!そんなノスタルジーじゃなくて!海草って海産物じゃん!!ここって海が近いの!?・・・あ、ウミネコって言ってたっけ・・・飛んで来たのかな・・・」
「ん~~?海~?まぁ、近くはないけど在るよ!?私らで二日・・・ケンチの脚なら五日位で着けるかな~(・ω・)」
俺の出した魚を丸かじりしながらミーシャが事もなげに言う。いやホント美味そうに食べてるな・・・。
「えっ!?行けるの??行こうよ!海!!行ったことあるの??あのさ俺、海に行ければきっと新しい魚も呼びだせると思うんだ!俺のゴーストがそう囁いている!海の魚も美味しいぞ~!!食べた事ある??」
「ないよ?でも、ヤダ(`・д・´)」
「何で!?」
「なんでも(▼皿▼)」
「行こうって!!もっと大きなお魚もいるよ??」
「ウッサい!!ヤなモンはヤなの!!しつこいと喰うゾ(゜Д゜)」
元の姿に戻りグルッと喉の奥をならし静かに威嚇された。・・・忘れてたよ・・・ミーシャは羆だった・・・。
俺はしばらくぶりに心底ゾッとした。
「そっ・・・そうか・・・ごめん」
いつもなら「だったら追加のお魚よこせ~~!!o(`ω´*)o」って暴れて、それで許してくれるのに、今回は何も言わずにプイとそっぽを向いてホームに戻って行ってしまった。
「あれ・・・ナンかメッチャ気に障ったみたいだけど俺、ナンもしてない・・・よな?」
泳げないとか?いや、泳いでたな・・・。
縄張りの外に出るのがいや?疲れるから?
・・・ん~。
「ケンチ殿・・・ちょっといいかえ?」
丸太に腰掛けて雲を眺めながら酒をあおっていたエンフェイが、珍しく神妙な顔つきで俺を呼ぶ。
「どうしたんです?何かありましたか?」
「アイツの怒り方を見て、ケンチ殿にはやっぱり話さなけりゃあいけないと思ってねぇ・・・」
「はい?」
「海へ行きたいと言っていたねえ?海へ行くには山を二つ程越えなきゃあならないが、その山のどちらかに“霧”が出ちまうかもしれないんだよ。分かるだろ?ケンチ殿ならその霧が何なのかがねぇ・・・」
「・・・まさか、俺が来たときの霧!?でもあれでは帰れないって・・・」
「稀に帰る事が出来る霧があるようなんだよ。前に話したろ?私らの育て親の事を・・・」
「ええ・・・ん?えっ!?その方って亡くなられたのでは??」
「私は死んだと言った覚えは無いよ。・・・帰っちまったのさ!私らを置いてね!!」
「・・・」
「あの男もケンチ殿のように海が見たいと言いだしてねぇ。一人で出て行っちまったのさ。その時こっそり後をつけた私は見たんだよ・・・あの男が濃い霧の中に向かい姿を消したのを!私は霧が晴れるまでその場に立ち尽くしていたっけかねぇ・・・私達を置いてそんな筈は無い、きっと帰って来るって・・・。霧が消えちまった後、泣きじゃくりながら何度も男の名を叫んで、まあっ暗な山の中を捜し回ったさ。でもどこにも居なかったよ・・・怖かったねぇ・・・寂しかったねぇ・・・。二度目のお月さんの昇る頃にようやく諦めがついたよ。私には大事なミーシャがいる、私が守らなきゃ、ってねえ」
「アイツには、「あの人は獣に襲われて死んだ」と伝えた・・・。言えなかったねぇ・・・覚えてるかどうかは別として、私達は二度も捨てられた、なんてさ。でもあの様子じゃあ、薄々気付いているんだろうねぇ・・・。アンタも居なくなっちまう、それが嫌であんなに怒って帰っちまったのさ!」
「俺は・・・」
「俺は違う、なんてそんなもの誰にも分からないもんさ・・・ケンチ殿は私も好きだよ・・・だからこそ、覚悟の分岐点を教えておこうかと思う」
「覚悟の・・・分岐点?」
「私達獣人のお年寄りを見たことはあるかい?何故見かけないと思う?」
「それは・・・分かりません」
「獣人はねぇ・・・元々はここに迷い込んだただの人間なのさ!だいたいは二、三日もすると尻尾が生えて来て、人間だった事など忘れちまってここで生まれ育ったと思い込むようになる。若いうちは獣になったり人型に戻れたりもするが、それも段々と出来なくなって獣そのものに成り果てるんだよ」
「えっ!?えっ!?ちょっと待って下さい!!それじゃあ、ミーシャやコロン、ソントンさんも元々はここに迷い込んだ人間、って事ですか?それにエンフェイさんやスゥアンジャンも!?」
「そうなるねぇ・・・実は私とミーシャは本当の姉妹なのさ・・・」
「えっっ!?姉妹って、だってエンフェイさんとミーシャは別々の動物じゃないですか!獣人が元々は人間だったって事よりもそっちの方がびっくりですよ!!」
「キッキッ!私の本名は煌咲、あの娘は美紗だよ。何故かコッチは猿、あの娘は羆になっちまったけどねぇ。・・・もう15年ほど前の事さ。夜中の山の中で車から降ろされて・・・まあ、私らの事などどうでもいい」
「いやあ、びっくりしました・・・それよりもエンフェイさんはなぜ獣人化しているのにその事を覚えてるのですか!?」
「ギフトの所為かねぇ。あれはねぇ、ここに来た人間が全員貰えるものではないらしいんだけどね。現に私とミーシャは一緒に来たのにあの娘には何も無かった」
「あの娘には?・・・にはって事は、若しかしてエンフェイさんも何かしらのギフトを??」
「キッキッキッ・・・そうさ!私はねぇ、数多の書籍を脳内にダウンロードする事が出来るんだよぅ。だから記憶を失うことも無いし更にはアップデートし続けられている」
なるほど!!だからか!通りでいやにアッチの世界に精通しているなと思っていたんだ!
「ただねぇ・・・最近は私も獣化の進行が進んでいてねぇ。時々本当は私も最初から猿で、ここで産まれ育ったんだって思っちまう時があるんだよぅ。記憶の混乱もみられるねぇ。私は・・・猿になることなど何も恐れちゃあいないが、あの娘の事を忘れちまうのが怖くて堪らない・・・だからこうやって酒を飲んで気を紛らわせているのさ」
そういう事情が・・・ただの飲んだくれって訳では無かったのか・・・。
「獣人化には個人差があるようでね、でも必ずソレはやって来るよ。ケンチ殿にもそろそろ何かしらの兆候があると思うんだけどねぇ・・・」
「俺はまだ何も・・・尻尾なんて生えて来てないし記憶もしっかりある!特に思い当たる節は・・・」
いや、あった!さっきミーシャが食べていた生魚の丸かじりがすごく美味しそうに見えた・・・それか!?
「・・・何でそんな話を?」
「なあに、選択肢があるのを私だけが知っている、ってぇのはフェアじゃないと思ってねぇ・・・」
「ぷっ・・・アハハハっ。エンフェイさんは・・・人を誑かすのは得意でも嘘はヘタみたいですね」
「んん?」
「顔に出ちゃってますもん!ミーシャの悲しむ姿が見たくないって」
「ケンチ様ぁ~。姐御のトコ行きましょうよぉ~!ナンかプリプリで無視されちゃいましたぁ~⤵⤵」
「大丈夫ですよ俺は!!ここが俺の居場所です!獣人化??上等!むしろ召喚によって、もっと重大なペナルティリスクがあると思ってましたから!ここでずぅーっと暮らすんだ、その位は覚悟しなくっちゃですよ。第一ようやく賑わって来たこの釣り堀をなんで手放すものですか!」
「・・・そうかい?本当だね?私はケンチ殿を信用したから話したんだ、きっとそう言ってくれるだろうと思ってねぇ。信じていいんだね?」
「ええ!!」
「ケンチ様ぁ。なにお色気人妻と話してたんですか?ケンチ様がそんなんだから姐御プリプリなんでよぉ~」
「・・・そうだな。よし、ミーシャのトコへ謝りに行こうか!」
「私にもですぅ~っ!ヤキモチぷんぷくプンなんです!」
「ははは。うん。ごめん。耳の後ろ掻いてあげるからそれで許して?」
「いゃっほ~い!!マンモスうれぴーのです!!いいのです♪許すのです♪♪」
空にまだ残る青い月を肴に、ちょっと満足そうな、肩の荷が下りて楽になった様な清々しい顔で、チビリチビリと酒を飲むエンフェイに会釈してミーシャのいる俺達のホームへ向かった。
うん、海へは向かわない。大きな魚・・・鯛や鱸・・・大きな魚ではなくとも、脂の乗った鰯なんかも食べさせてあげたかったけど、仕方ないか。
(・・・獣人・・・かぁ。俺はいったい何になるんだろうか・・・出来れば俺も・・・)
木漏れ日の差し込む家へと続く小道を、腕に抱えたコロンの長い耳の後ろを撫で掻いてやりながらそんなことを願った。




