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チートだけどチートじゃなかった僕の明日は果たしてどっちなんだろう

作者: 水光

いろいろと改稿したノリで公開します。一応ギャグのつもりです。

 気が付くと、真っ白な空間にいた。見覚えのない場所だ。


「……ここはどこだ? 何があったんだっけ」


 記憶がぼんやりとしている。


「そこの少年」

「ひゃいぃ!?」


 急に声が聞こえてきて、ぴしっと直立不動になる。恐る恐る声が聞こえてきた方向を向くと。




「おめでとうございまーすっ! あなた、西野(にしの) (けい)は見事、転生者に選ばれました!」


 女神……っぽい女の人が立っていた。


「へ、え? 転生者!? ちょっと言っている意味がよく分からないんですけど」

「衝撃的かもしれないですけど、あなたはお年16歳にして、下校途中に暴走したトラックに()かれてお亡くなりになりました。ご愁傷さまです。ちなみに見ればわかると思うけど、私は女神です」


 女神様はとんでもない爆弾発言をした。そうか、僕は転生トラック君に轢かれたのか。

 あと女神様、自分の正体はちなみに言うものじゃない。


「ってわけで突発的なイベントが入ったからリスケしといて」

「はいはい、急に転生する予定が入っちゃったから、後五倍生きる予定は取り消して……ってなるか!」

「転生チートでプラマイゼロですよ!」

「普通にマイナスなんですけど!?」

「あら、西野くんは異世界チーレムとか知らない感じですか?」

「女神がラノベ厨であることの何が嬉しいんですか」


 女神様は悲しそうな顔をした。


「でも今実際その状況が起こっちゃってるじゃないですか」

「はいはい、現実に納得できてない僕が目の前の分かりやすーい上位存在に不満をぶつけてるだけですよっと」

「強引で本当にごめんなさい」


 そういえばこの女神って転生することを僕に告げに来ただけで、最高責任者じゃないんだよな(多分)。そんなことも(おもんぱか)らずに愚痴愚痴言ったことが、少し申し訳なくなった。

 と、自分が死んだと言う事実が急に現実のように感じられ始めた。


「そ、そうだっ、僕の家族は!?」

「家族とは?」

「親族ですよ!! どういうリアクションしてましたか!? 父は!? 母は!? (るい)は!!?? あっ弟です、それと瀬島の祖父(じい)ちゃんは!!?? 従姉妹のまどか姉ちゃんは!!!??? 正隆叔父さんは!!!??? 再従兄弟(はとこ)の間宮さんは!!!!???? ついでに、懇意にしてた隣の高林おじさんとさっちゃんとらい君と、同級生の鈴木と高橋と佐藤と宮西さんと小川さんは!!!!????」

「家族の範囲が広いですね~。それから、友達の苗字がR3連(チャン)にSR2連荘じゃないですか」

「意味と意義がわからないツッコミする暇があったら早く教えろください」

「ちょっと待ってくださいねー、下界VTRポチッとな。ええと、ニュース番組、『高2男子、トラックに()ね」

「早送りしてください」


 女神様は新聞の地方欄の記事までも見せつけてきた。


「はい、時はとんでお葬式〜」

「一時停止。等倍速度で再生」

「みんな、しんみりしてますね〜」

「それがお葬式ってもんでしょうが。神式ですか、仏式ですか。一見しただけではわからなくて」

「神式です」

「やっぱり本職は違うね。(さい)の河原の石積みルート回避、と」

「この親不孝者が。ついでにあなたは神様になりました……って、うええ!? この子私と同格!?」

「マジか」


 神様になってしまったようだ。

 にしても、もうみんなに会うことはないんだな……。僕はそっと目を閉じてみんなの現福(冥福の逆)を祈った。すると不思議なことに、さっきまで胸を覆っていた悲しみが、一抹の寂寥感(せきりょうかん)を残して消え去った。


 顔を上げたが、女神様はまだ混乱しているようだ。


「あのー、僕が神様とか変なとこに引っかかってないで、話進めてください。転生、ちょっと乗り気になってきたんで」

「話の流れ乱したのあなたじゃない。色々特典つけといたから地上に着いたら確認してみてね! じゃ!」


 丸投げか。




***




 意識が遠のき、次に目が覚めると、僕は夕暮れの森の中に横たわっていた。姿は16歳のままだ。転生というか転移だなこりゃ。


 特典付けといたって言ってたし、早速。


「ステータスオープン」


 ブォンッ! と音がして空中ディスプレイのようなものが出現した。僕は尻餅をついた。冗談のつもりだったんだけど。



名前:西野圭 種族:人間 Lv.9999

職業:高校生

HP:9999 MP:9999

腕力:9999 脚力:9999 体力:9999

敏捷:9999 器用:9999 精神:9999

装備:素材の良い服、丈夫な鞄(女神の加護 ver.10)

所持金:一億G(ゴルド)

スキル:全知全能(Lv.100/100)



 うん、まるっきりゲームだ。名前、種族はいいとして、Lv.9999 ってなんだよ。他の項目……もゲームっぽいし、ぜんぶカンストしてるし。鞄についてる、(女神の加護)はなんだ? 所持金一億G(ゴルド)って……。よくわからないけど大金なんだろうか。

 (女神の加護)を試しにタップしてみると、詳細が表示された。


女神の加護 ver.10 (鞄):どんな衝撃を受けても壊れない。しかし、バラバラにして使いたい時には解体できる。収容量は無限。時間の進みは通常、一時停止、固定化、早送り、低倍速から物品ごとに設定できる。結界に閉じ込めれば生き物や、空間そのものなど抽象的なものも収納できる。



「五次元ポケットかな? で、残ったのが全知全能か」


 右側に表示されているのはスキルレベルだろうか。これもカンストしているようだ。

 おそるおそるタップする。


全知全能:全てのスキルを手に入れたものが獲得できるスキル。

     全魔法(Lv.100/100)

     全武術(Lv.100/100)

     全知識(Lv.100/100)

     全技能(Lv.100/100)

     全感覚(Lv.100/100)

     …………


 思った通りのスキルだった。


 それにしても魔法か。転生願望はなくても、例の生き残った男の子七部作とかに感化されて11歳夏に入学許可証が届かないか待ってた人は多いんだろうな。


「……とりあえず、人里に出ないと。マップみたいなのあれば……感覚系かな」


 とりあえず見た目G○○GLEマップなスキルで見つけた一番近くの街に向かうことにした。



***



「やっぱり山を超えたほうが近道か」


 いざ行こうと決めたはいいが、進行方向には高山が(そび)えていた。というか見回す限り山、山、山。自分の体力がどれほどかは分からないが、山麓を迂回しようにも山麓がない。


「行けないでもともとだよな。山越えしてみよう」


 幸い今は夏のようで、山の頂上まで青々としている。


「身体系のスキル……『俊足』、『登攀(とうはん)』、『持久』、『心肺強化』あたりか」


 スキルを発動させて山へ少し駆けてみる。


(運動してるのに息が楽だな)


 スピードを上げたが、疲れは全く感じられない。

 調子に乗ってスピードを上げまくっていると、すっ転んだ。


「転倒が検出されました。スキル『急回復』作動。原因は速度制御能力の欠如と推定されます。スキル『意識加速』または『自動平衡調整』の利用を推奨します」

「うおぁ! なんの声だ!」


 急に女性の声が聞こえてビビった。


「スキル『全知全能』の機能の一つ、『系統案内音声』です」

「けいとうあんな……」

「通称『天の声』としてご利用いただけます。先程音声案内した際、集中度の低下が観測されました。音声でなく字幕表示に切り替えますか? 字幕言語は使用者の脳に最適化されます」


 その音声とともに、視界の左下に『字幕はこんな感じに表示されるよ。場所とか色とか背景色、あとハイライト的なのは設定画面から編集できるみたい』と表示された。僕の脳に最適化された結果、か。


「いや、音声でいいよ。さっきは初めて聞いてビビっただけだから」

「かしこまりました」

「あとその丁寧な口調って変えられる?」

「ああ、勿論だ」

「急にダンディーボイスになった!?」

「おい、集中度落ちてんぞ。やっぱ字幕にしねえか?」

「……」


 僕はとりあえずスキル『自動平衡調整』、『自動速度調整』で体を勝手に走らせ、スキル『天の声』の設定をすることにした。



***



 天の声を大阪弁とか、べらんめえ口調とかうざったい感じとか子供っぽい感じにしてみる。が、結局普通に最初のダンディーボイスにした。あと名前を『天の声』から『空の声』に変えた。天より空のほうが呼びやすいと思ったのだ。


 そんなこんなで山頂についた。

 ……はて、この山標高四桁メートルに届かんばかりだったのだが。体感一時間も経ってないぞ。


「にしても寒いな……。空えも〜ん」

「スキル『着火』」

「ありがと」


 僕は目の前に表示された『着火』を選択した。


「あ、燃料忘れてた」

「ほい、スキル『浮遊』、『燃料供給』」

「なんでもありかよ。選択、選択っと」


 火を自分の前一メートルほどの位置に浮かせて(ねぐら)を探すことにした。

 しばらく歩いていると、空が声をかけてきた。


「3kmくらい離れたとこに巨大な気配感知したぜ」

「鑑定お願い」

暗黒(ダークネス)(ドラゴン)の確率97%」

「詳細求む」

暗黒(ダークネス)(ドラゴン)の確率96.82651275099827308127%、分散2.89……」

「その詳細はいらない。説明求む」

暗黒(ダークネス)(ドラゴン)は、ドラゴン種のなかでは最強と言われているな。名前の通り闇系統の魔法が得意だ。鱗の硬度は通常種と同じくらいだが、脆さがない。非常に攻撃的で、縄張りに入った一定以上の大きさを持つ生き物には見境なく襲いかかる」

「つまり、それって僕達今」

「攻撃されてるな」

「それ普通に大丈夫じゃないやつだよね?」

「基本的に、ドラゴン種の狩猟はどこの国の法律でも制限されてないみたいだぞ」

「あのねえ」


 そんな会話をしているうちに、僕の視界にも大きな影が入り込んできた。

 あっと思うまでもなく、爪が頭の上に入り込んでくる。


 その瞬間、僕の視界が飛んだ。


 僕は、さっき立っていた場所のはるか前方に移動していることに気づいた。


「緊急離脱完了」

「ありがと空」

「どうだ? あいつとちょっと話してみるか?」

「まあ、話せるなら」

「スキル『翻訳』、『龍種言語発音補助』」

「そんなのまであるのか。選択、選択」


 暗黒(ダークネス)(ドラゴン)に向き直る。なんとも間抜けなことにドラゴンは頭から地面に突っ込んでいた。


 ドラゴンは足を地面に突き立てて、頭を引っ張り出し、体をブルブルと振る。

 そこで僕が見ていることに気づいたのか、ドラゴンはあさってを向いて吹けてない口笛を吹いた。誤魔化し方が妙に人間臭いな。

 なおも見つめ続けると、ドラゴンは何事もなかったかのように居住まいを正した。よし、声をかけてみよう。


『あのー、大丈夫ですか?』

『普通に喋りかけてきた!?』


 ドラゴンが返事をくれた。うん、聞き取れるし意味もわかる。


「おいおいまじかよ。このドラゴン、暗黒(ダークネス)(ドラゴン)語Ⅵの話し手じゃねえか」

「え? 何だって?」


 空の字が割り込んできた。なにか興奮しているようだ。


「だから、龍種言語って言ってもたくさんあるわけよ。こいつは貴重な暗黒(ダークネス)(ドラゴン)語Ⅵの母語話者ってわけだ」

「Ⅵって何さⅥって」

「それぞれの種ごとに、話者数順でⅠ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ……って振り分けられてるんだ」

「それって、いちいち言語名を考えるのめんどくさい作者の都合じゃん」

「いやいや、ドラゴンに『お前が話してる言語は何語だ?』って訊いても『◯✕△(←龍種しか発声できない音)語だ』って返ってくるだろ? 人間が研究するために人間の文字で表すための苦肉の策なんだよ」

「地域名で分けないの?」

「ドラゴンの生息域は不定だからな」

「どこまでも都合を押し通すつもりなんだね」

『おい』


 あ、ドラゴンのこと忘れてた。


『ごめんなさい、敵意がないことを伝えたくて。いや、襲ってきたことはちょっと怒ってますよ?』

『ちょっとなのか。まあいい、殺せ』

『急になんて物騒な、竜の価値観はわからないなあ』

『実はこれが人生最後の狩りだったんだ』

『マジか。寿命なんですね』

『もうそろ魔力がなくなる。そうしたら体が空気中に溶けてしまうんだ』

『日輪刀で斬られた鬼みたいですね、ご愁傷様です』

『お前に倒されれば骨と肉は残る』

『どういう原理ですかそれ』

『知らん』

『助かる道はないんですか?』

『寿命というのは、生まれたときから決まっているものだ。お前を食って魔力は補充すれば、少しばかりは延びようが』

『さすがに僕の命を捧げるとかはできませんね。歌でも捧げときますか?』

『求愛行動は慎んで辞退しておこう』

『別に、そういうのじゃないんだから。勘違いしないでよね?』

『う、まずい、もう魔力が消える』


 最期にそういったかと思うと、ドラゴンは急に僕に牙を向いて襲いかかってきた。

 僕はドラゴンに首トンをかました。脳内で「スキル『手刀』」という言葉が聞こえた。


 暗黒(ダークネス)(ドラゴン) は 倒れた!


「やったか?」

「生命反応は消えてるぞ」


 ベタなフラグを立ててみるが、空の答えは無情だった。


「結構貴重な暗黒(ダークネス)(ドラゴン)語Ⅵ語族β語第二方言のサンプルだったが仕方ない」

「……で、どうすればいいかな」

「スキル『解体』」

「選択」


 目の前でドラゴンの解体は終了した。


「今夜食べる分を残して肉を全選択、収納、時間停止」


 コマンドを唱えて鞄に収納する。


「その肉食うなら、酵素に漬け込んでからにするのが吉だ。適当に蛋白(タンパク)質を分解する酵素を含んだ植物出しとくぞ。『玉ねぎ』『パイナップル』それぞれの種だ。あと『窒肥』『鉀肥(カリウム)』『磷肥(リン)』。追加でスキル『温度調節』『時間早送り』『水分調節』『光量調節』。スキル『栽培』に統合しとくか?」

「うん、お願い」


 空が優秀すぎる。目の前に『玉ねぎ栽培』『鳳梨(パイナップル)栽培』と表示が出たので、僕は何も考えずに選択した。


 手の中に玉ねぎとパイナップルが出現する。


「速すぎない?」

「気にするな」

「これを擦り下ろして肉を漬けるのか。面倒い」

「スキル『漬け込み』」

「なぜそんなニッチなスキルを持っているのか」

「今作ったから」

「有能ってレベルじゃないね」




 三十分後。


「焼き肉うまい」

「俺にゃ味はわからねえな」

「それは残念」

「が、体に栄養素が補われる感覚は肯定的な生理反応だ」

「つまりどういうことだってばよ」

「焼き肉うまい」

「そうかい。今日はどこで寝ようかな」

「さっき取ったドラゴンの骨と皮の中がちょうどよく天幕みたいになってるし、通気性についても問題なさそうだ。この高原をくまなく探索した結果、ここが一番安全だ」

「ちょっと不衛生かも」

「スキル『清潔』」

「寝てる間に襲われないかな」

「スキル『結界』」

「これは女神が丸投げするレベルのチートだね、よーく分かったよ」



***



 一晩寝て、また街に向けてとっとこ走っていくと一時間ほどで着くことができた。

 30kmくらいあったはずなんだがな。


 街の入り口には門があって、兵士が検問をしていた。スキル『翻訳』を使って、言語の語根、単語、統語法、連語、慣用句に至るまで全て脳内インプットしておく。幸いほとんど人が並んでいなかったので、すぐに順番が来た。


「入街料は二千万G(ゴルド)だ」

「あっ、はい」


 意外に高い。僕の全財産の五分の1だ。いや、一億という数字に惑わされていただけで、一億G(ゴルド)はそこまで高い金額ではなかったのかもしれない。

 と、その時後ろから声がした。


「おいおい、高すぎるぞ。前のやつには五百って言ってなかったか?」


 五百?


「えっ、そうなんですか? 確かに高いとは思いましたけど」


 すると、兵士が答えた。


「あいつは交易許可証を持ってたからだ。残念ながら、そんなものの提示もなかったしな」

「やべ、おれも領主様からの紹介状準備しておかなきゃ」


 それっきり後ろは静かになった。

 僕は鞄の中から虹貨を2枚取り出した。ちなみに銅貨が十万、銀貨が五十万、金貨が百万、白金貨が五百万、虹貨は一千万らしいことがわかった。というのは時々金勘定の苦手な人がいるらしく、硬貨の種類と数の表が門の受付に貼ってあったからだ。文字は読めないが、ゼロの数を数えれば意味は明瞭だった。空も教えてくれたし。

 五百で払った人がいるということは、それ以下もあるのだろうか。


「はい、ちょうど二千と。これは滞在許可証だ。肌身離さず身につけて、一ヶ月ごとに更新するんだぞ」

「あ、わかりました」


 二千万を二千、と略していた。五百ってのも万を略してたんだろう。


 僕は、街の中心部へ向かった。


「とりあえず人がいるところには来たものの、どうしようというあてもないんだよねえ」


 ぶらぶら歩いていると、大きな酒場のようなところがあった。結構賑わっているみたいだし、あそこで情報収集できるかもしれない。一応、通りの角のところに立っていた警備兵に訊いてみる。


「あそこってどんなところなんですか?」

「ん? ああ、あそこは冒険者ギルドだ。冒険者なんて聞こえはいいが、簡単に言えば人材派遣会社だな。指名手配でもされてなければ登録できるはずだ」

「そうなんですか、教えていただいてどうも」


 異世界あるあるご都合主義バンザイ。食いっぱぐれることはなさそうだ。


「なんで俺に聞かなかったんだ?」

「ん? 空は知ってたのか?」

「街中の施設名とか営業時間とか口コミとか登録してあるんだが」

「ごめん……ってナビかお前は」

「この街の冒険者ギルドは☆4.6評価された施設だぜ」


 建物に入り、窓口へ向かう。


「こんにちは、新規登録希望のものですが」

「では、こちらの書類に記入を」

「すみません、文字が書けなくて」

「問題ないです、口頭で答えてくれて、名前だけ自筆してくれれば」

「いやあ助かりました」

「では、生まれ年を」

「……16年前です」

「……出身地を」

「…………国外です」

「…………性別を」

「男です」


 なんとか嘘をつかずに済んだ。


「ここに名前を書いてください」

「西野圭、っと」

「えーと、カイ……ラ……セングヮ…………ですか」

「いえニシノケイです」

「ええと……どうやったらそんな読みに? だってあなたの名前、こうですよね?」


 そう言って窓口担当さんは変な文字を書いた。


(ㄎㅐ)(ㄌㅏ) (ㅅㄥ)(ㄍㅜㅏ)


 確かに西野圭に似てい……なくもない。読み仮名は意味わからん。


「これ、この国の文字じゃありませんよ」

「そうだったんですか。まあ、あなたが自分自身を証明できれば、名前なんて適当でいいんですけどね」

「ニシノケイって読むので読み方直しといてください。これで終わりですか?」

「いえ、レベルを書かなければなりません。おいくつですか」


 カンストしてたっけ。


「9999です」

「高い……のでしょうか?」

「僕に訊かれても」

「あなたの歳ならいいとこ30ですよ」

「それなら高いんじゃないですか? これで登録完了ですね」

「あ、登録料二百万G(ゴルド)になります」


 白金貨(ごひゃくまん)一枚出して崩してもらう。


「はい、これ証明書です」

「ありがとうございました」


 窓口から離れた。後ろから小声の会話が聞こえたので、耳を澄ませてみる。


「あの、さっきレベル9999って子が来たんですけど」

「そりゃ後の9999じゃなくて前の9999だろうな」

「たしかに後の9999なんて見たことないですけど、前の9999だとしたらそれはちょっと」

「う〜ん」


 よくわからない会話をしていた。


「空空、前の9999と後の9999ってなんだ?」

「それはな……」

「ねえ、あなたレベル9999なんですって? 一緒にこの討伐依頼受けましょうよ」


 ふと近くから声をかけられた。そちら側を見ると、直刀を担いだ少女が立っていた。


「今僕に声かけた?」

「そう。ちょっと耳に入っちゃったのよね~。意外とギルドの個人情報管理はガバガバなのよ」

「そ、そうなんだ」

「実際のところ、この依頼は私だけでどうとでもなるんだけど……。2人以上じゃないと受けられないのよね」

「数合わせってことね」

「そうよ。登録したてでも大丈夫なはず。それに」


 少女は僕の耳に顔を近づけて、そっと囁く。


「レベル9999の実力も見てみたいし」

「今耳元で囁く必要あった?」

「個人情報管理よ」


 少女と一緒に、署名した依頼用紙をさっきとは違う窓口に提出する。受付の人は流れ作業のように印を押して、いってらっしゃい、と言ってくれた。



***



 滞在許可証が見せると、門番さんは何も言わずに通してくれた。

 少女は顔パスだった。


「私はソーカよ」

「僕はケイ。よろしく」

「おケイってことね」

「僕はおばさんじゃありません」

「今回の討伐依頼は、森の奥っぽいわね。って、おっと」

「グゲェ……」

「強っ」


 ソーカがなんの気無しに直刀を振ると、彼女の背後に来ていたゴブリン的な何かが倒れた。僕は素直に感嘆した。


「空、この子の実力分かる?」

「鑑定できねえ」

「マジで? 空の字でも?」

「俺の能力はそのまんまお前の能力だ。鑑定できる相手っていうのは、自分より圧倒的に格下じゃなけりゃいけない。相手が自分より弱くても、実力の差が小さければ鑑定は効かないんだ」

「へえ」

「ていうか普通にお前よりも強いかもな」

「え? でも僕、レベルはカンストしてるはず」

「それはだな……」

「行きましょう! なに天の声とおしゃべりしてるのよ」

「うちのは空っていうんだ」


 話が有耶無耶になったまま、僕はソーカのあとについて行った。




 五分後。


「着いたわよ」

「速いな」

「このあたりトラが出るんだって。怖いわね」

「トラ!?」


 ソーカは微塵も怖がっている様子なく言った。にしてもトラなんて出るのか。ドラゴンより強い……わけないか。


「(そういえば暗黒(ダークネス)(ドラゴン)の素材の換金忘れてた)」

「なんか言った?」

「いや何でもない。ただトラって依頼と何の関係があったんだっけ。ていうか依頼って何だったっけ」

「そのトラの討伐に来たのよ。ほら、足跡とか見つけたら言ってよね」

「気配感知は使えない?」

「気配を隠してるだろうから」

「へえ。あそこにいるの違う?」

「そんなすぐに、しかも自分から出てくるわけ……って本当ね」

「普通に僕たちを狙ってるんだろ」

「わざわざ前から来るとは舐められたものね」

「僕はどうすれば?」

「おケイ、あんたの実力を見せてよね」

「その呼び方やめれ。りょーかい」


 僕はスキル『瞬発力』を使って一瞬でトラに肉薄すると、首トンした。トラはパタリと倒れた。


「これでOKか?」


 振り返ると、ソーカはケラケラと笑っていた。


「前のレベル9999に全知全能だけでも意外にやれるのね」

「それさっきも聞いたけど……『前』ってどういう意味?」

「前は前、『変換前』。ちなみに私のレベルは35だけど、『変換前』のレベルでいうと一千(こう)よ」

「えっと、つまり……僕より強いってこと? 僕を鑑定できたはずだよね?」

「それじゃ面白くないじゃん」


 そう言うとソーカは指先から巨大な火の玉を出し、トラ(と僕)の方へ飛ばしてきた。

 ギュインッ、と視界が後ろにとぶ。


「……緊急離脱、完了だぜ」

「ありがと」


 ソーカは僕には目もくれず、またトラ(だったもの)に手のひらを向ける。

 そちらの方を向くと、拳大の宝石のようなものが落ちていた。見ていると宝石はソーカの手に吸い寄せられていった。


「スキル『冷却』。トラの魔石、ゲットだぜ!」

「……ソーカ、世界観崩壊させないでくれない?」

「失礼失礼。まあ、これで依頼は完了ね」

「トラはどうなった?」

「ん? 蒸発させたけど? だってさっきのは死んだふりだったし」


 ツッコむ気力も失せた。


「そうだ、レベルについての話が途中だった。『変換前』のレベル一千溝って何だよ」

「ゼロの数が35個だから、『変換後』のレベルは35」

「えっと……理解が追いつきませんが」

「おケイが『変換前』のレベル9999なら、普通に言えばまあ一万と考えて『変換後』のレベル4ね」

「……理解に追い抜かされた。そしておケイやめろ」


 つまり、この世界ではパワーインフレが起きて、実力を対数で表すようになったわけだ。『変換前』のレベル100なら『変換後』のレベル2、『変換前』のレベル1000なら『変換後』のレベル3、というように。ソーカは『変換前』のレベル100000000000000000000000000000000000で、『変換後』のレベル35なのだ。真面目とは言えなかった高校生の僕でも、そこまでは理解できた。


「じゃあ、前のレベルでカンストしてたのはどういうこと?」

「そりゃおケイあれよ、限界突破の儀を受けてないんでしょうよ」

「限界突破の儀? なんじゃそりゃ。あと呼び方」

「人間はそもそも、身体に限界があって、レベル9999までしかレベルアップできないの。でもだいたい五歳になるまでにはみんなそんなレベルに達しちゃうわ」

「僕は五歳児レベルだったのか……」

「だから、限界突破の儀を受けてレベルの数値を『変換』して、10の9999乗までレベルアップできるようにするのよ」

「10の9999乗……」

「つまり最大値は前の値で言うと、レベル一千 那由多(なゆた) 矜羯羅(こんがら) 摩婆羅(まばら) 阿婆羅(あばら) 界分(かいぶん)よ」

「…………」


 命数法が発達しすぎだ。あと、この日本語訳は諸説ありだから注意のこと。


「空、なんで教えてくれなかったの?」

「何回も話そうとしたぞ」

「あー……」


 これまでの会話を思い返して、僕は遠い目になった。その瞬間。


「スキル『限界突破』!」

「うわ急に何する止めr」

「強制限界突破よ!! スキル『カンスタ』!」

「あばばばばばば」


 ソーカにスキルを使われた。

 数十秒ほども経っただろうか。身体の痙攣(けいれん)が治まる。


「限界突破したはずよ。確認してみれば?」

「ス、ステータスオープン」


 ブォンッ!


名前:西野圭 種族:人間 Lv. 0030'

職業:高校生

HP:0030' MP:0030'

腕力:0030' 脚力:0030' 体力:0030'

敏捷:0030' 器用:0030' 精神:0030'

装備:素材の良い服、丈夫な鞄(女神の加護 ver.10)

所持金:七千八百万G(ゴルド)

スキル:全知全能(Lv. 2'/30')


「なんか数字の後にダッシュがついてる」

「数値が変換されてカウントスタートした証よ。数字は何?」

「全部30」

「じゃあ、私と五つしか違わないじゃない」

「さいですか」

「さっきよりずっと強くなってるの、分かるんだから」

「その台詞(セリフ)ね、単純計算でレベル十万倍の奴に言われても頭バグるだけなんだ」


 ソーカははいはい、と適当にあしらって手に持った魔石をポケットに入れた。


「……いやその魔石、絶対そのポケットの収容能力上回ってるだろうに」

「このポケットには主神の加護バージョン100が付いてるからね」

「主神の加護? 僕の鞄は女神の加護だけど」

「あら、下位モデルなのね」

「下位モデル?」

「アイテムボックスの加護には主神、女神、天使が主に挙げられるけど、最上位モデルは主神の加護なのよ」

「そんなスマホみたいな感じなの?」


 SEみたいなPlusみたいなProみたいな。


「おケイの加護は、バージョン何?」

「ケイって呼べ。バージョンは10だよ」

「古いわね。百年前に廃れたわよ」

「時代遅れすぎる!?」


 今がみんながスマホを持っている時代だと仮定すると、僕は電話交換手さんに繋いでもらうような古ーい固定電話を使っているようなものだ。


「それはそうとあなた、私と組まない?」

「唐突だ」

「出会いはいつでも唐突なものでしょ?」

「……なんかいろいろと間違ってる気がするよ?」


 それを言うなら唐突、ではなく突然だ。それに今のは出会い、というより誘いだ。


「要は数合わせよ、か・ず・あ・わ・せ」

「討伐に誘うノリだよねそれ。実力的に僕はそんじょそこらの有象無象だし」

「決まりね! じゃああなたは勇者兼戦士、私は魔術師兼僧侶でOKね」

「僕が君と戦ったら一発KOだが? それに二人で勇者パーティごっこするのは無理だよ?」

「ごっことは失礼な。私達には崇高な使命があるんだから」

「崇高な使命? 魔王討伐的な?」

「ファンタジー小説オタクの夢見男子はお断りよ。崇高な使命と言えば決まってるじゃない」

「別に決まってはないんじゃない?」

「私が魔王になるのよ!」


 逆だった。そもそも僕のこと勇者兼戦士って言ってただろ。勇者と魔王が組むとかどういうことだ。


「あーはいはい分かった一人でやんな」

「おケイはサポート役ね」

「話聞け。呼び方」

「大丈夫、私が魔王になった暁にはこの国ごとあげるから」

「ぜんぜん大丈夫じゃない件について一言お願いします」

「私が魔王になる理由はズバリ!」

「置いてっていい?」


 本気で置いていこうかな。コイツなら危険なことには巻き込まれなさそうだし。


「世界平和よ!」

「それは恐怖政治とか嵐の前の静けさとかそういうアレ?」

「違うわよ、魔王になったうえで戦争紛争そのものをもみ消すのよ」

「違わないし解決になってない」

「まあ、問題の火種そのものは解決しないわ」

「そこは分かってるんだ」

「だから、魔王になることで実力主義のこの世界を殴り倒して、徹底的に言論で戦う世界にするのよ」

「それって民主主義国家のエリート官僚たちがまさに一丸となって取っ組んでる問題だよね?」

「そのために私は『口撃魔法』を生み出したの」

「どこからどう見ても完全完璧な精神攻撃ですありがとうございました」


 魔法を生み出したってところ、コイツ意外とできる口なのか。


「これは議論の際に使う魔法で、論理の正当性があればあるほど相手にダメージを食らわせられる攻撃魔法よ」

「肉体攻撃だったとは、このリハクの目をもってしても。それに人によって正義は異ならない? 法律だって国が違えば変わるし」

「そこで! お互いに納得できる基準を決めた条件下で、口撃魔法で戦えばいいのよ!」

「そこが納得できないから争いになるんだと思うんだ」

「あのね、しっかりして? どんな状況下においても、命題pと命題qについて、¬(p∧q)≡(¬p∨¬q)だし¬(p∨q)≡(¬p∧¬q)なのよ?」

「唐突なド・モルガン」

(ども)ってなんかいないで、討伐達成報告して軍資金を貯めるわよ!?」

「ここまで何十行も喋っといてアレだけど、実現可能性は?」

「一千 那由多(なゆた) 矜羯羅(こんがら) 摩婆羅(まばら) 阿婆羅(あばら) 界分(かいぶん)分の一かな」

「無駄に発達した命数法を駆使して不可能を表すな」

「ツッコミが助長よ」

「ソーカのボケ方が下手だからだよ」


 ソーカはお手上げ、といった様子で手を広げた。


「ごちゃごちゃ言わないで手伝えばいいのよ。それに……」

「それに?」


 ソーカは僕の耳に顔を近づけて、そっと囁いた。


「手伝ってくれたら、おケイが()()()()に戻る手助けをしてあげる」

「今囁く必要あったか? …………って、ええ!?」

「意外とこの世界の個人情報管理はガバガバなのよ」

「……ツッコミは後にする。僕は元の世界で死んでるし、なんなら葬式も終わって荼毘(だび)に付されたけど?」

(モウ)(マン)(タイ)☆ 時間巻き戻しの魔法もバッチシプログラム済みで〜すっ!」

「魔法ってプログラミングだったんだ(錯乱)」

「そういえばおケイのアイテムボックをハッキングしたら、暗黒(ダークネス)(ドラゴン)の素材が入ってたんだけど」

「次に言いたいことだいたいわかった気がする。あと呼び方」

「時間巻き戻して使い魔にするわよ!」

「感動の別れだったのに……美味しかったのに……。台無しだ」

『おい、百歩譲ってアレが感動の別れだったとしても、自分の次の台詞で台無しだぞ?』

『それはまあ、言葉の綾というか……ってもう蘇ったのか!?』


 何の気無しに暗黒(ダークネス)(ドラゴン)語Ⅳ語族β語第二方言で返して、ワンテンポ遅れて気づく。


「とりあえず北の果ての僻地(へきち)に、魔王城にピッタリな物件押さえてあるから! 方方に作りまくった約束手形は一年後を期限にしてあるから! 各国中枢にも色々潜り込ませてあって、一年後にクーデターなりなんなり起こさせる手筈になってるから! とっととお金稼いで魔王城(仮)に住まなきゃ体裁が整わないのよ!」

「これまでの冗長性を巻き返しに掛かったねー。空、どう思う」

「別にいんじゃね? この女普通に有能そうだし、着いてって損は()ぇと思う」

『龍、どう思う』

『我には(シャオ)(ヘイ)という名が……』

『随分とかわいい名前だな! 日本語で言ったらクロちゃんだよ!? ……小黒大人はどう思う』

『魔王の使い魔だろう? 暗黒(ダークネス)(ドラゴン)の我にピッタリではないか!』


 まずい、どんどん外堀が埋められていく。


「ほら、おケイ行くわよ」

「……分かったよ、とりあえず」


 僕は、ソーカに無理やり引きずられながら大きく息を吸い込んだ。


「おケイ呼び、やめてくれないかなぁぁぁっっっ!!!???」




おケイを計画に引きずり込んで、北へと旅立つ私!

道中で口喧嘩が絶えない冒険者夫婦に出会う!

落とし所は見つかったはずなのに、なんでまだ喧嘩してるの?


次回、『早くも「魔王になって☆世界平和計画⁉」頓挫なるか? 怒ったおケイの対立煽り』! お楽しみに!


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