第13話 舞踏会
「シャルロット様の準備ができました」
サシャに着飾されてそっと目を開けると、鏡の前には綺麗な女性が立っていた。それが自分の姿だと認識するまでに少し時間がかかった。
「サシャ、本気出したね……」
シャルロットが感嘆の言葉を口にすると、サシャがハキハキとした口調で返事をする。
「シャルロット様が一番美しくないといけないので」
「ああ、うん、そう……ありがとう」
朝から張り切っていたサシャに引きずられるように、気合の入った準備をさせられたため、舞踏会に行く前から疲れを感じてしまっている。肩凝ったなぁ、と肩を回したい気持ちだが、貴族の令嬢がそんなはしたない真似ができるわけもなく、ただ耐えるしかできなかった。
今日は社交の初日。女王様主催の舞踏会で、シャルロットは女王様に婚約を報告することになる。そのために、リュシアンと一緒に舞踏会へ向かうのだ。
「シャルロット、準備はできたかい?」
部屋を出て顔を出せば、父親のセドリックが声をかけてくれた。彼の左腕には、いくつもの精霊石がついた腕飾りがある。公式の場で身に着ける契約者の証だ。
腕飾りは石の数、大きさで身分を表すものだ。精霊と契約した数だけ石がついており、大精霊から与えられた精霊石はほかのものより大きい。セドリックは地の大精霊と契約しているため、ほかの精霊石よりも少し大きな金色の石が真ん中に着いている。
「リュシアンくんが迎えに来ているよ」
セドリックが目を向けると、リュシアンが微笑みながらこちらを見ていた。
リュシアンはいつもよりカッチリとした恰好をしている。ネイビーのスーツにシャルロットの髪と同じ淡い桃色の石がついたネクタイピンを着けている。
「シャルロット、とても綺麗だよ」
そう言って、手をこちらに差し出してくれる。エスコートをしてくれるのだろう。そっと手を乗せ、彼に手を引かれる。そして、リュシアンの用意した馬車に二人で乗り込んだ。
今回の社交はリュシアンにとっても大切なものだ。彼の家はまだ子爵家。今回の社交で叙爵式を行い、晴れて侯爵家になる。本当に侯爵家としてふさわしいか。周りの目は厳しいものになるだろう。
会場に着き、リュシアンにエスコートしてもらいながら入場していく。
女王の有している城は、この国にいる貴族たちが集まれるほど広い。会場には既に多くの貴族がいて、シャルロットは緊張した気持ちで歩く。
紫音のときにはこんな大きなパーティーに参加したことはなかった。何より身内以外の貴族がたくさんいる場所で粗相をしてしまわないか不安になる。
「緊張してる?」
リュシアンに問われ、カクカクとうなずく。それを見て、彼はくすりと笑った。
「一緒だ。俺も緊張してる」
彼はそう言うと、触れている手をトントンと優しく叩いた。
「大丈夫だよ。俺も一緒にいるんだから。安心して」
そう言われると、不思議と心が落ち着いてくる。ゆっくり深呼吸をしてから彼の方を見た。
「リュシアンの隣にいると、なんか安心するね」
そう言うと、リュシアンは嬉しそうに頬を緩めた。
セドリック、そしてリュシアンの父親のベルナールと合流し、女王のもとへと足を運ぶ。案内されて、女王の前に出ると、四人で頭を下げた。
「女王様」
女王は顔を布で隠していて、表情はよく見えない。だが、年齢はシャルロットたちとそう変わらないと聞いている。どのような面持ちでこちらを見ているのだろうか。不安な気持ちになる。後ろで控えていたセドリックが口を開く。
「この度、リュシアンとシャルロットが婚約いたしました。それを女王様に報告したく、参りました」
その言葉を聞いて、女王はうなずく。
「新たに侯爵となるベルナールの子とセドリックの子が関係を結んだということ、喜ばしく思います。互いの領地の交流が深まることを期待しております」
女王の前を辞して、シャルロットたちは会場の真ん中へと戻った。
「じゃあ、二人で仲良くしているように」
父親たちに言われ、シャルロットとリュシアンは顔を見合わせる。
一曲目が始まる。リュシアンはシャルロットの前に来ると、こちらに手を差し出した。
「シャルロット、踊ろうか」
「うん!」
そっとリュシアンの手に自分の手を乗せる。リュシアンはシャルロットの手を握ると、会場の真ん中の方へ歩みはじめた。
今まで一曲目はフェリクスと踊っていた。それが婚約者と踊るようになったというのは……少し恥ずかしくも嬉しくもある。
音楽に合わせて、足を動かす。リュシアンとのダンスは不思議と息が合っていた。
「リュシアン、踊り上手いんだね。すごく踊りやすい」
その言葉にリュシアンは少し驚いた表情を見せる。そして、頬を緩めた。
「……君と、ずっと踊りたかったから」
……ずっと?
シャルロットとリュシアンは出会ったばかりだ。それなのに、ずっと踊りたかったというのはどういうことだろう。どこかで一度会った記憶もない。だが、不思議とそう思ってもらえるのは嬉しいように感じた。
近くに並ぶとリュシアンは背が高く、肩もしっかりしている。それが男の子らしさを感じられた。だからドキドキしてしまうのは仕方がない。そう自分に言い聞かせた。
踊りを終えると、会場の隅へと移動する。
「楽しかったね。もっと踊っていたかった」
何気なく言うと、リュシアンは顔を赤らめる。
「……結婚をしたら、もっと踊れるよ」
そう言われ、自分が何を言ったのか理解した。夫婦しか二回続けて踊ることができない。分かっていたはずなのに、つい楽しさが上回ってしまった。
「そうだね……」
それ以上何も言えなかった。
リュシアンと二人で食事を取っていると、踊りから戻ってきたフェリクスがこちらに歩んでくる。
「こんなところにいたんだ」
「シャルロット、久しぶりね!」
彼の隣には貴族の子息と令嬢たちが集まっている。その子たちは社交の際によくお茶をする子たちだった。