14. 作戦会議
「っつーわけで作戦会議よ!」
よく晴れた昼下がりの校庭。
クゥネルカがサンドイッチを片手に声を張る。
「ヒヨノ。説明よろしく」
「じゃあ読むね」
ヒヨノは備品の生物図鑑を開き、心地良い声を響かせた。
「えっと、火竜サラマンドラ。生息地は主にカルデラ湖周辺。仰々しい名前だけど、分類としては有隣目になってるね」
「ふぅん」
俺は紙パックのジュースを啜りながら相槌を打った。
「要するに大きなトカゲってことか」
「その大きさが規格外なことを除けばね」
大木に寄り掛かったリリアが口を挟む。
「サラマンドラの平均体長は4メートル弱。体重は2トンにも及ぶ。生身の人間にしてみれば、これだけでも相当な脅威よ」
「詳しいな、リリア」
「竜に関する知識は受験勉強の時に叩き込んだわ。さすがにトカゲは守備範囲外だけど、それでも年代物の図鑑よりは当てになるんじゃないかしら」
「うーん、この本もそれ以上の情報は載ってないね」
ヒヨノは図鑑をぱたむと閉じ、続きをリリアに託した。
「リリア博士、他には?」
「もうっ。博士はよして」
リリアは照れくさそうにはにかんで、胸の下で腕組みをする。
「あとはそうねぇ。弱点がない、ということなら」
「弱点がない?」
「サラマンドラの皮膚は分厚い鱗で覆われているの。鋼鉄の装甲を纏っているようなものね。だからまともにやり合おうとしても、並大抵の攻撃は通らないと思った方がいいわ」
「並以上なら問題ないわね!」
クゥネルカがパチンと指を弾く。
「ゲッカビジンのレーザービームなら、物理耐性の影響は受けないんじゃない?」
「どうだろう。普通のルナーズカノンだと威力が足りないかも」
「あのでっかい竜に変身するやつは? 空賊船を木っ端微塵に消し飛ばせるんだから、トカゲの表面くらい余裕っしょ」
「おっ、そうだな」
と、言ってはみたものの、実際のところはそんな簡単な話ではなかった。
確かに昨日見せた最大火力のルナーズカノンなら、サラマンドラの外殻を貫けるかもしれない。しかし肝心の再現性については疑問が残る。
「ゲッカちゃんはどうして突然大きくなったんだろう?」
ヒヨノがこぼした疑問に、俺は静かにかぶりを振った。
「わからない。ただ、頭の中に見たことない記憶が溢れて、気が付いたらあんな姿になってた」
「コトラくんが変身させたわけではないの?」
「まさか。俺にそんな力はないよ」
巨竜への変身――いや、召喚と表現した方が適正か。
ゲッカビジンを包み込むように現れた半透明の亡霊。しかし幻影は質量を持ち、俺は確かに白竜の背に跨っていた。
あれがドラゴノイドの能力なのか、ゲッカビジンの固有スキルなのかは定かではない。
一つだけ断言できるのは、俺にはなんの裁量権もないということだけだ。
「詳しいことはゲッカ本人に訊いてみないと、なんとも……」
「だと思ったんだよね~」
と、マヨが小悪魔めいた笑みを作る。
「こんなこともあろうかとー、お招きしておきましたー」
マヨの拍手に出迎えられ、大木の影からゲッカビジンがひょっこりと顔を覗かせる。
「よんだ?」
彼女は眩しさに目をしばたかせた。
涼風に吹かれ、白銀の長髪がきらきらとした粒子を躍らせている。
「おお、ゲッカ。早速で悪いんだけど、昨日の変身ってどうやったんだ?」
「へんしん?」
「ほら、空賊船をぶっ壊す時に竜の姿になっただろう」
「あ。あれなら――」
ゲッカビジンは翼を広げ、ムーッと難しい顔になる。
「え、ちょ、待てゲッカ! もう少し広い場所の方が……!」
てっきり気合を入れて巨竜になるのかと思いきや、
「……うん? どうしたの、コトラ」
「えっ?」
「へんしんさせて」
俺はがっくりとうなだれた。
考え得る限り最悪のパターンだ。
「ええと、ゲッカ? つまり巨竜化はできないってことでいいんだよな?」
「うん? できるよ。きのうはできた」
「昨日のは俺が変身させたわけじゃないんだ」
「そうなの?」
ゲッカビジンは尻尾を振りながら頭を悩ませる。
……しばらくして、答えが出た。
「じゃあむり」
「ですよねー」
これで振り出しに戻された。
巨竜への変身方法がわからないとなると、まずはそこから探らなければならない。
「そう一筋縄ではいかないかぁ」
「プリムラ先生なら、なにか教えてくれるんじゃないかな?」
「う、うん」
ヒヨノの提案に、俺は斜めに頷いた。
確かにプリムラ先生であれば巨竜化の真実を知っていそうなものだ。
しかし彼女に頼るのはどうしても憚られた。俺の実力を見込んで紅龍の試練を課してくれたのだから、その期待を裏切りたくはない。
「あら、そういえば」
リリアがふと顎に手をやる。
「アイランドラッヘには桁外れに大きな図書室があるって噂、聞いたことない?」
「図書室?」
そんな話は初耳だった。
しかし口から出任せというわけでもないようで、隣でクゥネルカがぽんと手を叩いた。
「知ってる知ってる。うちも小耳に挟んだ程度だけど、この世のありとあらゆる書物が保管されているとかってやつでしょ?」
「ええ。それこそ、旧文明の遺産まで所蔵されてるって話よ」
「本当かよ……」
「でもそんな図書室なら、巨竜化に関する本もあるんじゃないかしら」
俺は半信半疑……というか、都市伝説のノリでリリアの言葉を聞いていた。
アイランドラッヘは空の孤島だ。敷地としてはなかなかの広さだが、世界中の本を――それも旧文明の代物まで並べておくだけのスペースがあるとは到底思えない。
「コトラ」
ゲッカビジンが袖を引っ張る。
「いこ? としょしつ」
「あ、ああ」
駄目元で覗いてみるか。
「私も行くわ」
と、リリアも同行することになった。
「前々から読みたい本があるの」
「へえ。どんな本?」
「とある科学者が記した不老不死の薬に関する論文よ。世界中を探して回ったんだけど、まだ見つけられていないわ。でもこの学園の図書室になら――」
「世界中って。そんな珍しいものが置いてあるとは思えないけど」
「さあどうかしらね」
リリアは悪戯っぽく片目を閉じた。