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ぼくはフランケンシュタイン  作者: 夏城燎
ぼくはフランケンシュタイン
5/8

5「なまえ」


「ふ、フランケンシュタインとは また古いね」

「古いのですか?」 


 子供のころのハロウィンの仮装や、映画やドラマに度々なっていた気がする。

 でも、そういえば、最近めっきり『フランケンシュタイン』という言葉自体、見なくなった気がする。またしっかりとフォーカスされる時代は来るのだろうか?


「うん。最近はあんまり見ないかもしれないな」

「そうなんですね」


 この、少年から感じる多少の世間知らずな物言いは、

 記憶喪失と関係しているとしたら納得できるな。


「ええと、ちなみに。何かこう凄い事が出来たりするの?」


 言ってから気が付いたが、興味が先行した質問になってしまった。

 明らかな言葉足らずではあったから、

 もしかしたら少年には伝わらないかもしれないなんて思ったが。


「わかりません。今の所は」


 と、少年は言った。


「なるほどね」


 いや、冷静になって考えてみてくれよ。

 フランケンシュタインなんて現実に存在するわけないだろ?

 だってほら、確かそいつって死体から作られた怪物で、

 俺のイメージでは知能もなく、ゾンビのような感じだと覚えている。

 だがこの子はどうだ? 


 例え、記憶喪失という点が本当だとしても、

 流石に証拠を見せられなきゃフランケンシュタインであるという点は流石に信じきれない。

 まあ、別にだからなんだって感じでもあるんだが。


「ええっと、そう……その……」


 なんて考え事をしていると、背中をもじもじさせながら、

 何かまた言いづらそうな仕草を見せた。

 当然、「?」が浮かんだのだが。

 少しだけ考えた時に、あーっとなった。


「俺の名前は正道昌だ。呼び方は、正道先生ってのが一番慣れてる」

「あ、ありがとうございます! よくわかりましたね」

「まあ、日ごろから子供の相手をしているからな」


 小学生の相手はそういう察しの連続だ。

 まだ言葉すらままならない児童が抱える場合だってある。

 これはその子らの伝えたいことを読み取ろうと頑張る末に、習得できる能力である。

 それで、名前を聞かれた事によって、俺もその質問を返してみようと思った。


「お前の名前はなんていうんだ?」

「なまえ……」


 俺の言葉を聞くと「名前」という台詞を、まるで水に沈んでいくように復唱する。

 様子から、どうやら名前を――『憶えていない』ようだった。


「……君は名前すら、自分で分からないって事なんだね?」


 俺が確認の為にいうと、少年はまた肩をびくんとさせ、こちらをちらりと見た。

 少しあどけなさがある横顔。

 それに俺は可愛さを感じつつ。

 少年の瞳には、動揺が伺えた。


「そう、なんです。ぼくは、ぼくの名前を、知らない」


 自分の小さな両手を見つめながら、少年はわなわなと震えた。

 自己の喪失。きっとそれは、計り知れない不安が伴うものだ。

 自分が何者であるか、自分が誰の家族であるか、

 全てがわからなくなって、頼れる人すらいないこの子供は、

 きっと、どうしようもなく助けを求めていたのだろう。


「落ち着いて」

「……」


 俺は少年の肩に手を置いた。

 そして「深呼吸しな」と促すが、『深呼吸』が何か分からない様子だったので、

 俺が深呼吸を実践してみせて、少年にもやらせた。


「……ありがとうございます」

「わるい。少し考え不足だったな。思い出せないのは、とても辛いだろう?」

「ええ、何も覚えていないのは怖いです」


 震えた声で少年は肩をがくんと落とす。

 俺はそんな彼をみて、どうしようもなく、見ていられなくなった。

 助けてやりたい。

 でも、俺には正直。

 そんな余裕がない。


「……」


 分かっている。俺は今はもう大人だ。

 忙しくて忙しくて忙しくて、生きる為に働いて、

 そした結果に、最近は間接的に生きる意味を見失っている。

 教師を目指したのも、別に教師に対して強い憧れがあったわけではない。

 まあ、仕事が嫌って訳ではないのだが。


 でも俺は、彼を助ける術を知らない。

 楽しそうな子供に助けられることもあった。

 でも、悲しそうな子供をみて、

 俺はそいつに、何かを言ってやれるほど、偉くない。

 生徒を叱ったこともある。

 生徒の話を聞いた事もある。

 だが――記憶喪失の子供を安心させた事は一度もないのだ。


 手を差し伸べたい。

 でも、助け方が分からない。

 だから、口ごもった。


「――――」


 でも、ふと、思った。

 これならできるかも。って。


「じゃあさ、一時的に名前をつけないか?」

「……え?」


 俺の言葉に、目を見開いて、溢れそうになっていた涙が溜まった目頭を俺に向けた。


「思い出せないなら仕方ない。その間だけ、新しい名前をつけよう」


 提案。にしては、多少ガキ臭いのかもしれないし、安直でもある。

 でも今必要なのは、しっかりとした名前ではない。借りの名前なのだ。

 もちろん、記憶がないという不安を払しょくできるわけではないが。

 それでも、名前があるとないでは、やっぱり違うと思う。


「……どうやって?」


 俺の提案に、首を傾げず、そのままの視線で言葉を投げる。


「簡単だよ。じゃあ――俺の名前のあきらってのはどうだ?」


 昌。しばらく使ってなかった部分だ。

 正道先生ってのが板についたから随分とほこりをかぶった名前でもあるが、

 少なくとも今の俺は、昌と呼ばれて反応しない。


 名前を聞いたあと、少年は静止した。

 そしてこちらを向いたと思いきや、その顔は少し嬉しそうに紅色に染まっていて。

 今度は嬉しそうに口角を上げていた。


「……いいですね。でも、そのままっていうのは少し、正道先生と混同してしまいます」

「俺は大丈夫だよ。正道先生が聞きなれてるし」

「ぼくが慣れないんです!」


 やけに食い気味に、それも元気満点に言われた。

 少年はベンチから立ち上がって、右手を顎にあて考えるように歩き始めた。

 そしてぴたっと止まって、少年の頭上で豆電球が灯るのを俺は目撃した。


「そうですね。それなら、昌から一文字抜いて――『アキ』っていうのはどうでしょう?」

「アキか……! いい名前じゃないか」

「あ、ありがとうございます!」


 少年は……――アキくんは褒められた事をとても嬉しく感じたらしく、頬を赤く染めて嬉しそうに微笑んだ。少年のそんな顔をみて、俺は多少安心した。


「まさか路頭に迷ってたら名前を手に入れるなんて……これはいい収穫です!」

「……収穫?」

「はい!」


 と言い。アキくんは喜々とした笑顔で。


「ぼくは思い出した記憶の事を『収穫』だと思っているんです」

「あ~なるほどね……他に何か覚えている事はあるの?」

「そうですね……何とも言えません。感情というか、人としてあるものを思い出しているだけで、自分の過去についてさっぱり……」

「……そっか。最初は感情すら忘れていたんだな」

「そうですね。最初は考える事すら分からなくて、しばらくの間は土の中で、ぼうっとしていました」


 そっか、本当に、記憶含め全てを無くしていたんだな。


「だから」


 俺がそう考えにふけっていると。アキくんは嬉しそうに続けて。


「ぼくは人を知りたいなって思っているんです」

「……ほう?」

「何というか、自分を思い出して、自分を探したいなって思っているんです。だから、人の話を聞きたいなって思っていて……他人の感情とかをきっかけに、自分を探せるんじゃないかなって」

「そっか。それでこの公園に?」

「そうなりますね」


 少し熱く語っていたが、後半にかけてどんどん減速していき。

 終いには両手を繋ぎ股間あたりでぶらぶらとさせながら、愛想笑いを浮かべていた。

 まあ正直、まだこいつが人外っていうのは半信半疑ではあるが。

 このくらいの子供がこれまで話せるのも、

 記憶喪失であるのもこれまでのやり取りをみて伝わってきた。


「にしても、この時間帯に外を出歩くのは少し危ないな」

「……ですよね。でも、寝泊まり出来る家がなくて」

「ならまあ、俺の家にでもこればいいよ」

「え?」


 そう言うと、アキくんはきょとんとした顔でこちらを伺ってきた。


「いいんですか?」

「気にしなくていい。昼間はいないし、夜も疲れて帰ってくるから、お世話とかはできないけど」

「つ、つまり?」

「何も迷惑じゃないから、気にしなくていい」

「……本当ですか?」

「本当本当」


 うんうんと両目を閉じて頷いて見せると、アキくんはやっと確信したようで目を輝かせた。

 可愛いな。

 うちは基本人がいないし、俺も仕事が忙しくて土日すら家にいない時もある。

 そういう場所を居場所というのかは俺には分からない事だが、

 でも、こいつが夜中歩かなくていいなら、それでいい気がする。

 まあ、もちろん人に見られたら不味いんだけどな。そこはアキくんに気をつけてもらおう。


「まあ、じゃあ、一緒に帰るか?」

「はい! でもその前にいいですか……?」


 俺がベンチから立ち上がると、アキくんはベンチに座ったままそう続けた。

 俺は彼に振り返ると、そこに居たアキくんは――。


「正道先生。あなたの思い出を、聞かせてもらってもいいですか?」



 と、少年は、哀傷匂う微笑みを口に張り付けて、俺を見上げてみせたのだ。



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