第31話 大切な子ども
そこは知らない場所だった。だが、心地よく温かい場所だった。
自然が広がっていた。緑が豊かで、近くに泉のようなものがある。そこに近づいて覗き込むと、自分の顔が映った。
「シャルロット」
呼びかけられ、ゆっくりと顔を上げる。
そこにいたのは青い髪に白い肌の女性だった。その人の姿をシャルロットは見たことがあった。
「あなたは……水の大精霊様?」
その問いかけに彼女はうなずく。
「そう。オリアンヌというの。……あなたがシャルロットね。やっと会えた」
彼女の眼差しは温かかった。一歩、また一歩と近づき、こちらに手を差し出した。
「ねえ、触っていい?」
不思議と警戒する気持ちはなかった。気づけばうなずいていた。
彼女はするりと頬を撫でる。冷たい手だったが、柔らかくて気持ちが良い。
「ふふ……。その凛々しい目元はあの人にそっくり」
「あの人って、どなたですか?」
「アルベリクよ」
アルベリク。シャルロットの実の父親だ。
「お父様のことをご存じで?」
「知っているわ。よく知っている。……私はあの人のことを愛していたから」
オリアンヌの手が離れる。彼女は眉を下げて笑っていた。
「とても大切な人だった。ずっと一緒にいられると思った。……でも、人の命はあまりにも簡単に失われるのね」
オリアンヌは水辺に映る自分を見つめた。風で水面が揺らぎ、彼女の表情がよく見えなくなる。
「あの人を失った私は悲しみに耐えきれなかった。体がもたなかったの。……あなたを残すつもりはなかったのに」
オリアンヌはじっとこちらを見るとにこりと笑う。
「ねえ、シルヴィエはあなたにとってどんな人?」
シルヴィエとは誰だろうか。シャルロットは首をかしげようとした。だが、その名前で呼ばれた人を知っていた。
「サシャのことですか?」
「あなたはあの子のことをそう呼んでいるね。……そう、サシャ。あの子は寂しがりだから、一人にしてしまったときどうなるか心配していたの。でも、あなたたちがそばにいてくれた」
「あなたたち?」
「そうよ。あなたと、もう一人のシャルロット。……私の大切な娘たち」
オリアンヌの指先がシャルロットの胸元に向けられる。それは自分の中にいるシャルロットだけでなく、自分にも向けられていることがわかった。
「……私を娘だと認めてくれるのですか? 私は……偽物かもしれないのに」
「偽物なんかじゃないわ。あなたもあの子も私から生まれた可愛くて大切なあの人との子ども。私の愛おしい子なの」
オリアンヌはシャルロットを抱き寄せた。柔らかな体が優しくシャルロットを包み込む。
「弱い母親でごめんなさい。一人にしてしまってごめんなさい。……大きくなってくれて、シルヴィエの側にいてくれてありがとう」
顔を見合わせる。オリアンヌは優しい眼差しを向けていた。
「ねえ、わがままを言ってもいいかしら? ……私のことを母と呼んでくれる?」
シャルロットはうなずくと、顔を綻ばせる。
「はい。……お母様」
そう呼べば、彼女は嬉しそうに笑った。
「シルヴィエを助けてあげて……そして、私を自由にして。あなたにしかできないことよ」
オリアンヌはシャルロットの胸元に手を寄せる。その手からは温かくて優しいものが流れ込む。それはアルベリクの形見の指輪を光らせた。
「私の力をあなたに託します……シャルロット。幸せになってね」
彼女のその言葉と同時に、目の前の景色がゆっくりと遠ざかっていく。そして、目を閉じると空気が変わったような気がした。
「お嬢、お嬢!!」
誰かに揺さぶられている感覚がした。音や声が鮮明になっていく。ゆっくりと目を開けると、そこにはデオダがいた。
「デオダ……」
「大丈夫ですか? 痛みは?」
自分の体に視線を向ける。呪いを直接受けたにも関わらず、体におかしいところはなかった。
「今どういう状況?」
「それが、お嬢様の侍女が……」
デオダの視線を追う。そこではサシャが地の精霊を締め上げていた。