11. 穏やかな朝
「ね ぼ す け ♡」
すっかり寝坊した。
マヨの書置きを丸めて、コバルトブルーの制服に袖を通す。
疲れ果てていたせいか昨日は本当によく眠れた。だから今朝は驚くほど快調だ。
「よっしゃ、行くか」
髪を結い、部屋を飛び出す。
寄宿舎から続く渡り廊下を通って校舎側へ。
朝に弱いのは俺だけではないようで、途中で何人かと挨拶を交わした。まだ顔と名前が一致していないけれど、すぐに仲良くなれるだろう。
「ええと。マヨはどこかな」
食堂はまだ多くの生徒で賑わっていた。
盛り付けられた朝食を受け取って、視線を左右に振る。
目当ての人物はすぐに見つかった。ヒヨノとクゥネルカ、それにリリアも一緒だった。
「みんな、おはよ」
「あ、おはよう、コトラくん」
ヒヨノにハイタッチ。ついでにマヨともタッチ。
「コトラってば朝に弱過ぎなんだが~」
「ごめんって」
「明日はボクが起こしてあげるね」
「すまん。頼むよ」
早起きは昔からの苦手分野だった。
俺としては朝食の時間に間に合っただけでも素晴らしい快挙だ。
「あれ、そういえばゲッカビジンは――」
「ゲッカちゃんなら寮舎にいると思うよ。保育担当の先生が特製ベビーフードを用意してくれてるんだって」
「ほーん」
さすがは竜騎士の学園。幼竜の管理も徹底されているようで一安心だ。
「コトラくん」
向かい席のリリアがとんとんと膝を叩く。
「隣、いかが? 私たちもまだ途中だから、一緒に食べない?」
「じゃあお言葉に甘えて」
朝から美人の隣席とは恐悦至極だ。折角なのでお邪魔させていただくことにした。
「いただきます。……ん?」
こ、これがアイランドラッヘの朝食か。
空の上だけあって並ぶメニューも異国のそれだ。見たこともない料理の数々に、若干警戒しながら口へと運ぶ。
「お。脂がのってて美味しい。これなんて焼き魚だろう」
「モハモハの切り身よ。もしかして食べるの初めて?」
リリアの解説を聞きながら咀嚼する。
「ちなみにお味噌汁の具は高級食材のオルゴン貝よ。色鮮やかな貝殻が素敵でしょう?」
綺麗と言えばその通りだが、工芸品っぽさがあってあまり食欲はそそられない。
「もぐもぐ。味の方は、なんというか、うん」
「コトラくん、意外とグルメさんなのね」
リリアはくすりと微笑んだ。
「でもそうね。オルゴン貝って流通量が少なくて値が張るけれど、実は需要があるのは剥き身じゃなくて貝殻の方なのよ」
「へえ。リリアは物知りだなぁ」
「ふふっ。ここ数年は世界中を飛び回っていたから、そのせいかしら」
ふと視線を感じて前を見る。向かいのクゥネルカが指を咥えてこちらを凝視していた。
「じーっ」
よだれ垂れてますけど。
「な、なに。この貝好きなの?」
こくこく、とクゥネルカは二度頷いた。
「もう箸つけちゃったよ」
「いいから早く食べなさいよ」
「どっちだよ」
「クゥネルカは貝殻が欲しいんだって~」
マヨは味噌汁を飲み干すと、お椀ごとクゥネルカに手渡した。
見れば彼女のトレーには貝塚が一山出来上がっている。既に多数の貝殻を回収して、綺麗なものだけを厳選しているようだ。あまり衛生的とは思えないが……。
「さっさと食べてよこしなさい」
「いいけどさ、こんなん本当に売れるのか?」
「売るなんてとんでもない!」
言質は取ったとばかりに、クゥネルカは俺の味噌汁を強奪した。
「標本ケースに並べて、うちのコレクションに加えるの!」
「はぁ。さいですか」
「レア物を見つけたらうちのところに持ってきてね。貝とか骨とか化石とか。お金に余裕がある日だったら、ちゃんと適正価格で買い取ってあげる」
「今回の査定額は?」
「これは廃品回収よ」
つまりは金欠中と。
クゥネルカの選別作業が終わるのを待った後、5人揃って食器を下げる。
歯磨きを済ませて集合場所の大講義室に向かうと、予定時刻の直前だった。
「ギリギリセーフって思ったんだけど」
黒板には今日の予定が書いてあり、午前中は個人面談となっていた。
順番に面談室に呼ばれるようで、待機中の生徒は親睦を深めておけとのお達しだ。
「ううぅ、き、緊張するよぉぉぉ」
「ふふっ。心配し過ぎよ」
ぐるぐると目を回すヒヨノを慰めていたリリアだったが、真っ先に呼び出されて教室から出て行ってしまった。
「あ、私もちょっとお手洗いに」
「こらこら」
「止めないでコトラくん。漏らすよ!」
「嘘つけ。また手首切る気だろ」
「ふぇぇバレてたぁぁ。左腕の傷が疼くよぉぉ」
その後も数分置きに通信バッジに通知が届き、一人また一人と部屋から消えていく。
空席の数が目立ち始めた頃、そういえばとクゥネルカが呟いた。
「みんなは竜の名前って決めた?」
じろじろと交互に顔を見比べ、ヒヨノが小さく照れ笑いをする。
「でぇへへ。じ、実は私、ずっと前から決めてありまして」
「なになに?」
「べ、ベリードルーチェ」
「えーすご。かっこいい系の名前じゃない」
確かにちょっと意外だ。
「マヨは?」
「顔を見てから考える予定~」
「そっかぁ。うちも検討中。候補は100個くらいあるんだけどね」
「たくさんあるね!?」
「これから一生一緒に生きていくわけでしょ。後悔したくないって言うか……あっ!」
クゥネルカはぐいっと身を乗り出して顔を近付けてくる。
青い前髪の向こうから、無邪気な眼差しが覗き込む。
「ね、コトラ。なんでゲッカビジンはゲッカビジンなの? 由来とか教えなさいよ」
「私も気になるーっ」
「ボクもボクも」
ヒヨノとマヨにまで詰め寄られ、俺はおろおろと狼狽えた。
「いや、別に大した理由じゃないんだけど……わわっ!」
胸元のバッジがピピピと鳴って、俺の番が訪れたことを告げる。
「ごめん。俺行ってくるよ」
「えーっ、タイミング悪過ぎぃ!」
クゥネルカの駄々を振り払い、プリムラ先生の待つ面談室へと早足で向かった。