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第9話 弟の失踪

「カミーユ」


 浄化祭の日、カミーユの部屋に顔を出せば、彼の使用人たちがバタバタと忙しそうに動いていた。


「お姉様」


 八歳のカミーユは笑顔でシャルロットを迎えてくれる。彼は浄化祭に出るための衣装を着せられていた。彼はこの衣装を着て、精霊堂で舞を披露するのだ。


「緊張してる?」

「少しだけ」


 カミーユは跡継ぎとして育てられたからか、歳の割にはしっかりとしていた。


「今日はフェリクス兄様が一緒にいてくれるって言ってました」


 浄化祭では父も母も忙しそうにしており、カミーユのそばにいられるのは彼の使用人しかいない。だが、他領の人間であるフェリクスには何にも役回りがないため、カミーユのそばにいてくれるみたいだ。


「今日は私も一緒にいるからね」

「嬉しいです。やっぱり緊張しますから……お二人が傍にいてくれると安心します」


 カミーユが生まれたばかりのときは、シャルロットは嫉妬の気持ちでいっぱいだった。自分ではなく、あとから生まれた弟が跡を継ぐことになるのだから、当然だろう。だが、紫音の記憶を取り戻してからは、カミーユのことは愛おしい存在に変わっている。……前世での弟を思い出してしまうのだろうか。


 前世の弟は優しい子だった。いつも一緒にいてくれて、いっぱいお喋りをした。愛おしく思っていた。……なのに。


「……お姉様?」


 カミーユが不思議そうにこちらを見ていた。シャルロットは首を振って、精一杯笑みを浮かべる。


「またあとで会いましょうね」


 シャルロットはそう言って、カミーユの部屋を後にした。




 浄化祭は領地にいる人々が皆、楽しみにしている行事だ。土地を浄化することは、豊作につながる。そのため、領民にとっては大切な祭りだった。


「シャルロット」


 フェリクスが声をかけてくれる。彼は毎年、浄化祭に顔を出してくれていた。


「今日はカミーユと一緒にいてくれるんでしょう? カミーユ喜んでた。ありがとう」


 そうお礼を言うと、彼はにこりと笑った。


「カミーユは大切な弟みたいなものだからね」


 彼はそう言うと、庭の噴水を指さした。


「噴水で約束してるんだ。一緒に待とう?」


 フェリクスにそう言われ、噴水に向かう。


「そういえば、今日はリュシアンも来るんだってね?」


 フェリクスの言葉にシャルロットはうなずく。


「うん。うちで行われる行事に興味があるんだって。勉強のために見に来たいって言ってたよ。でも、どうしてフェリクスがそのことを知ってるの?」

「僕とリュシアンは仲良しだからね。時々文通してるんだ」


 羨ましいだろうといわんばかりにフェリクスは胸を張る。


「私だって文通してるもん」

「僕ほど頻繁じゃないだろう?」

「いっぱいしてるもん」

「ホントかなぁ?」


 お互いに張り合って、クスクスと笑う。


「リュシアンの領土からここへは少し距離があるからね。最初から顔を出すのは難しいって言っていたよ。途中から参加するって」

「そうだね。手紙に書いてあった」


 ふと、昨日の夢を思い出す。夢の中では両親やフェリクスは出てきたが、リュシアンは出て来なかった。来るのが遅くなるのだろうか。


「それにしても、カミーユ遅いね? 様子を見てこようかな」

「準備に手間取っているのかも。私も行くよ」


 再びカミーユの部屋に向かう。だが、そこにはもう片付けをしている使用人たちしかいなかった。


「カミーユは?」


 使用人に声をかけると、その人は困ったような表情を浮かべた。


「約束があるとかで、早くに出ていかれましたよ」


 その言葉に二人で顔を見合わせる。


「すれ違っちゃったかな」

「もうカミーユ待ってるかも」


 そういって、もう一度噴水に向かったが、やはりカミーユの姿はない。


「……僕、探しに行ってくる。シャルロットはセドリックおじ様に事情を説明して、探してもらって」


 シャルロットはうなずいて、慌てて精霊堂にいる父親たちの方に向かう。彼らに事情を説明すると、顔色を変えた。


「今日はまだカミーユの姿を見ていない。こちらにも来ていないようだ。私は使用人たちに探すように声をかける。シャルロットはここで待っているんだ」

「でも、私もカミーユを探したいです」


 シャルロットの主張にセドリックは首を振る。


「いや、君はここにいるんだ」

「どうして」

「カミーユが見つからなかった場合……シャルロット、君が浄化祭を行うんだ」


 夢と同じ言葉だった。


「そんな、私は……」

「戸惑う気持ちはわかる。だが、君なら浄化祭を執り行うことはできるだろう? ……カミーユが生まれる前まで、練習してきたのだから」


 本来ならば、セドリックが行なうべきなのだろう。だが、今回、セドリックは別の役を行なわなければならない。そのため、儀式を行う者がいないのだ。


「わかったら、君は待機だ」


 そう言われ、シャルロットは動くことができなくなってしまった。自分もカミーユを探しに行きたい。その気持ちをおさえて、シャルロットは案内された席に腰を下ろした。


 儀式がはじまるのは昼過ぎ。それまでにカミーユが見つからなければ、シャルロットが儀式を行うことになる。


「シャルロット様、衣装の準備をしてまいります」


 サシャはそう言って、下がっていった。シャルロットが息を吐いて顔を上げると、違和感に気づいた。


「……エレメントが騒がしい」


 地のエレメントがざわついている。何かに戸惑っているように見えた。

 浄化祭といっても、儀式がはじまるまではエレメントたちは大人しいものだ。だが、今日は儀式がはじまる前から騒がしかった。


「ねえ、何かあったの?」


 エレメントたちに問いかける。彼らはピタリと動きを止めた。


「何かおかしなことがあったら、私をそこまで案内してくれる?」


 そう言うと、エレメントたちは案内でもするかのように動き出した。慌ててセドリックの従者に声をかける。


「ごめんなさい、私、少し用事があって……」

「セドリック様にここで待つように言われているはずですよ」


 確かにそう言いつけられていた。だが、ただここで待っているだけでは夢と同じだ。悪いことが起きるとわかっているなら、未来を変えたい。


「少しだから……!」


 セドリックの従者にそう言って、シャルロットはそっとその場から抜け出す。エレメントたちについて行くように、歩き出す。


「シャルロット?」


 声をかけられて足を止めると、そこにはフェリクスがいた。


 エレメントがざわりと騒めく。ざわざわと忙しなく動き回る。


「フェリクス……! カミーユは……」


 フェリクスは目を伏せて首を振る。


「まだ見つけられていないんだ」

「そう……」


 シャルロットが肩を落とすと、フェリクスは言った。


「見つけられたら、必ず君に言うから。待ってて」


 フェリクスが離れていくと、エレメントのざわめきが少し落ち着いた。そして、また案内を再開するように、こっちだよと誘う。


「何? どうしたの?」


 エレメントたちに問いかけても、彼らは何も返事をしない。ただ、こちらだと案内をするだけだ。シャルロットは首をかしげながらも、エレメントたちのあとを追いかけた。



 エレメントたちに連れて来られたのは、森の奥深くだった。森の奥はさすがに人もおらず、少し不安な気持ちになる。最近、賊が出たとも聞いた。一人で出てくるのは安直だっただろうか。


「でも、カミーユはもっと不安に思っているはず」


 カミーユが殺されてしまうと考えると、足を止めることはできなかった。エレメントたちに案内されて、さらに奥へと進んでいく。


「おい、音がしねぇか?」


 人の声が聞こえた。シャルロットは動きを止めて、草むらの中に身をひそめる。近くには荷馬車。エレメントたちはここだといわんばかりに、荷馬車の近くに集まっている。


「今は祭りだ。誰もこんなところに来やしないさ」


 二人の男が荷馬車の前にいた。


「領主の息子を攫って、どうするんだ?」

「時間を稼いだあと、殺すように言われている。そのあとは金をもらって逃げるだけさ」


 ……カミーユが攫われた。夢の通りだった。彼らの言葉からまだ殺されていないのだろう。……どうやって助ければよいのか。


 荷馬車は一つだけ。そこにカミーユがいるのだろう。バレずに助けることなんてできるだろうか。


 ……助けを呼ぶ? でも、間に合わなかったら?


 そんなことを考えて首を振る。……このままカミーユを見失ってしまえば、もう助け出せないかもしれない。


 震える脚を拳で叩いて、顔を上げる。そして、見つからないようにそっと、荷馬車の方に近づく。そして、彼らの目を盗んで、その荷車に乗り込んだ。


 荷車にはいくつか荷物が載せられていた。大きな荷物もあり、子ども一人、入れておけそうな大きな木箱もある。


「カミーユ」 


 小さな声でカミーユに呼びかける。

 カタン、と小さな物音がした。木箱の一つから聞こえてきたようだ。シャルロットはその木箱に近づく。耳を近づけると、そこからは唸り声が聞こえた。


 そっと木箱を開ける。カミーユと目があった。


「ん~~~!」


 唸り声を上げる弟に、静かにするように指を口元に当てる。静かになったのを確認すると、縛られていた口元と手足を開放する。


「お姉様、あの……」


 カミーユは不安そうな顔でこちらを見ていた。


「話はあと。今はここから逃げよう」


 シャルロットはそう言って、荷馬車から降りようとした。だが、馬の啼く声が聞こえ、馬車が動き出す。


「……逃げそこねたか」


 そっと荷馬車から顔を出す。馬は既にすごい速さで走っている。飛び降りることは難しいだろう。飛び降りることができたとしても、音で気づかれてしまう。


「どうしよう」


 誰にも言付けをせずに出てきてしまったことを後悔する。誰かに助けを求めていれば……。


「お姉様……」


 不安そうにしている弟をぎゅっと抱きしめてなだめる。


「大丈夫、大丈夫だから……」


 そう言い聞かせていると、近くから馬の蹄の音が聞こえてきた。


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