第15話 契約書と精霊石の行方
シャルロットは気になって、リュシアンの家を訪れた。
「旦那様が戻る前に、どこに行ったのか探せ!」
彼の家は少し慌ただしく、何かを探し回っているようだった。
「どうしたのですか?」
使用人の一人は、シャルロットの姿を目にすると困った顔をした。
「シャルロット様……」
「もしかして、何か探しものですか?」
さらに質問を重ねると、その人は誰かに助けを求めるように目を逸らした。その先にはリュシアンがいた。
「シャルロット、どうしたの? 今日何か約束してたかな」
「いや、それが……夢を見て」
「夢?」
リュシアンは眉をひそめる。前にも夢の話をした。そのときも彼は真剣に話を聞いてくれた。彼なら、ちゃんと話を聞いてくれるだろう。
そう思い、シャルロットは夢の話をした。
「リュシアンの家が……何か大切なものを失くす夢を見たの」
その言葉にリュシアンは苦しそうに顔を歪めた。
「……君は」
リュシアンは何か言おうとして口を閉じる。そして家へ目を向ける。
「……なくなったんだ。火の大精霊との契約書と精霊石が」
また夢の通りになった。きっと使用人たちも探し回っているんだろう。
いてもたってもいられなくなり、リュシアンに言う。
「私も探すよ!」
「どうやって?」
「えーっと、歩き回って!」
自信満々で言うと、リュシアンはくすくすと笑った。
「シャルロットが言うと、本当に歩き回りそうだな。でも、大丈夫。これはうちの問題だ。君が心配することじゃない」
「でも……」
「なにか思い当たりがあっても、一人で行動しないで、俺に相談してね」
その言葉にうなずく。すると、リュシアンの家の近くに馬車が停まった。その中からリュシアンの父親、ベルナールが現れた。
「どうしたんだ、騒がしい」
使用人総出で何か探しているのだ。何事かと思うだろう。
「旦那様。精霊の契約書と精霊石が……」
使用人が事情を説明すると。ベルナールは大きく目を開く。
「おや。それで騒いでいたのか。安心しろ。契約書と石は私の信頼している方に預けている。君たちが心配することじゃない」
ベルナールの言葉に使用人たちは安心しきった表情を浮かべた。
シャルロットもホッと息を吐く。けれど、夢の中では見つかったという場面はなかった。それが少し引っかかった。
「おや、シャルロット様」
ベルナールはこちらに気づき、歩いてきた。彼の後ろには時計を持った従者がいる。
「ベルナール様、次の予定が……」
「少しは大丈夫だろう。シャルロット様、遊びに来てくださったのですか?」
ベルナールの言葉にシャルロットは笑みを浮かべる。
「はい。リュシアンに会いに」
「仲睦まじいようで、良いですね。リュシアン、相手をしなさい。では、私はこれで……」
ベルナールが立ち去ろうとするとき、彼の後ろに控えていた従者と目があった。彼は一瞬不思議そうに眉をひそめたが、すぐに目を逸らして後に続こうとする。そのとき、彼の手元に傷があるのが見えた。
「あの」
シャルロットが従者に声をかける。返事をしたのは従者ではなくベルナールだった。
「なにか?」
「その方、手に怪我をしています」
その傷は処置をされておらず、ぱっくりと傷が開いていた。血は出ていないようだが、傷が大きい。
「……いつの間に、そんな怪我を」
「メイドが落とした花瓶を片付けたときでしょうか」
「気づいていたなら、手当を。まったく……。シャルロット様、ありがとうございます。彼は手当をするので、お気になさらず」
ベルナールはそう言うと、彼を手当するためか、家の中に入っていった。
「シャルロット、今日は家も騒がしいから、また日を改めて会おうよ。送っていく」
リュシアンにそう言われ、シャルロットはうなずいた。そして、歩いて行ってしまったベルナールたちの後ろ姿に目を向ける。
「ねえ、リュシアン。あの従者は前からいた人?」
「いや、最近来たんだよ。侯爵になるから、増やしたんだ」
最近来たにしては、常にベルナールの側に控えている。まるで側近のようだった。
「それにしても、契約書と精霊石を誰かに預けるなんてことするんだね。普通は金庫に入れて厳重に管理されているものだと思うんだけど……」
「普通は預けたりしないと思うよ。警戒をするのはわかるけど、それなら自分で管理すると思う」
「リュシアンは誰に預けたか知ってる?」
「……俺も知らないな」
本当に誰かに預けたのならば、ありかを把握していることになる。夢の通りだとしても問題ないだろう。そう思って、家へと帰った。
家に帰ると、フェリクスが待っていた。彼はいつものように我が物顔でくつろいでいた。
「おかえり、待ってたよ」
お茶を飲みながら、彼は出迎えてくれる。シャルロットは彼の隣に座り、サシャにお茶の準備をお願いした。
「フェリクス、どうしたの?」
「シャルロットに自慢しようと思って」
彼は得意気な表情で笑みを浮かべる。出てきたのは、舞踏会のときに見た精霊石の付いた腕飾りだった。
「これって……精霊石?」
問いかけると、彼はうなずいた。
「ああ、精霊と契約したんだ」
「すごい! どうやって会ったの?」
精霊とはそう簡単に会えるものではない。何かきっかけがあったのだろうか。そう思って質問をすると、彼は頬を搔きながら照れ臭そうに言った。
「お互いの利害が一致して……でも、家との契約じゃないから、あまり意味ないんだけど……」
「意味なくないよ! フェリクスは精霊に認められたんだね。すごいなぁ……」
じーっと精霊石を見つめる。金色の石だから、地の精霊だろう。フェリクスが認められて誇らしく思っていると、彼がこちらをじっと見つめているのに気が付く。……とても眩しそうにこちらを見ていた。
「どうしたの?」
「……いや、シャルロットが喜んでくれて嬉しかったんだ。ありがとう」
いつもならからかってくるフェリクスらしくない。
「本当にどうしたの?」
「ううん。ただね、僕が頑張っているところを、シャルロットに見てほしいなって思ったんだ」
「頑張ってるところ?」
「そう。諦められないことを諦めないために……僕にできることをしているんだ」
婚約式のあと、フェリクスが話してくれたことを思い出した。彼は手に入れたいもののために努力をしている。それが知れて嬉しかった。
「そっか、頑張っているんだね」
「うん、頑張ってる。シャルロットに知ってもらえてよかった」
フェリクスは精霊石をもう一度見ると、嬉しそうに頬を緩めていた。
また夢を見た。
「騙された!」
契約書と契約者の証が出てこなかった。
ベルナールは怒っていた。だが、誰に騙されたのか。それはわからなかった。
契約書と契約者の証である精霊石を失くしてしまい、叙爵式が行えなかった。
「あの方に騙されなければ……私は侯爵になれたはずなんだ」
貴族たちは侯爵になりたくて嘘を吐いたのだと、ベルナールを指さして笑った。弱い立場になってしまった彼らは、どうにかして立場を取り戻そうとしていた。だが、それは叶わず、リュシアンたちは立場を失くし、精霊祭の出席も取りやめた。
侯爵の住む区域から追い出された彼らと会うことが難しくなる。
それなのに、シャルロットは何もできず見ているだけだった。
「私はどうして、好きな人すら助けてあげられないんだろう」
薬指の婚約指輪は着けたまま。それがふさわしくないような気がして仕方がなかった。
……自分の無力さを知らしめされた。そんな夢だった。
もう一度リュシアンに確かめようと、彼の家に訪れた。だが、家にいなかった。
「シャルロット様がいらっしゃったことは、リュシアン様にお伝えしますね」
使用人に声をかけてから帰ろうとすると、玄関からリュシアンの父親のベルナールが姿を現した。
「おや、シャルロット様?」
「ベルナール様」
彼は人の良さそうな顔をこちらに向ける。
「リュシアンに用事ですか?」
「はい。でも、お出かけしてるみたいで……」
彼は「そうですか……」と考えるように腕を組むと、ニコリと微笑む。
「よかったら、息子が戻ってくるまで、私とお茶をするのはどうでしょう?」
「かまいませんが……どうしてです?」
不思議に思って首をかしげると、彼はリュシアンとよく似た笑みを浮かべた。
「シャルロット様とお話をしてみたかったのです。どうぞ、こちらへ」
ベルナールに案内され、お茶室へと足を向けた。