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第10話 記憶があるのか

 何頭かの馬がこちらに近づいているようだ。そして荷馬車を囲むようにして馬が止まる。


「なんだ、なんだぁ?」


 荷馬車は止められ、乗っていた男二人が動揺した声をあげた。


「なんですかい。こんな大勢で」


 そっと外をのぞく。そこには騎士がいた。知らない顔ばかりだ。


「その荷物を見せてもらおうか」


 ……リュシアンの声だ。……でも、どうしてここにいるのだろうか。

 シャルロットが深く考え込む前に、男が口を開く。


「あなたたち、この土地の人間じゃないでしょう? なぜ、この領地の者ではない方々に荷物を見せなければならないのでしょうか」


 その言葉にリュシアンは声を張り上げていった。


「私たちはセドリック様から許可を得て行動している。こちらの指示に従ってもらおうか」


 はっきりとした口調だった。状況が悪いと思ったのか、舌打ちの音が聞こえ、強引に荷馬車が動き出した。


「きゃっ」


 バランスを崩し、その場に座り込んでしまう。


「お姉様……」


 カミーユの不安そうにこちらに寄ってきた。その肩を抱きしめて、背中をポンポンとなでる。


「大丈夫。きっとリュシアンが助けてくれるわ」


 荷馬車は突然止まる。それと同時に何かが焼けるにおいがした。そっと荷馬車から外を見れば、草むらに火の壁ができている。


「なんだ!?」

「エレメントの力か!」


 リュシアンが手で指示をする。


「捕らえろ」

「クソッ!」


 男たちはリュシアンの連れていた兵に取り押さえられた。それを見て、シャルロットは荷馬車から顔を出す。


「リュシアン!」


 彼はこちらを見ると、大きく目を開き、心底驚いた表情を浮かべた。


「どうして、きみがここに……」

「カミーユを助けに来たの。ほら、弟も一緒よ」


 カミーユの顔を見せてやれば、リュシアンは息を吐き、そして頭が痛そうに額に手を当てた。


「……つまり、君は一人無茶をしたわけだ」


 叱られる気配がして、肩をびくりと震わせる。リュシアンは荷馬車に歩み寄ると、こちらに手を伸ばした。


「……驚かせないでくれ」


 リュシアンはそっと、シャルロットの頭に手を乗せた。


「君に何かあったらと思うと、怖くて仕方がない」


 彼の手は震えていた。彼の瞳は揺れている。彼を不安にさせてしまったようだ。シャルロットはその手にそっと触れる。


「大丈夫よ、リュシアンが助けてくれたんだから」


 彼の手を引き、頬をすり寄せる。


「……助けてくれてありがとう」


 そうお礼を言えば、リュシアンは息を吐き、仕方なさそうに笑った。





 カミーユを攫おうとした男たちを連れて、精霊堂に戻る。シャルロットはリュシアンの乗る馬に乗せてもらった。


「シャルロットに頼みがあるんだ」


 後ろに乗っているリュシアンを見上げて、首をかしげる。


「なあに?」

「実はセドリック様に兵を連れて立ち入る許可をもらってない。……口添えしてくれないかな」

「……許可をもらってないのに、もらってるって嘘を吐いてたの?」

「そうなんだ」


 あまりにも堂々とした嘘に、シャルロットは笑ってしまう。


「リュシアンは意外と大胆なのね。……わかった。お父様への説明、手伝ってあげる」

「ありがとう」


 リュシアンはそう言って、柔らかく微笑む。


「それにしても、リュシアンはどうして兵を連れてあんなところに来たの?」


 そう問われて、リュシアンは困ったように眉を下げた。


「……言っても笑わない?」

「笑わないよ」


 しっかりうなずいて言うと、彼は少し考え込んでから口を開いた。


「……悪い夢を見たんだ。君の弟がいなくなる夢を。だから、探さなきゃと思ったんだ」


 その言葉に思わず目を瞬かせる。何も言わないシャルロットにリュシアンは気まずそうに口を開く。


「……シャルロット?」

「リュシアンも夢を見たの?」

「え?」

「私も見たの。怖い夢」


 話していいものかは悩んだ。けれど……彼なら信じてくれるような気がした。


「カミーユが攫われて、殺される夢。だから、私はカミーユを助けたいと思ったの」


 笑われてもいいと思った。そっと彼を見れば、驚いたように目を開いていた。そして言った。


「――君も記憶があるのか?」


 記憶? 何のことだろう。


 たしかに、過去のことを思い出すように具体的で曖昧な夢だ。これを記憶というのにはしっくり来た。でも、見ているのは未来のこと。過去の記憶なんかじゃない。


 シャルロットはなんて答えたら良いかわからなかった。何も言えずにいると、リュシアンは息を吐いて首を横に振った。


「……いや、何でもない。今のことは忘れてくれ」


 リュシアンはそれ以上、夢のことには触れず、たわいのない話ばかりをしながら、精霊堂まで馬を走らせた。





 精霊堂に着けば、セドリックたちは驚いた表情でシャルロットたちを迎えてくれた。カミーユは無事、浄化祭の出番に間に合ったようで、見事な舞を披露することができた。


 すべてがつつがなく終わり、落ち着いたところで男たちを尋問していた兵が戻ってきた。


「セドリック様、報告してもよろしいでしょうか?」

「ああ、頼む」


 その場には両親だけでなく、ジョナタンもいた。領地の次期後継者が誘拐されたのだ。空気は重く、ジョナタンだけが飄々とした表情をしていた。


「男たちに問いただしたところ、ある者からの指示でこのようなことを行なったといっていました」

「いったい誰の指示なんだ」

「それが……」


 兵はちらりと視線を向ける。その視線の先にはジョナタンがいた。

 彼は笑みをうかべると、しっかりとうなずいた。


「ええ、そうです。私が指示しました」

「なぜそのようなことをした!」

「逆に問いましょう。なぜシャルロットを跡継ぎにしなかったのか」


 怒鳴りつけられても、ジョナタンは動じた様子を見せない。それどころか、セドリックを睨みつけた。


「シャルロットはアルベリク兄様の子。つまり、跡継ぎになるはずだった者の子だ。ならば、シャルロットが正当な後継者になるのが普通でしょう」


 セドリックはカッと目を見開くとこちらを見た。だが、シャルロットは驚いた様子を見せない。セドリックは震えた声で問いかけた。


「……シャルロットは知っていたのか?」

「もしかしたら、とは思っていました。私だけ水の力を使えるのは理由があるのだろうと」


 ジョナタンは満足そうに笑みを浮かべる。


「そう。シャルロットはアルベリク兄様の子。水の力が使えるのは、生まれ育ったのがこの土地じゃないから。だが、アルベリク兄様の血を受け継いでいるのは、間違いなくシャルロットです。彼女が領主になることを、セドリック兄様も認めていたでしょう?」

「それは私に子ができるまでの話だ。今の領主は私だ。ならば、自分の子を後継者にするのは間違ったことじゃない」

「……実の兄を殺したのに?」


 その言葉にセドリックは黙り込む。ジョナタンはこちらを向くと、言い聞かせるように言った。


「いいかい、シャルロット。セドリック兄様はアルベリク兄様を殺して、領主の座を手に入れたんだ」


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