第33話 シャルロット
昔話をしてもよろしいでしょうか。
私と……シャルロット様の話です。
時が戻る前、シャルロット様は無実の罪に問われて、追われる立場となりました。精霊を害するのは大罪です。死刑は免れなかったでしょう。
私は何としても助けたいと思っていました。
ですが、シャルロット様はそれを望みませんでした。
死んでしまうのならいっそ、愛する人の手で死にたいと。
……私は彼女の望みを叶えたいと思いました。
シャルロット様はリュシアン様の手で命を絶つはずでした。ですが、先に殺されたのはリュシアン様の方でした。
後ろから、心臓に一突き。刺したのは、フェリクス様でした。
それを見たシャルロット様は自分の運命を呪いました。
そして、願ったのです。
……時を巻き戻して、リュシアン様を生き返らせたい。
彼女は内に秘めていた水の大精霊の力のすべてを使って、時を巻き戻しました。
彼女の魂は耐え切れず、擦り減り、その形を失くしてしまいました。
ですが、時が戻れば、彼女も生き返らなければなりません。
あなたの魂がシャルロット様の中に入ったのはそのときです。
サシャはすべてを教えてくれた。
自分が風の大精霊であること。時が巻き戻る前のこと。そして、もう一人のシャルロットのこと。
「時が戻り、幼くなったあなたは魂の性質が変わりました。そのとき、あなたが別人になったのだと気づいたのです。たしかに別人になってしまったのかもしれません。ですが、私はあなたを大切に思っています。……私にとってあなたもまた、シャルロット様なのです」
タウンハウスの自室。サシャは椅子に座ってゆったりとした口調でそう言った。
「オリアンヌ母様もそう言ってくれたわ。私も自分のことをシャルロットだって思ってるって」
「そうですか、よかった」
サシャは花のように笑う。その様子は普通の少女のように見えて仕方がない。
「シャルロット様はフェリクス様をどうしたいですか? あなたが望むのなら、私は何でもいたします」
フェリクスは地の精霊と手を組み、さまざまなことをしていた。
浄化祭でジョナタンにカミーユを攫うようにそそのかし、手を貸したのはフェリクスだった。カミーユがいなくなれば、シャルロットが後継者の座に戻ることができるからだ。そうすれば、シャルロットはほかの領地に嫁に行くことができなくなる。婚約の話が消えるのではないかと考えていたそうだ。
デオダに契約書と契約の証を持ち出すように言ったのもフェリクスが関わっていた。地の精霊のふりをして、デオダをそそのかすことで、ベルナールが侯爵になれなくしようとしていた。侯爵になることが条件で成立していた婚約がなくなるだろうと踏んでだ。
すべて、シャルロットとリュシアンの婚約をなくすためのものだった。
シャルロットと結婚したい。その気持ちが地の精霊の誘惑に負けた。
地の精霊は地の大精霊グラシアンのために、水の大精霊を何とかして見つけ出したいと考えていた。地の精霊はオリアンヌが人間となり、人間との子を産んだことを知っていた。だから、その夫であるアルベリクを殺した。そうすればオリアンヌが大精霊に戻るだろうと考えていたからだ。だが、オリアンヌは大精霊に戻ることなく、姿を消してしまった。
困った地の精霊は、次はシャルロットをターゲットにした。シャルロットがオリアンヌの子だと知っていたからだ。そして、シャルロットがオリアンヌの封印に関わっていると考え、シャルロットと親しいフェリクスを利用した。本人はグラシアンのために行ったことだと言っていた。
地の精霊はグラシアンによって連れていかれた。この騒ぎを起こした精霊がどのような扱いになったのかは、知ることはできない。サシャいわく、もう精霊ではいられないだろうとのことだった。
フェリクスは気を失ったまま、病院に運ばれた。そこで、フェリクスの父親エルネストの本音を聞くことになったのだ。
「エルネスト様は私の弟が生まれることを知ってらっしゃったの。私が跡継ぎじゃなくなることをわかって、フェリクスとの婚約を断ったらしいわ」
エルネストはフェリクスを貴族にしたかった。だが、女性の跡継ぎの家はなかなか存在しない。そのため、フェリクスの婚約を先延ばしにしていたという。
「エルネスト様がちゃんと気持ちを伝えないから、フェリクスがああなっちゃったのよ。フェリクスも可哀想だわ」
「では、フェリクス様のことは?」
「隠すわ。だって、私の大切なお兄ちゃんだからね」
「……かしこまりました」
サシャはうなずいてくれる。心の奥底ではどう考えているかわからない。だが、すべてをわかっていて、時を巻き戻したあともフェリクスに対して丁寧に接してくれていた。きっと、彼女なりの情があったのだろう。
フェリクスが意識を取り戻したとき、彼と対面した。彼は病院で入院していた。二人で話をしたいと言って、みんなに出てもらい、二人きりにしてもらった。
フェリクスはいつもとは違う、弱々しい表情をしていた。
「僕は自分の欲に目がくらんで、周りを見えていなかった。……誰かを傷つけて欲しいものを手に入れても意味ないのに」
自分のしたことの大きさを知り、自分を見つめ直したということだった。フェリクスなりに色々考えたのだろう。
「僕は許されないことをした。……だから、もう君に会うのをやめるよ」
罪を犯してでも手に入れたかったシャルロットの家族という立場。そんなシャルロットと会うのをやめるというのは、彼なりの贖罪なのだろう。
フェリクスと目が合わない。それが気に入らなかった。
「……馬鹿みたい」
彼のもとに近寄り、両頬を掴んで無理やり顔を合わせる。
「シャルロット……?」
「ねえ、フェリクス。悪いことをしたと思うなら、私のお願いを聞いてもいいと思うの」
「それはいいけど……何をしてほしいの?」
「そのままでいて」
彼は大きく目を開いた。眉を寄せ、泣きそうな表情になる。
「どうして」
「だって、フェリクスに会えなくなるの嫌なんだもん。たしかにあなたのしたことは悪いことよ。許されないこと。私は許さない。ずっと恨んでやる。でも、それを理由に顔を合わせないのはもっと許さない」
彼の目元からポロポロと涙が零れ出た。拭うことなく、その涙は頬をつたっていく。
「悪いことをしたのなら、その分良いことをすればいい。やってしまったことは変わらないけど、これからすることは変えられるんだから」
「……ごめんね、ありがとう」
フェリクスは子どものように大泣きした。罪を犯してしまうほどに追い詰められていたのだろう。彼が少しでも変わっていけたら……とそう思った。
「――リュシアン様とのことはどうされるのですか?」
サシャの言葉に今しなければならないことを思い出す。
リュシアンは病院で目を覚ましたという。だが、あれ以来、彼のもとには行っていない。
「……リュシアンが大切に思っているのは、もう一人のシャルロットだってわかってるの。もしかしたら、私が付け入る隙間なんてないかもしれない。……でもね?」
指にはもうあの婚約指輪はない。婚約はすでに解消されているかもしれない。
耳元に着いているイヤリングに触れる。これはリュシアンがシャルロットのために贈ったものだ。前のシャルロットには贈らなかったもの。……これは自分のために贈られたものだと信じたい。
「未来はどうなるかわからないもの。諦めるなんて、私らしくないでしょ?」
そう言ってみせると、サシャはくすくすと笑った。
「シャルロット様らしいです。……私はあなたのことを応援していますよ」
シャルロットは立ち上がった。そして向かった。……リュシアンのもとへ。
リュシアンは病院を退院し、タウンハウスの自宅で療養しているという。シャルロットが顔を出すと、使用人がデオダを呼んでくれた。
「お嬢さん。お待ちしておりました。坊ちゃんは部屋でお待ちですよ」
リュシアンの家を訪れるのは久しぶりだった。何度も足を踏み入れているはずなのに、緊張してくる。
「あのときから、お嬢様はなかなか顔を出してくれませんでしたねえ。坊ちゃんが寂しがっていましたよ」
「本当かな?」
「本当ですとも。……自分の目でご確認ください」
リュシアンの部屋の扉が開かれる。窓から零れる眩しい日差しに目を細める。そこにはベッドに腰を掛けているリュシアンがいた。
「……いらっしゃい。待ってたよ」
体調が良くなったのか、リュシアンの顔色は良かった。だが、彼は名前を呼んでくれない。
「リュシアン。大切な話があってきたの。聞いてくれる?」
リュシアンは椅子に座るように促してくれる。その表情はいつものように穏やかだった。シャルロットはリュシアンと向き合うように椅子に座った。
「どんな話かな?」
シャルロットはゆっくり深呼吸をする。そしてリュシアンをまっすぐ見つめた。
「私はあなたの知っているシャルロットじゃないわ」
今の自分ともう一人のシャルロットは違う人間。同じ人生を歩んできたかもしれない。でも、どうしたって魂は違う。同じ人間ではいられない。
「うん、そうだね。……それで?」
彼の口調は優しかった。落ち着いた様子で先を促してくれる。
「私はあなたの好きだったシャルロットにはなれない。それは変わらない。……でもね」
リュシアンは優しかった。それが自分に向けられたものではないとわかっても、その優しさに触れていたのは自分だ。
「私は生きたいと思ったの。あなたと一緒に。……あなたを好きになってしまったから」
ぎゅっとスカートを握りしめる。そして懇願するように言葉を発した。
「だから、今の私を好きになってもらいたいの。……私を見て。今の私を見てよ、リュシアン」
向き合うのが怖かった。けれど、向き合わなければ、何も変わらない。……未来は自分で切り開かなければならない。
「私はそのためなら、どんな努力もする。諦めない。……あなたを振り向かせてみせるから」
愛の告白にしては、身勝手だ。相手のことを考えていない。断られるかもしれない。やめろと言われるかもしれない。それでも伝えたかった。……あなたのことを想っていると。
リュシアンは視線を下げる。少しの間があった。静かな時間が過ぎるとリュシアンが口を開いた。
「ごめん」
彼は顔を上げて、真剣な表情を浮かべた。
「君を傷つけてごめん。……ありがとう、シャルロット」
「え?」
「君はいつもまっすぐだ。その眼差しがうらやましくなる。……俺みたいに臆病者じゃない。君はかっこいいよ」
リュシアンの目は柔らかかった。眩しそうに細めている。……いつも向けてくれる眼差しだ。
「確かに俺は前のシャルロットのことを大切に思っていた。守らなきゃいけない存在だって。……でもね、それは君も同じだ」
リュシアンはもう一人のシャルロットを想っていた。彼の目は彼女にしか向いていないのだろうとそう思っていた。だが、彼はまっすぐとこちらを見ている。
「君ともう一人のシャルロットは似ているようで、全然違う。彼女は慎重で、いつも自分の自信がなかった。対して君はすぐに無茶ばかりする。自分のすることを信じて、行動に起こす。それが危なっかしくて目を離していられない。……気づけば、君のことばかり目で追っていたよ」
自分ばかりが追いかけているのだと思っていた。だが、彼はいつも助けてくれた。……いつもシャルロットのことを考えてくれていた。
「俺は君のことも大切に思っている。……いや、少し違うかも。前のシャルロットに向けていたのは愛情だ。家族のように大切に思っていた。でも、君には……違う感情が混ざっている」
彼の瞳には熱が灯っている。熱い眼差しが自分に向かって注がれる。
「君が俺に向けているのと同じものだと、俺は思うよ」
彼は椅子から立ち上がると、シャルロットの前で跪く。ポケットから何か取り出す。それをこちらに差し出した。
それは赤い石がついた指輪だった。初めて会ったときに交わした約束の指輪。
「もう一度、約束しよう。次は君と」
涙が溢れ出た。ボロボロと流れ出る涙を拭くことなく、シャルロットは尋ねる。
「……いいの?」
「俺も君と一緒に生きていきたい。……君は俺のことを許してくれるかい?」
リュシアンは不安そうにそう尋ねた。シャルロットは何度もうなずく。
「……もちろんよ、私はあなたのことが好きなんだから」
シャルロットは手を差し出す。リュシアンはするりと指輪をはめた。
「君を幸せにする。……いいや、一緒に幸せになろう。これが俺たちの新しい約束だ」
シャルロットは立ち上がって、リュシアンの首にしがみついた。
「うん、これからずっと……一緒にいよう。二人で幸せになるのよ」
シャルロットがそっと離れると、リュシアンはこちらを見つめていた。お互いに顔を見合わせ、目を細めて笑った。
薬指についた指輪の赤い石が燃えるように煌めいた。
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