襲撃
あれから二週間。
今日から二日間、学園祭が開かれる。
サリオンとは話をしていない。彼は変わらずクラスでは賑やかに過ごしている。私が追いかけるのをやめたからか、図書館通いは再開したようだった。
あのあと私は図書館の三階にあった司祭の古い日記を読んでみた。でも大した話は書いてなくて、旧帝国の進軍を止めて消息不明としか分からなかった。父の話から想像すると、教皇は父が教えてくれた選択肢の三つ目、『他の世界に行く』ということをしたのかもしれない。その先で罪を犯して封印された。
ちなみに直接立ち入って読んだのではない。本一冊くらいなら離れていても風を起こして動かせるし、自分の目で見なくても文字は読める。というか読めた。それは時間がなかったので授業中にながらでやった。意外となんとかなるものだ。
そうやって過去の情報を漁っても、実感の湧かない話ばかりで、記憶が戻ってくる感じはしない。進展のなさに、もどかしさが募る。このままサリオンとずっと話せないままでいいのか。その答えすら出せない自分に辟易した。
学園祭一日目の生徒会の見回りをしている最中、私は違和感に気づく。
(何人かに、つけられてる?)
いつからだろう。こういう時はとりあえず父にひと言入れておく。メッセージを送り終わったその時、携帯が鳴った。
画面には幼馴染の名前が表示されている。
『ファナ、あのさ。たぶんだけどおれ、何人かにつけられてるみたいで』
「ラプラスも? ……私もなんだ」
言いながら、幼馴染を遠視する。同時に、学園内で怪しい動きをしていそうな者を片っ端から探していく。人数は十ばかり。隠れるのが上手な者は見落としているかもしれないが、おそらく私と幼馴染の周りだけ。私と幼馴染の共通点は、家が近所、父の弟子、特殊能力が使えること。
怪しい者たちのうちの一人は、聖ノア教会の正教徒派のペンダントをしている。たぶん司祭だ。その司祭は、私の後ろ……廊下の離れたところでずっとこちらを見ていた。ひどく、憎しみのこもった嫌な視線だった。でも隠れるのが下手で素人くさい。司祭なら、何か特殊な力を持っているはずだから、油断はできないが。
電話の向こうで幼馴染がカタカタとパソコンのキーボードを叩いている音がする。
『何が狙いだろうな。手を出してこなきゃ通報できないし、厄介だなあ』
「見る限り正教徒派の司祭が混ざっているが……」
『ああ、ファナの後ろの根暗なフードのおっさんな』
「……監視カメラをハッキングしてるのか」
遠視能力いらずだな。電話向こうでカタカタする音を聞きながら、私は見回りのルート通りに一階に降りる。やっぱりついてくる。このままずっと人混みにいれば何もしてこないか、それとも……?
『ふふん。ハッキングも何も、管理者アカウントだから。来校者データベースも──うわっ』
「ラプラス!?」
電話の向こうで激しい音がした。遠視すると、幼馴染がパソコン片手に中年の男を蹴り倒した瞬間だった。パソコンに向かっている隙を狙って来たらしい。
『大丈夫大丈夫!』
余裕ぶる幼馴染の死角で素早く動く影がある。
「後ろ──」
警告も虚しく、ガスっという鈍い音のあと、通話が切れたツーツーという電子音が耳を叩く。
幼馴染は頭を強く殴られ、怯んだ隙に使われていない教室に引きずり込まれていく。
私は一階の教室の前で立ち止まった。
今まで一定の距離を保っていたフードの司祭が近づいて来たから。
「こんにちは、生徒会長…………いや、穏健派のファナ司祭」
「……ようこそ、学園祭へ。楽しんでいただけてますか? 正教徒派の司祭殿」
私は油断なくその男性を見つめる。縁の太い眼鏡の奥で私を見る目にはやはり敵意が渦巻いているように思えた。
耳に当てた携帯端末から何か報告を受けたらしく、にたりと暗く笑う。
「ラプラスくんは私たちのところに来てくれるようですよ。君も、こちらに着いてきてくれますよね?」
「……」
たしかに、遠視すれば幼馴染は縛られて運び出されようとしている。正教徒派が特殊能力もちを狙うのは政争で自分たちの戦力を増やすためだろうか。つまり、彼を人質として私を連れ出そうという魂胆だろう。……だからって、言いなりになる訳にはいかない。
「お断りします」
「おやおや……状況が分かっていないようですね。ラプラスくんがどうなっても?」
「そうでしょうか? あなた方が彼に何かして人質がいなくなったら、困るのはあなた方では? もしくはこんな衆目のある場所で、私に手を出すことができるんですか?」
私は落ち着いた口調で答える。
そして話しながら、遠視中の幼馴染が廊下に出されたところを狙って突風を起こした。彼を縛る縄が何本か切れ、窓ガラスが割れた音が校舎中に響いた。
司祭が顔を真っ赤にして目を剥く。
「この──ガキめッ!! 教皇様の真似ごとも大概にせんか!!」
突然、司祭の影がぐわっと広がった。
「!?」
驚いて下がろうとしたが──間に合わない!
「ファナ!」
その瞬間、誰かに後ろ襟首を引っ張られた気がした。
影に呑まれ、視界が真っ暗になる。
「…………!!」
自分の身体すら見えない、息苦しいほどの真っ暗闇。
学園祭の喧騒も一切聞こえない。
なんだ、ここは。あんな隠し玉を持ってたなんて。油断した。
手……足は……動く。
どこにも異常はないようだが。
ここには、私以外誰もいないのか?
打開方法が分からず、とにかく周囲を探ろうとした時、声がした。
「生きてる? ファナ」
「!」
ふぉん、と小さな明かりが灯る。眩しい。ぎゅっと目を瞑ってから、そろそろと薄目を開ける。
古風なランプを手に持つその姿が、だんだんはっきりと見えてきて、私はぽかんとした。
「サリオ……ン?」
そこにいたのは確かにサリオンだった。
けれど。
「子どもになってる……!?」
光る銀髪に長い三つ編み、アイスブルーの瞳はそのままに。
そこにいたのは、せいぜい十二歳かそこらの、あどけない顔立ちの少年だった。