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ぼくはフランケンシュタイン  作者: 夏城燎
ぼくはフランケンシュタイン
3/8

3「人外宣誓?」

 正道昌せいどうあきらは、まだかの教師が、教師を目指していなかった頃によく呼ばれていた名前である。


 歳を重ねるごとに、呼ばれなくなった昌の部分が少し嫌いだった中学の時だ。

 時期は夏、

 まだ温暖化も今よりは進んでいない影響か、

 現代に比べるとさほど熱くない夏であった。


 そんな下で、

 つい最近共学化がやっと進み男女が通う時代になった学校で、

 授業をサボり、立ち入り禁止である体育館の屋上で、

 短髪な黒髪を風に揺らしながら、蒼穹を遠い目で眺める少年がいた。


 その空には雲一つなく、絵にかいたような青色で、

 その下で眠れることが、どれだけ極楽であるかを、

 少年は噛みしめていた。

 あいや、授業をサボった理由はもちろんそんな理由ではない。

 ただ、勉強が性に合わないと言う、多少マセた事が理由であったのだが、

 今思うと、そういう時期であったというだけの事である。


 もはや、教師ですらサボりの覇者である彼を追いかけにはやって来なくなったころ、

 少年はまさに、青空の下で鼻歌をうたっていた。

 その日は中々に快晴であったもので、気分は多少眠気を孕んでいた。

 全身がまるで、親の布団に勝手に潜っているような温もりであったせいでもある。


 彼は自堕落で傲慢な、まさに不良と言える体裁をとっていたおかげで、

 友達というのはまるでいなかった。

 一匹狼の孤高な存在。

 別に彼は、そういうのをカッコイイと認識し、

 憧れた訳ではないのだが、

 それでも、クラスの連中にはそう笑い話にされていた。

 もちろん、あいつらを、彼は殴ったが。


 そんなある日、彼は体育館の緩やかな斜面で寝転がっていると、

 ふと下界から声が聞こえた。

 何の訳もなく、ただただ少年が、興味すらも抱いていない癖に、その音に、耳をたてる。


「……」


 何を喋っているか、しっかりとは聞き取れなかった。

 ただ声色から想像するに、下で喋っているのは教師と女性であった。

 女性は大人の感じがしたが、

 この学校の教師に、あんな声の人間はいなかたった。

 以前、聞き取れない言葉に耳を向けていると、唐突に。


「いい加減にしなさい」


 という怒号を境に、彼らの会話がはっきり聞こえるようになった。


「何日休んでいると思っているの?」

「まあまあ落ち着いてください」

「あなたはね、いい高校、いい大学に行って、医者になるんでしょう?」


 物言いは、酷く強引だ。


「あなたが子供のころに憧れた未来へ、私達はっ、どれだけ考えて、どれだけ働いて来たか。あなたには分からないでしょうね? どれだけ私や、お父さんは、あなたの事を考えているかなんてッ」

「お、奥様。今は授業中ですので、お静かに願います」


 聞くに、どうやら女は母親で、そこに生徒がいるような感じだ。

 そしてその母親は感情的になっていて、

 すすり泣くような音も聞こえる。

 それを困った顔でなだめようと、先生が四苦八苦しているのが、手に取るように伝わってきた。


 会話から推理するに、どうやらその生徒というのは『不登校』らしい。


 「なんだ、俺よりも不良じゃねえか」って、

 当時の少年はぺっと吐き出すように、

 その生徒を軽蔑してみせた。

 せっかくの気持ちのいい日光浴が、

 まさかそんなハプニングで阻害されるとは、

 数奇な事もあるのだなと、

 多少の不快さを覚えながらも少年は思った。


 それからというものの、快晴の日に限り体育館の屋上へ通い詰めていると、

 たまに同じような現場に出くわしていった。

 最初こそ、ただただ鬱陶しいとしか感じていなかったが、

 聞き耳を立てていると、話をだんだん理解して来た。


 どうやらその生徒は極度に体が弱く、簡単な事で体調を崩してしまうらしい。

 だがそれを『言い訳』と一蹴する母親の強引な物言いは、

 聞いていてそれまでに募らせていた不快さを、更に募らせていく要因であった。

 先生も生徒の体を案じて母親をなだめているのだが、

 それでも折れない母親は、まさに人ではないように思えた。

 心が分からないのなら、怪物であると、彼は心で、更にその母親を嫌悪した。


 だが、その嫌悪を募らせるたびに、

 ふとその病弱な生徒とやらに、同情の念を抱いている自分がいた。

 あんなに親に誹謗中傷をいわれ、行きたくもない学校に連れて来られるのは、

 さぞかし苦しいのだろうと。

 どれだけ下界であいつらが喧嘩していても、

 その生徒と思われる声が全くしないのは、

 もしかすると、何も言えなくなっている証なのかもしれない。


 可哀想だと感じた。


 あんなに母親がヒステリックに騒いでいるのに、

 当事者は何にも言葉を発せないのだ。

 いいや、もしかしたらもっと理由があるのかもしれないが、

 なんにせよ、俺は心中複雑に思っていた。

 とはいえ、先生に見つかる訳にもいかないから、

 あと危ないから、体を乗り出して、その現場を拝もうとは全く思わなかった。



 そんな日である。


 俺が珍しく、得意だった体育の授業を受けている時の事だった。

 その日はやっと本格的に夏となってきた時期で、

 そろそろ学校も夏休みに入ろうとしている目前であった。

 体育館に水筒を持参してくるのにそろそろ慣れ始めた時に、

 授業中にガラガラと体育館の巨大な鉄扉が引かれた。

 すると、現れたのは。


 ――黒髪の少女であった。


 凛とした少女であった。

 長い黒髪を靡かせながら、体操服ではなく白いシャツ姿で現れた彼女には、

 ほとんどの男子が目を持ってかれていた。

 実の所、俺も同じく、気が付けば彼女を目で追っていた。

 今までクラスで確認した事が無い生命体に、みな興味津々であったのだ。

 あれは誰だ。

 あれは何者だ。

 あれはどういう存在だ。

 なんてふざけた思考が回っちまうくらいには、彼女は可憐だった。


 そして次の瞬間、ジャージ姿の先生が口を開いて、やっとそいつの名前を知った。


井芹紗良いせりさら。こっちへ来い。出席をとるぞ」

「……あぁ、ええ、まあ、いいですよ」


 優しさの中に芯が通っているような美声が、そう囁いた。

 ふと、開かれた小さな唇はメイクをしていないのに、

 はっきりと赤く見えた。

 少年は彼女の丸くて整った顔立ちを存分に観察し終えてから、

 その名前を記憶に刻んだ。

 いいや、正確に言えば、記憶が呼び起こされたが正しい。



 井芹とは、下界で喧嘩していた母親が、教師に呼ばれていた名前であったと。






「あ? 井芹さんについてか?」


「井芹さんは病弱って聞いているわよ」


「流石にあんたがあの子に絡み始めたら、クラス全員があんたを軽蔑するわよ」


「誰がお前なんかに教えるか」


 との通り、どうやら井芹紗良という女性は、

 概ね俺が覚えている少女の情報と合致している点が多々あった。

 まず、驚いた点で言えば、俺以上の不良が同じクラスであったこともあるし、

 それ以外には、あんなに整った美貌を持っている事も驚きであったし、

 なにより、病弱な生徒が女性であったことにも驚きを隠せなかった。


 なるほど、と意味もなく納得する。


 ただ、だから何だと思った。

 彼女の事を聞いて調べても何かある訳ではない。

 俺は別に彼女に多少同情してやっているだけで、それ以上もそれ以下もない。


 ……なんて戯言を書き出しかけたけども、

 それは虚勢をはっているだけで、実際はとても気になっていた。

 彼女の姿もそうだし、境遇もそうだし、

 何より俺は、あの場で口を頑なに開かない理由が、

 無性に気になっていた。

 どうしてそんな行動が取れるんだ?


 なんて体育館の屋上で考えていた。

 今思えば、割と思春期的なものもあったように思うけどね。

 まあそんな事はさておき、体育館の屋上で空を見上げながら、

 いつの間にか彼女の事で頭が一杯になっていた。

 それに気が付いた時、初めて顔が赤らめて、とても恥ずかしいと感じた。


「……」


 それで、一つ気になったのは、なぜ体育館に現れたのかだ。


 彼女は病弱な体質であり、

 その上毒親のせいで間違いなくストレスを抱えているのだと思うのだが、

 何故今日になって、唐突に学校へ登校したのか。

 あいや、もしかしたら本人には登校したいという意思があったのかもしれない。

 でも、そうだ。

 体育館へ入った後の顔は、少し浮かない印象を受けた気がする。

 もしかしたら、ついに先生が折れてしまって、彼女を学内にいれたのだろうか?

 確か現れた後、彼女は体育の授業には参加しず、

 次の授業の頃には教室にはいなくなっていた。


 どこへ行ったのだろう?


 いや、考えても仕方ない。

 彼女の事でここまで考えているなんて、

 人に知られたら死にたくなるに決まっている。

 つうか、俺はあんな不良を認めてもないし、

 まずまず見下す対象だ。

 だから、考えてもしゃーない。そうだよな?


「……」


 可愛い子だったな。


「……」


 いい声してたな。


「……」


 なに考えてんだろ、あいつ。


「――あ」


 俺は思考の海に浸りすぎた。

 故に、足元が狂って、風を感じながら、晴天の下で空を駆けた。

 体育館の屋上から転落したのだ。


 高さは間違いなく十メートル以上あって、

 流石に「あ、死んだ?」って思った。

 でもそうはならなかった。だって、目の前の木に落ちて、体の所々に切り傷をつけ、最後には尻餅をついて地面に不時着したからだ。


 俺は助かったとはいえ、衝撃で、

 そのまま地面で気を失った。

 あの時の事は衝撃であまり覚えてはいないが、とても痛かった事と、

 すぐに駆け寄ってくれた先生が居たのをぼんやりと覚えていた。



 目が覚めると知らない天井があった。


「イッ」


 起き上がろうとすると、全身に痛みが走った。

 漏れた声が部屋に響いて、持ち上げた体が鉄のベッドに叩きつけられる。

 すると割と大きな音がなって、そのおかげなのか知らないが、白衣を着た女性がカーテンを開いて様子を見に来た。


「やっと目が覚めたのかい」

「……ここは?」

「あぁ? 保健室だよ。あんたもしかして、大事な記憶でもどっかに落っことしちゃったんじゃないのかい?」

「はっ。それで更生すればよかったのにな……イッ!」


 なんて冗談をいうと、怪我をしている箇所を乱暴につままれた。


「そんな声だせんなら元気だね」


 保健室の先生は嬉しそうにいうと。


「体育館の屋上への南京錠を壊して入るなんて、どれだけ不真面目なんだか。

 とにかく、あの高さから落ちて大事にならなかっただけ、あんたは運がいいよ」

「うるせぇ……」


 強がっているけど、それは負け犬の遠吠えに近かった。

 だから先生は面白そうに笑みを浮かべ、カーテンを閉めてどこかへ行った。

 しばらくしたら、保健室の扉を開け、先生がどこかへ出かけて行ったのを気配で察した。


 ふ、ふざけやがってあのばばぁ。


 なんて言葉にだしたら、消毒液でいじめられそうだったから、何んとか耐えた。


「……」


 どうやら俺は保健室に運ばれたらしい。

 まあ、あの高さから落ちたんだから、それはそうだろうな。

 骨とかが折れてないみたいでよかった。

 ただやっぱり、強くケツを打ったからいてえけど。


 怪我は久しぶりだな。

 なんて喧嘩好きみたいな言葉を吐いているけど、

 別に喧嘩が強い訳じゃないし。

 人だからな。

 やっぱり体育館の屋上なんて危ない場所はよしておこう。

 でも、それはそれとして。


「はぁ……しくったな。あんないい場所がバレちまったらもういけねぇじゃねえか。せっかく、いい暖かさだったのに」


「体育館の屋上なんて、とても気持ちいでしょうね」


「はあ!」


 突然、知らない声が保健室に響いた。

 俺は驚いて体をビクンとさせ、またベッドを大きく鳴らした。

 その声は少し弱弱しい揺れ方をしていて、疲れたような声色で、俺は思わず、半ば反射的にカーテンを開けた。


「……」


 先生が出て行ったほうのカーテンの先には誰もいなかった。


「どこ見てるの?」

「っ?」


 次の声は、明らかに横から聞こえた。

 俺は赤面しながらも、右側のカーテンをどけると、そこにあったのはまた白いカーテンだった。

 でも次の瞬間、そのカーテンは明らかに動いて。

 そこから顔を出した人物を、俺は知っていた。


「こんにちは。初めましてかしら」

「……井芹紗良?」

「あら」


 腑抜けた声が聞こえてきた。

 ――それは、鈴を鳴らしたかのような繊細な音で。聞き入るくらいに可愛い声だった。


 それで、彼女は自分のベッドのカーテンをどけて、俺に顔を晒した。


「……」


 カーテンをどけるときに使った腕に巻かれていた包帯を見逃さず、

 彼女の細い腕をまた見逃さず、

 そして彼女のその綺麗な顔面に、俺は思わず見蕩れていた。

 そして彼女は一瞬ぴくっと動いてから、小さく息を吐いて言った。


「私には近づかない方がいいわよ」


 そう前置きをして、その次の言葉で俺ははっとした。

 彼女は凛々しい眼差しを向けて、多少の溜めを生み出してから、

 右手で布団を強く握って、やっと、重苦しい口を開いた。


 彼女は、苦笑しながら、告げた。あまりにも下手に、口角を上げて。


「私、人間じゃないから」


 人外宣誓をしてみせたのだ。


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