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第30話 呪い

 都市には四つの大精霊堂がある。

 それぞれに四大精霊を祀られており、様々な行事が行われている。水の大精霊堂は水の大精霊オリアンヌを祀っている場所だ。


 夢の中で、水の大精霊の封印が解かれたのは水の大精霊堂だった。その場所がふさわしいと思ったのだろう。


 シャルロットはデオダに背負われて、建物の屋根の上を移動していた。空は曇っており、あたりは薄暗い。


「すごい。精霊は身体能力が高いのね」

「人間が低いのですよ。鳥や猫だって屋根の上にいるでしょう?」


 デオダは人では考えられない速度で屋根の上を走っている。シャルロットは彼の背中にしがみつくことしかできなかった。


「それにしても、どうして水の大精霊堂なんです?」

「そこで……封印が解かれるのよ」

「ああ……そういうことで」


 見れば、水の大精霊堂の方から黒い靄のようなものが見える。それを見て、デオダは顔を歪めた。


「あれは呪いですね。しかも精霊によるものだ」


 ぴょんと飛び上がると、屋根を伝って、大精霊堂の前へと降り立った。


 大精霊堂の扉から黒い靄が充満していた。その中には何人もの人が倒れている。服装からして貴族だろう。どうして彼らがここにいるのだろうか。


「封印は既に解かれたということでしょう」


 デオダに下ろしてもらう。大精霊堂に足を踏み入れようとすると、後ろから誰かに呼びかけられた。


「――シャルロット様」


 見れば、そこにはサシャが立っていた。驚いた表情を浮かべてこちらを見ている。


「サシャ、無事だったのね」

「どうして、シャルロット様がここに……」


 呪いがあふれている大精霊堂を見て、眉を下げる。


「……封印を解くのを防ぐために。といっても、間に合わなかったようだけど」


 サシャはそれを聞いて、大きく目を開いた。そして泣きそうな表情を浮かべた。


「……どうしてそれを」

「夢を見たの。誰かの記憶の夢を。……ねえ、サシャ。あなたはこの記憶が誰のものか知ってる?」


 サシャはゆっくりとこちらに近づいてくる。そして、シャルロットの頬に手を触れた。温かな手は少し震えていた。


「……あなたの中に、まだあの人がいるのですね」


 その言葉を聞いて、シャルロットはわかった。


 ……サシャには時間が戻る前の記憶があるのだと。


「あとでゆっくり話がしたい。でも、まずは目の前のことを解決しないと」


 サシャはシャルロットから手を離すと、ぎゅっと拳を握り締めた。


「はい。これは私の責任です。だから、シャルロット様は家に戻って……」


 その言葉に首を振る。そして彼女をまっすぐ見た。


「サシャ。私たちはずっと一緒と言っていたわよね?」

「はい」

「……一人で無茶するなんて、許さないから」


 サシャは息を飲むと、小さく笑う。


「私はあなたのそういうところが好きなのですよ」


 そう言って、視線を移動させた。

 靄の中心には、地の精霊が立っていた。その手にはサシャが身に着けていた青い石の首飾り。そこから黒い靄が溢れ出ている。


 倒れている人たちに目を向ける。城の衛兵もいる。顔の見たことのある貴族も何人かいた。その中に見知った顔がいた。


「リュシアン……!」


 リュシアンとベルナールが倒れている。封印を解くのに立ち会ったのだろう。


「どうして、こんな……」


 前回は封印を解くのに誰も立ち会っていなかったはずだ。なのに、どうして今回は立ち会っているのだろうか。


 すぐに駆け寄って、治療してあげたい。けれど、呪いが蔓延している場所で治療をしても、気休めでしかないだろう。

 どうしたら……。必死に頭を動かそうとすると、誰かが名前を呼んだ。


「シャルロット」


 振り向けばそこにいたのはフェリクスだった。彼はシャルロットの顔を見ると、ホッと息を零した。


「こんなところにいたんだね。心配したよ」


 彼はいつもの笑みで立っていた。通常ならば気にならないが、この異常事態で笑っていられるのはおかしい。


「フェリクス、どうしてここに?」

「それはもちろん……君を助けに来たんだよ」

「私を助けに?」


 フェリクスは当然のようにうなずく。


「君はこのままではサシャのせいで罪をかぶせられてしまう。だから、僕の精霊が証言するんだ。『シャルロットは何も関わっていない』って」

「僕の精霊……?」


 デオダが眉を顰める。そして、フェリクスの顔をじっと見てから、目を見開いた。肩を揺らし、クツクツと笑いだす。


「おやおやおや。おかしいですねぇ? あのときの精霊が目の前にいる……あなた、精霊のふりをしていましたね?」


 フェリクスは両手を顔の横に挙げて、驚いた素振りを見せた。


「何のこと。人違いじゃないかな?」

「人違いではないです。私を嵌めようとした精霊。アレが人間の姿になったとき、あなたのような見た目をしていた……エレメントが騒がないと思っていましたが、やはり、本当の人間だったのですね」

「ねえ、どういうこと?」


 デオダはフェリクスの方に手を差し向ける。


「あの人間がそこにいる精霊と手を組んで、私に仕向けたんですよ。……契約書と精霊石を持ち出すように」


 デオダは大精霊堂にいる地の精霊に睨みつけるように目を向ける。


「あの精霊と次は誰を嵌めようとしているのです? ……ここにいるお嬢様ですかね?」

「馬鹿な。僕はシャルロットを嵌めたりなんかしない。シャルロット、僕とそこにいるよくわからない精霊とどちらを信じるの?」


 シャルロットはデオダを見る。彼は殺気立った様子でフェリクスを見ている。だが、彼の周りにいるエレメントは大人しい。


「……フェリクス。私はあなたを信じたい。でもね……エレメントが騒いでないの。この人の言葉に嘘偽りはないの」

「は、エレメント?」


 フェリクスはよくわからないといった表情をした。


「僕よりそいつを信じるってこと?」

「ううん。そうじゃない。あなたのことも信じたい。……だから、嘘を吐かないで教えて。……あなたは何をしようとしているの?」


 フェリクスは笑みを浮かべる。とても楽しいことを考えているような笑みだ。


「僕はね……。ほしいものがあるんだ。ずっとずっとほしくて、たまらなかったものが。それを得るために必要なんだ」

「何がほしいの?」

「……君だよ」


 フェリクスはこちらを見ると微笑んだ。


「僕はずっと、シャルロットの家族になりたかったんだ。シャルロット。僕が君を助ける。だから、僕の手を取って」


 そう言って、こちらに手を差し出した。


「フェリクス」


 シャルロットが戸惑っていると、デオダが舌を鳴らした。


「お嬢様を嵌めて、自分のものにしようっていうことですか。なかなか良い趣味をしてますねぇ」

「ほしいもののために努力をして何が悪いの。おまえには関係ない」


 フェリクスはデオダを睨むと、もう一度こちらを見た。


「シャルロット。君は僕を信じてくれるでしょう?」


 シャルロットが手を取ってくれる。そう信じている様子だった。だが、シャルロットは首を振る。


「……フェリクス。私はあなたを信じたい。でも、この状況を作ったのがあなたなら……私はその手を取れない」


 フェリクスは理解できないというように首をかしげる。


「どうして? 僕が家族じゃ嫌なの?」

「そうじゃない。そうじゃないんだよ、フェリクス。……あなたにもちゃんと家族がいるのよ。どうして向き合おうとしないの」


 彼の手がゆっくりと下がっていく。彼の瞳は揺れていた。


「……僕の家族なんて」

「あなたが知らないだけよ。……あなたは愛されているわ」


 大精霊堂からうめき声が聞こえた。苦しくて、悲しくてたまらないといった声だった。


 目を向けると、そこには女性がいた。青色の髪をして、白い肌を持った美しい女性だ。その人は頭を抱えて、涙をポロポロと流している。


「あの人は……」

「オリアンヌ……」


 サシャが名前を呼んだ。すると、その人は顔を上げた。サシャを見て、苦しそうに眉を寄せる。


「……ひどい、ひどいわ、シルヴィエ」


 彼女はそういうと、両手で顔を覆う。黒い靄を体中から噴き出した。


「ひどい、目覚めさせるなんて……あんまりよ」


 封印を解いた地の精霊はこの様子を信じられないという顔で見ている。


「どういうことだ、どうしてこんな……」

「どういうこと? ねえ、何が起きているの?」


 フェリクスは見えていないようで、目を凝らして見ている。彼の問いかけに、地の精霊は目を見開いたまま答える。


「オリアンヌ様の呪いが病となって、国中に広がり続けている……」


 オリアンヌから大量の黒い靄が溢れ出し、大精霊堂からこぼれ出ていく。それは街に広がっていき、息苦しさを感じる。


「そんな。そんな大事……僕はそんなこと頼んでない!」

「うるさい! たかが人間が偉そうに! 黙っていろ!」


 地の精霊のエレメントが手を振ると、そこから金色のエレメントが飛び出す。それがフェリクスに襲い掛かる。


「フェリクス……!」


 フェリクスはエレメントに触れ、気を失ったようにその場に倒れた。


「オリアンヌ様が復活した以上、お前は不要だ」


 地の精霊はそう言うと、オリアンヌの方に目を向けた。


「オリアンヌ様、気を確かに。オリアンヌ様……!」


 地の精霊が呼びかけても、オリアンヌはブツブツと悲しみに満ちた声で不満をこぼす。その言葉はサシャに向かっているような気がした。


「シルヴィエの裏切り者……」


 こちらに向かって黒い靄が飛び出す。それはなぜかシャルロットのほうへと向かっていた。


「シャルロット様!」


 サシャは咄嗟に手からエレメントを放つが、呪いの力が強く、打ち消されてしまう。


「え……」


 動けなかった。何もできずに立ちすくんでしまう。そのとき、誰かの声が聞こえた。


「……シャルロット!」


 誰かがかばうように前に立つ。ぎゅっと目を閉じると、強く抱きしめられた。力強い腕にしがみついているとうめき声が聞こえた。


「うぅっ……」


 そっと目を開けると、そこにはリュシアンがいた。彼は目を細めてこちらを見ると、ふっと息を吐いた。


「シャルロット、よかった……」


 腕の力が緩んだ。温かなぬくもりが離れていき、地面に倒れていく。


「嘘……」


 地面に倒れたリュシアンの顔は黒くなっていた。苦しそうに顔を歪ませたまま動かない。


「……ねえ、リュシアン! リュシアン!」


 しゃがんで、リュシアンの肩を揺する。だが、二度も呪いを受けてしまったからか、目を覚まさない。


「どうして……どうして、私をかばったの」


 リュシアンは返事をしない。そんな彼を見て、途方に暮れている暇はなかった。


「シャルロット様!」


 また黒い靄がこちらに襲い掛かる。それは広範囲に渡っていた。サシャが緑色の壁を作って防いでくれる。だが、それはフェリクスを守ってくれなかった。


「フェリクス!」


 シャルロットは思わず立ち上がり、フェリクスを覆うようにかばった。瞬間、黒い靄が襲い掛かる。


 黒い靄で視界が真っ暗になる。息ができなくなり、意識が朦朧としていく。そして、そのまま意識が途絶えた。


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