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第11話 父親

「違う。あれは仕方がなかったんだ」


 セドリックは視線を下げる。


「……アルベリク兄様は立派な人だった。私も尊敬していた。きっと、彼がこの領地の当主になるだろうと疑っていなかった。……だが、彼はそう思っていなかった」


 アルベリクはセドリックに言った。『後継者は自分より君の方がふさわしい』と。


「兄様は成人すると同時に家を出た。父様もなくなり、私がこの領地を治めることになったとき、突然兄様は戻ってきた。綺麗な女性と小さな赤子を連れて」


 セドリックはこちらに目を向ける。その顔は優しかった。


「君を家族である私たちに見せたかったと言っていた。そのために、彼は数日この家に泊まったんだ。……だが、その数日でアルベリク兄様は殺されてしまった」


 シャルロットは大きく目を開く。


「……誰に殺されたんですか」

「誰かはわからない。でも、確実にわかっているのは……兄様は精霊に殺されたんだ」


 精霊に……?


 精霊は人の上位に立つもの。契約をして、人間に関わることがあっても、人間など気にするべき存在ではないはずだ。精霊がわざわざ人間に手を下すことがあるのだろうか。


 シャルロットが眉を寄せると、セドリックはふっと笑う。


「理解できないのはわかる。だが、私はアルベリク兄様が殺されるところを見た。その力は人智を越えるものだった。……とても、人間の仕業だとは思えなかった」


 精霊によって殺されたアルベリクを助けることはできなかった。精霊に殺されるということは、それだけのことを彼がしたということだ。


「なぜ精霊に殺されたのかはわからない。だが、精霊が手を下した以上、エレメントの力を借りて、治療することは許されないと思ったんだ。……だから、私は兄様を見殺しにした」


 セドリックの告白に、ジョナタンは舌打ちをする。


「精霊が手を下したとしても、救うべきだった。……兄様を失って、取り乱した義姉様は見ていられなかった」


 義姉……つまり、シャルロットの母親だ。シャルロットが興味を持ったのを察したのか、セドリックは母親について教えてくれる。


「義姉様は美しく、穏やかな人だったよ。水の力を器用に使う人だった。何より、兄様のことを深く愛していた。……だから、兄様の死に耐えられなかったんだ」


 ジョナタンは痛ましそうに顔を歪ませる。


「死んだ兄様を水の力で助けようとしていたよ。……もう助からないとわかっていたはずだったのに。……義姉様は兄様が死んですぐに姿を消した。遺体は見つかっていない。だが、私は彼女が自殺したのだろうと考えている」


 ジョナタンはそう言うと、改めてシャルロットの方を見た。


「君は本来、領主になる予定だったアルベリク兄様の子だ。だから、シャルロット。君は領主になるべきなんだ」


 ジョナタンの主張は変わらない。きっと彼はアルベリクを尊敬し、そんな彼を見殺しにしたセドリックを許せないのだろう。その理想をシャルロットに押し付けようとしている。


 シャルロットは大きく息を吸って背すじを伸ばした。


「叔父様。私の意見も聞いてくださいますか?」

「何だい?」


 ジョナタンをまっすぐ見据える。そして、はっきりと言った。


「私は領主になるつもりはありません。この話はこれで終わりです」


 その言葉にジョナタンは信じられないというように首を横に振った。


「どうして! 君もアルベリク兄様も、どうして領主を望まない!? その立場にふさわしく、手を伸ばせば得られるのに! どうしてそう欲がないんだ!」


 シャルロットは小さく笑う。


「違いますよ、叔父様。私にも欲があります」


 生まれ変わる前……紫音のころからの夢だった。一度、失った夢をもう一度叶えたい。


「……私は自分らしく生きたいんです。その生き方をリュシアン……私の婚約者が叶えてくれると言いました。だから、私は彼とともに生きたいのです。それが私の望みですから」


 ジョナタンは何か言おうと口を開いた。だが、顔をしかめて、長く息を吐いた。


「……私には君たちが理解できないよ」


 肩を落とすジョナタンに、セドリックは言った。


「ジョナタン。君のしたことは許されないことだ。これを罪だと認識しているのであれば、罰を受けなければならない」


 セドリックはジョナタンをまっすぐ見た。


「君は明日、この領地から出なさい。……そして、もう二度と足を踏み入れることは許さない」


 ジョナタンはセドリックを見ると、軽蔑したような目を向けた。シャルロットを見て視線を下げる。そして、部屋から出ていった。


 ジョナタンはその日のうちに家を出た。誰にも挨拶もせずにいなくなり、その後姿を現すことはなかった。





「シャルロット、話がある」


 セドリックに呼ばれて彼の部屋を訪れると、彼はお茶を用意してくれていた。


「今まで、父親について隠していてすまなかった」


 そう謝ると、額に入った絵を手に取った。それは書斎で見たものと同じだった。


「アルベリク兄様の肖像画だ」


 前に見たときはじっくり見ることができなかった。セドリックやジョナタンによく似ていると思っていたが、二人よりもお人好しそうな顔をしている。


「優しい人だったよ。人にも好かれていた。私も兄のことを好いていた。……でも、兄様を恨んだこともあったよ」


 シャルロットは顔を上げる。


「私もジョナタンも兄様のことを尊敬していた。きっと、立派な領主になると思っていたんだ。だが、彼は領主にならなかった。それをどこか、裏切られたように思っていたんだ」


 セドリックはカップを取ると、お茶を一口飲んだ。


「兄様は自分のしたいことを選んだ。そのために家を出ていった。……私たちを捨てていったんだと当時の私は思ったよ」


 その言葉にシャルロットはハッとする。……弟もそうだったんじゃないかと。

 紫音は弟のことを大切に思っていた。だから、弟も好いてくれていたし、仲の良い姉弟でいられた。だけど、紫音は弟を置いて上京してしまった。


「兄様にそういう意図がないのはわかっていた。けれど、もう私たちや領地のことをどうでもよくなってしまったんじゃないかと思えてしまったんだ。……今考えても、兄様は自分勝手だと思う」


 両親が忙しく、姉弟二人で暮らしてきた。そんな姉が一人で家を出てしまった。独りぼっちで寂しい思いをしたのかもしれない。それが理由で恨んだのかもしれない。……自分は弟が抱えている不安に気づけなかったのだ。


「お父様は今でも、アルベリク父様を恨んでいますか?」

「恨んでいないよ。……恨んだことすら、後悔しているくらいだ」

「後悔?」

「兄様はシャルロットを連れて、わざわざ領地まで来てくれた。勝手に出ていったのだから、戻りづらかっただろう。だけど、娘を見せにきてくれた。……ちゃんと家族だと思ってくれていたことが嬉しかったんだ」


 セドリックはそう言うと、シャルロットの髪を優しく撫でた。


「恨んでいたことは確かだ。だが、優しくしてもらった幼いころの記憶は消えない。……恨んだって、憎んだって、兄様のことは大好きなのだから」


 ……死んでしまったあとのことはわからない。弟はどうしているだろうか。罪を償い、ちゃんとした生活を送っているだろうか。


 弟に殺されたことがショックで、彼の未来のことまで考えていなかった。


「……誰かが亡くなったあとも、周りの人たちの生活は続いているのですのね。悩んだり、傷ついたりしながらも、生きていかなければならないのですから」

「そうだ。兄様を恨んでしまった分、きっと、私も兄様に恨まれているだろう。だから、シャルロット。君を幸せにしたいと思っていた。君は兄様と似ている。きっと領主の立場は窮屈になるだろう。君は君らしく生きてほしい」


 その言葉にシャルロットはうなずいた。


 生きなければならない。一度殺された身だから、余計にそう思った。


 弟のことは恨んでいる。殺したことを絶対に許さない。……けれど、幸せになってほしいとも思っている。家族を殺したことを気に病んでもいい。ただ生きていてほしい。小さな幸せを感じながら、生きてほしい。……大好きな弟だったから。


「アルベリク父様はきっと、お父様の幸せも願っていると思いますよ」


 そう言うと、セドリックは目を細めた。


「……そうだといいな」





 浄土祭で起きたことの処理をするために、リュシアンは一日シャルロットの家に泊まった。今回は救われたが、次に騎士を連れてくるときは事前に話を通すようにと、セドリックに軽く叱られた。


「リュシアンがいなかったら、カミーユを助けられなかった。ありがとう。……もし、私が困ってたら、また助けてくれる?」


 お礼を言うと、リュシアンは眉を下げた。


「無茶をする前提なんだね」

「う……っ」


 困った子を見るような目で見られて、視線を逸らす。


「……悪い子だね」


 優しい声が聞こえた。


「助けるよ。いつだって。君が困っていれば、すぐに駆けつける。でも、無茶はしないで。心配するからね」

「そんなこと言っていいの?」

「それくらい君のことを思ってるからね」


 ドキリと胸が跳ねる。リュシアンはまっすぐとこちらに目を向けた。


「ねえ、シャルロット。俺には秘密がある。君に言えない秘密が……いつか、それを聞いてほしいんだ」

「秘密なのに、人に話していいの?」


 シャルロットが不思議そうに首をかしげると、リュシアンは笑った。


「君だから聞いてほしいんだ。……そのとき、君の話も聞かせてほしい」


 彼はいったい何を知っているんだろうか。


 リュシアンは馬車に乗ると、こちらに手を振った。


「また会えるのを楽しみにしてるよ、シャルロット」


 彼が優しい笑みを浮かべると馬車が走り出した。


読んでいただきありがとうございます!

1章はここまでとなります。

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