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CHOKERS  作者: 鉄 竜太
2/2

繋がれた男、繋がれない女

これまでの軽いまとめ


死んだ人間の中で新人類技術の薬品に適合した人間が【特殊事件鎮圧用強化人類】と呼ばれ、その身体的特徴としては、首にチョーカーが巻かれ、それを外した時に人智を超えた身体能力向上と、多少の身体形状変化が可能になる。そして特殊事件鎮圧用強化人類80名で構成される組織を【CHOKERS】と言う。

CHOKERSは国に飼われ収容されていたが、彼らが脱走する事件が発生。逃げ出した特殊事件鎮圧用強化人類は通常人の敵となり【特定危険首輪人種】通称【特首人】と呼ばれるように。

特首人は首輪を着けている間は通常人として扱われるが、首輪を外している間は殺処分が許可される。

外したチョーカーは2日ほどで再び皮膚の内側から現れ、首輪として巻かれる。

「特首人だ!!!」

 コウスケが叫ぶ。そんなこと、見ればわかる。オスカーはそう思いつつ自分の首元に手を伸ばしたが、そこで気がついた。

「しまった。チョーカーが」

 オスカーの首にはまだチョーカーが無く、皮膚の内側に薄らとそれらしき影が見えるだけだ。さらに、この力はチョークリリースしてからチョーカーが再び巻かれるまで少しづつ減退してゆく。今のオスカーは腕を武器にして戦うなんてことはできない。身体能力が他より少し高い程度だ。対して、立ち塞がる女は余裕の表情だ。

「ねぇ君!今、首に手を置いたよね!」

 女がオスカーの方を見て言う。

 女は長い黒髪で背は低い、まだ二十歳にもなっていなそうな若い声で、色あせた黒いパーカーを着ている。そのパーカーの纏う細い腕は、先がナイフのように形状変化し、こちらを威嚇している。

「君が昨日その女の人助けたの?」

 女がもう一度オスカーに話しかける。その隙にコウスケは女に銃口を向け、発射体制を取る。

「撃つな!!」

 オスカーが叫んだ。

「いいや!殺す!!」

「大丈夫!避けてみせるよ」

「違う!殺意が感じられない!」

「車壊しといてか!」

「私の質問は?」

「あの女と話がしたい!!」

 オスカーが叫んだ瞬間、女はオスカーの方へ、まるで瞬間移動のような速度で跳んできた。ほぼ同時に銃声も聞こえたが、当然間に合わない。弾は彼方の森へ吸い込まれた。

「私と話がしたいって!?」

 女はオスカーの目の前で止まり、そう言った。オスカーは一瞬何が起こったかわからず、防御の姿勢が少し遅れた。が、女は攻撃などしてこなかった。

「へぇ......私の事好きになっちゃったんだ」

「はぁ?」

 オスカーは身構えたまま答える。自分の耳を疑った。好き?そんなわけないだろ。オスカーは恐る恐る女に話しかける。

「お前はどこの誰だ。なぜここを知っている」

「私の質問は?」

「俺の質問に先に答えろ」

「オスカー!もういいだろう撃っちまうぞ!!」

 コウスケが膝立ちの姿勢で女に銃口を向けている。それはつまりいつでも殺せる状態ということだ。女も、そのすぐ隣のオスカーも。

「待て!攻撃の意思は無いようだ!」

 その瞬間、オスカーは腹部に気分の悪い異物感を覚えた。それは腹部を見下ろして気がついた。ナイフのように尖った女の手の先端がオスカーの右の脇腹に刺さっており、そこから血が溢れだしている。痛覚はそこで戻ってきた。

「いッッッッ!!」

「オスカー!!」

 コウスケの叫びと共に、弾丸が女へ飛んでゆく。その銃声が鳴る直前。女はその場でしゃがみ、後ろへ飛び退くと同時にオスカーの脇腹から手を引き抜く。小さくしゃがんだお陰で弾丸は女の頭上を掠め、数発発射された弾丸は、いよいよ一発も当たらなかった。

 オスカーの脇腹から一瞬血が噴き出る。その後は激しくなる心臓の鼓動に合わせてドクドクと傷口から血を流していく。オスカーが顔を青くしていると、女が間髪入れず叫んだ。

「質問に答えろ!!」

 今までと雰囲気の違う怒鳴りつけたような声に、オスカーもコウスケも動けなくなる。コウスケのすぐ隣にいるサユリは、耳を塞いでその場でうずくまって震えている。

「1つずつね」

 女はまた可愛こぶったような優しい声に戻った。

「その女の人を助けたのは君?」

 オスカーは傷口を押さえながら、首を縦に振り、そこで足に力が無くなり跪いた。その瞬間、傷口から勢いよく血が吹き出し、その痛みに目眩がした。

「そうだよね、助けたのは君だよね。カッコよかったなぁ街の上をお姫様抱っこして飛ぶように消えていって。じゃあ次ね」

 女は次の質問をするかと思ったが、その場でピタッと止まって無言になった。何か考えているようだ。

「あ、警察の人、帰っていいよ。パトカー壊しちゃってごめん」

 そう女に言われてコウスケは弾の切れた銃をホルスターに仕舞い、一度オスカーの方を見た。オスカーはコウスケと目が会い、痛む脇腹を抑えながら小さく頷いた。

「わかった!俺はこのサユリって女を連れて署に向かう!俺はもう攻撃の手段がない、見逃してくれ」

 コウスケは女に叫ぶ。そして、女もコウスケを見つめる。いや、コウスケの首元を見つめているようだ。

「君、特首人じゃないよね」

「俺は普通の人間だ!」

 コウスケは震える声で返す。

「......そうだよね。いいよ、行って」

 コウスケはそれを聞いて、サユリの肩に腕を回して、引きずるように歩き出した。女はそのままコウスケが見えなくなるまで目で追い続けた。

「......これで二人っきりだね。傷、手当てしてあげるよ。応急処置程度のことしかできないけど」

 そう言って女はオスカーのセーフハウスの方に歩き出す。

「待て......お前名前は」

 オスカーが絞り出したような声で言う。

「やっぱ気になってんじゃん」

 女はそう言って微笑むが、オスカーは何も返さず、女の顔を睨みつける。

「エアラ。そう呼ばれているよ」

 そう言ってエアラと名乗る女はセーフハウスの玄関を開けて中へ入っていった。

 エアラがセーフハウスに入ってからほんの10秒ほど、彼女は大きな布切れを持って玄関から出てきた。

「これ包帯代わりにするね」

「なんだその布......」

「カーテン」

 オスカーは呆れて何も言えなかった。

「じゃあ包帯巻いたりいろいろするから、その間にさっきの質問の続きいい?」

「......勝手にしろ」

「......なんで未だに警察と協力してるの?」

「こっちの方が居心地がいいからだ」

「自由が無いじゃん」

「それがいいんだ。一度死んだ俺たちを飼ってもらえることに感謝すら覚える」

「ふーん......」

 エアラは手をナイフ状にしたり5本指にしたり器用に変化させながら、カーテンを細く割いて包帯のようにオスカーに巻いていく。

「君、オスカーって言ったっけ」

「え?」

「さっきの警察がそう叫んでた」

「あぁ、そう。俺はオスカーだ」

「......あの警察、自分のことを『普通の人間』って言ってた。私って普通じゃないから」

「それで言ったら俺も普通じゃなくなる。けど、俺は自分を普通の人間と思っている」

「こんな傷負って、もう平然と喋れているのに?」

「偶然だ。人間という種の中に走るのが得意な人間、絵を描くのが得意な人間、暗記の得意な人間、ピアノが得意な人間、ボール投げが得意な人間、いろいろいるが、どれも普通の人間だ」

「......普通なのかな?」

「普通だ。偶然その能力に長けていただけで、頑張ったから、努力したからとかではない。できないやつは努力してもできない。できるやつはできるからそれをやるんだ。俺は偶然死んで偶然薬品に適合して偶然この力を手に入れた人間だ。全て普通の人間に可能なことだ」

 エアラはどうも腑に落ちない顔をして処置を続ける。

「質問いい?」

「あぁ」

 オスカーは素っ気なく答えた。

「さっきの女の人は誰?」

「......まぁ、警察が追ってた事件の参考人というか、被疑者というか......」

「じゃあ彼女とかじゃないんだ。彼女いないの?」

「そんなん作れる仕事じゃないだろ」

「私がいるじゃん」

 エアラは微笑んだ。

「遠慮する」

 それを聞いてエアラは、包帯を巻く手に力を込めて、左右に強く引っ張った。オスカーは傷口が絞められる痛みに顔をしかめた。

「私、いつでも君殺せるから」

 エアラの顔からはさっきの微笑みは消え去り、ハイライトの無い黒い瞳でオスカーを見る。オスカーが怯えているのを見てエアラは満足そうに手の力を抜いて言った。

「女の子には優しい言葉を使わないと。デリカシー大事だよ」

 そう言うとエアラは包帯の端をリボン結びにして軽く形を整えた。

「ほら終わったよ!」

「......ありがとう。俺からも質問いいか?」

 オスカーが聞く。

「いいよ」

 暗い声でエアラが返す。それを聞いてオスカーはゆっくり立ち上がり、エアラを見下ろすようにして言う。

「お前は何が目的なんだ。あの女の追っ手でもない、俺たちを殺すわけでもない、金品盗みに来たわけでもない。目的を言え」

「興味、かな」

「興味?」

 オスカーは益々エアラという女がわからなくなった。

「そう、興味。君が女の人お姫様抱っこして空飛んでるのを見てカッコよかったから探しに来たの。途中で見失っちゃったけどね。しばらくしてそこにパトカーが来たから今度はそれを追いかけるようにして来た。きっと君にたどり着くと思って」

「そうか、じゃあたどり着いたことだし家に帰れ」

「家は無い」

 刹那、時は静かに流れ、風が駆けた。その音だけが空間に木霊し、オスカーの心に染みた。

 もちろん、よほどまともな特首人ではない限り戸籍や、家と呼べるほどのものは持ってないことが多い。だがこの若さで、まだ二十歳にもならないような女の子が帰る場所もなく日々を生きているのかと、憎しみに似た寂しさを感じた。

「白けんなし」

 エアラは静寂を割くように言った。

「......お前、帰る場所は......頼りにできる人とか」

「いないよ。ひとりぼっち」

「......」

 オスカーは思った。CHOKERSに残っていれば、少なくとも衣食住が確保されるのに、どうしてこの子は逃げたのだろうと。そして同時に思った。

「また、CHOKERSに戻らないか」

 オスカーは思わず口に出した。考えるより先にだ。

「......なに?CHOKERSって」

 エアラの思わぬ返答にオスカーは驚いた。まさか、CHOKERSを知らない?あの組織に属さない特殊事件鎮圧用強化人類がいる?あるいは記憶を失っている可能性が......。オスカーはいろいろ考えたが、エアラからすぐに答えが返ってきた。

「私たちは特首人でしょ。CHOKERSは解体された」

「あ、そういうことか」

「そういうこと。飼われている特首人とそうでない特首人がいるだけ」

 オスカーはなぜか悔しかった。悔しいながら、さらにエアラに聞いた。

「で、どうするんだ。お前は飼われるのか、飼われないのか」

「飼われるよ」

 即答だった。エアラは真っ直ぐオスカーの目を見て言う。

「君が好きだもん」

「そうか......じゃ敵では無いってことでいいんだな」

「いつでも殺せるけどね」

 エアラは微笑みながら言った。オスカーはいまいちどう対応すればいいのかわからず困惑した。果たして信用していいものだろうか。

「それならチョーカーが巻かれるまでこの家にいろ。今のままじゃお前が殺されちまう」

 そう言ってオスカーはセーフハウスの方へ歩いていった。

「まぁいきなり家にお誘い?大胆!」

 喜ぶエアラの声を聞いてオスカーは振り返って彼女を睨みつけた。

「俺はリビングで寝る。お前は寝室から出るな。飯は持って行ってやる」

「トイレは?お風呂は?」

 エアラは次々とオスカーに聞き、オスカーは大きくため息をつく。

「わかった。俺が寝ているソファーには近づくな。他は常識の範囲内で自由にしてくれ」

「やった!ご飯は作ってくれるの?」

「作るから、少し落ち着いてくれ」

 オスカーとエアラはセーフハウスに入り、一通りの部屋の場所を教え、ソファーの周りをロープで広く囲み、エアラにこの中には入らないように教えた。

「じゃ、俺は少し休むから、お前も休め」

「お腹空いた」

「......台所にパンが少し残ってたはずだ」

「ムッ」

 エアラは頬を膨らませ、オスカーの寝るソファーを囲むロープの内側に大袈裟に1歩足を踏み入れた。

「おい!」

 その音を聞いてオスカーはエアラに怒鳴る。

「入るなって言っただろ!」

「ご飯作るって言ったじゃん!」

「少し休ませろって!後で作るから」

「今!昨日から何も食べてない!」

「あー!うるせぇ!」

 オスカーはソファーから飛び起きて、荒っぽく台所へ向かう。そして冷蔵庫を開けてしばらく中を眺めてからエアラに聞いた。

「......苦手なものは?」

「蝉と昆布とイカの塩辛」

「わかった」

 偶然にもオスカーのセーフハウスの冷蔵庫には蝉も昆布もイカの塩辛も無かったので、そこにあるもので適当にご飯を作ることにした。




 とはいえ、作れるのは本当にシンプルなものだ。目玉焼きにこんがり焼いた薄いベーコン、それと食パンだ。

「ほら、できたぞ。目玉焼きには何をかける」

「ケチャップ」

「ケチャップ?」

「そう、ケチャップ」

 オスカーは冷蔵庫から残り少ないケチャップを取り出し、目玉焼きに絞り出した。途中何度も蓋を閉めては振って、遠心力でケチャップを端に集めながら、もうめんどくせぇ!ってなるまで出し続けた。

「ほらよ」

「ありがと!」

 そう言うとエアラは「いただきます」と手を合わせ、フォークでひと口ひと口実に美味しそうに食べ始めた。

「......皿は流しに入れといてくれ。俺は寝る」

 それだけ伝えてオスカーは再びソファーで横になった。折角ベッドで寝られると思ったのに、また思わぬ来客でこんなことになってしまった。オスカーは何度目かのため息をついて、そして眠りにもついた。




「起きてー!お腹空いた!」

 やかましい叫び声でオスカーは目を覚ました。ろくに寝返りも打てず、身体中が軋むような痛みがあり、エアラに刺された脇腹もまだ少しピリピリと痛む。

「夕飯の時間だよ」

 エアラの声だった。そうか、もうそんな時間なのか。時計を見るともう夜7時だった。

「わかった。飯だな」

 オスカーは重い腰を持ち上げ、台所へ向かい、棚からレトルトカレーをいくつか取り出し、エアラに見せる。

「ボンカレーの中辛か辛口か、タイカレー風がいくつか」

「甘口は?」

「じゃあボンカレーに蜂蜜でもかけてろ......しまった、米炊いてないな」

「カレー以外は?」

 エアラはオスカーに次々と質問し、オスカーは少しストレスを感じながら冷蔵庫や棚を漁る。

「ここに来るのが久々でな、今あるのは保存のきくものばかりだ。缶詰はいくつかあるけど、あと冷凍肉か」

「......え、じゃああの朝食べた目玉焼きって......」

「ちゃんと火を通してるから大丈夫だ」

「うぇ〜」

 エアラは眉間にシワをよせて舌を出した。そしてまたコロッといつも通りの顔に戻りオスカーに言う。

「じゃあお米炊きあがるまでにシャワー浴びたいんだけど」

「あぁいいぞ。待ってろ着替えとタオルを用意する。下着は無いから自分でなんとかしてくれ」

「イヤン」

 オスカーは開いていた冷蔵庫をわざと強く閉めて、部屋にバンと大きな音が響く。そのまま寝室に向かい、バスタオルと適当なTシャツと、エアラも履けそうなサイズのズボンを用意し、リビングに戻った。

「浴室はこっち......って、さっき紹介したか」

 オスカーの言葉にエアラは苦笑いし、少し恥ずかしくなったオスカーは持ってきた着替えをエアラに押し付けるように渡した。

「うん。着替えありがと。オスカーの匂いがするね」

「当たり前だろ」

「じゃ入ってくるから、ご飯楽しみにしてるね」

「レトルトカレーだけどな」

 それを聞いたエアラは脱衣所に入っていった。オスカーも台所へ戻り、米を炊く準備を始めた。その時、ある異変に気がついた。脱衣場の音が妙によく聞こえる。まさかと思いそちらへ顔を向けると、なんと扉が開いたままになっている。

「おい!扉は閉めろ!」

「え?」

 扉の内側から白い肩を露わにしたエアラがヒョコっと顔を出し、思わずオスカーは横を向く。

「扉を閉めろって。何のための扉だ」

「あぁ、そうか」

 そう言ってエアラは脱衣場に戻り、扉を閉めた。

 オスカーは米を研ぎ終え、炊飯器にセットしてスイッチを入れた。炊飯器から安そうな電子音が鳴り、それを聞いてからオスカーはソファーに移動し、テレビをつけた。

 どうせ観たいものは無い。ただ、各局の放送する下らないバラエティ番組の中から、いくらかマシな番組を探すだけだ。今日は芸人たちがいくつものアスレチックみたいなゲームに挑戦しお互いを蹴落とし合うこの番組にしよう。

 若手の芸人たちが「ワーキャー」と騒ぎながら坂道を滑り落ちて、その先にあるのは熱湯風呂。また、一本橋の上を自転車で走り、ゴールにたどり着くまでに他の芸人たちがボールを投げたり橋を揺らしたりして邪魔をしたり。もちろん落ちた先は冷たい水だ。

 オスカーはそれらを微笑みながら見守る。するとしばらくして脱衣場の扉が開く音がした。

「すまん、まだ米は出来ていないが......」

 オスカーはテレビから振り返って驚愕した。エアラは服を着ておらず、頭にバスタオルを乗せて顔の左右に垂らしているだけで脱衣場から出てきているのだ。オスカーは慌てて顔を背ける。

「おい!なんのために着替え貸したんだ!」

「ん?」

 エアラはオスカーの言葉の意味がわからないかのような反応をして、オスカーの方を見る。それから視線をテレビに移して、ほんの一瞬芸人たちが酷い目にあっているのを見て鼻で笑ってから寝室の方へ歩いていった。

 オスカーはさすがに耐え難かった。エアラが寝室に入った音が聞こえてからソファーから立ち上がり、寝室の方へ歩いていき、壁を5回叩いてから言った。

「おい!服を着ろ!」

 もちろん、寝室の扉は開きっぱなし。だから中を見たりはしない。オスカーは扉の横でずっと下を向きながらエアラに呼びかける。

「あ、そっか。わかった」

 エアラの返事はなんだか適当だった。そして寝室から変わらず裸のままで出てくるので、オスカーはエアラの白く細い足だけを目撃し、また目を背けた。

 エアラは脱衣場に無言で戻り、少し遅れて扉を閉めた。そこまで確認し、オスカーはようやく止まりかけた呼吸を再開させた。なんとも危機感の無い女だ。オスカーはそう思ったが、同時に、今まで誰のもとにもおらず、1人で生きてきたのなら、そうなるのも当たり前かと思い、少し可哀想だとも思った。




 夕飯は宣言通りレトルトカレーで、エアラは「辛い辛い」と文句を言いながら、カレーにたくさん砂糖をかけて食べていた。

「オスカー、よくそんなのが食べられるね」

「こっちのセリフだ。甘いの方向性が違いすぎるだろう」

「蜂蜜かけろって言ったのはオスカーじゃん」

「度が過ぎるって言ってんだ。辛みの緩和でなく、甘みの増強に走りすぎている。人の食べ方にアレコレ言う趣味は無いが、そちらが俺の食べるものを否定するなら俺もそれなりの手段に出させてもらう」

「ウザ」

「だったら食わんでいい。よこせ」

 そう言ってオスカーがエアラの食べるカレーに手を伸ばすと、エアラはその手を叩いてカレーを死守する。お互い少し睨み合ってから再び食べ始める。

「食い終わったらとっとと寝ろ。俺も疲れてるんだ」

 オスカーは自分の首を触りながら言う。もうそこにはハッキリとチョーカーが確認でき、あとは皮膚から剥離すれば元通りといったところだ。このくらいになるとオスカーももう身体能力の向上などは無い。いわゆる「普通の人」と変わらない。

 もうお互い喋ることもなくなった。静かな食卓に外の風の音が響く。

 そういえばあの爆発したパトカーはどうするのだろう。コウスケが回収してくれるのだろうか、とオスカーは思った。同時にある疑問が湧いた。

「ん?エアラ、お前あのパトカーを爆発させたんだよな」

「そうだけど?」

「どうやったんだ。お前の武器はナイフだろ。車に火をつけられるような火器は持ってなさそうだし、仮にナイフで火花でも散らして発火できたとしても、お前が無事で済むはずない」

「私素早いの」

 エアラはカレーを頬張りながら言った。

「素早い?」

「オスカーも見たでしょ、私がいきなり目の前に現れたの」

 それはオスカーがエアラに刺される直前の話だ。「話がしたい」とオスカーが言った瞬間、確かにものすごいスピードでエアラが目の前に現れた。それは弱っているオスカーには認識できないほどの速さだった。

「じゃああのスピードで爆発から逃れたと?」

「そう。あの警察がパトカーに乗ろうと走って来てたから、エンジンにナイフ刺して、ただ止めようとしただけなのに爆発しちゃって」

 咄嗟にゼロ距離の爆発から逃れられるほどの素早さ。ただものでは無いとオスカーは思った。

「エンジンって硬いんだね。すごい痛かった」

 そう言ってエアラは左右の手をブンブン振って遊んでいる。オスカーは、可能な限りこの女をおちょくるようなことはしないようにしようと思った。可能な限り。

「食い終わったら流しに入れといてくれ。俺が洗う」

「家庭的な男!」

「......」

 オスカーは何も言わなかった。

「ごちそうさまでした。オスカー!洗い物手伝うよ」

「いや、いい......」

 オスカーはそれだけ言って、皿を洗った。

「ねぇなんか暇つぶしになるもの無い?トランプとか」

「無い......」

 オスカーはそれだけ言って、脱衣場に入っていった。もちろん扉は閉めて。

「ねぇ急に冷たくない?」

 エアラが脱衣場の扉を開けてオスカーに言う。

「おい!閉めろ!バカ!」

「あ、まだ脱いでなかったか。惜しい」

「出ていけ!」

「なんで冷たくすんの」

 そう言うとエアラの瞳の奥がほんの少し赤く揺らめいた。オスカーは蛇に睨まれたように身体が強ばり、咄嗟に後ずさりした。

「すまない。だが、俺もお前を許したわけじゃないというか、まだ信用しているわけじゃないから......少し警戒しているところがある」

 そう言ってオスカーが見つめるエアラの首元には薄っすらとチョーカーの影が見えてきている。このくらいなら恐らくチョークリリース後の本来の力は出せないが、いかんせん、この女はスピードが段違いに速い。多少弱まっても全力の俺と同じ速度が出る可能性は充分にあると見ていいだろう。

「すまんがシャワーを浴びてとっとと寝たいんだ。明日また話し合おう」

 オスカーがそう言うとエアラの目から赤い光は消え、何も言わず静かに脱衣場の扉を閉めた。これでようやくひと息つけるが、なんだか胸糞悪い。オスカーはモヤモヤとした心のままエアラに巻いてもらった包帯を解き、傷跡を見てみる。刺された傷跡がもうほとんど塞がっているのを確認してからオスカーは浴室に入り、シャワーを浴びた。

 オスカーがシャワーを浴び終わり脱衣場から出ると、エアラがリビングの椅子に座ってジッとオスカーの事を見ている。

「なんだよ」

 オスカーが言うとエアラは思い出したように視線を逸らし「なんでもない」と言った。つまり何かあるということだ。

 オスカーは遊びに付き合っているほどの余裕が無いので、特に気にせず寝床にしているソファーに向かい、そこでエアラのあの不可解な行動の理由に気がついた。

「おい!ロープ動かしただろ!」

「気のせいじゃない?私じゃないよ」

 それはオスカーがエアラに対して「入るな」と言ったソファーを囲むロープだ。それが囲む範囲がどうも少し小さくなっている。

「『私じゃない』ってなんだ。つまり何かが起こったのは事実で、それを自分は関与してないってことでいいんだな?」

 オスカーの指摘に、エアラも反撃する。

「違うよ知らないって、触ってないもん」

「お前しかいないんだ。もういいさ」

 そう言ってオスカーはロープを元の位置に戻してソファーに寝転んだ。

「バカーーー!」

「......」

 エアラの叫びを無視し、オスカーはそのまま眠りに落ちた。




 メールの着信音でオスカーは目を覚ました。上体を起こすと首元に何かが触れたので、手を伸ばして確かめると、そこにはチョーカーがあった。もう完全に戻ったということだ。

 オスカーは自身の携帯電話を開き、メールを確認すると、コウスケからだった。文面には今回のサユリ絡みの事件で分かったことが淡々と書かれていた。

 まず、黒幕であるレオという元CHOKERSの男が、サユリを含め多くの女をたぶらかし、SNSや店を通じて金の持っていそうな男と仲良くなるように指示を出した。そして女たちを完全に信じきった男たちが行き着く先がレオのいる部屋だ。あとは比喩などでは無い【死ぬまでの暴力】。レオはこの趣味を満たすために希望に満ちた男を集め、そしてそれを連れてきた女たちを悦ばせる。そうやって欲求を満たしながら生きてきたということらしい。レオの元で働いてたサユリ以外の女たちは、皆行き場を失い、仕事を突然休んだかと思えば自殺する奴もいるらしい。それにより今警察は、ストリップ劇場や風俗店、キャバクラなどでレオと繋がりがあると思われる従業員を一斉に保護するのに急いでいるらしい。

 まぁ、概ね予想通りの結果だったなと思い、オスカーは「わかった。ありがとう」とコウスケに返信し、携帯を閉じた。

 事件の結末はみんなドラマみたいに激情的なものではない。大抵はただ、眠い目を擦りながらあくびついでに受け入れるようなものだ。少なくとも、こんな仕事をしているオスカーはそう思っていた。

「......明日になったらエアラのチョーカーも戻るか?」

 オスカーはソファーで寝転がり、天井を見上げながら独り言を言う。

「そしたら2人でコウスケのとこ行くか......」

 そしてオスカーは自分で言って、コウスケの言葉を思い出した。今オスカーのような特首人に風当たりが強い。確かコウスケはそう言っていた。

「......」

 オスカーは悩んだ。悩んだ末、どうせ「風当たりが強いだけ」だと自分を納得させ、署まで行くことに決めた。

「......とはいえ、エアラには1度説明しとかなきゃな」


バンドがやりたいです。

具体的にはマキシマム ザ ホルモンみたいなロックバンドがやりたいです。

僕は楽器できないし歌下手だけど、デスボイス(もどき?)はできるのでボーカル希望です。

具体的にはマキシマム ザ ホルモンで言うところのダイスケはんポジションです。

メンバー募集します。

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