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ぼくはフランケンシュタイン  作者: 夏城燎
ぼくはフランケンシュタイン
1/8

1「ぼくのリスタート」

 ぼくはフランケンシュタイン。

 名前はなくて、体もなくて、そして心もありません。


 右手を上げれば埃が落ちて、足を上げれば土が落ちます。

 体の大部分を構成するのは、フランケンシュタインと名乗るとおり、死体です。

 屍を繋ぎ合わせて生まれたぼくは、ある日忽然と動きだしました。


 その場所は、もう忘れ去られた深い森の中で、ぼくは全ての記憶を失った状態で、目が覚め、意識をはっきりとさせたのです。

 最初は何に対しても、違和感を抱きませんでした。

 ただ無意識と知っていた感覚は一つだけあり。

 それは、『呼吸』をすることだけだったのです。


 ぼくは最初の数週間は、呼吸をただ繰り返していました。

 思考するコツを掴むまで、ぼくは指してくる光をずっと眺め、肺を膨らませるだけの生活を送り、空虚な胸の寒さと、妙によく感じる体の痒さがあって、ぼくはそれに、ただただ触れているだけでした。


 そこから思考することを覚えたのは少し後の事でした。

 思考は、凄まじかった。元々、知能はそれなりにあったようで、ぼくは土から這い上がってからは二本足で生活しました。

 ついにぼくは、移動を始めたのです。


 ……。

 孤独が世界を覆って、まるで人が、自然を忘れてしまったかのような寂寥感が、フランケンシュタインの眼前には広がっていました。その森は、人に忘れられた結末だった。

 とても、孤独に溢れていた山でした。季節の影響か、落ち葉が多く、葉を落とした黒い枝の痩せた木々らは、まるで怯えるような様子をみせていました。細い枝の隙間から通ってくる静かな日光は、フランケンシュタインの土臭い頭頂部を焼いて、ざくざくと進む傾斜の先には、空気に乗って水気が漂っていました。

 フランケンシュタインは全裸でした。言うまでもありませんが、彼は男です。生まれたままの姿、とても文字通りで結構です。さて、彼の風貌について語りました。

 世界を目に収め、歩き、空気を食べる。それら行動、見える景色、触る感触に対し、理解を示すたびに、フランケンシュタインは一つ。カケラを拾っていきました。

 地を這っていくと、ふと足を湿った落ち葉に翻弄されて、終いには尻餅をついてしまいました。衝撃は、彼の脳まで揺らしてしまい。ただでさえ脆い体に、明らかな爪痕を残していきました。それは一つのカケラであって、そして人なら当たり前に持っていると、フランケンシュタインは直感的に理解しました。それは『痛覚』。痛みや苦しみを、初めて感じたのです。その頃になってやっと、フランケンシュタインは『自分が何かを忘れている』と気が付きました。でも、その違和感を抱えたままで、もちろん、彼にはそれを払拭できるほどの経験がない。だから彼は、諦めて歩き始めるしか、ありませんでした。

 フランケンシュタインは歩くことをやめませんでした。聞くまでもなく、歩く事しか知らなかったからです。それに、歩くだけで一つ、また一つと彼はカケラを獲得していきました。

 そしてフランケンシュタインはそのたびに、自然と口角が上がっていくような高揚を覚えていき、まさに気持ちが浮かれていたのです。…ただ、そんな感覚を表現できるほど、まだ彼は語彙を獲得してはいません、だからこそ、私が注釈を行いましょう。

 呼吸を続け、歩みを続け、そして彼は数々のカケラを獲得していきました。記憶が呼び起こされる感覚が相次いでいて、彼もその生を、少し楽しんでいた。

生への好奇心が、いつの間にか芽生えていたのです。

 だからこそ、次に獲得したカケラが、そのフランケンシュタインの初めての絶望となりました。


「…」


 始めは水がぽつぽつと滴り落ちて、瞬間、劈くような音が背後から向かってきました。

 訳も分からずぼくは足を進めて、

 逃げよう逃げようと斜面を駆け下ろうと踏ん張ったのですが、

 全く遅く、その音はやがて世界を包んで、そして。


 僕は水浸しになってしまいました。


 次々と、休む間もなく天から降り注ぐ水に、ぼくは戸惑いました。

 とても震えるような寒さが全身を包んでいき、

 重かった体が、更に重くなっていきました。

 ふと、空が光りました。観測した事がない超常現象。

 驚いたぼくは、逃げる事しか出来ませんでした。

 息が上がっているのも無視して、とにもかくにも、前へ前へと走り続けたのです。


 そうこうしていると、斜面でまた、思いっきり足を滑らせて、

 「あ」とひらがなを口から吐くと。

 ぼくは迷いなく、ただ真っ逆さまになって、自重の赴くままに転がりました。

 まるで、世界が回転しているような、感覚。

 全身に転々としていく痛みはついに、

 体験した事のない領域へと届いていき、

 ぼくは意識を、手放しそうになってしまいます。

 でもそうなる前に、また衝撃が全身を驚かせました。


 ガシャン。


 という音と共に。世界の回転は乱暴に終わりました。


 背に地を着けながら空を仰いでいると、水がひたひたとまだ降り注いでいて、無情な空に初めて憤りを覚えると共に、ぼくはぐったりとしながらも、首を傾げて、真下にあった、自分の体を見つめました。そこにあったのは、泥にまみれて汚らしい上半身と、ぼくの長い灰色の髪と似た色の――血でした。

 ぼくの体は、見るに堪えないものになっていました。

 目をつぶりたくなる惨状に、言葉が出ません。

 足は砕け手は斜面に残されていました。

 そして流れる。灰色の血。

 ぼくはそれを、自分の血であると、知っているようでした。

 それも、獲得といえるのでしょうが、

 そんなことよりも、そんなことよりも、――意識の限界を、刻々と感じた。


 ぼくは目を閉じました。

 初めて、閉じてみた瞳に多少の感動を覚えながらも、ぼくは意識を、ついには手放しました。





 それは、初めての『死』でした。





 そこで。

 ぼくは一つ。思い出しました。


 感覚です。

 ぼくはまた、それを獲得しました。

 それはぼくにとって、後にかけがえのない物に変わっていく大事なカケラでしたし、また別の意味も含んでいたのでそれも言ってしまうと、それはその瞬間、ぼくにとって、一生付きまとう事が確定した。してしまった事なのでした。


 それは正しく――『ぼくが人ではない』という真実に他ならなかったのです。


 感覚的に捉え、そして本能で理解したそれに戸惑いました。

 ぼくは何を感じているんだ?

 まずまず『人』とは、なんだ。

 人ではないとは、どういう事なのか。


 そう、まるっきり分からなかったのです。なんせ、何も覚えてはいないのですから。


「…」


 腕が動きました。足が動きました。

 空は晴れていて、空気は湿っていて、そして何より、体が軽くなっていました。あの傷が何もかも嘘であったように無くなっていて、ぼくは力をこめて起き上がると。

 するとふと軽くなった体に明らかな違和感を覚えて、その手を見てみると。


 小さくなっていたのです。


 そして、ぼくはどうやら『生き返った』ようなのでした。

 ついに、ぼくは、一つ。

 またふつふつと記憶を獲得しました。

 それはずっと知らなくて、考え方すらままならなかった真実で、

 そう、ぼくという怪物は。

 いまハッキリと『自意識』を獲得したのです。

 故にぼくは、忘れていた言葉を、初めて口に出す行動にでて、

 空虚で乾いていたぼくという怪物は、

 その時、正式に、はっきりと、覚醒を果たしたのでした。


 フランケンシュタインはそこでやっと『自我』を見つけた。

 そしてこれから、彼の長くも儚く、そしてちょっぴり寂しい人生のテープが、ついに巻かれ始めるのです。


 さあ、開演です。


 貴方は観客で、そして貴方だけが、彼を人として観測できる。


 これは物語。たった一つの、怪物のお話なのです。


「…ぼくは、フランケンシュタインなんだ」


 乾いた喉から吐き出た言葉にしては、まるで言い慣れたような、懐かしさを覚えていて。彼はもう一度、果てが見えない空を見つめて、息をする理由をふと、思い出したのだった。

 何者でもなく、人でもなく、にしては、人の様な見た目をしている怪物は。

 幼い手で目を擦って、また歩み始めたのだ。



 さて、フランケンシュタインのリスタートが、始まりました。


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