第20話 叙爵式
ベルナールの叙爵式は無事行われた。
「ベルナール。あなたに侯爵という爵位を与えましょう」
女王を前にして、ベルナールは火の大精霊の精霊石と契約書、そして契約者の証である腕飾りを広げた。
女王は腕飾りと精霊石を手に取り、腕飾りに石を着ける。精霊石は赤く輝く。ベルナールは腕飾りを着けると、身に来ていた者たちに向かって掲げた。
人々は拍手をして、祝福をする。こうして、ベルナールの叙爵式は終わり、夜会が行なわれた。
「シャルロット」
リュシアンに声をかけられ、シャルロットは足を止めた。リュシアンの腕には契約者の証である腕飾りが着けられている。
「その石は……?」
「あのあと、デオダと契約することになったんだ。今は俺個人との契約になっているけれど、いずれは家との契約もまた行うつもりだ」
その言葉にシャルロットは首をかしげる。
「どうして、リュシアンが契約することになったの?」
「それはベルナールが信用ならないからですよ」
見ると、リュシアンの後ろに控えるデオダがいた。
「今回の件で、私は自分を騙した精霊を探さなければならない。人間も関わっているなら、人間の手を借りた方が早いでしょう。ですが、私はまだ、ベルナールを信用しておりません。ですから、彼の息子である坊ちゃんと契約することにしたのです」
「リュシアンならよかったのですか?」
「坊ちゃんの方がまだマシでしょう?」
どうやら、リュシアンはまだマシという理由で選ばれたらしい。デオダはシャルロットの腕を見ると、「おや」と呟いた。
「あなたはセヴラン様との契約の証を身に着けていないのですね」
シャルロットはセヴランから精霊石をもらった。だが、個人で契約するには荷が重すぎる。誰かに伝えたところで大騒ぎになるだけだろうと考え、サシャとも相談して契約したことを隠すことにした。
シャルロットは周りを見てから、声を潜めて言った。
「セヴラン様の精霊石は腕飾りではなく、首飾りにして胸元に身に着けております。それと、私が契約したことは隠しておりますので、他言無用でお願いします」
デオダはよくわからないという表情を浮かべながらも返事をした。
「わかりましたよ。なぜ隠すのかはよくわかりませんがね」
「どうして私と契約したのかわからなくて……」
「セヴラン様にも考えがあるのでしょう。もらえるものはもらっておけばいいのです」
「そういうものでしょうか……」
納得できていないシャルロットの様子に、デオダはにこりと笑みを浮かべる。
「それと、お嬢様。私に敬語を使わないでください。坊ちゃんに仕えている身。あなたはいずれ奥様となるのでしょう?」
そう言われ、シャルロットは顔を赤らめた。
「そう、ですけど……!」
デオダはニヤニヤと笑っている。からかわれたのだと気づき、頬を膨らませた。
「おや、怒ってらっしゃる。婚約者をなだめるのは坊ちゃんの仕事でしょう。よろしくお願いします」
デオダに背中を押され、リュシアンは小さく笑う。
「シャルロット。今度、君の友人の集まるお茶会に誘ってくれる?」
「いいけど、どうして?」
「……君の友人たちとも仲良くしたいと思ったんだよ」
後日、シャルロットは友人たちを集めてお茶会を開いた。ベルナールのことをあまり良く言っていなかった友人たちは気まずそうにしながら、リュシアンを迎えてくれた。
「改めて、シャルロットの婚約者のリュシアンと申します」
「あー、よろしく」
リュシアンがいるからか、話が思っていた以上に弾まない。どうしたものかと考えていると、リュシアンが口を開いた。
「その腕飾りは契約者の証を模したもの?」
その言葉に子息は「え、あぁ」と自分の腕を見た。
「俺は次期後継者だから、今のうちに腕飾りの重さを実感してるんだ。これは偽物だけど、いずれは本物を着けることになる。今は真似事でも、いつかは領地、領民を背負わなくちゃいけない。これはその練習なんだ」
そう言って、少し自慢げに腕飾りを見せてくれた。
「すごいな。俺はまだ覚悟が足りないと、よく父から言われるよ。そうして今のうちから責任をもって行動しようとしているのはかっこいいと思う」
子息は顔を赤らめると嬉しそうに笑った。
「え、ああ、そうか?」
リュシアンはニコリと笑うと、隣にいる令嬢に目を向けた。
「あれ、その髪飾り……前に会ったときには身に着けていなかったよね。新調したの?」
「え、あ、これは婚約者からもらって……」
リュシアンはじっと髪飾りを見ると優しく笑った。
「石がたくさんついているね。赤、金、緑、青……すべての精霊石みたいだ」
「そうなの。石を精霊石に見立てて、約束してくれたの。一緒に領地を治めようって」
「素敵な婚約者だね」
リュシアンは次々とその場にいる友人たちを口説いていく。それを見ていた令嬢たちはシャルロットの腕を引いた。
「ねえ、あんたの婚約者やばいわよ」
「何が?」
「あれ、わざとやってるの? 天然なの?」
問い詰められ、シャルロットは渋い顔をしながら答える。
「……天然でやってるの」
「とんでもないわね! あんた、やっていける?」
「自信ないの……」
こそこそと話していると、リュシアンが首をかしげた。
「どうしたの?」
シャルロットと令嬢たちは微笑んで首を横に振る。
「いいえ、何でもないわ」
打ち解けたのか、その後はリュシアンが一緒でも会話が弾むようになった。
「そういえば、今日はフェリクスがいないね?」
リュシアンの言葉にシャルロットは肩を落とす。
「用事があって、今日は来れないんだって」
忙しいのか、最近フェリクスの顔を見ていない。精霊祭は一緒に回れたらいいのだけれど……。
唇を尖らせながら考えていると、「そういえば」と令嬢の一人が口を開いた。
「フェリクスの家、珍しくお父様が帰っているらしくて……フェリクスもあまり家を出られないと聞いたわ」
それを聞いて、シャルロットは顔を上げる。
フェリクスと彼の父親であるエルネストは……あまり仲の良くない親子だ。きっと居心地の悪い思いをしているだろう。
「フェリクスを連れ出せたらいいんだけど……」
シャルロットはそう言いながら、ケーキを一口食べた。