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第25話 婚約の提案

 セドリックの言った意味がすぐにわからなかった。

 シャルロットは不可解そうに眉をひそめ、首をかしげる。


「フェリクスから? どうして?」


 フェリクスは兄妹のような存在だ。シャルロットと婚約したがっていた様子はなかった。そもそも、婚約することで何かメリットがあるのだろうか。


 シャルロットが口を開こうとすると、セドリックの視線が自分の後ろに向いているのに気づいた。


「家族になりたかったんだ」


 振り向けば、そこにはフェリクスがいた。彼は真剣な表情で言う。


「……僕は君たちの家族になりたかったんだ」


 フェリクスはいつもシャルロットたちのことを家族だと言っていた。まさか本当の家族になりたいと考えているとは思っていなかった。


 シャルロットが何も言えずにいると、彼は眉を下げる。


「でも、僕は家族になれなかった。それだけだよ」


 フェリクスは悲しげに視線を下げる。それを見て、セドリックは申し訳なさそうな顔をした。


「君には君の家族がいるだろう? 父親も兄たちもいるじゃないか」

「そうだよ。エルネスト様もきっと考えがあって……」


 シャルロットの言葉にフェリクスが眉を寄せる。


「どうしてそこで父様の名前が出るの?」

「だって、婚約を断ったのはエルネスト様だって……」


 そこまで言って、セドリックが咎めるように口を開いた。


「シャルロット。そのことは……」

「どういうこと?」


 フェリクスは信じられないという表情でこちらを見ている。


「父様が婚約を断ったの?」


 フェリクスはセドリックの方に目を向けた。


「おじさんは父様にちゃんと提案してくれていたの?」


 セドリックは固く目を閉じると小さくうなずいた。


「ああ、提案した。だが、断られたんだ」

「どうして、断られたの?」

「……それはわからない。けれど、きっと君のことを思ってのことだよ」


 フェリクスは顔を歪めて、首を横に振る。


「そんなわけないよ。だって、父様はいつだって僕のことを見てくれない。それなのに、どうして……」


 フェリクスは両手を強く握り締めると、部屋を飛び出した。その彼の背中をシャルロットは追いかける。


「フェリクス!」


 家を飛び出して、彼が向かったのは自分の家だった。家の中を走り抜け、辿り着いた部屋をノックすることなく入る。


「フェリクス坊ちゃま!?」


 従者が驚いたような声を上げる。だが、部屋の主であるエルネストは動じた様子を見せなかった。


「父様。お話があります」


 窓辺で本を読んでいたエルネストが視線だけこちらに向ける。


「何だ」

「シャルロットとの婚約を断ったのは本当ですか?」

「そんなずいぶん前の話を……」

「教えてください」


 フェリクスの真剣な眼差しから目を逸らすように、エルネストは顔をそむけた。


「本当だ。私が婚約の提案を断った」


 フェリクスは両手を握り締める。その手は震えていた。


「……どうして」

「どうしてと言われても、不要だと思ったからだ。それ以上の理由はない」


 フェリクスは泣きそうに顔を歪めると、手の力を抜いた。


「……父様は僕をどうしたいんですか。何をしても、僕の否定ばかり。あなたが何をしたいのか、僕にはわかりません」


 エルネストは、視線を本に向ける。そして、冷たい声で言い放った。


「好きにすればいい。お前の好きなようにすればいい」


 フェリクスはわからないというように首をかしげる。


「好きに? 否定ばかりして、今更? 婚約先を決めない、提案された婚約を断る。もうすぐ成人なのに、相手もいない。後を継げるわけでもないのに、どうしたいのかわからない。……僕はあなたのことがわからないです」

「感情をぶつけるだけなら、話にならない。話は終わりだ」


 エルネストは本をテーブルに置いて立ち上がる。そして、シャルロットたちの横をすり抜けるようにして部屋を出た。


 ……その一瞬、エルネストがフェリクスに目を向けた。その表情は辛そうに見えた。


 だが、フェリクスは彼に目を向けない。エルネストはそのまま部屋を離れていった。




 フェリクスはとぼとぼと歩いて外に出る。シャルロットはそのあとを着いて歩いた。


「僕は家族がほしかったんだ。自分が安らぐことができる居場所がほしかった。でも、欲が出たからかな。それを父様に見破られていたのかもしれない」


 フェリクスの言葉にシャルロットは何も言わない。ただ、彼の話を促すようにうなずいた。


「シャルロットの家のみんなは優しくて好きだよ。僕は君の家族にすごく憧れていたんだ」


 フェリクスは歩きながら空を眺める。夜空では星が瞬いている。それを見ながら、彼は歩みを進める。


「おじさんは人に弱くて甘くて……優しい。おばさんも頻繁に出入りする僕を受け入れてくれた。まるで本当のお父様とお母様のような人だ」


 彼は星を掴むように空に手を伸ばす。だが、その手は星に届かない。


「カミーユも可愛かったし、シャルロットは……」


 フェリクスは足を止める。そしてこちらに振り返った。


「……今から嘘の話をするよ。これはただの嘘の話なんだ」

「うん」

「僕はね……ずっと君のことが好きだったんだ」


 フェリクスの目元が涙で濡れている。月明かりに照らされてきらめいていた。


「君は昔から感情豊かで、いっぱい僕と話をしてくれた。どちらかが辛いときも悲しいときも……一緒に共有してくれた。僕は君の家族になりたかった。諦めたくても、諦められなくて……ずっと苦しかった。この話を聞けば君は優しい子だから、僕のことで悩んでしまうかもしれない。それが少し嬉しいくらい……君に焦がれてる」


 彼はそう言うと、目を伏せた。涙が彼の頬をつたう。


「……全部、嘘の話だよ」


 彼はそう言うと、背を向けた。そして歩き出す。


「帰ろうか。今日はシャルロットの家に泊まるんだからね。……一緒に帰ろう?」


 シャルロットは彼の隣に並ぶ。彼はこちらを見なかった。肩が触れそうで触れない距離。……シャルロットはフェリクスのために、何か言うことはできなかった。





 もしも、自分が未来を変えなかったら、フェリクスが苦しむことはなかったのだろうか。


 シャルロットはそんなことを考えてみた。


 フェリクスが悲しむ夢を見たことはない。夢に見ていないということは、起きるはずのなかった出来事ということなのだろう。


 自分の命を守ることだけを考えて、周りのことを考えていなかったことに気づく。自分が未来を変えたことで、不幸になった人もいるのかもしれない。けれど、未来を変えなかったら、自分の死が待っている。


「…………」


 何が正しいのかわからなくなった。未来を変えることは果たして正しいことなのだろうか。


 一人で悶々と考えていると、部屋に誰かが訪れた。


「シャルロット、少しだけいいかい?」


 顔を出したのはセドリックだった。


「お父様、どうしたのですか?」

「フェリクスの様子はどうだったのかなって思って」


 家に帰ってきてから、フェリクスはいつものように振る舞っていた。父親と喧嘩したとは思えないほどだった。


 シャルロットはさきほどのことを思い出して、不満そうに唇を尖らせる。


「エルネスト様はどうしてあのような態度を取るんでしょうか」


 その問いに、セドリックは困った顔をした。


「エルネストにもいろいろあるんだよ」

「そのいろいろって何ですか」


 みんな、エルネストにはいろいろあると言いながら、その理由を教えてくれない。少し怒りながら尋ねると、セドリックは息を吐いた。


「エルネストは……妻を愛していた。だから、素直になれないんだ」

「どういうことですか?」

「愛する妻が亡くなり、代わりに妻によく似た子が生まれた。その子をどのように接したらいいのかわからないと言っていたよ」


 愛する妻を殺したから、憎らしい。けれど、愛する妻との間に生まれ、妻の置き土産のように彼女によく似た息子が愛おしい。

 相反する感情を持て余し、どのように接したら良いのかわからなくなっているとのことだった。


「そんな……フェリクスに素直に話せばいいのに」

「それができないから苦労しているんだろう。不器用なんだ。シャルロットとの婚約を断ったのも、息子をまだ手放したくないという気持ちがあったからなんだと思う。……心の奥底では、フェリクスのことを大切に思っているんだよ」


 お互いに思い合っているのに、うまくかみ合わない。そんな二人が本音で話せる日は来るのだろうか。


「せめて、フェリクスが愛されている自覚を持てたらいいんだけど」

「……エルネストが素直になれる日が来るといいね」


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