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第3話 予知夢

 目覚めは最悪だった。


 ゆっくり体を起こすと、侍女のサシャがカーテンを開けてくれた。


「おはようございます、シャルロット様」


 他人のものとしか思えなかった名前も不思議と馴染んでいるような気がした。先ほど見た夢のおかげだろうか。異物のように思えたシャルロットとしての思い出が懐かしいとすら思える。きっと、本当の意味で自分はシャルロットになれたのだと思う。


 サシャに着替えさせられ、部屋を出た。


 昨日の夢はいったいなんだったんだろうか。ぼんやりと考えながら食堂へと足を進める。


 夢にしてはリアルだった。シャルロットが幼いころの記憶と夢の内容も一致している。リュシアンと出会ったときの内容は少し違ったが……。


 予知夢、という言葉を思い出す。夢で起きたことが現実になるというものだ。

 もし、これが予知夢ならば……自分はまた殺されることになる。


「……まさかね」


 シャルロットは小さな声で呟いた。


「何が、まさかなの?」


 その声に振り返ると、男の子が立っていた。金色の少し長い髪を後ろで一つにまとめた男の子。シャルロットより少し身長が高いが、女の子のように可愛らしく、愛嬌のある顔立ちをしている。


「フェリクス。また朝食をとりに来たの?」


 フェリクスは隣の領地の侯爵家子息であり、親同士の仲が良い。そのため、よくこちらの領地に遊びに来る。シャルロットにとっては幼なじみで、兄のような存在だった。

 シャルロットの言葉にフェリクスは「ふふん」と笑う。


「ここの朝食は美味しいからね! それと……婚約者が来たんだろう? どんなやつだった?」


 フェリクスはリュシアンを探すようにあちらこちらを見渡す。それを見て苦笑をしながらシャルロットは答える。


「……優しいやつ」


 その言葉に反応したのはフェリクスじゃなかった。


「優しいやつって言ってもらえた」


 振り返れば、そこにはリュシアンがいた。


「リュ、リュシアン……おはよう」

「おはよう、シャルロット」


 リュシアンは相変わらず優しい眼差しでこちらを見ている。それがくすぐったくて仕方がない。


 フェリクスはシャルロットの前に出ると、観察するようにしてリュシアンを見た。


「へぇ、君がシャルロットの婚約者? はじめまして。僕はフェリクス。隣の領地の人間で……シャルロットの家族みたいなものだよ」

「幼なじみなの」


 シャルロットが付け加えると、リュシアンは納得したようにうなずいた。


「そうなんだね。俺はリュシアン。よろしく」


 二人は握手をすると、リュシアンがじっとフェリクスの顔を見つめていた。


「何か?」


 フェリクスが問いかけると、リュシアンははにかんだ。


「かっこいいなって思って」


 その言葉にフェリクスは気取った表情を崩した。


「なんだ~! いいやつじゃん~!」


 フェリクスは握手した手をブンブンと振り回す。


「朝食を取ったら、この家の案内をしてあげよう。この家は僕の家みたいなもんだからね」

「フェリクスもお客様でしょう~?」

「さあさあ、食堂はこっちだよ」


 シャルロットの言葉を無視して、フェリクスはリュシアンを連れて歩き出す。


「もう、二人とも待ってよ!」


 シャルロットは頬を膨らませながら、二人のあとを追いかけた。





「この土地は自然がいっぱいだ」


 食事を終えたあと、リュシアンを連れて、領地内を見渡せるバルコニーへ来た。彼は領地を見渡して、感嘆の声を上げる。


「ここは地の大精霊の恩恵を受けているの。だから、土地はとても豊かなのよ」


 領地を治めるには、精霊との契約が必要となる。それぞれの精霊と契約し、力を借りながら、領地を豊かにしていくのだ。


 精霊と出会うのは一生に一度あるかどうか。だからこそ、精霊と契約した家は希少である。精霊と契約する家だけが爵位を授かり、領地を得ることができる。


 シャルロットの周りにはエレメントがふわふわと飛んでいる。緑色だから風のエレメントだろうか。


 さまざまなものを構成するエレメント。それは普通の人には見えない。それを知ったのはシャルロットが四歳のことだ。

 エレメントは物質を構成するだけでなく、大気に浮くように飛んでいる。人々はこのエレメントの力を借りて特殊な能力を使うことができるのだ。だが、それを目で見ることはできない。


 シャルロットには見えないものが見える。それを不安に思ったシャルロットに優しく声をかけたのはサシャだった。


「人と違うことはおかしいことではありません。それはシャルロット様に与えられた特別な力なのですから」


 不思議な力を持つシャルロットを恐れず、サシャはそう言ってくれた。

 それ以来、シャルロットはエレメントが見えることを気にすることはなくなった。ただ、サシャ以外には言わないようにした。


 前世の記憶を取り戻した今では、エレメントというのは不思議な存在だ。丸く綿毛のようにふわふわとしたそれは、まるでマスコットのようで怖いものではなく可愛らしく感じられる。


 ふふふっ、と笑いながらそれを見ていると、フェリクスが不思議そうな顔でこちらを見ていた。


「どうしたの?」

「ううん、なんでもないよ」


 この領地には地を表す金色のエレメントが多く飛んでいた。それを見ながら口を開く。


「まだエレメントの力を借りたことはないけれど、私もこの土地と同じで地属性だと思うの。リュシアンの家は火の大精霊と契約したのよね?」


 人もまた、エレメントでできている。そのため、四つのエレメントのいずれかに属している。たいていは生まれ育った土地に大きく影響を受けるとされている。


「そうだね。だから、火属性の力を使えるよ」


 赤いエレメントが集まっていき、赤い炎を手に灯す。ゆらりゆらりと揺らめく炎はまるで魔法のようだった。


「リュシアンはエレメントの力が使えるのね!」


 この世界ではエレメントの力を借りて、不思議な能力が使える。炎を灯したり、傷を癒したり、風を起こしたりとさまざまだ。前の世界とは違い、魔法のような力が使えるのがこの世界の特徴らしい。


「うちは武の家系だからね。少しでも能力を使えないと」

「すごいなぁ。私はまだ使えないの」

「やり方を覚えたからだよ。きっと、君も練習すれば使えるようになるはずさ」


 リュシアンはフェリクスの方を見る。


「君の家のエレメントは?」

「うちは水と風かな。もっとも、大精霊とは契約していないから、力は弱い。僕はまだ使えないけど」

「そうなんだ。いろんな属性が使えるのは君の強みだね」


 リュシアンがそう言うと、フェリクスは感動したように顔を輝かせた。


「リュシアン、いいやつすぎない!? どうしてシャルロットの婚約者なの?」

「いいやつだから、シャルロットの婚約者なのよ」


 シャルロットが胸を張ると、リュシアンがくすくすと笑う。


「俺もシャルロットの婚約者になれて嬉しいよ」


 顔が赤くなる。冗談ではなく本気で言っているようだった。




「次はお茶室でお菓子を食べよう!」

「お茶を飲むんじゃなくて?」

「お菓子が主役だからね」


 フェリクスの提案で、お茶室に足を運ぶ。ふいに、シャルロットは夢のことを思い出した。


「そういえば……」


 夢の中でも三人でお茶をした。お茶室に向かう途中で、客が来て……。

 そんなことを考えていると、声をかけられた。


「シャルロット、こんなところにいたんだね」


 呼びかけられて足を止めると、そこには父親のセドリックと……もう一人、男性がいた。その顔はとても懐かしい。


「叔父様!」


 シャルロットの叔父、ジョナタンだった。彼はシャルロットのことを一際かわいがってくれていた。今は領地を出て、都市で働いている。


 婚約式が行われるのは明日の予定だ。今日はシャルロットやリュシアンの家の関係者が集まってくる。きっとジョナタンも忙しい中、顔を出してくれたのだろう。


「シャルロット、会えて嬉しいよ」


 彼はシャルロットを見て、懐かしそうに目を細める。


「ますます兄様に顔が似てきたね」

「そうですか?」


 シャルロットは父親に似ていると言われることがあまりない。似ていないと思っていたから、不思議な気持ちになる。


「そうだ、シャルロット。君に聞きたいことがあったんだ」


 ……そうだ。夢の中に、ジョナタンは出てきた。彼は久しぶりにあったシャルロットに対して問いかけるのだ。


「君は嫁に行くことを納得しているのかい?」

「……え?」


 その言葉は夢と同じだった。


「本来ならば、君は跡継ぎになるはずだった。だが、弟が生まれたことで跡を継げなくなった。そのことを納得しているのかい?」

「えっと、私は……」


 夢と同じ状況に困惑してしまい、上手く言葉を紡ぎだせない。そんな状況で先に口を開いたのはセドリックだった。


「ジョナタン」


 咎めるような口調に、ジョナタンは仕方なさそうに首をふる。


「また、ゆっくり話そう」


 彼はそう言って、客室へ案内されていった。


「……シャルロット」


 リュシアンとフェリクスが心配した面持ちでこちらを見ている。彼らを安心させるために、シャルロットは笑顔を作った。


「大丈夫よ。私はこの領地を出ることに納得しているの。心配いらないわ」


 その言葉にリュシアンはうなずいた。


「そっか」

「じゃあ、お茶室に向かいましょう! サシャがお菓子を用意してくれてるの!」


 二人の背中を押して、お茶室に向かう。けれど、頭の中は夢のことでいっぱいだった。


 ただの夢だと思っていた。だが、あの夢で起きたことが現実になった。そんなこと起きるだろうか。だが、実際にジョナタンは夢の中の言葉を口にした。


「……もしかして」


 もし本当に、夢の内容が予知夢なのだとしたら……自分は将来誰かによって殺される。


 両手で口元を覆う。信じられない。そんなことありえない。

 だが、転生というありえないことを体験している。予知夢を見るようになったのも、この不思議な世界ではありえるのかもしれない。


 ……そんなのは嫌だ。


 一度、殺されて死んだ。やりたいことはたくさんあった。また新しい人生で誰かに殺されるだなんて……耐えられない。


 夢として未来が視えるのだとしたら、回避することもできるはずだ。夢で起きたことを避けていけば、きっと……。


 シャルロットは胸に手を当てて決意する。



 もう……実の弟に殺されたときのようになんてさせない。



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