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第4話 婚約式


 紫音は普通の家の子だった。


 貴族でもなく、お金持ちでもなく、普通の家の二人姉弟の姉。


 弟は優しい子だった。姉である自分のことを好いてくれていて、幼いころは二人でよく行動したものだった。

 そんな弟のことが、自分も大好きだった。


 だが、自分は大学進学と同時に家を出た。大学生活が楽しくて、実家には連休に帰るくらいだった。


 そのころからだ。家がおかしくなったのは。


「俺のこと、どうでもいいんでしょう?」


 弟は高校生になってから荒れた。親とそりが合わなくて、夜に家へ帰ることもなくなったという。変わってしまった弟に、どう接したらいいかわからなかった。次第に、弟と話すことはなくなっていった。


 そして、久しぶりに実家に帰ったとき、両親は殺されていた。


 弟は言った。


「全部、姉ちゃんのせいだ」


 弟は泣いていた。泣きながら、包丁を握り締めていた。恨み辛みを吐きながら、包丁で姉を突き刺した。


「姉ちゃんのこと、信じてたのに」


 そのとき、思い出した。


 ずっと、味方でいると約束したことを――





 婚約式の当日、シャルロットはサシャによって着飾られた。


「とても良くお似合いですよ」


 夢の中で見たのと同じドレスだった。鏡の前の自分が上手く笑えているかがわからない。


「ありがとう」


 何とかして笑うと、サシャはこちらをじっと見ていた。


「緊張していますか?」

「……少し」


 サシャは微笑むと、シャルロットの手を取った。


「婚約式ですものね。あなたの未来を決める一つの儀式。緊張するのは当然です」


 彼女は落ち着かせるように、手をトントンと優しく叩く。


「だから、今日は綺麗なシャルロット様を見せつける儀式だと思ってはいかがでしょうか?」


 突然の提案にシャルロットは目を瞬かせる。そして、小さく笑った。


「それじゃあ、私だけが主役みたいじゃない」

「私にとっては、シャルロット様のための儀式ですから」


 サシャは目を細めてシャルロットを見つめる。


「とても美しく、可愛らしいシャルロット様。怖いことは何もありませんよ。あなたには私やご家族がついています。みなさん、あなたの味方です。……きっと、あなたの助けになりましょう」


 ……そっか、一人で立ち向かわなくてもいいんだ。


 優しい言葉が胸に染みる。一人で死を回避することを考えていた。けれど、自分の周りには人がたくさんいる。……一人で解決できないことは、誰かに助けてもらえばいい。


「ありがとう、サシャ。元気出た」


 そう言って微笑めば、サシャは目を細めて笑った。


「シャルロット」


 声をかけられ振り返ると、そこには両親がいた。二人ともシャルロットを見て、眩しそうに目を細める。その隣にはフェリクスもいた。


「綺麗にしてもらったね」

「そう、サシャが頑張ってくれたの」

「頑張りました」


 サシャは誇らしそうに胸を張る。それを見て両親は笑う。だが、隣にいるフェリクスは笑わなかった。


「フェリクスも来たんだね」

「フェリクスは婚約式には参加できないからね。一目だけでも見てもらおうと思って連れてきたんだ」


 セドリックの言葉にフェリクスは何も反応をしなかった。ただこちらをじっと見つめたままだ。


「フェリクス?」


 声をかけると、フェリクスは「ああ」と言って、少し目を伏せた。


「……うん。似合っているよ」


 いつもならば、「着せられているみたい!」とか言ってからかってくるはずだ。その彼が妙におとなしい。


 だが、視線だけはじっとこちらに向けている。彼は結局それ以上口を開かないまま、両親と一緒に退室していった。





 精霊堂にはたくさんの人が集まった。シャルロットの親族とリュシアンの親族が集まり、席のほとんどが埋まっている。


 エレメントも祝福してくれているのだろうか。金色のエレメントに交じって、緑色のエレメント、そして火を表す赤色のエレメントも飛んでいた。


 シャルロットとリュシアンは隣り合って並んだ。


 大精霊たちの像を前にして、二人で誓いの言葉を口にする。


「このたび、リュシアンとシャルロットは婚約することとなりました」


 二人の声が精霊堂の中を響く。二人は顔を見合わせて、微笑む。


「結婚の日まで、互いを大切にすることを誓います」


 二人で婚約誓約書に名前を書く。そして、互いに指輪を着けた。


 シャルロットの指には赤い石のついた指輪。リュシアンが約束してくれたときの指輪だ。それを見ていると不思議と心が温かくなる。


「シャルロット」


 リュシアンがこちらに目を向けていた。


「……君を必ず幸せにするよ」


 初めて会った日のことを思い出す。これも誓いの言葉の一つなのだろう。シャルロットは少し唇を尖らせて言った。


「違うわ。二人で幸せになるのよ」


 そう答えれば、リュシアンは嬉しそうに笑った。




 婚約式を終え、みんなで食事を取ることになった。庭を使った立食パーティーだ。

 親族やリュシアンの親族に挨拶を受けていると、叔父のジョナタンが顔を出した。


「シャルロット、婚約おめでとう」


 ジョナタンは優しい笑みでそう言ってくれた。彼は目を細めたまま、口を開く。


「考えたんだ。どうしたら、シャルロットが幸せになれるだろうか。そして、思いついたんだ。……リュシアンくんが婿養子になればいいんじゃないかと」


 その言葉に隣に立っていた父親のセドリックが眉をひそめた。


「ジョナタン、お前は……」


 先日と同じように、セドリックは咎めるような声を出した。だが、ジョナタンは悪びれもせずに言葉を続ける。


「僕はずっと言い続けている。……ここの領主になるのはシャルロットだと」


 たしかに、弟が生まれる前までは、シャルロットがこの領地を継ぐ話も出ていた。だが、男児が生まれたことで、それは当たり前のように消えていった。

 ジョナタンはそうだと思っていないらしい。


 彼は熱を帯びた目でこちらを見つめた。


「君は領主にふさわしい。そう決まっているんだ」


 ジョナタンがどうしてそこまで自分を推すのかわからなかった。だから、彼の期待に応えるのは難しいだろう。


「叔父様、私は……」


 はっきりと断りの言葉を伝えようとした。だが、ジョナタンはシャルロットの言葉を遮り、言葉を続ける。


「だって、シャルロット。君は……」

「ジョナタン!」


 セドリックが声を上げた。彼は穏やかな父親だ。怒鳴り声をあげることは珍しい。驚いて彼のほうを見ると、怒りを帯びた目でジョナタンを見ている。


「約束が違うだろう」


 ジョナタンは凪いだ目で彼を見返す。


「先に約束を破ったのは、セドリック兄様だ」


 その言葉が正しいのか、セドリックは言葉を返さない。彼が視線を外すのを見ると、ジョナタンはこちらに目を向ける。


「シャルロット。君が跡継ぎになりたいというならば、僕は喜んで手を貸そう。大丈夫。君は領主になるために生まれてきたのだから」


 何も答えられないでいると、ジョナタンはくすりと笑った。


「悩むといい。僕はしばらくこの土地に滞在する。……良い答えが聞けることを楽しみにしているよ」


 彼はそう言うと、どこかへと歩いて行ってしまった。


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