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第27話 他人の体

 家に帰ってから、シャルロットは考えた。彼の言っていることは本当なのだろう。予知夢だと思っていたものが記憶ならば、ずっと過去の記憶がよみがえっていたということだ。それは信じられる。

 だが、自分の命を捨てることが全く理解できなかった。


「サシャ」


 シャルロットはサシャに尋ねる。


「過去の私が今の私と異なる答えを出すことなんてあるのかしら」

「それはあるかもしれませんね。そのときの環境や状況によって、判断は変わりますから」


 未来に抗おうとして、未来を変えつつある。その過程で自分も変わってしまったのであれば、納得はいく。だが、前世に殺された記憶のある自分が、また誰かに殺される未来を選ぶだろうか?


「今の私が譲れないことでも、過去の私は譲ってしまうの?」

「色々な経験を経たうえで、譲れなくなるものもあるでしょう。けれど、もし、それでも何かおかしいと思うならば、そのときのシャルロット様は別人だったのかもしれませんね」

「別人……」


 その言葉はしっくりきた。リュシアンの記憶の中にいる自分と、今の自分は別人。それならば、説明がつく。だが、そんなこと起きりうるのだろうか。


「人には魂というものがあります。精霊によって魂と体が入れ違ってしまうことや、一度死んだはずの魂がまた命を灯し、生まれ変わるということも起きているのです。過去のシャルロット様が別人だった可能性だって、ありえないことではありません」


 ……そうだ。記憶が戻ったころ、自分は気づけばシャルロットになっていた。転生という現象は死んでしまった魂が別の人間に新たに宿ることとするならば、生きている人間に魂が宿ってしまうことも起こりえるのではないか。時が戻る前の自分が別人だっておかしくない。


 幼いころからなのか、記憶が戻ったときなのか。いつ自分がシャルロットになったのかわからない。だが、少なくとも、リュシアンの記憶にいるシャルロットは自分ではない、別の誰かだとしたら……。


「……リュシアンが大切に思っていたのは、私じゃなかったのね」


 シャルロットになれた気がしていた。でも、自分はシャルロットではなく、紫音なんだ。そう思うと、借り物の体の中にいるような感覚になる。……それがひどく気持ちが悪かった。


「シャルロット様……」

「サシャ、ありがとう。大切なことに気が付いたわ」


 サシャは心配そうな面持ちでこちらを見ている。けれど、不安な気持ちを悟られないように笑った。


 サシャは目を伏せて、胸元で祈るように手を組む。


「……どのような結論に辿り着いたかはわかりません。けれども、あなたはシャルロット様ですよ。それをどうか忘れないでください」

「ありがとう」


 そう言ってベッドの中に潜り込む。


 ……その日は寝られそうになかった。


 どうして、自分がシャルロットになったのかはわからない。だが、自分がこうしてここにいることで、彼女の人生を奪ってしまったのは間違いない。


 一度死んだ魂が、シャルロットの体に乗り移った。では、シャルロットの魂はどこに行ってしまったのだろうか。もし、返すことができるのなら……彼女に返さなくてはいけない。


「……彼女に体を返したら、私はどうなってしまうのだろう」





 目覚めは最悪だった。


 けれども、一日中眠っているわけにもいかず、体を起こす。

 サシャがいつものように身支度を手伝ってくれる。顔をすっきりさせて化粧をしてしまえば、多少は見える顔になった。


「おはよう、シャルロット」


 両親はいつものように迎えてくれた。その笑顔に胸が少し温かくなる。


「お姉様、顔色が良くないですね。大丈夫ですか?」


 弟のカミーユは心配そうにこちらを見ていた。


「この前買った本が面白くて、つい読んでしまったの」


 笑ってそう嘘を吐くが、逆にカミーユに怪しまれてしまった。


「お姉様が本を……?」


 小さな眉を真ん中に寄せて首をかしげている。その様子がおかしくて、くすくすと笑ってしまう。


「そう。だから大丈夫よ」


 家族は優しかった。誰も、自分のことをシャルロットだと疑わない。そんな優しい家族を騙しているのが心苦しく感じられる。


「シャルロット、朝食は取った?」


 朝食が終わるころになると、フェリクスが顔を出した。


「フェリクス……」


 この前、あんなことを言われたため、少し気まずい気持ちになる。だが、彼は何もなかったように接してくれる。


「あれ、顔色悪くない? どうしたの?」

「お姉様、本を読みすぎたみたいですよ」

「……シャルロットが本を?」


 フェリクスも眉間に皺を寄せて首をかしげる。


「どうして、二人して私の話を疑うの!?」

「だって、シャルロットが本だなんて……ねぇ?」

「ねー」


 フェリクスとカミーユが顔を見合わせて首をかしげる。そして、くすくすと笑った。


「でも、元気のないシャルロットのために、いいもの持ってきたんだ」


 フェリクスは持ってきたものを見せる。


「お菓子だ! みんなで食べよう!」

「お菓子だ!」


 カミーユは嬉しそうに手を叩いている。カミーユはさっそく食べようと、フェリクスの手を引っ張って、お茶室まで連れて行こうとしている。フェリクスはシャルロットの方を向いて、手招いてくれる。


「シャルロットも行こう?」

「お姉様、早く!」


 ……みんな、自分をシャルロットと呼んでくれる。そして大切に接してくれる。それが不思議で温かくて、自分がシャルロットだと思い込んでしまいそうになる。


「ねえ、フェリクス。もし、私がシャルロットじゃない別の誰かだとしたら、どうする?」

「え。シャルロット、別人なの?」

「たとえばの話」


 フェリクスは不思議そうな顔をしながら頬を掻く。


「……そうはいっても、僕の中でシャルロットは君だから、いまさら別人って言われても、よくわかんないよ」


 フェリクスはクッキーを一つ頬張ると、ニコリと笑う。


「もう、君がシャルロットってことでいいんじゃない?」

「……そっか」


 自分は彼らにとってシャルロットなんだ。もう、シャルロットなんだ。

 そう思ってしまえば、答えは一つだった。


 ……ここにいたい。それだけだ。




「サシャ、あのね。私、リュシアンと話そうと思う。一緒に来てくれる?」


 夜、自分の部屋でサシャにそう言うと、彼女はうなずいてくれた。


「もちろん。何か決意をされたのですね」

「そうなの。私は今、シャルロットなんだって、改めて思った。それは私の中では変わらない。でも、ほかの人にとっては違うのかもしれない」


 リュシアンの記憶の中の自分と、今の自分は違う人なのだろう。彼の中では前のシャルロットが特別な人だったから、彼はずっと優しくしてくれた。その優しさは偽物じゃない。けれど、向けられたのは自分じゃない。


「でも、それをちゃんと受け入れて、私は立ち向かおうと思うの」

「シャルロット様が決めたことならば、きっと正しいことなのでしょう」


 サシャはシャルロットの言うことを肯定してくれる。自分の言うことを何でも受け入れてくれる彼女は、いつだって心強い味方だった。


「ふふふっ。サシャは相変わらず私には甘いね」

「私くらいはシャルロット様を肯定したいですから」

「もし、私が悪に染まっても?」


 そう言うと、サシャはくすくすと笑った。


「それは素敵ですね。では、一緒に悪に染まりましょう」


 サシャはそっと、シャルロットの手を取る。そして、両手で優しく包み込んだ。


「私はシャルロット様とともにありますよ」

「……ありがとう、サシャ」



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