09. 伴竜
「ではでは、本題に移りましょうか」
プリムラ先生がぽんと手を叩く。
「本校の専攻についてはご存知ですね。これから始まる2年間、みなさんには立派な竜騎士、通称ドラピージストになるためのイロハを履修していただきます。そ・こ・で!」
彼女は近くに置かれていた積み荷の木箱を手に取り、素手でむしるように開封してみせる。
俺は目を疑った。空賊があれほど苦戦した木箱を、片手でこじ開けるなんて!
「早速ですがみなさんにテストを課します。題して、金龍の試練」
「金龍の試練?」
誰かの反芻にプリムラ先生が頷く。
「卒業要件を満たすには"五宝の難題"を突破する必要があります。紅龍、青龍、黒龍、銀龍、そして金龍の5つの試練です」
彼女は取り出した卵を指先でくるくると弄ぶ。
「この金龍の試練は竜騎隊の初歩にして永遠の難題。卵から立派な竜に育て上げるまでを言います。試練の性質上、合否の判定は最後の最後、卒業の間際となりますね」
「残りの4つは?」
「うふふっ。それはあなたが生きていたらのお楽しみですぅ」
質問をはぐらかすプリムラ先生の表情には、なんとなく闇が覗いて見えた。
「よーし。それではみなさんお待ちかね、プレゼントタイムの始まりですよー!」
先生のテンションに合わせ、おーっと歓声が上がる。
「1人に1つ、竜の卵を託します。お好きなものを……おやおやぁ?」
ヒヨノの胸元に視線を留め、先生は目を瞬かせる。
彼女がずっと抱いたままの果物めいた赤い卵。心なしかヒヨノの方にも愛着が見てとれた。
「あれーっ? 予めキープしているズルい子がいらっしゃいますねぇ」
「ち、違うんです先生。お返しするタイミングがなくなっちゃって」
くすくすと面白がる先生に、ヒヨノは頬を真っ赤に染めて俯いた。
「大丈夫ですよ。その子はヒヨノさんにお預けします」
「えっ、本当ですか!」
「うんうんっ。いい卵を選びましたね。ご活躍を期待してますよ」
プリムラ先生はにこにこと頷き、みんなの方を向き直る。
「さ、みなさんもお好きな卵を選んじゃってくださいっ」
いよいよこの時が来た。
先生の言葉を皮切りに、みんな一斉に木箱へと駆け寄った。
「うわあっ、宝石みたい。うちこれにする!」
クゥネルカが手に取ったのは片手サイズの小さな卵だ。
陽光を受けて青緑に乱反射する卵殻は、彼女の言うように美しい鉱物を連想させた。
「じゃあボクはこの卵~」
マヨは黄色地に黒のストライプ模様が入った楕円を選んだ。
「私は、そうねぇ」
リリアが濡羽色の髪を耳にかける。
「これがいいかしら」
彼女が黒光りする球体を手に取ったその時だ。
「あら?」
「えっ?」
傍で見ていた俺もつられて声を上げる。
卵に一本の亀裂が入り、ぴきぱきと音を立てて孵化が始まったのだ。
集まってきた周囲の注視を一身に受けながら、赤子は殻を一生懸命脱ぎ捨てていく。
「ぎ、グェェ」
微妙に汚い産声を上げ、遂にその顔が覗いた。
「これが……竜?」
干乾びた鶏、或いはミイラとでも表現しようか。
見た目はまるきりの骨と皮。不格好な翼が粘液に絡まり糸を引いている。正直、期待していたものとは掛け離れた不気味な姿に、俺はちょっと気持ち悪いと感じてしまった。
「うふふ。ハッピーバースデー、とお祝いしてあげたいところですけど」
寄って来たプリムラ先生は赤子を摘み上げ、ふむと小さく唸る。
「未熟児ですね。輸送中に殻が割れてしまったようです」
「いけませんか?」
「いけないということはありませんが」
リリアにじっと見つめられ、先生は眉をひそめた。
「可哀想ですが長くは生きられません。持って1週間、いえ3日でしょうか」
赤子は見るからに弱々しく、まるで息絶える直前の老人のようだ。
「この子は先生が責任を持って引き取ります。リリアさんは別の卵を選んでください」
「いいえ、先生」
リリアは半ば奪い返す形で、竜の赤子を両手で包んだ。
「私が育てます。この子もそれを望むはずです」
「うーん。でも数日でお別れですよ?」
「それまででも」
根比べの末、先に折れたのはプリムラ先生の方だった。
「しょうがないですねぇ。ではリリアさん、お名前を決めてあげてください」
リリアは頬に人差し指を添え、少しだけ悩んだ。
「……ゴシックストーカー」
「あらかっこいい。ゴシックストーカーですって。聞きましたか、新生児さん。素敵なお名前に負けないよう、頑張って生き永らえてくださいね」
プリムラ先生は幼竜に微笑みかけ、その鼻先をちょんとつついた。
「さてさて、そろそろみなさん選び終えた頃かと思いますが……んん?」
先生の視線が俺に留まる。
突然、右腕にゲッカビジンが絡み付いた。
「む」
と、竜の瞳に睨まれて、プリムラ先生は一瞬だけたじろいだ。
「わっ。随分と懐いてますねぇ」
「いらないから」
ゲッカビジンが短く告げる。
困惑する先生に、彼女はもう一度繰り返した。
「たまご、いらない。コトラのパートナーはわたしなの」
するとプリムラ先生はにやにやと目を細めた。
「うふふっ、怖い顔をしていると思えば、あらあらふふふっ」
「な、なんでわらうの?」
「純粋な反応が可愛くて、つい……ええと、お名前はゲッカビジンでしたね。あ、コトラさん? 念の為確認しますが、よろしかったですか?」
「もちろん。もちろんです!」
俺は二度三度と力強く頷き、ゲッカビジンと目を合わせる。
「いいよな、ゲッカ」
「うんっ」
新入生、31名。
全ての生徒に竜の卵が贈呈され、プリムラ先生は手を挙げて注目を誘う。
「今この瞬間をもちまして、みなさんはアイランドラッヘの一員となりました。お渡しした卵と同様、あなたたちひとりひとりもまた竜騎隊の卵ということになります」
みんなの視線が自身の手元に注がれる。
「竜の育成は基本的にはみなさん自身に一任しています。やがては盾となり矛となり苦楽を共にする存在です。甘やかすもよし、叩き上げるもよし」
しかし、とプリムラ先生は釘を刺す。
「竜は己を映す鏡でもあります。みなさんが間違った成長を遂げれば、パートナーもまた然り。その時、竜はあなたを喰らうでしょう。……なので気を付けてくださいねっ」
彼女は両腕を大きく広げ、歓迎の意を表した。
「お話は以上です。みなさん、ご入学おめでとうございまーす!」