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生徒会長と転入生

 私は十六歳になった。

 父の勧めで本来七歳から入る塾に五歳から通いだし、十二歳から入学可能となる中等学院に主席で合格。今は高等学院二年で生徒会長をしている。その傍ら、政治や経営の一般資格を片っ端からとってメディアに取材されたり、母の事業を手伝ったりと、できるだけの努力を重ねてきた。それもこれも、両親の力になりたいという純粋な動機故だ。それでもまだまだ両親の視座には及ばない。

 もう一つの才能……特殊な能力のほうは、正直持て余してしまっていた。聖ノア教会の司祭の認定はとったけど、戦争に利用されるという父の忠言はあながち間違ってなさそうなので、穏健派に属して治癒促進の技しか見せないようにしている。広範囲を把握する力については今では都市をいくつか分、どこで何があっても分かるほどになっていた。


 そうすると、学院内のこんな噂が、自然と耳に入ってくる。例えば隣のクラスだと、「ファナくんが今日も麗しい」「私もお勉強を教えていただきたいわ」とか。上級生のクラスだと、「もう告白しようかな」「二組の××さんでも振られたらしいよ」、とか。


 …………うーん。


 外見は整えるようにという母のプレッシャーもあって、それなりに良い方だとは思う。

 インドア派故の白い肌に、すっと通った目鼻立ち。さらりと伸ばした黒髪は、後頭部ですっきりとひとつにまとめている。長いまつ毛と少々吊り目がちの目元。これらは父(いわ)く祖母似なのだそうだ。そして赤目を隠す茶色のカラーコンタクトがさらに神秘的な印象を振り撒いている。背は平均程度。トレーニングならたまに父と一緒にしているがちっとも筋肉がつかない。どうにかこうにか、うまく特殊能力を併用して体育の成績は男子の平均をかすっている程度。これでも大健闘である。

 好意を寄せられるのはもちろんありがたいのだけど、私はどうもじじむさいというか、未だに同年代と価値観が合わない。合ってると感じるのは両親を除くと年配の教諭(きょうゆ)くらいで。皆のことは好きだし、いい関係を築けているとは思うのだけど。


「ファナ! 昼メシ食おーぜ」

「ありがとう。でも今日は転校生の案内があるんだ」


 誘ってくれたクラスメイトに礼を言う。こちらは塾時代からの幼馴染(おさななじみ)だ。縁あって親同士も知り合いで、家族ぐるみの付き合い。友人と呼べる数少ない一人。

 そして、今日これから会うのは────


「よろしく、生徒会長さん」


 教室の前で、目線の高さが少し上くらいの男子学生が、人好きのする笑みを浮かべて立っていた。銀髪に近いアッシュブロンドに、透き通ったアイスブルーの瞳。転校初日にしてジャケットとシャツを着崩している。しかもなぜか両手に白い手袋をはめていた。特徴的なのはすっきりと左右に分けた前髪と、膝裏に届くくらい伸ばした一房の長い三つ編み。細身だが筋肉質で、顔立ちも整ってるから、前にいたところでは相当人気者だったのだろうと察せられる。


「俺はサリオン。同い年だからタメでいい?」


 一瞬、周りの生徒たちがアイコンタクトを取り合う。みんなの生徒会長にこんな()()れしくするなんて──しかし、サリオンの垢抜(あかぬ)けた雰囲気に、一様にまあいいか、という顔をして目を背けた。


「構わないよ。ファナ、と呼んでくれ」

「ファナ……」


 軽い握手を交わしながら、彼は私の名前を反芻(はんすう)する。そして、私の目を覗き込んできた。


「──『ファナ=ノア』?」

「!?」


 私はすぐに反応できず、尋ねる彼のアイスブルーの瞳を凝視(ぎょうし)した。それは、五百年前の偉人、白の教皇のフルネームだ。


「……ああ。よくある名前だろう」


 力と赤目は隠している。赤目がバレてたとしても、珍しいとはいえ他にもそういう人は居る。だからこの転校生はきっと名前に反応しただけ。なのになんだか落ち着かないのは、私と教皇に何か浅からぬ関係があるんじゃと、私自身が一番疑っているからかもしれない。

 曖昧(あいまい)な態度をとった私に、転校生──サリオンはにこにこと笑った。


「すっごいオーラあるから、もしかして血縁かなにかかなって思っちゃった。ごめんごめん!」


 素敵な笑顔に、その場にいる女子生徒が見惚(みと)れる。ちょっと口調が子供っぽいが、それがまた愛嬌(あいきょう)を感じさせるのだろう。

 いつの間にか人だかりができ始めていた。


「……行こう。結構広いからのんびりしていると昼食を食べ損ねるよ」

「オッケー。ここの食堂朝からいい匂いしてて、気になってたんだよね。校内案内なんて案内図見ればだいたい分かるし、パンフに載ってないことだけでいいよ?」

「そうか? じゃあ、理科室と美術室の場所は?」

「理科室は化学研究棟、図書室と美術室は大学校舎の中でしょ。大学校舎への入構は顔認証だからマスクはNG、新入生は登録までの一週間は生徒会メンバーに同行を依頼」

「正解」


 昨年も何人か転校生の相手をしたが、こういうのをスラスラ言える学生は初めてだ。これから二年通う場所をしっかり把握しておくのは当然なのかもしれないが、観点がなんというか学生っぽくない。人のことは言えないが。


「じゃあ、養護室と避難経路だけ案内したら食事にしよう。ここに来る前は何を?」

「中退して仕事をしてたよ。っていうかこの転入も仕事のうちなんだけど」

「仕事?」

「まだ秘密」


 サリオンはポケットに手を突っ込んだまま笑った。

 この出会いが、私の学院生活、のみならず人生すべてを大きく変えることになるとは、このときの私はまだ知らない。




 食堂は、私の好きな場所の一つでもある。何故なら、現在ここの食事は母の会社のフランチャイズで、レシピは母が作っているからだ。この食堂の改革は、私が生徒会に入ってした一番いい仕事だと断言できる。


 正面に座ったサリオンの盆の上には、あんなことを言った割にサラダとパンにポタージュという最も質素な組み合わせの定食が乗っていた。


「少食なんだな」

「うん。あんまり食べても意味ないから」

「成長期なのに体に良くないって親に言われないか?」

「俺、親いないしね」

「え──」


 平然とした答えに(まばた)きする。


「あ、ぜんぜん暗い話じゃないよ? もともと孤児で、早いとこ院を出て自立したってだけ」


 けろりと言うが、それは暗い話だろう。しかしアイスブルーの瞳が同情を拒否しているのを見てとって、私は追求しないことにした。


「──そうか。じゃあ肉は嫌いだろうか?」

「いや、別に?」

「なら、少し食べてみないか? このハンバーグはとてもおすすめだから」


 母が手間暇かけて作ってくれるのと同じ味。工場では機械が大量生産しているし冷凍で輸送しているから質は落ちるが、その分皆の苦労が詰まっていると思えば感謝しかない。だからこれはみんなに食べてもらいたいと思う。


「……会長ってば優しいね。でも遠慮しとく。明日挑戦してみるよ」


 一瞬、不機嫌そうに眉が寄ったのは気のせいだろうか。(まばた)きしたときには、サリオンははじめと同じようににこにこと笑っていた。


「ところで、放課後図書室に行きたいんだけど会長は忙しい? 他の生徒会メンバーに頼む方がいいかな」

「今日は構わないよ。何か調べ物でも?」

「単純に本が好きなだけ。ここって帝国一の蔵書って有名じゃん。入れるの楽しみにしてたんだ」

「へえ。どんな本を読むんだ?」

「主に歴史と伝記かな。図鑑以外ならなんでも」

「図鑑こそ面白いのに」

「ストーリーがないじゃん! 試験対策くらいにしか使えない」

「つまり知は武器になるということだろう。十分有意義じゃないか。必要な情報が簡潔にまとまっているほどいい」

「まじか、会長……。文芸とか興味ないの? 好きなアニメは?」

「そうだな……なんていったかな。大自然で女の子がのびのびと育っていく……」

「は? それ本気? ぷ。っく……」


 サリオンは、口もとを押さえて(こら)えるようにして笑っている。さっきまで大口を明けて爽やかに笑っていたのではなかったか?


「……もちろん、冗談だよ」

「何それ。……はぁ、久々にうけた」


 その言葉に内心首を捻る。あんないかにも陽キャラな態度のくせにその(こら)え笑いが『久々』なのか? それにしても、こんな同級生相手だと絶対引かれるようなクソ真面目なネタで冗談を言い合える相手は初めてかもしれない。

 サリオンは頬杖をついて再びにこやかに笑みを浮かべた。


「会長にはあとでおすすめを紹介するよ。ミステリーの、人間関係どろっどろしたやつ」

「それは、面白いのか? 何がいいんだ」

「人それぞれ。……人間の心の色々な有り様は、結構面白いと思うかな」


 トーンが少し落ちる。そうすると、はじめのキラキラした爽やかな雰囲気と違って物静かで、どちらかといえば刃物みたいな薄ら寒さがあった。もともと瞳の色が冷たいアイスブルーというせいもあるだろう。ただ私はなんとなく、彼には今の雰囲気の方が合っているなと思った。


(仕事、というのはなんだろう)


 彼がこの学院に来た理由。言おうとしないのを詮索(せんさく)するのはマナー違反だが、それは彼を理解する上で大きな要素である気がした。そこで、ふと気づく。この転校生のことを、私は結構気にしているらしい。会話が楽しいから? 

 考えながら食事を口に運び、嚥下(えんげ)してふと顔を上げると、アイスブルーの瞳と目が合った。どこか探るような怜悧(れいり)な光が交錯(こうさく)する。

 ……ああそうか。気にしているのは私でなく、彼の方か。

 単なるミーハーではないかもしれない。初対面で教皇の名前を出し、仕事で来たと言い、図書館に連れていって欲しいと頼む。


 だったらもう少し、付き合ってみよう。


 私は彼の目を見返して、微笑んでみせた。

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