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前借りドラピージスト  作者: 青星蒼舵
第一章 紅龍の試練編
12/41

12. プリムラの部屋


 校舎内のマップについては昨日案内を受けている。

 記憶は朧気だったものの、なんとか迷うことなく面談室まで辿り着いた。


「個人面談ってなにやるんだろう?」


 内容がわからないので台本の用意はない。

 部屋の扉に小窓は無く、廊下からでは中の様子は窺えなかった。


 コンコンコン――。


「失礼します」


 ドアノブを捻る。

 隙間から流れ出てくる暖かい空気。ココアの甘い香りが漂った。


「いらっしゃい、コトラさん」


 窓辺の陽光を背に、プリムラ先生が手招く。

 部屋は深緑色の絨毯張りで、ベロアのソファが向かい合わせで配置されている。中央のテーブルにはマグカップが一つだけ。残念ながら俺の分ではなさそうだ。


「さ、こっちこっち」


 遠慮がちに浅く腰を下ろす。ソファはふかふかで、緊張が少しほぐれた。


「ではでは早速……と、言いたいところですが、昨日のお礼がまだでしたね」


 突然、プリムラ先生が頭を下げる。

 不意打ちを喰らい、俺はぎょっとさせられた。


「空賊の撃退、そして卵の奪還、お見事でした。私の生徒たちを救ってくれて本当にありがとうございます」

「わ、わっ。勘弁してくださいっ」


 わたわたと両手を振る。

 窮地を救ったのはゲッカビジンの方だ。俺は彼女の背中にしがみ付いていただけなので、褒められるようなことをしたとは思っていない。


「航空会社の方からもアイランドラッヘ宛てに感謝状が届いています。私個人からだけのお礼ではないので、素直に受け取っていただけたらと」

「そ、そうですか。じゃあえっと、どういたしまして」


 一応満たされたようで、先生は面を上げてにこにこと微笑んだ。


「さてさて。ご挨拶も済んだことですし、少しおしゃべりしましょうかぁ」

「あ、はい。よろしくお願いします」

「実は新入生みんなにお伺いしている質問がありまして」


 なんだろう。俺は小首を傾げて待った。


「コトラさん。コトラさんの将来の夢はなんですか?」

「夢ですか?」


 いきなりだな。

 一瞬意表を突かれたものの、悟られぬように取り繕う。


「もちろん、竜騎隊の一員として治安維持に尽力――」


 言い終えるよりも先に、この返答は間違いだったことに気付く。

 片眼鏡のレンズの向こう、プリムラ先生の翡翠の瞳は瞬かない。


「…………」


 もしかして試されているのか?

 心の中を見透かされているみたいな不快感に耐え切れず、俺は思わず視線を外した。


「すみません、コトラさん。今の質問はよくありませんでした。先生は希望の就職先をお訊ねしたわけではなくてですねぇ」


 プリムラ先生は斜め上を見つめ、んーと唇を尖らせる。


「そうですねぇ。たとえば十年後、あなたはどんな人生を過ごしたいですか?」

「十年後の人生?」

「コトラさんが将来やりたいこと。手に入れたいもの。目指している場所。漠然とした理想でも構いません。あなたの野望が聞きたいんです」

「急に野望とか言われましても」

「別に恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ。ほら、大金持ちなんてのは定番中の定番ですね。他にも酒池肉林ハーレムとかイケメン御曹司の玉の輿とか、新興宗教の開祖なんてのも面白いと思います」


 なんか全体的に下品じゃないか?


「ちなみにいずれも他の子の回答ですぅ」

「そ、そうスか」


 どうなってんだ俺の同期は……。


「むむむ。コトラさん、なかなか手強いですねぇ」


 先生はふぅむと唸り、胸の下で腕組みをした。


「ここまで心を開いていただけないとは思いませんでした。いえ、しかし思春期の男の子に訊ねるにしては、些かセンシティブな質問だったかもしれません。先生も反省ですぅ」


 ……ん?


「はぁ。まさかコトラさんがそれほどまでに答えづらいエッチな欲望を抱えていたとは露知らず」


 んん!?

 流れがよろしくない。俺は慌てて弁解した。


「誤解です誤解! 歪曲しないで!」

「そうですよね。男の子ですものね。無知な全裸の女の子に抱き付いたり、夜な夜なルームメイトとお風呂でぱこぱこぴゅっぴゅ――」

「だだだ誰に聞いたんですか!?」

「ところでコトラさん。入学の際にご送付いただいた履歴書についてですが」

「ちょっと! 話逸らさないでくださいよ!」

「昨年までは別の学校に通っていたそうですね」


 取り付く島もなく、プリムラ先生は別の話を始めてしまった。


「世界的に権威あるブリーダーの専門学校。それも飛竜専攻ということは、狭き門を突破した上での入学だったと思われますが……」

「ええ、まあ」

「なぜ自主退学を?」

「それは」


 理由を掘り下げてくるとは思っていなかった。

 しかし今更関係のない話だ。

 適当に話を作ってやり過ごそうと思ったのだが、


「私の方から相手校に伺ったところ、退学の理由は明かせないとのことでした」

「でしたら俺の方からもお答えすることはできません」

「親御さんの御意向ですか?」

「……っ!」


 呼吸が乱れる自覚があった。

 俺の異変を瞬時に見抜き、プリムラ先生はふうっと息を吐いた。


「コトラさん。先生は意地悪を言いたいわけではないのですが、どうか冷静に耳を傾けてください」


 彼女は両手の指を絡ませ、翡翠の眼を研ぎ澄ます。


「あなたには、竜騎隊を辞めていただきます」

「な、なんで」

「今朝、あなたのお母様からご連絡がありました。コトラさんを直ちに学園から追い出すようにとのお達しです」


 ……やっぱりか。

 予感はしていたので別に驚きはない。俺は渋々頷いた。


「でしょうね。母さんは……母は一貫して入学に反対でしたので」

「竜騎隊は死と隣り合わせの職業です。その上薄給で休みも少ない。先生である私が言うのもなんですけど、お母様のご意見は至極真っ当なものかと」

「そうじゃないんです」


 咄嗟に口を挟んでしまった。

 別に先生の見解を否定するつもりはない。だけどそれは母の真意とは程遠いものだ。


「違うんです、先生。母さんは、俺から竜を遠ざけたいだけなんです」

「ふむ? しかしなぜ?」

「……多分、父さんのような人間になって欲しくないから」


 先生は口を閉ざしてしまい、すぐには返事をよこさなかった。

 入学前に履歴書を提出している以上、俺の経歴は全て割れている。ブリーダー学校を退学している件然り、家族構成然り――父が竜狩りだということも。

 となると当然、この学園に留まれるかも怪しくなってくる。


「俺の入学は取り消されるんですか?」

「ん、んー」


 またしても返事が遅い。

 プリムラ先生は考えあぐねて、自身の頬を人差し指でつんつんと弄んだ。

 目を細めた苦々しい表情は、厄介者の俺に配慮した表現を探しているようにも見える。


「アイランドラッヘとしては、本意ではありませんねぇ」


 と、ようやく彼女は声を捻り出した。


「先生はコトラさんの担任です。コトラさんは先生の生徒です。だから先生個人としては、生徒の味方に徹するべきと考えていますが……」


 言葉はいまいち煮え切らない。俺は焦れて進言した。


「一旦保留ってことにできません?」

「保留。なるほどぉ」


 先生は腕組みをして、ふむふむと数回頷いた。


「わかりましたぁ。とりあえずそうしましょう。我々の方で、お母様にご納得いただくための策を講じてみますね」

「……はい。お手数おかけします」

「コトラさん」


 俯きがちに見上げると、プリムラ先生はにこにこしながら俺の頭に手を置いた。


「心配しなくても大丈夫ですよ。先生がなんとかしてみせます。こちらとしても、あなたをみすみす手放すつもりはありませんから」


 優しく撫でられ、俺は少し泣きそうだった。

 それから5分ほど個人的な話をした。趣味とか、好きな食べ物とか、そんな他愛ない会話を交わして、


「はぁい、お疲れ様。面談はおしまいです」


 タイマーの電子音が鳴り、先生は満足気に微笑み頷いた。


「コトラさんは裏庭にある竜の寮舎に行ってください。ゲッカビジンもお待ちかねでしょう。先生も面談が終わり次第向かいますぅ。午後の予定はそれからお話しますね」

「わかりました。ありがとうございました」


 頭を下げて、席を立つ。

 俺は少し早足でゲッカビジンのもとへと向かった。

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