第14話 友人
「みんな、久しぶり~!」
久しぶりに見る友人の顔に、シャルロットは笑みを零した。手を振れば、相手も手を振り返してくれる。
「シャルロット、少し背が伸びたんじゃない?」
「そう見える!? 嬉しい~!」
「あら、ヒールが高いからじゃないかしら?」
「背が伸びたんだよ!」
冗談を織り交ぜながら、友人との再会を喜ぶ。フェリクス以外とは、社交シーズンでしか会えないため、約一年ぶりの再会だ。紫音のころの記憶を取り戻してから初めて会う。前世でも友人はたくさんいた。もう会えない彼らのことを思い出して、少し寂しい気持ちになる。
けれど、シャルロットとしての友人は彼らだ。久しぶりに会えて嬉しい気持ちになるのは事実だった。
「シャルロット、婚約したのでしょう?」
「そうなの。リュシアン、こっちに来て」
手招きすると、彼は隣に並んでくれた。
「リュシアンくんです。今は子爵家の子息なんだけど、もうすぐ侯爵家になる予定なの」
リュシアンが頭を下げると、友人たちは観察するような目つきで彼のことを見ていた。
「……はじめまして」
彼女たちはそれだけ言うと、シャルロットの方を見た。
「そういえば、フェリクスの話聞いた?」
「私たちより年上なのに、まだ婚約者が決まってないんだって」
「年上なのにねぇ」
彼女たちの視線がフェリクスに向く。だが、彼は動じた様子もなくニコリと微笑んだ。
「そう言って、僕が婚約したら寂しいでしょう?」
「私たちが結婚しちゃったら、フェリクスが寂しくなるんだよ?」
「一人になって寂しくない?」
からかう気満々の令嬢たちに囲まれても、フェリクスは笑顔を崩さない。
「寂しかったら、シャルロットの養子になるから」
「フェリクスが養子は嫌だなぁ」
そんな会話をしていると、リュシアンが輪から離れたところにいるのに気が付いた。
「リュシアン?」
声をかけると、彼は微笑んで言った。
「用事があるから、向こうに行ってるね」
彼はそう言って、輪から離れていった。
「リュシアン、どうしたんだろ?」
フェリクスにそう言うと、彼は横目でリュシアンを見た。
「……まあ、いろいろあるだろうね」
彼はそう言いながら、グラスを傾ける。すると、彼の袖の隙間から光るものが見えた。
それは小さな精霊石が一つ付いた腕飾りだった。
「フェリクス、これ……」
フェリクスは「しーっ」と人差し指を口元に当てる。シャルロットは両手で自分の口をふさぐと、周りを見渡した。友人たちはおしゃべりに夢中でこちらに気づいていない。
「みんなに内緒ね。……また、話すから」
彼の言葉に、シャルロットはコクンとうなずいた。
そのあとはずっと、友人たちと一緒に過ごした。舞踏会が終わり、帰りの馬車でやっとリュシアンと顔を合わすことができた。
「リュシアン、あの……」
さっきはどうして、離れて行っちゃったの? そう問いかけようとした。
「…………」
だが、何か考え事をしているようで、こちらを向かなかった。真剣な表情だった。まるで目の前にシャルロットがいるのを忘れているかのようだった。
「リュシアン?」
もう一度声をかければ、彼は顔を上げた。
「ごめん、何だった?」
いつものように微笑んだ。まるで何もなかったように。
「……ううん。何でもないよ。よかったら、今度お茶をしようって誘いたかっただけ」
そう言うと、彼は眉を下げて笑った。
「しばらくは父様が侯爵になるための叙爵式の準備で忙しいんだ。また時間が空いたら……そうだな」
彼はまっすぐこちらを見る。
「……叙爵式が終わって、精霊祭がはじまったら。一緒にでかけよう」
「精霊祭?」
精霊祭は都市で行われる行事だ。聖女様が大精霊の力を借りて、世界を救った日を祝うもので、お祭りのように街中がにぎやかになる。
「そう、精霊祭。君と回ってみたかったんだ」
リュシアンに誘われて、シャルロットは何度もうなずく。
「うん、でかけよう! そうだ、フェリクスも誘って……」
「君と二人で。でかけたいんだ」
そう言われ、口を閉ざした。どうして? と首をかしげると、彼はくすりと笑った。
「……デート、してみたいんだ」
その言葉に火が付いたように顔が赤くなる。
「デ、デート」
「そう、デート」
「私と?」
「シャルロットと二人で」
念を押すように言われて、思わず顔を下げる。
「……わかった」
観念したように答えると、彼は目を細めて笑った。
「楽しみにしてるね」
彼の目は優しかった。それと同時に何かを決心したような……そんな目をしていた。
リュシアンにお茶会を断られてしまったため、シャルロットは友人たちとお茶会を開くことにした。
フェリクスも含め、歳の近い子息と令嬢たちを集め、シャルロットの家の庭でお茶会を開く。
「精霊祭ももうすぐね!」
一人の令嬢がそう言うと、ほかの令嬢が「ふふん」と胸を張った。
「私は今年も婚約者と一緒に行くのよ」
「いいなぁ」
この時期になると精霊祭の話題が絶えない。婚約者のいる者はその人と一緒に回り、いない者は友人たちと一緒に回るのだ。シャルロットも去年までは友人たちと回っていた。
「私も実は、リュシアンと回ることになっていて……そうだ。今度お茶会やるとき、リュシアンも誘っていい?」
そう問いかけると、場の空気が固まった。友人たちは互いの顔を見合わす。
「誘うのはいいけど、ねぇ」
「……なあ、そいつの家は本当に大精霊と契約できたのか?」
「どういうこと?」
一人の子息が腕を組む。
「精霊と契約するという話はたまに聞くから有り得ると思う。けど、大精霊と契約するのは、かなり珍しい。ここ何十年となかったと父様も言ってた」
彼の言葉に同意するように令嬢もうなずく。
「精霊とすら契約するのが難しいというのに、大精霊と契約するなんて……本当に契約したのかしら?」
「それに契約したのなら、契約書と契約者の証……精霊石を持っているはずでしょう? ベルナール子爵は大精霊の契約者の証を身につけていなかったと聞いたわ」
どうやら、貴族の中ではベルナールが本当に契約をしたのか疑わしく思っている者が多くいるらしい。精霊と契約するのは難しい。なかなか爵位が上がらないのに、子爵がいきなり侯爵になれる大精霊との契約を妬ましく思った者がそう吹聴しているようにも思えた。
「女王様はお認めになっているのよね?」
「女王様が正式にお認めになるのは、叙爵式ということになるから、公式に認めているわけじゃないよ」
そう言われてしまえば、シャルロットも何も言えない。黙り込んでいると、フェリクスが「でもさー」と口を開く。
「さすがに叙爵式も控えているのに、実は契約してませんでした、だなんてことしないんじゃない?」
助け舟を出すようなフェリクスの言葉に、シャルロットもうなずく。
「そうよ。そんなことしちゃったら、家の名前も傷つくじゃない」
「そうだけど……」
舞踏会でリュシアンは人を避けるような行動をとっていた。もしかしたら、彼はこの噂を知っていたのかもしれない。婚約者なのに、何も知らなかった自分が恥ずかしい。
シャルロットがそう思っていると、フェリクスがニッと笑う。
「まあ、叙爵式が無事に終わればいいわけでしょ。もうすぐ叙爵式も行われるし、それで全部わかるんだから」
フェリクスの言葉に友人たちもうなずく。
叙爵式が行われないなんてことは起きないだろう。そう思って、その日は過ごした。
……だが、夢を見てしまった。
リュシアンの家で慌ただしく動き回る使用人たち。彼らが探しているのはなくてはならないものだった。
「旦那様が戻る前に、どこに行ったのか探せ!」
彼らが探しても、それらは見つかることはなかった。
火の大精霊との契約書と精霊石を失くしてしまった。それを知ったリュシアンの父親は途方にくれるしかなかった。