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ぼくはフランケンシュタイン  作者: 夏城燎
ぼくはフランケンシュタイン
4/8

4「西洋の怪物」

 眼前のみすぼらしい少年の言葉に、思わず過去の記憶が溢れてきた。

 俺はきっと、顔面蒼白で冷や汗を流しているのだろう。

 そんな俺を間近にして、少年は分からなそうな顔をした。


「どうされましたか? もしかして、人外はお嫌いですか」


 なんて素っ頓狂な言葉を本気で呟かれた。


「……いや、なんでもない」


 子供の戯言にしてはと、その言葉を妙に感じ取ってしまった。

 いや、まああの夏の思い出のせいだろうが。

 あんな何年も前の話、もういい。


 俺は手を伸ばして、少年に突き出した。

 あくまで自分の意思で腕を取ってほしかったからである。

 それはもちろん、強引に腕を掴み上げるのは、俺の趣味ではなかったのでね。


 それでも子供は、その手にまるで応答しず、

 その瞳にある何かを揺らしながら、ふとまた微笑んだ。

 それもあの彼女の面影があるような口角の上げ方をみせて。


「ぼくは帰るところも無くて、だから良いんです。気にしないでくださいよ」

「そういう訳にもいかないんだよ。俺は教師として、お前をこの時間にこの場所に放っておくわけにはいかないんだ」

「と言われましても、困るんです」


 なんて少し目線を逸らして、言いづらそうに言葉を詰まらせた。

 そろそろ本当に深夜と呼ばれる時間に突入し、

 更に子供にとっては危ないような時間帯へとなっていく。

 でも、どうやら少年の物言いから、

 本当にそれを必要としていないような感覚が、

 差し出した腕越しに伝わってくる。


 ……とはいえ、教師として、それが正しいのかと言われると、

 きっとそれは間違えている。

 だから俺は、ついにその少年の腕を掴もうと手を伸ばした。


 すると、少年はその腕に目を丸くし――瞳孔が開いた。瞬間。


「……ん?」


 ふと、その場から少年が消えた。

 俺はほぼ考えもなしに周りを見回してみせるが、

 そこにはもう、あの少年の影が見当たらない。

 そんな事があり得るのか。

 と、やっと頭が動き出すが。

 そうしても、別に状況に変化が起こるような事は全くなかった。


「……」


 子供の足ってそんなに速いのか?


 でもなんだか、消えたようにも見えた気がするが……。

 俺も少し酔いが回ってんのか?


 その目の前で起こった現象について、酔いながらもその時、全く納得ができなかった。

 だから俺は考えながら、公園を散策しようと足を動かした。


 しばらく探してみて、そろそろ「俺は何をしているんだ」と思い始めて来たころになってきて。

 萎えた感情を隠す事すらできず、そのまま、

 またあのベンチへと座り込んだ。

 そしてそこに置いていた缶ビールを掴み上げて、一杯また煽った。


 きっと、あの子供は、教職の忙しさに疲れた俺の夢だったんだな。

 と思う事にして。スマホをふと見ようと体を起こした。


「……」


 すると、ぼやけた背景の奥底に、少し動く影があるのに気が付いた。

 その時に、また酔いが飛んだ気がした。

 俺はスマホをみるようにしながら、

 視界の端でそれを観察していると、

 ――やっぱりそれは動いた。


「――ッ」


 俺はサボりがちだった陸上部で培った持ち前の脚力を、その瞬間、使った。

 公園の低木を乗り越えて住宅街に入り、その動いた影に一直線。


 石垣の影が逃げるように引っ込んだのを目で捉えたが、

 大人げないスピードですぐに俺も石垣を曲がる。

 するとそこにいたのは。


「……」

「……」


 尻餅をついた。あの少年だった。

 腰を下ろしたその少年を俯瞰するように見てみると、

 その灰色の髪の毛を、やっと珍しいものだと思うくらいの感想が浮かんできた。

 そういえば、みすぼらしい見た目であったこの少年だが、

 今思うと本当に妙な存在だと、ひしひし思えてきた。

 多少、俯瞰してから秒数が立っていたのだが、それでついに、

 少年の「帰る場所がない」という言葉について、

 変な納得感が生まれた気がして不服に感じてくる。


 俺とした事が。子供のいうことと、世間の常識というものを理解していながら、

 それでも子供のいう事に一時でも傾いた己に、

 少し常識を疑うというか、「それはどうなんだ?」のような、

 自分に対しての不信感が、みるみるうちに胸に溢れる。

 しかし、そんな事はつゆしらず。

 数秒経過して、やっと、わなわなと震える少年は、

 ――何故か涙を浮かべながら、呟いた。


「……あんまり、じろじろ見ないでほしいです」

「あ、すっ、すまん」

「恥ずかしいので」


 あっ、恥ずかしいだけなのね。




 公園に戻ってきて二人でベンチに座る。

 電灯に漂う虫たちが何だかうるさく感じてきて……いつもならそうでない。

 だが、その時に限って、何か虫がとても五月蠅く感じた。

 それはもしかしたら、自分の感覚でいうところの、背徳感というものなのかもしれない。

 やはり、自分の中で、子供の安全やら子供の未来やら親の顔やら考える事が多かったから。

 だから、少しこの行動について、俺は背徳感を抱いているのだろう。


 ベンチに座って少し経っていた。

 少年は落ち着かないように両手を太ももに立て、

 何かを言いたそうな様に見えるのだけど、でも、その口はきっぱりと閉じ切っていた。

 だから俺から言葉を続けた。


「帰る家がないっていうのはどういう事なんだ」

「……そのままの意味です」

「いや、まあ、なんでって点についてだよ」

「ああ、それも正直分からないんです。ぼくは、ぼくの事を、何も覚えていないので」


 ――記憶喪失。だろうか。

 ちょっとまてよ、もしそれが本当で、

 それもこんな時間に一人で歩いているとしたら、

 それは本当に危険だったんじゃないか?


「それが本当なら大変じゃないか」

「いや、でも何だか、少しずつですけど思い出してきているんです。じわじわと」

「なら親がいないって言っていたけど、正確にはいるかどうかを覚えていなんだよね?」

「そういう事になります」

「……そっか。それは本当に、大変な思いをしていたんだね」


 親の顔すら思い出せない中、この夜を一人彷徨っていたとなると。

 それは正しく孤独という奴で、まあ、さぞ心細かった事だろうと妄想する。

 この子供から感じるそこはかとない悲しみといか、

 哀愁は、そういう孤独が醸し出していたのかもしれないな。


「じゃあ君は、何を覚えているんだい?」


 俺は続けて、疑問を素直にぶつけてみた。


「目覚めた時の事です」

「なるほど……じゃあ、どこで目覚めたの?」

「分かりません。ただ、森の中だったと思います」

「森?」

「はい。どうしてそこに居たのか、どうして土に埋まっていたのかもぼくにはわかりません」


 森の中で土に埋まっていたって、遭難して事故にあったりしたのだろうか?

 その事故のショックで記憶喪失になったり、したのだろうか。

 となると、本格的にこの子を病院に預けたりするべきなのではないだろうか。

 記憶喪失であると正直に伝え、この子を保護してもらうべきなのではないだろうか。


「そっか。じゃあ最後に一つだけ」


 こんな事を話して、少なくとも俺は何か出来るわけでもない。

 ただこれは、このムズムズとした自分の痒さは、

 俺の、いうなれば『好奇心』というものなのかもしれないな。

 そう思えると何だか自分が嫌いになりそうになる。

 けど、きっとこれは『好奇心』に近いものだ。


 だってそうでなければ、今ここで少年に対して、

 こんなに探るような事はしないだろうし。

 正直、どうして俺は、少年の話を聞こう。

 という気になったのか全く見当がつかない。

 だから、そのモヤモヤを解明して気持ちの整理をつけたいのかもしれない。


 今の所、まだソレの実体は、掴めてはいなかった。


 だから俺は、続けた。


「ぼくは人間じゃないんです。って?」


 言ってから、自分の中の核心に触れた気がした。

 少年はその言葉にびくっと肩を揺らしてから、

 少し観念したかのような仕草を背中でみせて、ゆっくりと言葉を吐き出し始めた。


「思い出したんです」

「……思い出した?」

「ええ、【自分が人間ではない】。そのことだけをはっきりと思い出したんです」


 思い出した。という言葉で俺もそういえばとなる。

 そういえば、この子のさっきの瞬間移動の様な挙動も、

 その『自分が人間ではない』。という点に関係しているのかもしれないな。


 いや、そんな事が現実にあり得るのか、という普通の観点を持ちながらの疑問であるが。

 ということで、俺はその『人間ではない』という点に現実的な視点を持ちつつ、次にこう質問した。


「それは・・・記憶を全て思い出していないからそう思っているだけなのかもしれないよ。もしかしたら記憶を失う前の君は、自傷的な意味合いで『人間じゃない』って言っていたのかもしれないしさ」


 と、一応そういう場合もあるという可能性を出してみるものの、少年の反応はいまいちで。


「いえ、そうではありません。間違いなく、ぼくは人間ではないのです」


 その少年の口調からは確固たるものを感ぜられた。

 何かの確信を元に、それを言っているような。

 これだけは本当に、僕の中の真実なんですと。

 少年は本気で思っている様だった。

 だからそれを安易に否定するのは野暮な気がして、そんなのは思い違いだと心で思ってはいたが、俺は、心にもない言葉で、心にもない風に、それを言った。


「じゃあ君は何者なんだい?」


 軽く言った言葉にしては、何だか口の重みが違う気がした。

 俺は言ってから、軽率であったと後悔を覚えた。


 だからすぐ、いや、野暮な事を聞いた。と訂正しようとしたが。

 相する前に、少年はそれに、言及した。


「……ぼくはフランケンシュタインなんです」


 思っていたよりもそれは変化球で、知っている中でも最も影が薄い存在。


 西洋の怪物、フランケンシュタインを自称した少年と。


 俺は出会ったのだった。


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