第23話 イヤリング
マルスランはシャルロットを見てから、リュシアンの方に目を向けた。
「あ、その人って噂の婚約者?」
リュシアンは繋いでいた手を離すと、マルスランに向かって礼をした。
「はじめまして、リュシアンと申します」
「フェリクスの兄、マルスランと申します。フェリクスがいつもお世話になっているようで」
「彼はとても明るくて優しい人だから、いつも元気をもらってますよ」
「そっか、よかった」
マルスランはニッと笑うとシャルロットの方を見た。
「そういえば。フェリクス、そっちで匿ってたりする?」
「匿うとは……?」
「朝早くから家を飛び出しちゃって。今探してるところなんだ」
フェリクスがシャルロットの家に遊びに来ることはよくある。だが、家を飛び出してくることはめったになかった。
「何かあったんですか?」
「……父様がちょーっと厳しかったんだよねぇ」
また父親関係か。シャルロットは息を吐く。
フェリクスの父親、エルネストとフェリクスはどうも上手くいかない。そのため、フェリクスはエルネストと接することを避けてしまっている。顔を合わせると衝突してしまうからだ。
「エルネスト様は、どうしてフェリクスには冷たく当たるんでしょうか……」
「父様にもいろいろあるんだよ。じゃあ、僕はお邪魔にならないよう、退散しようかな……またフェリクス見かけたら、教えてくれる?」
マルスランの言葉にうなずくと、彼は手を振ってその場を去っていった。
「フェリクス、心配だね。……探す?」
リュシアンの提案にシャルロットは首を横に振った。
「朝早くに出ていったのなら、今は私の家にいるのかも。そうしたら、お父様やカミーユもいるから大丈夫だよ」
フェリクスは何かあるとシャルロットの家に来る。きっと今日も来ているだろう。
「帰ったら、話を聞いてみるよ」
「そっか、わかった。俺も必要だったら、また声かけてね」
リュシアンはそう言って、またシャルロットの指を絡めて手を繋いだ。
「じゃあ、デートの続きだ」
「……そ、そうだね」
シャルロットも手を握り返すと、リュシアンは目を細めて笑った。
楽しい時間はすぐに過ぎていき、気づけばシャルロットは自分の家の前にいた。
「今日はありがとう。とても楽しかった」
リュシアンの手が離れる。それが名残惜しくて、シャルロットは彼の手を取った。
「シャルロット?」
「……もう少し、一緒にいたかったなぁ」
彼の耳元でそう言うと、シャルロットはパッと手を離した。
「……なんてね」
リュシアンは少し驚いたように目を開くと、顔を赤らめて目を細める。そして、シャルロットの前に何かを差し出した。
「シャルロット。今日の思い出に。これをもらってくれる?」
彼の手には小さな箱があった。それは彼の手によって開かれる。
「……イヤリング?」
「そう。君に身に着けてほしくて」
それはリュシアンの瞳と同じ赤い石の付いたイヤリングだった。
「俺が着けてもいい?」
静かにうなずくと、彼は箱からイヤリングを取り出した。彼の手が顔の横まで伸びてくる。耳たぶに彼の指が触れ、そっとイヤリングを着けてくれる。もう片方も着けると、彼は少し離れていった。
「……ああ、やっぱり。君によく似合っているよ」
そっと自分の耳に触れる。イヤリングがカチャリと音を立てた。
「……ありがとう」
顔を赤くして言えば、彼は嬉しそうに笑った。
ふわふわとした気持ちで家に帰れば、サシャが出迎えてくれた。
「あら、シャルロット様。そのイヤリング……」
イヤリングに気づいたのか、サシャは目を細める。
「リュシアンからもらったの」
「そうなのですね……。男性がイヤリングを渡す意味ってご存じですか?」
首を横に振ると、サシャは教えてくれる。
「いつも一緒にいたい。自分の存在を常にそばに感じてほしい。そういった意味が含まれていると言われております。それと、あなたを守りたいという魔除けのような意味もあるんだとか。……シャルロット様は想われているのですね」
サシャに微笑ましそうに見られて、シャルロットは両手で顔を隠す。
「……サシャ。なんか自分が嫌だ」
「どうしてですか?」
「恋する乙女みたい……」
「ふふふ。恋する乙女じゃないですか」
「そうだけど! そうじゃなくて……!」
湯気が立つんじゃないかと思うほどに顔が熱い。顔を手であおぐ。
「……私、こんなに優しくされていいのかな。どれだけ返そうとしても、リュシアンに返しきれてる気がしないよ」
「返してあげたいという気持ちもわかりますが、受け入れるというのも大切だと思いますよ。見返りを求める方もいらっしゃると思いますが、リュシアン様はそういう方じゃないと思いますので」
……受け入れる。その発想はなかった。自分から誰かに何かしてあるのは当然だった。そして、優しくされたらそれを返すものだと思っていた。だが、優しくされてそれを受け入れるだけというのはどうにも慣れない。
「……いいのかなぁ、それで」
「シャルロット様が幸せそうにしてくれるのが、一番のお返しじゃないでしょうか?」
サシャはくすくすと笑いながら、普段着に着替えさせてくれる。そして、部屋の扉を開けた。
「では、居間に行きましょうか。……フェリクス様がお待ちですよ」
やっぱり、フェリクスは来ていたのか。仕方のないお兄ちゃんだなぁ、と思いながらシャルロットは部屋を出た。
「シャルロット、おかえり~」
あれだけマルスランに探されていたにも関わらず、フェリクスはセドリックとカミーユとともにお茶を飲んでいた。にこにこと迎えられ、シャルロットは疲れたように肩を落とす。
「サシャ。フェリクスの家に、彼がここにいることを伝えて来てくれるかしら?」
シャルロットはソファーに腰を下ろして、フェリクスの前に座った。
「マルスラン兄様が探してたよ。今日は何があったの?」
そう尋ねると、フェリクスは唇を尖らせた。
「許せないことがあったんだ」