首輪外した時
精神安定を図るために、設定や文章の出来などをあまり気にせず作った物語です。(保険)
なぜなら、以前作っていた設定や文章の出来を気にしすぎた作品が一生完成しないものになったからです。
それではどうぞ。
東京都某所、雨降る夜の繁華街。カラフルな看板の明かりがそこかしこで反射し、暗い道を楽しげな雰囲気に偽っている。日本離れした様々な建築様式の背の高い建物に囲まれた広い道、その路肩に倒れているのは酔っ払いか死体かのどちらかだろう。冷たいアスファルトに横たわり、どちらにしても息をしていないように見える。俺は今そんなものにかまっている場合では無い。黒い傘をさし、大きなフードと首元を覆うほどの長い襟のついた黒い服に身を包んだ俺は最悪な街の真ん中を歩く。水溜まりを踏みながら歩く。ある女を探して。
何度目かの曲がり角を右に曲がった先に、小さなストリップ劇場がある。俺はそこを見つけると歩いて近づき、しつこく声をかけてくるキャッチの男を無視して、劇場の脇にある細い路地へ向かった。
「おい!」
キャッチの男が怒鳴った。
「どこ行くんだお前。なんか怪しいな」
そう言うとキャッチの男は俺の方へゆっくり近づいてくる。どうやらこの男は警備員としての意味もあるらしい。だが、ここは冷静に。とにかく事を大きくしないことだ。俺は自分の襟元に指をかけ、それを引っ張り、その男に【首】を見せた。
「え......お前......!?」
男は俺の首に巻かれた【チョーカー】を見て狼狽えた。幅2cmほどの真っ黒な革製のチョーカーが俺の首にピッタリと巻かれている。これといって装飾などは無く、正面にはワンタッチで解除可能な銀色のバックルの付いたものだ。俺は男が少し静かになったのを見て、襟元を正した。
「......クッ!あまり騒ぐなよ。あと、店の中には入るな......」
男に路地に入る許可をもらった。
「......わかった。ありがとう」
俺は男に礼を言い、至って普通のペースで路地へ入っていった。
狭い路地へ入って10メートルほど進んだところに、ストリップ劇場の裏口が出てきた。俺はその重たそうなシルバーの扉を3回叩き、少し待った。
反応がないのでもう3回叩いた。
すると扉は勢いよく開き、チェーンロックが瞬時に限界まで伸びきり、路地に重たい金属音が木霊する。
「うるせぇな!なんだよ!」
青いロングヘアーの女が、その扉の隙間からこちらに叫んだ。扉の向こうからはタバコの煙が漏れ、フルーティーな香りで少しむせる。
「......サユリという女はいるか?」
俺は尋ね、女は静かに答えた。
「......なんの用?今ショーに出てるから、正面から入れば会えるよ」
「そうか。戻ってきたらここに来るよう言ってくれ」
「だからなんの用だよ。ファンって感じじゃねぇな、見ない顔だ」
「......ちょっとした用事だ。お前は知らなくていい......」
狭い路地に雨の降る音だけが響き渡る、少しの沈黙。両者睨み合い、先に折れたのは女の方だった。
「わかった。後10分くらいだと思う。ショーが終わったら出るように言うよ。ついでに『付き合う男は選んだ方がいい』ってこともな」
「ありがとう」
俺が礼を言うと、女はこちらをもう一度睨みつけてから激しく扉を閉めた。鈍い扉の音がビルとビルの隙間で乱反射し、その残響が消えると、また雨の音だけが聞こえた。
「ハァーイ、あたしを呼んだのはあなた?」
ちょうど10分くらいして、ゆっくり開いた裏口の扉から軽く微笑む気だるそうな女が1人出てきた。間違いない。こいつがサユリだ。
今度はさっきの女とは違い、チェーンロックはつけておらず、傘をさして外まで出てきた。
「あなた、どこかで会ったことある?あたしは覚えてないんだけど、お客さん?どうして呼ばれたのか身に覚えがないわ」
サユリはオーバーサイズのコートを着て、胸元をしっかり左右重ねて握っているのを見ると、本当にステージから降りてきたばかりなのだろうと思わせる。額に少し汗が浮いている。サユリは慣れた手つきで、ポケットからタバコの箱を出すと、片手で上手く1本だけ取り出し、口に咥える。
「......」
俺はしばらくその所作を見守ろうと黙っていたら、突如サユリが俺の靴を優しく踏み、グッと顔を俺の顔に近づけてきた。
俺は驚き、咄嗟に踏まれていない方の足を1歩後ろに引く。
「坊や何してんの?早く、火を頂戴よ」
サユリは相変わらず微笑んでる。
「......お前はそうやって何人もの男共を支配してたんだな」
「は......?」
サユリは思わず俺の靴を踏んでいた足を退け、1歩下がる。口には火のついていないタバコを咥えたままで。構わず俺は話を続ける。
「快楽殺人と思われる昨今の連続殺人、被害者は皆ネット上で知り合ったとある女に好意を持っていた。ただ、名前は様々、『アカネ』『リミ』『ナツキ』『マリ』......『エミ』なんかもあったか。だが中身は全て同一人物だ。違うアカウントを使い分け、合わせて30名近い男と連絡を取っていたな。その中のさらに数名とは実際に会い、完璧に信頼させ、自身の支配下に置き、金品をむしり取り、完全な絶望の中でそれを殺していた」
それを聞いたサユリの顔にさっきまでの微笑みは無かった。口に咥えた火のついていないタバコを強く噛み、ショーを終えた後の汗とはまた違う、冷たい汗をかいていた。
「何を言っているの?あなた......何者?」
俺はいつも通り自然な流れで、首元のチョーカーをサユリに見せてから言った。
「CHOKERSのオスカーだ。お前を殺しに来た。国から許可されている」
そう言って俺は内ポケットから銃を取り出し、周りから見えにくいように身体の横に隠すように固定し、サユリにその銃口を向けた。そして静かにセーフティを解除し、後は引き金を引くだけの状態にした。
サユリは震える口元からタバコをフッと濡れた地面に飛ばし、続けて喋り出す。
「......オモチャでしょう?どうせ」
「どうだろうな。ニブイチだ」
「.......」
俺も普段ならもう銃をぶっぱなしている所だが、こいつからはまだ聞きたいことがある。だから殺せない。それが指示だ。
あまりこんなことで時間をかけるわけにもいかない。ここで俺は少しプレッシャーをかけることにした。
「もう話は終わりか?そろそろこれがオモチャか確かめるぞ」
俺は銃口をサユリの急所からわずかにズラし、ゆっくり引き金に指をかける。刹那。左足の腿が一瞬凍りついたように冷え、その冷たさに驚いているとすぐに激しい痛みと熱を感じ、思わず足から力が抜ける。
「グッ......!」
撃たれた!どこからか狙撃されたんだ。俺は咄嗟にそう思った。時間がスローモーションのようにゆっくり流れ、ようやく弾丸が風を切る音を聞いた。2発目が来る!俺は何とか力の入る右足で思い切り地面を蹴り、狙撃手がいると思われるのと逆の、右側へ跳ぶように逃げた。すると直後、さっきまで俺がいた所に2発目が着弾した。
「サユリ......ッ!!」
俺はその一瞬、頭からすっかり抜けていたサユリの事を思い出すと、彼女が俺と逆方向へ走って逃げているのをようやく認識できた。俺は急いでサユリに銃口を向け、引き金を引く。もちろん、俺自身も逃げながらだ。
当然、弾はサユリに当たること無く、ビルの壁で跳ね返ってどこかへ消えていった。そこへさらに狙撃手からの3発目が飛んできて、目の前の地面を抉る。
しかし、これはラッキーだ。今の3発目のお陰で狙撃手の位置は特定できた。この路地から真っ直ぐ直線上のビルの6階。音こそ聞こえないものの、ほんのわずかな閃光が見えた。それさえわかれば後はそこから撃たれない場所にいればいいだけだ。しかし、奴は何者だ?サユリと何か関係がありそうだが。俺はエアコンの室外機の裏に隠れて少し考え事をする。
「......奴がもしかして......」
俺は近くに落ちた自分の傘を何とか引き寄せ、その生地の1部を破いて、撃たれた足の止血に使用した。ひとまず傷口に包帯状にした傘の生地を巻き付け、固く結んだため、動きにくいがいくらか安心できる見た目にはなった。俺は足が動くことを確認すると、狙撃手が隠れていると思われる6階の窓にありったけの弾丸を撃ち込み、その隙に路地を逆方向に走って逃げた。
さて問題はサユリだ。あの動きにくい格好でそう素早くは逃げられないはずだが、もし逃走に協力する奴がいるとするならば厄介だ。とにかく、こちらも急いでサユリを見つけなければ。
俺は狙撃手から死角となる角を曲がり、ビルに備え付けられている避難用のハシゴを見つけた。俺は1度自分の撃たれた左足を見て、それからハシゴを見上げた。6階建て。狙撃手と並ぶ高さ、いや奴は6階、こちらは屋上と考えるとわずかにこちらの方が上に立てる高さのビルだ。サユリを探すにもちょうど良さそうだが、登る手段はハシゴしか無さそうだ。ビルの中には階段かエレベーターがあるんだろうが、正面入口まで回ると狙撃手に狙われる可能性がある。
「......登るか」
俺はそう言うとハシゴに手をかけ、ほとんど懸垂をするような形で1歩1歩登り始めた。腕が痛む。そして使っていないはずの左足にも痛みが走る。止血を無駄にするように少しずつ血が滲み、足が寒くなってくる。だが、落ちては努力が水の泡。さらにモタモタしているわけにもいかないので、俺は急いでハシゴを登る。ひたすら痛みに耐えながら。
ようやくたどり着いた屋上で、俺は一呼吸おいてから、狙撃手がいたビルまで見渡せる道路側まで歩いていくことにした。屋上に柵は無く、実にシンプルで開けた屋上だ。
狙撃手がいたビルはこの位置からだと2時くらいの方角、少し右に位置するので、その辺に注意しながらゆっくり前進していくと、突然視界の隅にキラリと光るものが見えた。
チュンッッ!
弾丸が耳元をかすめた。俺は全体重を後ろにかけて、転ぶ覚悟で後方へ回避した。さっきの狙撃手か?狙撃ポイントを変えた。向かいのビルの屋上でずっと待っていやがった。幸い、こちらのビルの方が若干背が高いので、後ろへ逃げれば死角もある。俺は回避した反動で尻もちをついた。
「まるで俺がここに来るのをわかっていたようだ......」
すると、俺の後方、さっき登ってきたハシゴからカンカンカンとリズム良く音がしてくる。誰か登ってくる!
「仲間がいたか......」
俺はそう呟いて、銃にセーフティをかけるとそれを内ポケットに戻した。
「......仕方ないよなぁ、サユリも追わなくちゃいけない。時間はかけられない......」
俺はゆっくりと自分の首元のチョーカーのバックルに手を伸ばし、深呼吸をしてからバックルの上下に付いた小さなボタンを押す。
「チョークリリース!!」
ボタンを押すのと同時にチョーカーは正面から左右に弾け、1本の帯となる。さらに俺の全身は激しく血流が増したような火照りを感じ、視界が一瞬赤く閃光のように染まり、目の奥がギュッと締め付けられるような快感を覚える。身体中から力を感じる。やがて傷口の痛みも消え、俺は進化した。いや、本来の姿が【解放された】という方が正しいだろう。かと言って現状見た目に大きな違いは無いが、瞳の奥が赤く光ったように見えるのは、チョーカーを外す前には無かった身体的特徴だ。
外したチョーカーが地面に落ちると同時に、俺は狙撃手がいる方向を目掛けて、屋上を走った。柵が有るとか無いとか、ここが6階建てのビルの屋上だとか関係なく、走った。それも一瞬だ。チョーカーを外し解放された俺は猛スピードで走ることができる。そしてもちろん、ジャンプ力も人智を超えたものになる。
「待ちやがれ!」
後ろから声が聞こえる。追っ手がハシゴを登りきったらしい。銃声が2回ほど聞こえたが、それを聞く頃には俺は屋上を思い切り蹴って宙をかけていた。ビルとビルの間はおよそ6〜7メートルといったところか、その距離を簡単に跳んでくる俺を見て、狙撃手も慌てて銃口をむける。
「うおぉぉぉぉぉッ!」
俺は叫んだ。叫ぶと同時に自分の右腕を巨大な刀の様に変化させた。比喩ではない。俺の右腕は一瞬にしてスライムのように形を失い、そして鋭く尖った瞬間、それは刃渡り1メートルほどの大刀となった。
銃口が光った。だが、奴は焦ってそれを撃ったから的外れだ。空中で身動きの取れない俺にカスりもせず、弾丸とすれ違った。
俺は狙撃手のいる屋上に着地し、そのまま素早くソイツに斬りかかった。狙撃手はバックステップでそれを避け、そのまま次弾を装填しているのが見えた。
まずい。この距離で撃たれたら避けられない。俺は斬りかかった勢いのまま身体を捻り、ロールするように横回転し、空いた左腕で狙撃銃の銃身を叩くようにして自分を射線の外へ無理やり追い出した。だがこんなもの時間稼ぎにしかならない。俺は急いで体勢を立て直し、狙撃手から少し距離をとるようにバックステップした。狙撃手は少し体勢を崩し、地面に膝をつく。
俺はチラッと後ろを振り返った。後ろには屋上の端、道路まで続く奈落がある。その時、正面にいる狙撃手が再び銃口を俺に向けた。流石、素早い。そう思った瞬間、銃口が光った。それを俺は左に跳んで避けた。俺をかすめた弾丸は道路を越え、向こうのビルの屋上にいる追っ手に直撃した。さっき少し後ろを振り返った時に俺は追っ手の場所を確認して、俺の身体で奴を狙撃手から隠し、直前に避けることでそれを実現したのだ。しかし、安心するのも束の間、狙撃手は自身のジャケットの袖からスリーブガンを出し、俺に向けて連発してきた。
一発目。左肩に着弾。痛みはあまり無い。ただ、慣性に引っ張られて、腕ごと後ろへ飛んでいきそうになる。
二発目は刀を振り回して弾いた。弾丸を狙って斬るなんてことは不可能だ。だから刃を横向きにして面積を増やして、後はそこに当たるのを祈って刀を振るだけだ。
なんとかこれを防いで、改めて冷静に狙撃手の方を向くと、奴は右手を自分の首の後ろに手を回してこちらを見ていた。
「どうせ使い捨ての政府の犬が!テメェだけ特別と思うなよ!」
初めて狙撃手の声を聞いた。妙に甲高く、癇に障る声だ。そして、その首元には、黒いチョーカーが着いていた。
俺は驚いて叫ぶ。
「CHOKERS!お前!」
「どうせなら犬らしく泥臭く戦おうや!銃なんか使わねぇでさ!」
「お前は一連の事件の犯人か!」
「知るか!」
そう叫んだ狙撃手の男はチョーカーの留め具を外し、瞳の奥を赤黒く光らせた。
「チョークリリース!!」
俺は先手必勝とばかりに狙撃手の男に斬りかかった、が、防がれた。奴は素早く自分の両手を鉤爪のように変化させ、自分の身体の前に突き出して俺の刀を防御した。
俺は一度後方に飛び退き、腕の刀を元の人間の手に戻した。そして奴に呼びかける。
「こんな派手にやり合ったら、すぐに隊が来るぞ!」
「首人隊がなんだ!あんな差別用語部隊、俺たちなら楽勝だよな!」
「俺はお前の味方じゃない!」
「犬のクセに!!」
「犬じゃねぇって言ってんだ!!」
少し沈黙。それから俺は奴に改めて呼びかける。
「昨今の連続殺人事件。あれの犯人はお前だろ」
「知らないね」
「では何故サユリを庇う」
「サユリ?誰だそいつ」
狙撃手の男は腕の武器を仕舞わない。構わず俺は話を続ける。
「人違いだったか。ではアカネか?リミ?ナツキ?マリ?エミ?ミヨか?フユコかも知れねぇな。それか......」
「わかったわかった!そうだよ俺があの性欲に駆られた男共を殺した。認めるよ」
狙撃手の男は俺の言葉を遮るように言う。
「何故だ」
「好きだからだ。絶望の中殺されていく奴を見るのが」
「クズが......」
「オイオイオイオイ!人の趣味を否定すんのか?悲しいなぁオイオイ」
すると、遠くでサイレンが鳴った。恐らくこちらに向かってくる【特定危険首輪人種対策部隊】、通称【首人隊】のものだ。さすが、動くのが早い。俺は狙撃手の男に呼びかける。
「大人しく捕まれ。俺もお前も蜂の巣どころじゃすまないかも知れねぇぞ」
「嫌だね!持っている能力を使ったら殺されるなんて理不尽だ!その上首輪してればお咎めなしなんて、国に飼われているのも同然じゃないか!」
「飼われているんだよ実際!救ってもらった命だろうが!」
「うるせぇ!俺はたまたま病気で倒れて、たまたま犬としての素質があって、それで何の断りもなく死んだことにされて、目が覚めたら『犬として働く』か『死ぬ』か選ばされただけだ!」
「でもお前は生きる方を選んだ」
「自殺は趣味じゃないからな。自分から死は選べなかった。嫌々働いたよ。あっちこっちで人殺して、建物破壊して、血に塗れて。あれで病まない方がおかしいだろ。だからあの日、誰かが寮の壁を破壊した日は興奮したなぁ。ようやく自由になれたんだって。俺は夢中で逃げたよ。今でも覚えてる。俺が走っている周りで何人も仲間が撃たれて、血飛沫が舞って......銃声のドラムが鳴って硝煙のフォグが辺り一面に広がって月明かりと発火炎が乱反射してキラキラ光ってた!そしてみんな首輪を外して......対抗して戦うやつもいれば、俺みたいにひたすら逃げるやつもいる。まるでサーカスみたいだったんだ......」
「......それを俺は寮の中から見た」
俺は奴が話し終わったタイミングを見計らってそう言った。
「どうして!どうして逃げなかった!」
「飼っていてほしかったからかな。安心するんだここが......」
奴は呆れた顔で俺を見る。腕からは一切の力が抜けたようにダランとしている。そしてサイレンの音はもう、すぐ近くにある。
「......きっしょく悪い......」
「お前もな......俺たちはみんな狂ってるさ。死にかけた命を、条件付きで取り戻された、もう一度死ぬまで働く人間だ。お前もどうせどこに居たって人を殺すことに変わりは無い。国で働こう。それか投獄だ」
「人権もクソもねぇ。犬が投獄されたことがあるか?どうせ殺処分だ」
「わかってるなら......」
その時、屋上の扉が勢いよく開いた。
「レオ......!」
そこには雨か汗かわからないほどに濡れた下着姿のサユリがおり、男へそう叫んだ。呼吸が荒く掠れた声で。
「サユリ!?」
レオと呼ばれた狙撃手の男がサユリの方を向き、正面の警戒がガラ空きになった。
「やはり繋がっていたなテメェら!」
俺が再び右腕を刀にして素早く振りかばった時、地面が大きく揺れた。
「逃げて!」
サユリの叫び声と同時に屋上には激しく亀裂が走り、陥没する。首人隊が来たのだ。俺たちを殺しに。
建物が崩れていく轟音と、それの原因と思われる爆発の音が入り乱れ、全ての認知機能に異常をきたす。俺たち3人は立つための地面を失い、身体が宙に浮く。さらに頭上からは催涙ガス弾と思われる何かが高い放物線を描いてこちらへ落ちてきている。
まずい。そしてなにより、サユリがまずい!
俺たちは屋上から一つ下の階に落ちた。恐らくここの天井に爆発物を仕掛けたのだろう。そして催涙弾も着弾した。激しい衝突音と共にガスが吹き出し、俺は息を止める。目に痛みが走るが、ここはもう無我夢中だ。
落ちた先には当然首人隊の待ち伏せがおり、激しい集中砲火を浴びせてくる。俺は散らばる瓦礫を思い切り放り投げ、弾丸から身を守る盾にしつつ隊員にぶつけて攻撃をする。狙撃手の男は負傷しながらも自身の武器である爪を振り回し、隊員を八つ裂きにしている。問題はサユリだ。奴は俺たちのような特別な人間ではない。下手したら死んでしまう。急いで救出しなくては。
この階層の隊員を全滅させた時、ビルの外から首人隊が次弾を装填したような音がした。次こそ殺しにくる。
俺は視界ほぼゼロのぼやけた景色からサユリを探す。さっきサユリが出てきた扉の方へ急ぐ。当然、扉の原型は無いが、方向だけならわかる。
「おい待てよ!」
狙撃手の男は俺に叫ぶ。
「ここは協力だろうが、同じ犬同士」
「では外の隊員を片付けろ」
「お前は?」
「サユリを助ける」
それを聞いて狙撃手の男は高笑いした。
「ハハハハハ!あんな女のどこがいいんだよ」
「事件の重要参考人だ。そしてお前が殺人犯だ。首人隊がお前のことをどうするかは知らねぇが、死んで詫びろ」
そう言って俺はサユリがいると思われるところへ走った。そうして奴に背中を向けた瞬間、奴は俺に爪を振りかざし襲ってきた。俺はそれを感じ取ると、振り返りざまに力いっぱい腕の刀を振った。
それはまぐれだった。俺の刀は奴の両腕を切り落とし、奴は痛みと慣性に負け、跪いた。
「どうしようもねぇクズが」
俺は奴の落ちた両腕の鉤爪を拾い上げ、奴の胸に串刺しにして、瓦礫に磔にした。その時、恐らく首人隊の次弾が発射された。空高く何かが打ち上がるのが見えた。
俺は急いで踵を返し、サユリを瓦礫の中から見つけた。サユリは全身から血を、目からは涙を流し、泣いていた。
俺は彼女を抱きかかえるとめいっぱい地面を蹴り、飛ぶようにビルから逃げた。直後、後方から激しい爆発音と衝撃が伝わった。奴は死んだだろう。
「レオ......」
サユリは小声でそう言って、夜の繁華街にもう何粒か雨を降らせた。
俺がセーフハウスに着く頃には、俺もサユリも体力の限界だった。とりあえず俺はサユリに適当な服を着させ、ベッドを貸し、寝かせた。どうせ寝れないだろうが、気休めだ。
一方の俺は事件の重要参考人を匿い、全身に傷を負い、こんな状態で寝られるわけが無いので、リビングで酒を少し飲み、チョーカーが巻かれるまでボーッと待つことにした。
全身の傷が痛むが、病院に行く訳にもいかない。なぜなら俺は、あのチョーカーを外した瞬間から世界の敵だからだ。いかなる手段を使ってでも【殺していい】と許可されている。つまり俺から見れば【死ね】とルール付けされているのだ。それはさっきの首人隊はもちろん、一般人にも許可されている。
ただし、このチョーカーは復活する。チョーカーが再び巻かれれば俺も人間だ。多少の差別はあるが......。チョーカーは大抵2日経てば復活する。首の内側から何かが生まれるように少しずつ盛り上がっていき、やがて皮膚から分離し、色がつく。それが俺たち【特定危険首輪人種】通称【特首人】の力を抑える首輪となる。
そのチョーカーの形は人それぞれ、多少の似たり寄ったりはあるが、かつて存在した80人のCHOKERSは全員が違うデザインだった。その違いは本人の趣味にいくらか影響するらしい。
そんなCHOKERSと呼ばれる人間も、今や2人だけだ。俺と、あともう1人は名前も知らない。どっかで俺と同じように働いているらしい。
元々テロや暴動、さらには紛争などの沈静化をはかるために開発された新人類技術【特殊事件鎮圧用強化人類】に偶然適合した80人で構成された組織がCHOKERSだ。
適合者の選び方はこうだ。事故、病死、衰弱、他殺、自殺、なんでもいい。とにかく【死んだやつ】を丸裸にして全身調べて、新人類技術という名の薬品に適合しそうなやつにとりあえず飲ませる。運がいいとそいつは生き返る。
ただ、そいつが一度死んだ記録は変わらないので、名前を変えられて、国に飼われた状態で生きるのだ。俺は「オスカー」。名付け方は適当らしい。
翌日、ドアを叩く音で目が覚めた。目が覚めたということは、知らない間に寝ていたのか。やはりチョーカーが巻かれるまでは体力の消耗が激しいなと俺は改めて痛感し、ふらつく足取りで玄関へ向かった。
俺は玄関に立つと、扉を2回叩いた。すると扉の向こうから「弁当買ってきたよ」と言う男の声がした。それを合図に俺は扉を開ける。
「お疲れ様」
扉の前には黒いスーツを少しだらしなく着崩した、いかにも好青年な顔立ちの男が立っていた。この男は山崎コウスケ。簡単に言えば警察だ。コウスケは俺の協力者で、俺がチョーカーを外していても殺さない変わり者だ。
「おはよう、コウスケ......サユリは寝室にいる」
「オスカー疲れてるなぁ。昨夜はお楽しみでしたか?」
「んな気分じゃねぇよ殺すぞ」
「問題発言だ。やはり特殊事件鎮圧用強化人類は危険だな」
「わかったから早く連れてけ。俺は早くベッドで休みたい」
そう言って俺はコウスケをセーフハウスに招き入れる。
「あ、そうだコウスケ。あの俺と戦ってた男はどうなった」
「死んだよ」
「そうか......」
「多分実行犯だろアイツ。連続殺人の」
「ヤツが嘘ついてなければな......。それと、恐らくヤツ......名前はレオだったか。レオとサユリは恋仲だ。あまりデリカシーの無いことは言うなよ」
「難しいなぁ......とりあえず気をつけるわ」
そう言ってコウスケは寝室に向かい、しばらくして、サユリを連れて寝室から戻ってきた。
「じゃオスカー、後は任せて」
「チョーカー復活したら俺も署に行くから」
「いや、いいよ電話とかで。最近特首人への風当たりが署内でも強いから、多分居心地悪いよ」
「......最近増えたよな、俺たちの事件」
「お前は関係無いだろ」
「いいや、元々仲間だった連中だ。みんなで背負わなきゃいけない問題だ」
「熊が人を殺したら熊を根絶やしにするか?猫に引っかかれたら猫を見つけ次第片っ端から復讐するか?違うな。『やったヤツ』にだけ罪がある」
「......蜂の巣は?蜂被害があれば巣は落とされる。毒蟻も見つけ次第殺された」
「状況が違う」
「そうかよ......」
俺たちの間に気まずい沈黙が流れる。聞こえるのは、サユリのすすり泣く声だけ。
「......コウスケ、早く行け」
「わかってるよ。とにかく、今は署に来るなって話だ。落ち着いたら呼ぶからそれまで待ってろ」
そう言ってコウスケは荒っぽくドアを閉めた。これでようやくベッドで一息つける。そう思って俺はふらつく足取りで寝室に向かい、ベッドに倒れた。
ドォォォン!
途端、凄まじい轟音がして、セーフハウス全体が震える。無論、俺がベッドに倒れたからではない。外からだ。俺はベッドから跳ね起きて玄関へと走る。寝室から玄関までのほんの数秒の間に5発の銃声も聞こえた。恐らくコウスケが撃ったものだろう。つまりコウスケは生きているが、何か問題が発生したのだ。俺は荒々しく玄関のドアを開ける
「コウスケ!!!」
「オスカー!!助けろ!!!」
俺はそこに広がっていた光景に驚いた。俺のセーフハウスの周りは砂利と土と草だらけの空き地になっているが、そこに停るコウスケの乗ってきたパトカーが炎上し、ガラスや金属片が辺り一面に散らばっているのだ。そしてそれをやったと思われるのが、コウスケとパトカーを挟んで向かい合うように立っている、両手をナイフのように尖らせた女。つまり......
「特首人だ!!!」