表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぼくはフランケンシュタイン  作者: 夏城燎
ぼくはフランケンシュタイン
7/8

7「解釈」

 追憶をして、そして今、全てを話し終えた。

 俺が瞳をゆっくり開けると、そこに伺うように視線を向けるあの少年がいて、

 その話の結末をこれでもかと待っている様にみえた。


 いや、少し語弊がある。

 少なくとも少年は今、居心地がいいようには見えなかった。

 その話を聞いてどう思ったかは分かりやしないが、

 でも、何故か背中に黒いものを背負いながら、

 神妙な顔色で、俺のまとめを待っていたのだ。

 だから俺は、また目を閉じて。


「……俺はあの時のことを、今だに悔いているような感覚がある。なんていうか、俺にも分からないんだ。なんで彼女を好きじゃなかったのか。まだ分かっていない」


 言い終わって、片目を開くと、

 どうやら少年は満足したような微笑みを浮かべ、でもふっと戻り、次に小さく口をあけた。


「……記憶を失ってなくても、分からない感情ってあるんですね」

「そうだな」


 俺は言ってから、俺は缶ビールをぐぐっと飲んだ。

 それで、空を眺めながら、俺はまた思う。


 どうしてなのだろうか。

 俺はどうして、あの時、彼女の告白に応えられなかったのだろうか。

 彼女の事は好きだった。

 彼女の事は当時、誰よりも大好きだった自信がある。

 でも、その好きは、『恋愛ではない』気がするのだ。


「ただの悪友として彼女の事を気に入っていた。それが案外、真実なのかもしれない。今思い返すと、そうなる」

「ちなみに、彼女とはその後どうなったんですか?」

「めっきりあいつが学校に来なくなったんだ。それから、いつの間にか転校したことを聞かされた」

「そうだったんですね」


 もしかすると、俺は彼女を傷つけたのかもしれない。

 彼女は、あの時、泣いていたし。


 転校したのも、俺と顔を合わせるのが気まずくなった結果なのかもしれない。

 ……まあ実際、想像するだけならいくらでも出来る。


 彼女はあの時、初めてみる花火より、俺を見つめた。

 その気持ちを。そしてそれを無慈悲に断った。

 彼女からしたら、それがとても、苦痛だったのかもしれない。

 人の覚悟を無下にした。

 という自覚は当時持っていなかった。

 でも、俺の我を折ってまで、納得していない事に、頷けるほど、俺は人間出来ていない。

 だから、ああいう他なかったと、今も思っている。


「あいつが今何を思っているのかはもう分からない。俺もそろそろ、五十近い年齢だし。随分と時間が経ち過ぎたんだ」

「……」

「今となっちゃ、答えはもう分からない」

「そうなんですかね?」


 俺が投げ捨てるように諦めると、その投げ捨てたものをがっしりと掴んだように、アキくんは呟いた。俺はそれを聞いて、空から視線を戻した。


「どういうことだ?」

「何というか、ぼくも今、心の中で何かが動いた気がします。この感覚の名前をまだ知らないけど、でも、これは間違いなく――収穫です」


 アキくんの方へ視線を向けると、彼は右腕を胸に当てていた。そして両目を瞑りながら、何かを噛みしめるように、沈黙が流れる。

 俺はその沈黙に耐え切れなかった。


「……何が言いたい?」


 そう言うと、アキくんは案外動じず、そして更に沈黙の末。

 彼は瞳を開けた。


「いいでしょう。同じ人外を名乗った方の思考なんて、人外であるぼくが、一番分かりますから」


 少年はベンチから立ち上がった。そして俺の目の前に立ちふさがるように立って。


「お、おう?」

「これはあくまで想像です。そして答えは、もうきっとどこにもありません。だからこれは、ただの解釈に過ぎないことを覚えておいてください」


 注意。いいや、前提だろう。

 あくまで。という部分の共有。

 ああ、そうだな。もう答えは分からない。

 答えはもうどこにもない。だから。


「ああ、分かった」


 そう言うと、少年は、一度大きく息を吸った。

 そして、言霊を作り出す。





 解釈1。優しさ。


 人の善性をどれだけ信じるかは価値観による。だからもしかしたら、この話は先生にとって、少しずれた見解なのかもしれないです。でも、これも可能性の一つとしてあるのかもしれません。

 井芹紗良さんは親のヒステリックを本当はどう感じていたのでしょうか。

 確か親に対し、黙っていた理由について、彼女は自分で「私も知らない」と言いましたが。

 でもそれは果たして本当だったのでしょうか。


 考えてみてください。


 日常的に親からそういった精神的攻撃を受けていたとして、自分の事を、『人外』であると思うほど、自分を、環境を嫌いだったのではないでしょうか。

 まあ、ぼくはそういうストレスを曖昧にしか覚えていないので、多少違うかもしれませんが。

 ともかく、先生と過ごした夏祭りまでの期間、色んな普通を体験した彼女は、なぜ楽しそうにしていたか。

 それはやはり、それまでが、苦痛にまみれた日々で。

 そして、先生と出会ったから、やっと苦痛から解放され、蜘蛛の巣に囚われたような苦しみから、太陽を見ることができたのではないでしょうか。だからあの竹林の中で「人間になったって言えるのかな?」とこぼすことが叶った。


 でもその関係は、嘘から始まっていた。


 彼女は強がっていた。それは、多分、語るに恥ずかしい背景を知られたくなかった訳ではなく、恐らく、先生に変な気遣いをしてほしくなかった。それだけなんだと思います。


 それをぼくは優しさだと思います。


 他人を思いやって過ごしていた彼女にとって、あなたの日常はとても刺激的で、それでいて、壊したくないものだった。その気持ちは痛いほど想像できます。

 誰かの幸せを、自分のがんじがらめの糸で、絡ませたくなかった。

 自由を縛りたくなかった。自由を害したくなかった。

 その感情はきっと、自由を愛していたから。

 だから嘘をついた。


 でも、そんな彼女が、最後には告白を選んだ。

 病院から抜け出して伝えたいこと、それが彼女にとっての、楽しい思い出になるから。

 嬉しい記憶になるから。最高の日になるから。或いは、それが彼女にとってのケジメの付け方だったのかもしれません。

 理由はもう分かりませんが、もしかしたらその時点で、もう転校が決まっていたのかもしれない。

 だから、一そう言うしかなかった。伝えなければならない事を、伝えるべきだった。


 そして、彼女は分かっていたのかなと思います。自分が断られることを。 





 解釈2。愛情?


 ぼくは好きという気持ちをそこまで理解していません。

 ただ何となく、二人の関係は、恋愛と呼ばれるものとは違う気がします。

 あくまでこれは感覚の話です。

 ぼくのしっかりとした恋愛についての解釈がないのですが、胸の中にある、感覚が、これを恋愛ではないと言っています。


 ……ええ、恐らくこれはぼくの記憶でしょう。過去の記憶なんだと思います。


 はっきりとは思い出せないけど、それでも、記憶がそれは恋愛ではないと思うのです。

 きっと、先生が感じていた彼女に対する好意は、恋愛感情には似つかない。

 とても、遠いものに思えます。それは間違いなく恋ではなかった。

 では何だったのか。それはぼくにはわかりません。

 ですが、これは間違いなく、それは恋愛とは言えない別の感情だったと思います。


 そしてそれを、或いは、彼女も抱いていたと思います。


 だから最後の最後にふと滑ったように謝った。

 答えを聞く前に謝って、泣きだすなんておかしいと思いませんか。

 もしかしたら先生が、本心を顔に出し過ぎていたのかもしれませんが、

 そうだとしても、表情だけで人の感情の全容がわかるものなんですか。

 真意がわかる物なんですか。

 読み取れても、読み取れるものは少ない筈です。

 であるのに彼女の涙はまるで、断れる事を分かっていたかのようなタイミングで流していていました。

 だからこの解釈では。

 今の先生の【後悔】を紐解けば、全ての謎が解かれると思われます。

 これも、ただの解釈なので悪しからず。



 解釈3。価値観。


 先生の価値観をぼくは知りません。

 他人の考えや感性は、きっと人は一生理解できません。

 価値観は時が流れる度変化するもので、世界の見え方も、ものの考え方も、自分と他人とは全く違うのです。

 ただし想像することは、出来ます。先生がもつ価値観や感情は、話を聞く度にふんわりと分かってきました。これはきっと、当事者であればあるほど分からない穴で、第三者だからこそ気づける事実かと思います。

 先生は恐らく、とても口下手で、面倒くさがりで、そして、勤勉であると。え?

 ……まあまあ、最後まで話を聞いてくださいよ。

 では聞きましょう。


 先生はなぜ、教師を目指したのですか?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ